2015.08.04
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『わたしに会うまでの1600キロ』 人生を出直すため過酷な道のりを歩き続けた女性を描く

今回は、人生を出直すため、1600キロもの過酷な道のりを3か月間かけて歩き続けた女性を描く『わたしに会うまでの1600キロ』と、思春期の子どもの脳内を描く冒険ファンタジー『インサイド・ヘッド』です。

1600キロを約3か月間かけて歩き続ける

本作『わたしに会うまでの1600キロ』の主人公、シェリル・ストレイドが挑むのは、アメリカのネバダ州テハチャピ・パスからオレゴン州にある神の橋と呼ばれる所まで、1600キロの自然道、しかも砂漠と山道というかなり過酷な道のりを、たった一人で踏破すること。

しかし、初めから失敗だらけだ。まず荷物を詰め込みすぎて(余分な荷物が多すぎる)、後に他人から“モンスター”とからかわれるほど大きくなったリュックを持ち上げることができない。どうにか背負ったと思ったら、すぐにひっくり返る(その連続)。ようやく重すぎる荷物の取り扱いにも慣れ、やれやれと思ったら今度は、自然道に入ってからまたまたトラブルに見舞われ……。

まず、テント作りに大わらわ(やったことがない)、「さあごはん♪」と思ったら、持ってきたコンロに合わない燃料を買ってきたことが判明。このため、湯を沸かすこともできず、ずっと水で溶いた冷たい粥を味わう羽目になってしまう。さらには新調した靴のサイズが合ってないために、足の爪をはがす結果に……。

こんな失敗の数々からわかるように、シェリルにとってこういった自然道のハイキングは初めてのこと。通常ならば1600キロもの道を歩くのだから、事前に知識豊富な人に話を聞いてみるとか、体験談やハウ・トゥーものの本を読むとかしそうなもの。しかし、シェリルの場合、そんな初歩的なことさえもしている気配がない。
ではなぜ、こんな無謀なチャレンジを彼女は始めることにしたのだろうか。そこにはどんな理由があったのか。

映画は彼女の歩く様子をとらえつつ、そこに彼女がなぜ1600キロを歩くに至ったのか、その理由や彼女の過去を回想として交錯させていく。つまり、たった一人で道を行くことで、彼女が自ずと内面へ向かい、そこで自分と向き合っていくという構成になっている。
もちろん彼女がこの挑戦を始めた理由は、この映画最大のミステリー部分であり、見所でもあるので書けないが、とにかく哀しい出来事があり、その人生の大きな山を彼女はうまく乗り越えることができなかったのだ。しかもそのせいで自暴自棄になった面もある。それらをすべてリセットしようと始めたのが、自分を自然の中に置き、1600キロを約3か月間かけて歩き続けるということだった。

人生には試練はつきもの。しかし負けてはいけない

シェリルを演じたのはリース・ウィザースプーン。20代で主演した青春コメディ『キューティー・ブロンド』シリーズで、一躍その名を揚げスターの仲間入りを果たしたリース。2005年の『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で、アカデミー賞やゴールデングローブ賞など様々な賞を獲得。2010年には、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに名を刻むほどの大スターとなった。そんな彼女は、原作の「わたしに会うまでの1600キロ」が出版される前から映画化権を狙っていたという。

とは言え、実際の役作りは、まさにシェリルが辿った道のように、リースにとって精神的にも肉体的にも予想以上にしんどいものだったという。おかげで撮影の1日1日がとても充実していたとも。そういった今までにない役作りをしたおかげで、リアリティあふれる演技を見せることに成功している。

ちなみにこの作品は実際に起きたことがベースとなっている。そう、シェリル・ストレイドは実在しており、映画の最後には、本物のシェリルが旅の途中で撮影した写真が、エンドロールと一緒に出てくる。「よくやったなあ」としみじみ思う。

