2014.10.07
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『ぶどうのなみだ』 ファンタジー風タッチで、重く深い人間ドラマを描く

今回は、一見、ファンタジーな世界観の中で、重く深い人間ドラマが展開する『ぶどうのなみだ』です。

まるでファンタジーのような世界観で描かれる人間ドラマ

この映画はちょっと不思議な世界観に彩られた作品だ。まず映画の中には警官や郵便局員が登場するが、その人たちの制服が日本の警察や郵便局のものとはまるで違う。他の登場人物たちの格好も日本人離れしている。人物だけではない。インテリアや日常用品の小物までヨーロッパのどこか、現代よりも少し前の時代といった風情だ。例えるなら、スタジオジブリの『魔女の宅急便』で描かれるような、どこか海外を舞台にしたアニメーションの世界観と似ている。最初に見たときは、北海道の空知地方を舞台にしているけれど、現代とは次元が違う、いわば多次元的なパラレルワールドの物語なのかと思ったくらいだ。
主な登場人物は大泉洋演じるアオと、染谷将太演じるアオの弟・ロク、そして映画初出演となるミュージシャンの安藤裕子演じるエリカの3名。アオは“黒いダイヤ”と呼ばれる葡萄ピノ・ノワールの育成とその醸造に励んでおり、ロクは亡き父親から受け継いだ小麦畑の生育に取り組んでいる。そんな兄弟が住む土地のすぐ隣にキャンピング・カーに乗ったエリカがやってきて、突然穴を掘り始める。彼女の目的はアンモナイトの化石を見つけること。当然、いきなり来て穴を掘り出したケッタイな女性エリカにアオは敵意を剥き出しにする。しかし、やっていることは破天荒だけれど人間臭くて親しみやすいとても魅力的なエリカに、アオ以外の人間はどこか惹かれ、彼女と親しくなってしまう。そしてアオ自身もイライラしながらも次第にエリカに惹かれていく。そんな展開の物語だ。
だが、ファンタジー作品のような見た目とは裏腹に、それぞれの登場人物が抱えるドラマはとても複雑で重い。

まずはアオ。実はアオは元々音楽が大好きで指揮者になる夢を持ち、反対する父親と折り合えず、家を飛び出した経緯がある。学生時代に自分が音楽で獲ったトロフィーをごっそり捨てられたこともあったのだ。そしてどうにか東京で成功をし、新聞に載るほどまでになった。だから、父親が死んだという知らせを受けたときも、怒りに任せて家に戻ろうとしなかった。
ところがある日、アオに思いもよらない出来事が巻き起こる。突発性の難聴に襲われたのだ。かくして耳に障害を抱えたアオは、音楽の道を断念せざるを得なくなり、実家に戻り、葡萄作りに励むようになる。

登場人物それぞれが心に深く重い傷を負っている

誰だって自分のやりたい事、夢を目指すことを諦めざるを得なくなるときほど、辛いことはないと思う。ましてや家族と断絶してまで、つかみとった道を諦めるなんて並大抵の辛さではない。しかも次に始めた葡萄作りはうまくいかない。アオが夢見るワインの味にはならない。ただただ土臭いワインになるばかり。そのイライラもあり、アオはいつの間にか“笑わない男”になっていた。自分を慕ってくれる弟にもぶっきらぼうな態度を取るばかり。もちろん訪ねてくる顔なじみの警官や郵便局員にも同じ様に素っ気ない態度を取る。生きてはいるが、生きる喜びを感じていないような態度だ。

それで良いのだろうか。
確かに、人は不幸に見舞われたとき、「なぜ私が?」と考えがち。幸せそうに見える他人と比べて、自分だけが不幸のどん底にいるような気持ちになる。しかしそれは考え方次第でいくらでも変わる。自分に起きた出来事を不幸としかとらえられず落ち込むか。あるいは「畜生、神様は俺に試練を与えているな」とその出来事をまるでゲームに出てくる障害のようにとらえ、意欲的に乗り越えていくか。待ち受けている人生は全く変わってくる。
アオの場合はまさに前者。自分で自分を呪うように笑いを忘れ、人からの愛を拒み、ただただ偏屈に葡萄を作り続けてきた。いわば負のパワーをまき散らしながら葡萄を作っているのだ。愛を感じながら育った植物と、怒り等の負のパワーをぶつけられながら育った植物とでは、科学的にどう差が出るかわからないが、植物だって生き物。負のパワーを与え続けられたら美味しく実のつくものもつくわけがないのではないか。本作を見ていると、そんな気がするのである。映画では、途中でアオが少し改心し、葡萄に皆が奏でる音楽を聞かせる。すると葡萄の実の味が少しだけ変わるシーンがあるのだ。

