2014.08.12
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『GODZILLA ゴジラ』 「自然の脅威の前には、人間たちは無力」という現実を突きつける

今回は、3.11で世界が感じた「自然の脅威の前には、人間たちは無力」という現実を突きつける『GODZILLA ゴジラ』です。

第一作のゴジラは水爆実験の影響で地上に現れた

怪獣映画という新しいジャンルを生み出して、世界中に多くのファンを持つ『ゴジラ』シリーズ。その人気ぶりは、エンターテイメント界で活躍した有名人の名を刻む「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」に、ゴジラの名も加えられていることからも明らかだろう(ちなみに日本のキャラクターとして登録されているのはゴジラのみ)。
そんな『ゴジラ』が誕生したのは1954年。第一作では、ゴジラが人間世界に姿を現したのは、度重なる水爆実験のせいであった。恐竜の末裔であるゴジラの安住の地を水爆が破壊したという設定だった。後のシリーズでは、ゴジラは核実験の放射線で恐竜が変異した生物となったが、最初の設定では、人間たちの愚かな行為が起こさなくてよい生物を地上に呼び起こしてしまったという形だった。そしてゴジラは太平洋上で船舶を襲った後、大戸島を経て東京に上陸。大暴れして東京を壊滅させた後、海中に潜んでいたところを芹沢大助博士が開発したオキシジェン・デストロイヤー(水中酸素破壊剤)で退治されるという展開だった。
つい最近、その54年版『ゴジラ』のデジタルリマスター版が作られ、劇場公開されたので再見したが、すごいのはまだ戦争の傷跡が生々しい時代に、この映画が作られていた事実だ。考えてみれば、終戦からわずか9年後に作られた映画なのである。劇中、ゴジラによって再び大混乱の中に巻き込まれた人々からは、当たり前のように「また疎開か」なんてタメ息まじりの台詞が飛び出している。そんな戦争の傷跡が癒えていない時に、再び怪獣によって焼け野原になっていく東京を描くという意味。これを考えると製作者の強い意図が見えてくる。大量破壊兵器を作ることの恐ろしさ、戦争のバカバカしさ、まさにこの映画の描きたい核はそこだ。そしてその思いは、オキシジェン・デストロイヤーという水中の酸素を一瞬で破壊し、その場にいる水中の生き物を死滅させ、さらに液化してしまう恐ろしい大量破壊兵器を作りあげた芹沢博士が、自らその兵器と共に海中に没して自害するという場面で、さらに強く響いてくる。想像すればわかることだが、オキシジェン・デストロイヤーを使って死滅したのはゴジラだけではない。ゴジラの近くにいた海中生物は、魚だけではなく貝や海藻、サンゴやプランクトン、すべてが死滅したということなのだ。それらは果たして再生するのかもわからない。そんな恐ろしいエンディングでもあった。
一瞬で何万もの尊い命を奪う原爆を2度もくらった日本が、いくらゴジラを倒すためとはいえ、このような大量破壊兵器を使ってしまう。人間の身勝手さを象徴するラストであった。そして、そのラストにより、事のすべてを起こすのは人間であり、人間の恐ろしさを強調する作品に仕上がっていた。

新作「GODZILLA」は大自然の脅威の象徴

で、今回のハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』である。今回のハリウッド版では3.11の地震とその時に起きた原発問題が明らかにモチーフとして流れる。大地震、原子力発電所の崩壊、そして大津波までが、しっかりと映画の中で流れるからである。しかも大津波のシーンではドキッとするショットがあった。それは高いビルの上に避難した人々が下を見ている光景だ。あの3.11の際、ニュースで何度も放映された津波の映像と重なる。私はこれまで津波を描いた映画の中でああいうショットは見たことがない。眼下には渦巻く水と、それに流される家や車や様々な物、物、物……。私達が自然の猛威の前には無力なのだと、ただ呆然となるしかなかった、あの時の体感がまざまざと甦ってくる。
そうなのだ。これまでのゴジラは人間が作ったモンスターであったが、今回はそこが大きく違っている。『GODZILLA ゴジラ』のゴジラは地球上の放射線を主食とする生物なのだ。今より10倍、放射線量が高かった時代は地上にいたが、放射線が少なくなってからは地下あるいは海底に潜って地球の核の部分から放射線を得ていたという設定である。そんなゴジラを目覚めさせたのが原子力潜水艦の存在。原子力の開発で再び放射線量が高くなった地上に出てきたということだ。つまり人間が地上を放射線で汚して、もっと端的に言えば日本に原爆が落とされるなどの行為があったからこそ、ゴジラは地上の放射線量の変化をキャッチし、地下から上がってきたのである。しかも面白いのは、実はゴジラの存在はかなり前から確認されており、度々行われていた原爆や水爆実験は、実験と称しつつ実のところはゴジラを倒すためのものだったという設定になっている。

このように、ゴジラは私達人間が地上にのさばる遥か昔から存在する生物で、いわばゴジラは大自然の脅威そのものであり、また大自然が生んだ「怒れる神」=「破壊神」として本作では位置づけられている。だから今回のゴジラは今まで出てきたどのゴジラよりも体が大きい。名前を英語表記すると、「GOD=神」が入っているゴジラ。まさに神として君臨する生き物なのだ。

本作では、そんなゴジラ=圧倒的な自然の力の前では何もできない無力な人間像と、それでも必死に生きようと戦う者たちが描かれる。観客は、そのような極限状況の中に放り込まれていく感覚に襲われるだろう。

