2016.02.09
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『オデッセイ』 火星に取り残された男のサバイバルを描く

今回は、火星にたった一人取り残された男が「絶対に生き残ってやる」と意を決する『オデッセイ』です。

絶体絶命の状況下でも、人はなぜ生きていこうとするのか?

こんなキャッチコピーをあなたは知っているだろうか。
「宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえない」
 ‘79年に宇宙を舞台にしたSFホラーとして、異星人との戦闘ものとして、圧倒的なパワーと人気ぶりを見せた『エイリアン』の宣伝文だ。その『エイリアン』と同じ監督、リドリー・スコットが新たに「宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえない」感いっぱいの作品を作り上げた。
今回紹介する本作『オデッセイ』の原題は『マーシアン』(意味は火星の人)。物語は、火星で有人探査中に嵐が巻き起こり、クルーの一人ワトニー(マット・デイモン)だけが火星に取り残されてしまうという所から始まる。
ご存知の通り、赤い星・火星では空気もなければ水もない。もちろん火星にはワトニー以外、人間は一人もいない。生命体がいない星。唯一、彼に残されたものは、NASAが建てた簡単なコロニーと僅かな食料。しかも共に火星で活動をしていたクルー達は、ワトニーが嵐に巻き込まれて死んだと完全に思っており、ワトニーを助けに戻ってくる気配はない。次に有人探査が来るのは何年も先のことだ。

加えて火星のコロニーには地球への通信手段がなかった。一体どうやって、この究極の危機を乗り越えろというのか。まさにストーリー的には悲劇だ。ネガティブ志向の人間ならば、自殺を選んでもおかしくはない状況だ。

ところが、この映画はそういった悲劇には転じていかない。それはワトニーがこの状況で絶対に生き残ってやると意を決するからだ。そこで彼はありとあらゆる知恵を絞り、綿密な計算を立て、驚くべき発想と勇気で様々な困難をくぐり抜けていく。

「窮鼠猫を噛む」がごとく、崖っぷちの人間はともすればこんなに頑張ることができるのか、というくらい、驚きのポジティブ精神で、無理難題を乗り越えていく。もちろん一歩間違えれば、空気もなければ水もない世界だから、常に死と隣り合わせ。実際、映画でもヒヤヒヤするような出来事が思いもかけない所で起きていく。
当然、精神的にギリギリになったりもする。ワトニーだって人間。四六時中、ポジティブでいられるわけがない。死を覚悟し、ラボにある記録映像に「もし僕が生き延びられなかったら……」というメッセージを残すこともある。どこまでも続く赤い大地を見やる時、ふと流れる一筋の涙。答えがないのはわかっていながら、唯一の話し相手として記録映像に語り掛けていく様子は何ともわびしい。声高には語られないが、そんなシーンから、ワトニーが感じている圧倒的な孤独感などがヒシヒシと伝わってくる。
それと同時に湧き上がってくるのは、こんなにまでしても、どうして人は生きていこうとするのだろうという疑問だ。

人間が前向きに生きる勇気、力強さをうたい上げる

実は監督のリドリー・スコットは、ある時期から人は何のために生きているのか、生きるとは何か、人とは何かについて模索をし続けている監督だ。’82年、彼は『ブレードランナー』という、その後のSF映画やアニメ、漫画などに大きな影響を与える映画を生み出す。これは人間の都合で生み出されたレプリカントという人造人間がはびこる時代の物語。その中で脱走したレブリカントを探し出しで処理するレプリカントの専門捜査官・ブレードランナーの姿を描いたものだ。しかし人生について模索を始めたスコット監督は、主人公であるブレードランナーより、追われる側のレプリカントに明らかに思いを寄せて描いている。人間の手によって作られた彼ら(ちなみにレプリカントには、人間が勝手につけた寿命が仕込まれている)が、死にたくないと願う気持ち、仲間を思う気持ち、ないはずの思い出をかき集めようとする様などを詳細に描き込んで、人間とは何かという哲学的な問題に迫った。

前出の『エイリアン』だって実は生存競争しか描いていない。生まれて進化を続けながらひたすら生きようとするエイリアンと、捕食されまいと必死に生き残ろうとする人間達が描かれているだけだ。

その『エイリアン』の創世記ともいうべき『プロメテウス』でも、エイリアンが生まれるいきさつを描きつつ、人類創世の謎にも向かっていく。『ブラックホーク・ダウン』では、’93年ソマリアの内戦に派兵された米軍のヘリ・ブラックホークが2機撃墜されたことから、ベトナム戦争以来の多くの犠牲者を出す戦闘に発展していく様子を描いている。この戦いに映画は迫リながら、戦争における命の軽さを描くことで、逆に真の命の重みを感じる作品となっていた。
つまりこれまでのスコット作品は、時には観ている人がドーンと心が重たくなるような演出で、人間の存在意義を問いただすような作品が多かったのだ。ところが今回の『オデッセイ』では、実際は悲惨な状況なのに、それを楽しみ、悲観せずに明日を信じて生き続ける前向き男を描き上げることで、重たさではなく生きる勇気を与える作りになっている。
ワトニーは残された音楽(なぜか80年代ディスコ曲ばかり。キャプテンの音楽趣味が悪かったという設定)を聴きながら、ただひたすら生きていく。それは火星という極限の状況ではあるけれど、いつ何が起こるかわからない人生を送る、まさに人間そのものの姿でもある。

ずっと映画を通して人生を、人間を、模索してきたスコット監督が、ついに到達した映画といえるのかもしれない。SFという形は借りつつも、矛先は人間そのものの魅力に向けられているから、ついつい想定外の感動を覚えてしまうのだ。

リドリー・スコット監督の作風に変化をもたらしたのは?