そんな本作を見ながら胸に響いてくるのは、人生、時には「馬鹿みたい」と思えるようなことでも、行動に移してみることも重要だということ。現状を打破したいという人が、アレをやってみたい、こういうことをしてみたいと語ることがある。しかし、実際には行動に移せない人がほとんどだろう。「今は忙しいから」を言い訳にして、結局やるべきことさえもやらず仕舞いのことが多い。時間を作るのも、チャンスを作るのも、すべて自分自身が主体者なのに、その責任を放棄していたら、永遠に前へ進むことはできないだろう。誰かが「君のために道を作ってあげましょう」などと、只で手を差し伸べてくれることなんてないのだから。結局は自分の人生は自分で切り開くしかないと、本作を見て思う。
シェリルも道中、自分の馬鹿な失敗で旅をより困難にしている節もあるが、大きな岩に行く手を阻まれたり、流れの速い川に太ももまでつかりながら渡る羽目になったり、雪によって迂回を余儀なくされたりと、様々な自然の脅威に遭遇する。そこで旅をやめてしまう選択もある。実際に旅を諦める人も映画の中に出てくる。が、シェリルはそうはしなかった。自分の人生は自分で切り開くべく、これらすべての困難に果敢に一人で挑んでいった。
人生とはそういうもの。強くたくましくあらねば、生きてなんぞいけない。そんなことをこの映画を見ていると自然と伝わってくるし、辛いことがあっても前向きに生きていかねばならない……という思いにさせられる。そういう意味では観客を応援してくれるような作品だ。

大人であろうが、子どもであろうが、常に生きていく上には程度の差はあれど試練というものがつきまとう。でもそういった試練に負けてはいけない。

事実、実際のシェリルはこういった体験を通し、それを小説として執筆し発売することで成功と名声を手に入れた。この1600キロの旅を終えた直後は住む場所も決まっておらず、全財産が20セントくらいしかなかったというのに。時にはこんな思い切った冒険に身を投じて、心を整理してみるのも良いかもしれない。何かに悩んでいる人にはオススメしたい1本だ。
Movie Data
監督:ジャン=マルク・ヴァレ/原作:シェリル・ストレイド/出演:リース・ウィザースプーン、ローラ・ダーン、トーマス・サドスキーほか
(c)2014 Twentieth Century Fox All Rights Reserved.
Story
スタートしてすぐにシェリルは「馬鹿なことをした」と後悔していた。これから砂漠と山道を越えて延々と歩かねばならないのに、初日からトラブル続きだからだ。この旅を決めたとき、シェリルの人生は最悪だった。このままでは残りの人生も最悪になってしまう。その出直しのために旅を始めたはずなのに……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

思春期の子どもの脳内を描く冒険ファンタジー

心の中には様々な感情が渦巻いている。その感情は歳を取れば取るほど、複雑になっていくものだ。本作『インサイド・ヘッド』は女の子・ライリーが生まれてから、多感なティーンエイジャーになるまでの過程に焦点を当てた物語。
ライリーの頭の中には喜びや悲しみ、怒り、嫌悪、恐れなどが、それぞれ人のように存在していて、何かが起こると彼らがそれぞれの能力を発揮し、コントロールしていくようになっている。これまでは、喜びの感情がライリーの中で中心にいることが多かったが、最近は何か違う感じ。さらにライリーが田舎から都会へと引っ越しし、環境の変化が生じたことでライリーの体内世界に大きな変化が現れていく……。
本作は、そういったことをわかりやすく見せながら、人の成長を優しく促していく。人間はいつでも明るくハッピーでいられたら幸せだけれど、実際はドス黒い感情、嫌な感情や哀しみなども抱えがち。それらとうまく折り合って生きていくことの大切さが、この中で描かれていく。そして良い思い出も悪い思い出もすべて、自分を形成していくための大事な出来事であり、たとえ嫌な思い出でも愛して生きていくべきだということを教えてくれる。低学年の子には楽しい脳内冒険譚だが、中学生以上ならドラマの深いテーマを読み取ることができ、より楽しめるはず。是非、中学生以上に堪能してほしいピクサー・アニメーションだ。
本作は、そういったことをわかりやすく見せながら、人の成長を優しく促していく。人間はいつでも明るくハッピーでいられたら幸せだけれど、実際はドス黒い感情、嫌な感情や哀しみなども抱えがち。それらとうまく折り合って生きていくことの大切さが、この中で描かれていく。そして良い思い出も悪い思い出もすべて、自分を形成していくための大事な出来事であり、たとえ嫌な思い出でも愛して生きていくべきだということを教えてくれる。低学年の子には楽しい脳内冒険譚だが、中学生以上ならドラマの深いテーマを読み取ることができ、より楽しめるはず。是非、中学生以上に堪能してほしいピクサー・アニメーションだ。

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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