2014.06.10
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『her/世界にひとつの彼女』 OSと人間との究極の純愛を通して「人間の本質」が見えてくる

今回は、OSと人間との究極の純愛を通して「人間の本質」を描いた『her/世界にひとつの彼女』です。

人工知能型OSに恋をし、生活に張りを戻していく男

良い映画というのは、様々な事柄が重層的に描かれ、見る者に様々な解釈をもたらしてくれる。例えば『E.T.』。地球に取り残されてしまった宇宙人と、彼を助けたエリオット少年との心温まる友情映画だが、そこには離婚して母子家庭となってしまったエリオット一家の現実も描かれていた。日々の生活が忙しくて子どもたちのことを見ているようで見ていない母の姿、父親への複雑な思いをにじませる少年。そして父がいないからこそ、より結束が深まっているのであろう兄と妹との兄妹愛……。そういった要素が複雑に絡まりあって、ひと筋縄ではいかぬドラマ性を生み出し、多くの人々に感動を与えた。
この『her/世界でひとつの彼女』も、ベースはSF仕立てのラブストーリーなのだが、人によってかなり異なる見方をさせてくれる作品だ。物語の舞台となるのは近未来のロサンゼルス。他人の代わりに相手への想いを伝える代筆ライターの仕事をしているセオドアは、幼なじみでもある妻と別居中。離婚カウントダウン状態だ。他人には素敵な愛のメッセージを書き綴る彼だが、彼自身は孤独に苛まれ、精神的には落ち気味。家に戻っても対話機能つきのゲームで、こましゃくれた少年キャラを相手に喋るだけの日々だ。
そんなむなしい日々を送っていた彼は、人工知能型OSを購入し、自分のパソコンにインストールする。このOSはいわば一つの人格を持っており(といってもプログラムでそのように見せているのだが)、日々自ら学習して様々なことを語りかけてくる。もちろんメールやパソコン内の整理もしてくれるし、携帯電話にも対応し、どこから留守録が入っているとかまで教えてくれる。ネットに繋がることならば、何でもやってくれるOSなのだ。しかもセオドアのOSは「サマンサ」と名乗り、とてもクレバーでセクシーな女性の声で語りかけてくる。実体こそないけれど、そのコミュニケーション能力は人並み以上。人工知能型のため、どんどんセオドアの求めることを先回りしてやってくれるようになっていく。もちろん孤独な彼の心を癒すように会話にも積極的に乗ってくれる。
そんな毎日を繰り返すうちに、いつしかセオドアはサマンサに恋をしてしまうのだ。OSに恋するなんて、非常におかしなことに思えるが、あながちあり得ないとは言えないだろう。例えば、通称「育てゲー」と言われる、登場キャラクターを育てるタイプのゲーム。私自身も経験があるが、懸命に言葉などを教え込み、必死になって育てたキャラクターと別れることがある。するとどうだろう。たかがプログラムされたゲームなのに、そのキャラクターが目の前からいなくなる瞬間、どうしようもない悔しさとそのキャラを離したくない想いでいっぱいになる。また、一時期携帯ゲームで話題になった「たまごっち」もそうだ。死んでしまったたまごっちを悲しむ多くの小学生や、たまごっちの墓までできたことがニュースにもなった。このように、人は相手が生き物ではなくても想いを込めてしまうことがあるのだ。
セオドアも、サマンサとの交流をプログラミングされたOSの反応だとは考えず、そういう想いを込めてしまうタイプの人間なのだろう。普通の女性とまるでデートするようにサマンサとの会話を楽しみ、彼女との時間を何よりも大事にするようになっていく。その結果、驚くべきことが起きる。別居して気落ちしていた彼の生活にハリが出てくるのだ。サマンサとコミュニケーションを取ることで精神的に充実感が増し、塞ぎがちだった彼がどんどん前向きに、そしてついには別居前の明るさ、以前と同じ人格を取り戻していく。
つまり、本作はそういった愛が与える効果について丁寧に描いている。いわば人種を超えた愛、愛の素晴らしさを謳った作品とも言える。見る人によっては、それだけで評論を展開させることも可能だろう。それくらい、この映画は登場人物の性格や背景描写が見事でもあるのだ。

