2015.12.08
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『007 スペクター』 情報管理社会の恐怖と戦う人間・ボンドの姿を描く

今回は、人間味あふれるボンドが、情報管理社会を利用した悪と戦う『007 スペクター』です。

初代ボンドシリーズをなぞるように作られた24本め『007』

『007』シリーズといえば、イギリスの作家イアン・フレミングが書き上げたスパイ小説をベースにしたアクション映画。主人公のジェームズ・ボンドはイギリスの諜報機関MI6に所属し、任務遂行中は自分の一存で容疑者を殺めても不問に付される殺人許可証を持つ特別な諜報員。同許可証を持つエージェントが所属する00部門の7番であることから、通称「007」と呼ばれている。

同シリーズは、後のスパイ映画やアクション映画に大きな影響を与えたエンタテインメント映画の代表作の一つであり、1962年公開の『007 ドクター・ノオ』に始まって、今回の作品まで24本も映画が作られているのだ。
ジェームズ・ボンド役も初代ショーン・コネリーに始まり、現在ボンドを演じるダニエル・クレイグで6代目。クレイグ扮するボンドは初の金髪&ブルーアイボンドとして、これまでのボンドとはひと味違う、やや感情にストレートなボンド像を構築している。
そんなクレイグ版ボンドになってから4作目がこの『スペクター』である。実は、今回の作品を含む4作で、一つの物語が完結することが判明した。この4作は、ボンド誕生からボンドがある「選択」をするまでの話になっている。読者の方は『007』シリーズが本コーナーで扱うような作品か!? と思われるかもしれないが、このボンドの「選択」が今という時代を象徴するキーワードとなっており、今回あえて取り上げるべきではないかと思ったのだ。

では、『スペクター』はどんな話なのか。前作『スカイフォール』で、ボンドが少年時代を過ごした場所スカイフォールが戦いの場となり炎上した。そこで焼け残った写真が発見され、その謎を探っていくうちに、謎の組織「スペクター」の存在を知り、ボンドはスペクターの真相に迫るべく世界中を動き回ることになる。

スペクター。そう、昔から『007』シリーズを観てきた人にはおなじみの、世界征服を企む悪の組織だ。クレイグ版ボンドシリーズは、007の誕生から描いていると言ったが、ストーリー上も初代ボンドシリーズをなぞるように作られており、スペクターというおなじみの組織も本作に登場させている。

ビッグデータを悪の組織が利用したら・・・

で、このスペクター達が何をしようとしているのかと言えば、地球上のあらゆる情報の収集だ。情報を持つ者こそがこの世界の王となる。その理念のために、彼らは様々な手法を凝らして、人々の情報を集めているのだ。
例えば、ボンドは旧敵Mr.ホワイトの元を訪れる。しかし後にわかるのだが、ここでの会話はすべて隠しカメラで撮影・録音されていた。他にも、ボンドがこっそり同じMI6で働くマネー・ペニーに協力を願った電話が盗聴されていた。つまり、技術の向上により、恐るべき管理社会が実はすでに出来上がっており、ボンドをいつでもどこでも監視することなど非常に容易いのである。それをスペクターのような悪の組織に利用されたら、取り返しのつかない事態に陥るのは必至だ。
事実、日本でも今年は街中に設置された監視カメラが役立ち、事件を解決へと導くことが多かった。しかし、このことは、誰もが24時間、監視されているということでもある。また、いよいよマイナンバー制度が始まるが、税や社会保険の手続き等の他、今後、様々な用途で利用できるようになっていくと聞く。個人の資産や医療機関の利用状況だけでなく、もしも、何を食べどんな生活をしているのかといった行動範囲までもがマイナンバーにより管理されるようになるとしたら、そしてそれらが外部漏えいしたら、誰かになりすましされてしまったら……等々、悪い方向へ転がる場合を考えるととても恐ろしい。

ありとあらゆる情報がそうやって管理されるということは、ものすごい危険をはらむことだと本作は教えてくれる。自己管理を確実に行わないと、情報は限りなくダダ漏れし、それは自分の首を締めることにも繋がっていくのだ。情報管理の重要性を、この映画を観ると痛感する。