時々の社会問題を提起し続ける「ゴジラ」シリーズ

本作はストーリーを追うタイプの人には向かないかもしれない。実際、ストーリーはとてもシンプル。後半など台詞すらほとんどない。そんな中であなた自身は何を感じるか、どんなテーマ性を感じ取るのか、それが委ねられていく。昨今の映画は主題から何から何まで、全てをわかりやすく見せたがり、台詞で全てを語りたがってしまうものが多いが、本作は見る者が自分で感じ取るしかない。ブルース・リーの代表作『燃えよドラゴン』に「考えるな、感じろ」という台詞があるが、『GODZILLA ゴジラ』はまさにその精神で見なければいけない作品である。
その精神で見ていくと、自然の脅威をコントロールできると思い、土をアスファルトで覆い、文明の力で切り抜けようとしている人間の傲慢さが見えてくる。確かに、土に直接触れず、夏でも冷蔵庫で食物を持たせることができるようになり、涼しく衛生的な生活を送れるようになった人間は、昔に比べれば長生きできるようになっているのは事実。しかし、文明生活は地球を驚異的に変貌させてもいる。
アスファルトが土に比べ、どれだけ地表の温度を上げていることか。それがどれだけ気候に影響していることか。それだけではない。涼しい生活を求めてクーラーが当たり前になった結果、室外機の温度で都会ではさらに熱が上がっている。それが豪雨をもたらす原因にもなっている。日本だけではない。世界中で気候がおかしくなっているのは、連日報道されるニュースを見ていれば、火を見るより明らかだ。

また自然を汚すのを止められないでもいる。福島では未だに原発からの汚染を留められず、世界各国でも多くの原発が稼働し、恐ろしい核廃棄物というシロモノを後世に遺し続けている。
地球だけではない。人類は宇宙にもゴミを出し、汚し続けている。地球の周囲をどれだけのスペースデブリと呼ばれるゴミが飛んでいることか。何か新しいことに着手した時、文明を進化させた時には必ずその代償が出ることを考えず、目先の損得だけに振り回され、結果的に公害など様々なトラブルを起こしてきたのが人間なのだ。
『ゴジラ』シリーズは、例えば公害が問題になった時はヘドラという怪獣を登場させゴジラと戦わせるなど、その時々の社会状況をしっかり折り込み、問題提起する作品を創り続けてきた。本作『GODZILLA ゴジラ』も、今までのシリーズのDNAを持った作品に仕上がっている。3.11で世界が感じた「自然の脅威の前には、人間たちは無力」という現実。そして自然の崩壊が地球の崩壊に繋がりそうな現代に、確実に警鐘を鳴らしている。

ちなみに続編の製作がこの度、発表された。監督のギャレス・エドワーズは、次は宇宙怪獣のキングギドラとモスラを登場させると息まいている。ひょっとして『ゼロ・グラビティ』でも描かれたスペースデブリの問題に焦点を当てるつもりだろうか。とにかくまたきっと『考えるな、感じろ』映画になるに違いない。
Movie Data
監督:ギャレス・エドワーズ/出演:アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺謙、エリザベス・オルセン、ジュリエット・ビノシュほか
(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. & LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS LLC
Story
アメリカ軍の爆発物処理班であるフォードは、父ジョーが日本の立ち入り禁止区域に入って逮捕されたという知らせを受け日本へ。15年前、地震と思われる振動で原子力発電所が崩壊。その事故に巻き込まれて母が亡くなったが、それ以降、ジョーは発電所崩壊の真相を探り続けていたのだ。そして日本でフォードはとんでもないものを目にすることに……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

好きなものになるためには何が必要か?

なりたいものになる。言うのは簡単だけれど、実はなりたいものには簡単になれるわけではない。懸命な努力があってこそ、ようやく実を結ぶものだ。医者になりたいなら医大に入り、多くの勉強や研修を積む必要があり、漫画家になりたいなら漫画をたくさん読むだけでなく映画や小説なども鑑賞し、デッサンの勉強も必要になってくる。
本作の主人公・春子は、まだ15歳。亡くなった母親と同じく舞妓になりたいと思い、京都の小さな花街・下八軒にやってくる。そこで彼女を待ち受けていたのは、気の遠くなるような稽古の数々。例えば、春子は鹿児島弁と津軽弁の二つの方言で普段話しているが、まずそれをすべて京都弁に直さなければいけない。そして、お座敷の礼儀作法はもちろん、日舞や三味線、鼓などの稽古もし、先輩である芸妓さんの支度なども手伝い、誰よりも早く起きて掃除もしなければいけない。色々失敗して毎日怒られる日々。やがて、ストレスから声が出なくなり……。
それでも頑張り続ける春子が、やがては一人前に成長していく様を、ミュージカルという手法を取り入れて描いたのが本作『舞妓はレディ』なのだ。好きなものになるためにへこたれずに努力を支払う。それだけの情熱を持てるかどうかで、自分の人生は変わっていくだろう。是非未来を考えるべき中学生~高校生の皆さんにじっくりと見て楽しんでほしい一本。夢は思うだけでは叶わないことがわかるはずだ。
監督・脚本: 周防正行/出演:上白石萌音、長谷川博己、富司純子、田畑智子、草刈民代、渡辺えり、竹中直人ほか
(C)2014 フジテレビジョン 東宝 関西テレビ放送 電通 京都新聞 KBS京都 アルタミラピクチャーズ

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

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