アオがこのような心のトラブルを抱えている一方、エリカにも同様なトラブルがある。アオは家族を捨てて出ていったが、エリカは逆に実母に捨てられた経験がある。しかもその後、学生時代に父親を亡くして苦労した経験もある。三つ子の魂百までと言われるように、小さい頃に負ったトラウマはなかなか覆せるものではない。そのトラウマが実は彼女の穴掘り行為にも繋がっている。そして、その自分の思いを現在も生きている母親にぶつけられずにいる。
アオの弟・ロクも、心のどこかに負の思いを抱いている。それはアオへの憎しみの心だ。年齢差のある弟の自分を、なぜ父親が亡くなった後ずっと放置していたのか。北海道の広大な空知という土地に、たった一人で生活することの苦労や辛さ。どれだけ孤独感に苛まれたことか。しかし、ロクはそれをアオにぶつけることなく、ずっと心の隅に残したまま、アオと接しているのである。

ファンタジー風世界は悩みを持つ者の逃避の象徴

このようにそれぞれが様々な悩みを抱えつつ生きている。楽しそうに見える人でも、苦しいことが起こらないとは限らない。誰もが他人には言わないだけで、苦しみや悩みを抱えて生きているのかもしれない。それが人間ってものだろう。それら困難をどうとらえるか、どうやりこなすかで人生は大きく変わっていくものだ。

一言で言えば、本作は挫折と再生の話。それを表面的にはファンタジーのような色合いで見せることで、よりその深淵なドラマ部分が色濃く見え、胸を打つ。一見、軽くシャレたタッチの、特に女性が好みそうな世界観の中で、辛い内容が展開するからこそ、普遍的なテーマがより浮き彫りになるのだろう。これがいかにも「暗いドラマをやります」という体だったら、最初から見る気も起きないだろう。「あ、こういうカントリー風の家っていいな。部屋の内装がステキだな」と、思わず真似したくなるような光景の中、実は重いドラマが展開していくから良いのだ。
さらに、そのファンタジックに見える世界観は、現実から目をそらし、物事に真正面からぶつかれなかったアオ、エリカ、ロクの心象風景のようにも思える。どこかそういう夢の世界にそれぞれが逃げ込んでいるようにも見えてくるのである。そこが面白い。
また役者たちの演技も素晴らしい。現実に振り切りすぎず、若干ふわふわした感触を見事に残しているからだ。その演技の味わいもたまらなく良い。

多くのファンタジー映画が登場人物たちの成長譚を描くように、この作品も現実離れした世界観の中でそれぞれの心の成長が刻まれる。見る者はきっと、北海道の空知を旅しながら、兄弟やフラリと現れた女性とのやりとりにクスクス笑い、時に涙し、映画館を後にするときは爽やかな感動と共に、少し自分が成長した感を味わえるだろう。本作はそんな面白い作品なのだ。
Movie Data
監督・脚本:三島有紀子/出演:大泉洋、安藤裕子、染谷将太、田口トモロヲ、前野朋哉、りりィ、きたろう、大杉漣、江波杏子ほか
(C)2014「ぶどうのなみだ」製作委員会
Story
舞台は北海道・空知地方。父親が遺した葡萄の樹と小麦畑のそばで暮らしている兄のアオと一回り年の離れた弟のロク。ロクは小麦を育てているが、アオは“黒いダイヤ”と呼ばれる葡萄ピノ・ノワールから理想のワインを醸造しようと悪戦苦闘していた。ある日、キャンピング・カーに乗った旅人エリカが現れ、兄弟の生活に変化をもたらしていく……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

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(C)2014「TWILIGHT ささらさや」製作委員会

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

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