人間の身勝手さが際立つ究極の純愛ドラマ

しかし筆者がこの映画を見て強く感じたのはもっと別のことだ。それは、「人間の身勝手さ」。セオドアは当初、世間体を気にし、OSに恋しているなど、とても誰にも言えないと思っていた。ところがある日、思い切って友人に告白してみると、別段否定されず、実は自分以外にもOSと恋をしている人が意外と多い現実を知っていく。それからは、照れずに堂々とOSに恋していると世間に言えるようになっていく。ある夫婦からダブルデートを誘われた時は、携帯にインストールしたサマンサを持っていったり、携帯内蔵のカメラで自分の顔や風景などを見せたりと、サマンサに自分のことや世界のことをもっともっと知ってもらえるように仕向けていく。そしてそういう行為がサマンサをより成長させ、やがて彼女に自分の思考や願望といったものを生じさせていく。つまり、サマンサはより人間らしい存在へと変化していくのだ。
すると、今度はもっともっと世界を知りたい、愛とは何かを知りたいと知識欲と好奇心を抱くようになったサマンサに、セオドアは不安感や不信感、時には嫉妬といったダークな思いを巡らせるようになっていく。愛と憎しみは背中合わせだというけれど、まさしくセオドアもそうで、時には自分から彼女を遠ざけたりするようになっていく。すると不安を感じるようになったサマンサは、時には絶望の果てに追い込まれながらも、何とかセオドアとの関係を修復したいと必死になる。
そのくせ、今度はサマンサがセオドアに対して距離を置くようになると、セオドアはいてもたってもいられなくなる。もともと自分からサマンサを遠ざけたのに、だ。何と言う身勝手。このセオドアの身勝手さは、人間とOSとの「禁断の恋」のシーンに表れていると筆者は思う。具体的には紹介できないので、ぜひ実際に見て感じとってほしい所だ。

セオドアだけではない。人間は皆どこかで身勝手なのである。結局は他人の気持ちなんておかまいなし、自分の気持ち次第で相手に対する態度をコロコロと変え、勝手に自分で落ちたり、高揚したりするのだ。前出の「たまごっち」にしたってそうだ。墓が作られるほどのブームになったにも関わらず、今、どのくらいの人がたまごっちを続けているだろうか。かくいう私もバーチャルペットがいなくなった時はあんなにも悲しんだのに、今ではそのゲームを全くやっていない。
そういった人間の本質ともいうべき身勝手さが、この映画では丹念に描かれていく。例えば、一つの恋愛が終わる時、それが人間同士の恋愛であるなら、身勝手な生き物同士だからどちらが悪いか、どちらが別れの原因かは見えにくいだろう。しかし、本作では片やプログラムで最も純粋な存在であるがゆえに、人間の身勝手さがよりわかりやすく浮き彫りになっていくのだ。私はそこに人間という生き物の欠陥を見ると共に、不完全であるからこその愛らしさ、馬鹿な生き物であるがゆえの魅力を感じとってしまった。
本作は、OSとの恋というものを通し、人間という生物の根源が見えてくる作品になっているというわけ。その何が見えてくるかは、人によって全く違うはず。それがこの映画の面白さでもあるのだ。果たして、あなたは実際にこれを見たら何を感じとるだろうか。セオドアがどうなっていくのか、サマンサとの恋の結末はどうなるのか。その展開を楽しみつつ、「人間の本質」について、じっくりと考えていただきたい。
Movie Data
監督・脚本:スパイク・ジョーンズ/出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソンほか
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
Story
そう遠くない未来のロサンゼルス。ある日セオドアは最新のAI(人工知能)型OSを起動させる。すると聞こえてきたのはややハスキーだけど明るい女性の声。彼女の名前は「サマンサ」。AIだけどユーモラスで純真でセクシーさを感じさせるサマンサに、いつしか彼は恋をするようになる。しかしその恋は予想外な展開へ……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

主人公のひと夏の出来事を追体験できる作品

この映画は芦田愛菜の映画単独初主演作としても話題の作品だ。
彼女が演じているのは大阪の団地に暮らす「こっこ」こと、渦原琴子。小学3年生の彼女は、同級生が「ものもらい」になったと聞けば、「ものもらい」という単語をジャポニカ学習帳に書き留める。まだまだ色々なことを知らない彼女のジャポニカには、様々な言葉がたくさん詰め込まれている。そんな彼女が大家族に囲まれながら成長していく物語だ。
本作を大人が見ると、『ちびまる子ちゃん』同様、子どもの頃の思い出という琴線に触れ、懐かしく楽しめるだろう。主人公と同じ小学生が見ると、「こっこ」が体験するひと夏の出来事は、まさしく追体験となるはず。「こっこ」と同じ視点で冒険を楽しめ、もしかしたら「こっこ」の成長が見ている小学生たちをも成長させていくことになるかもしれない。ぜひ、小学校2年生~3年生に見てほしい。口は悪いけれど、少々のことではへこたれず、人と違うことに幸せを感じる「こっこ」。近年のちょっとしたことで心が折れがちの子どもたちにも、確実に魅力的に映るに違いない。
大人の方には、本作から子ども時代の色んなことを知ることの楽しさ、感性が豊かだった頃のことを思い出していただきたい。自分の感性がいかにさびついてきているかを思い知らされ、再び好奇心や知識欲が高まるにきっかけになるかもしれない。
監督:行定勲/原作:西加奈子/出演:芦田愛菜、伊藤秀優、青山美郷、入江苔儀、丸山隆平、八嶋智人、羽野晶紀、いしだあゆみ、平幹二朗ほか
(c)2014「円卓」製作委員会

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。また、2012年4月より京都精華大学 マンガ学部にて非常勤講師を務める。

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