しかもこの作品、驚くほど笑えるのである。それは必死に生きる人間ならではのおかしみがギュッと詰まっているから。実際、この作品はアメリカのゴールデン・グローブ賞ではミュージカル・コメディ部門でノミネートされており、主演のマット・デイモンは、この部門の主演男優賞を獲得したのだ。
ちなみにそれまでのスコット作品は、どこかまだ答えが出ていない悩みのようなものが感じられたが、この作品ではある種の結論に至っているようにも思える。
そんな変化が生じたのは、私は個人的に弟のトニー・スコット監督(『トップガン』や『スパイ・ゲーム』『クリムゾン・タイド』などのメガホンを撮った)の自殺が大きく関与しているのではないかと思う。
トニー監督は「死」や「悩み」や「人生の意義」などをあまり映画に反映させない、純然たるエンターテインメント派の監督だった。だからこそ、自殺したと聞いた時は本当に驚いたし、自分の耳を疑った。リドリーにとってもさぞやショックな出来事だったろう。それは想像に難くない。
しかし、身内の死を越え、リドリーの中には何があっても自然と命を落とすまでは、人は自分の人生と向き合い戦うべきだという信念が生まれたのではないだろうか。正直、『オデッセイ』を観ていると、そういった力強さが感じられるのだ。

ちょっと嫌なことがあるとすぐその道を捨てて逃げ出す傾向は、今の多くの若者の共通項のようにも感じられるが、そんな人達がこの映画を見たら、何か一つ大きな変化が起きるような気がする。だから多くの若者に本作を観てほしいと思うし、「諦めずに頑張る」ことのきっかけにしてほしい。ワトニーは絶対に火星に負けないという思い、つまり状況に負けず、情熱を持って生きていくことを選択して頑張った。人を支えるのは情熱だ。何かになりたい、何かをモノにしたい。そういう情熱がなければ、それが何事であっても簡単には成就しないものだ。その情熱の大切さもこの映画を観ると身に染みるだろう。
Movie Data
製作・監督:リドリー・スコット/原作:アンディー・ウィアー/出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、クリステン・ウィグ、ジェフ・ダニエルズ、マイケル・ペーニャ、ショーン・ビーンほか
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved
Story
人類による3度目の火星有人探査ミッションの最中、巨大な砂嵐に襲われ、植物学者のワトニーは巻き込まれて行方不明に。彼は死んだと見なされ、他のクルーはすべてを放棄し、火星を脱出する。だがワトニーは奇跡的に生存。彼は必死に火星でのサバイバルを試み、なんとか地球との交信を計ろうとする。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『アーロと少年』

リアルで厳しい大自然の驚異の中で結ばれていく友情物語

ピクサーアニメからはステキなコンビによる友情を描いた映画がよく誕生する。例えば『トイ・ストーリー』のウッディとバズや、『モンスターズ・インク』のマイクとサリーなどがそう。『アーロと少年』もまさにそんなピクサーのお家芸ともいうべき友情物語が描かれる。
たまたま隕石が衝突せず恐竜が絶滅するのを免れたとしたら……という世界。恐竜達は田畑を耕し、牛を飼い、人間のような暮らしをしている。臆病でなかなか大人になれない草食恐竜の子どもアーロは、なかなか家族の期待に添えず、それが悩みの種。ある日、アーロは川に落ちて遥か下流へと流されてしまい、ひとりぼっちになる。しかし、そこで自分と同じ孤独な人間の少年と出会う。そんな二人が家を目指す中、様々な危険に遭いながらも、いろんな恐竜達に助けられ、強い絆で結ばれていく。
圧倒的な自然の驚異を描くために、写真と見まがうほどのリアルなCG背景が作られ、キャラクター自体はとても可愛らしいが、リアルゆえに、ストーリーは時にかなり辛辣で手厳しい感じもある。それこそディズニーの名作『バンビ』のように妥協を許さない自然の中で奮闘する主人公達。種を超えて強い絆で結ばれる1匹と1人の姿はただただ感動的だ。これは小学校1年~3年生くらいの、色々友情問題が起こり始める子ども達に特にオススメ。友情は時に家族に近いくらいの大切な存在になることを教えてくれるはず。楽しんで観てほしい1本だ。
監督:ピーター・ソーン/声の出演:レイモンド・オチョア、ジャック・ブライト、ジェフリー・ライト、フランシス・マクドーマンド (日本語吹替版)安田成美、松重豊、八嶋智人、片桐はいり、石川樹ほか
(C)2016 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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