ちなみに、このスペクターの首領となっているのはエルンスト・スタプロ・プロフェルド。白い猫を抱き、スキンヘッド&顔に巨大な傷の跡が印象的な悪役だ。旧シリーズでも人気No.1の悪役であり、後に『オースティン・パワーズ』というコメディ映画でパロディ化され、大人気を博したほど。そしてこの『スペクター』の悪役として出てくるのは、まさにそのプロフェルドなのである。
面白いのはそのプロフェルドのバックボーン。これまでのプロフェルドは絶対的な悪として存在しており、背景などは特には語られずにきたが、今回のプロフェルドはなぜ悪に染まることになったのか。その過程が明らかにされる。その辺りはネタバレになるので詳しく語れないが、「選択」によってはボンドにもなれた人物であり、その天才的な閃きと統率力を悪事ではないものに使ったら、それこそ世界の救世主になれたのではなかろうかと思わせる。
印象的なシーンは、ボンドとプロフェルドがガラス越しに向かい合う所。ガラスに映ったプロフェルドの顔がボンドと重なり、二人は似ているのに、それぞれ変わってしまったことを画で見せてくれる場面となっていた。

先述の情報管理も含め、すべては自分の自覚次第=選択次第であり、その選択によって人生は大きく変わっていくこと。その選択のチャンスは、ボンドや世紀の悪党にも、誰にでも同じようにもたらされており、その選択次第で人生は良くも悪くもなることを本作は描いているように思う。

生身の人間・ボンドを見せる

ボンドと言えば、任務先ですぐいろんな女性と知り合い、一夜限りの関係を結ぶ。その理由は別に描かれていないが、私は個人的にはこう思っている。いつ死んでも仕方ない、しかも死んだとしても闇に葬り去られる可能性が大きい状況下で生きる彼にとって、女性は唯一生きた証になっているのではないか、と。実際クレイグ版ボンドでは、本当に愛した女性がいて、その人を目の前で失う悲劇を味わっている設定なのだ。そのことも、彼の人生や選択に大きく作用したのではないかと思う。

今回、ボンドはMr.ホワイトの娘であるマドレーヌ・スワンに、本気で愛を感じていく。これは過去の女性以来の出来事。実際、普段は何があっても冷静沈着で、どんな危機に陥っても、黙々と対処するのが魅力のボンドだが、マドレーヌが危機に陥った時は若干の焦りを見せる。それが人間らしくて良い。

そんなボンドがどんな選択をするのかは見てのお楽しみだが、とにかくその選択の結果は人生にとって本当に大切なものとは何かをしっかりと示唆しているのである。
そう言えば、前作ではボンドが幼少時代を過ごした場所が出たが、今回はボンドが住んでいる家が登場する。少なくとも、これは初めてのことではないかと思う。これまでのボンドは、どんな危機に陥っても焦ることなく対処し、美人がいればすぐに親しい関係となり、何でもスマートに片づけるスーパーヒーローのイメージが強かった。だが今回のボンドは、様々な葛藤を抱えつつ、悩みながら生きてきた“人間”であることをしっかり見せている。だから長所も短所もはっきり見え、それがこの作品のテーマとも強く絡んでおり、生身の人間を意識させられるが故、危険なアクション・シーン一つ一つにもハラハラドキドキさせられる。
監督のサム・メンデスは、1999年の監督デビュー作である『アメリカン・ビューティー』で、アカデミー賞の監督賞を勝ち取った鬼才であり、どちらかといえばドラマ派な印象の人。それなのに『スカイフォール』と『スペクター』でアクションも堂々と見せ切ったのはすごい。そして、細かいシーンで丁寧にドラマを紡ぐのも上手い。これで“人間”ボンドの物語は残念だが一旦幕を閉じる。最後とも言われているクレイグ版ボンドの活躍を、深い人間ドラマを含んだストーリーを、しっかり脳裏に焼き付けていただきたい。
Movie Data
監督:サム・メンデス/脚本:ジョン・ローガン、ニール・バーヴィス&ロバート・ウェイド、ジェズ・バターワース/出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ、レイフ・ファインズ、モニカ・ベルッチ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリスほか
SPECTRE c2015 Danjaq, MGM, CPII. SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks, TM Danjaq. All Rights Reserved.
Story
少年時代を過ごした「スカイフォール」で焼け残った写真を受け取ったボンド。その写真に隠された謎を探るため、上司Mの制止を振り切り、単独でメキシコとローマへ。そこでスペクターの存在を突き止める。一方、MI6内では国家安全保障局の新トッブ、マックス・デンビがボンドの行動に疑問を持ち、00部門の閉鎖が決定に……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

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『orange-オレンジ-』

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c2015「orange」製作委員会 c高野苺/双葉社

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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