2013.10.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

『42~世界を変えた男~』 MLBの初の黒人選手となった男の奇跡の実話

今回は、MLBの初の黒人選手となった男の奇跡の実話『42~世界を変えた男~』です。

人種差別を毎日のように繰り返し受けることとなったら・・・

人の心には様々なマイナス感情がある。恨みや羨み、蔑み、怒り……などだ。そういう感情が嫌な意識を作りあげていく。その中でも最も忌むべき意識、それは「差別」ではないだろうか。実際、人はささいなことでも他人に対して差別したがる傾向がある。
もちろん誰だって自分が底辺にいるとは思いたくない。自分がどこかで他人よりも優れていると思い込みたい。そういった気持ちが差別意識を生み出していくのだろうが、やはりおかしいと思う。特におかしいと感じられるのが、生まれ持った皮膚の色に関する差別意識だろう。
実は、私も旅行先のイギリスでちょっとした差別を受けたことがある。たまたまその時は少しだけ豪華なホテルに宿泊することになり、そのホテルがある区画の高級住宅街を歩いていたら、クルマに乗った4人の白人男性からヤジられたのだ。「なんでお前みたいなヤツがこんな所を歩いているんだ」「邪魔なんだよ」と。別に私は車道を塞ぐように歩いていたわけではない。普通に歩道を歩いていただけだ。ハッキリではなかったが「イエロー」という言葉も耳に入ったので、恐らくアジア人のお前には似つかわしくない場所だ。とっとと出ていけ……ってな感じで言われたのだと思う。初の出来事だったので驚いたが、なるほどこういうことが様々な民族が住む場所では、日常にある光景なんだろうなぁと思い、その時は腹も立たなかった。むしろそんなことでヤジを飛ばし、人を不快にさせようとする彼らの方が哀れに感じたほどだった。

しかし、このような差別を毎日のように繰り返し受けるとなったらどうだろう。本気で嫌気が差し、何もかもやりたくないと思ってしまうのではないだろうか。

今回紹介する『42~世界を変えた男~』は、まさにそんな差別問題と、その差別に負けまいと戦い続けたある男にスポットを当てた感動作だ。主人公となるのはアフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン。野球に詳しい方ならおなじみの名前だろう。

黒人選手を排除するのが伝統だったMLB

物語は、このロビンソンをメジャーリーガー入りさせようとする、メジャーリーグ球団幹部のブランチ・リッキー(ハリソン・フォードがとても巧みに演じていた)が決断する所から始まる。1947年のことだ。この頃は、白人専用トイレが当然のようにあるなど、徹底的に有色人種は差別されていた。例えば野球を見に行く時でも、有色人種は「COLORED」と書かれた入口から入らねばならなかったほどだ。しかもアフリカ系を排除するのはメジャーリーグベースボール(MLB)では伝統でもあった。1890年以降、ずっとそうしてきたからだ。そんな中での選手起用。当然のことながら問題は山積みだ。
しかもロビンソン自身、差別問題に対する意識の高い人間だった。劇中でもメジャーに招かれる前、アフリカンアメリカ人だけの野球チームの遠征先で、ガソリンスタンドの店主に「トイレは白人専用だ」と言われ、ロビンソンは堂々と抗議に臨んだ。誇り高い人なのだ。そんな彼がリッキーから言われたことは、「やり返さない勇気が欲しい」。つまり何が起ころうとも「耐えろ」ということ。MLBでは風当たりが相当に強く、嫌がらせなどが横行することを見越して、そんなアドバイスをしたのである。
さて、ここでまずその実在の人物であるロビンソンについて紹介しておこう。1919年1月31日にジョージア州で生まれた彼は、たぐいまれなる運動能力を持っていた。なにしろフットボール、バスケットボール、野球、陸上の四つのスポーツで奨学金をもらい、高校へ進学したというのだから。その後、UCLAの名で知られるカリフォルニア大学ロサンゼルス校に進学。そこで劇中でも彼を支える大きな存在となる妻・レイチェルと出会うことに。しかし「黒人が仕事に就くのに学問は役に立たない」と退学。その後は妻が働く青年局でスポーツ指導者となるが、第二次世界大戦で仕事を失い、平日は建設会社で、日曜はフットボールでセミプロとして活躍した。1942年には徴兵され、戻ってきた1945年に黒人専用プロ野球リーグ「カンザスシティ・モナークス」に選手として参加。その時の活躍などが目に止まり、メジャーリーガーとしての道が開けることになったのだ。

人間の差別意識の根幹にある不安や妬み

ロビンソンが黒人専用リーグに誘われた頃、リッキーはブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)の社長&GM兼任であった。そこで、まずロビンソンをドジャースの傘下であるマイナー・リーグのモントリオール・ロイヤルズに入れる。しかしここからが苦闘の道のりの始まりだった。観客たちのブーイングはもちろんだが、敵方の選手や監督、マスコミや審判、果ては同じチームメイトから、周り中のすべてが敵になり、言われもない差別を受け始めるのだ。これらのシーンは、見る者の胸に彼の苦しみや怒りが突き刺さってくるだろう。だがロビンソンはリッキーと約束した通り、懸命に耐えて、耐えて、耐え抜く。そして自らも争いの火ダネを巻かないよう、例えばシャワーは全員の選手が浴びた後に使用するなど、自分なりの気遣いも忘れずに行っていた。

どんなにたたかれ、どんなに差別されようとも、岩のように揺るがず、受け流す「耐」の1字で野球だけを頑張るロビンソン。その姿は見どころだ。そして世界は少しずつ変わり始める。見る者は必ずや心打たれるだろう。しかし、同時に思うのは差別のバカバカしさ。しなやかなバネのきいた身体、瞬発力、走る速さなど、どこを取っても超一流なロビンソンは、野球選手としてはピカイチな存在だ。それは一緒にプレーをしている者であれば、イヤでも感じるはず。つまり彼に対して差別をしてきた選手たちのほとんどが、彼の才能を妬み、そしてアフリカ系の選手が増え、自分たちよりも活躍することが目に見えているからこそ不安を感じ、ロビンソンをたたこうとしていたのだ。

差別意識の根幹には、常にそういう思いがあるのではないだろうか。これらのシーンを見て感じたことだ。だとしたら、なんと人間は自分のことしか考えぬ愚かな生き物であるか。いつか必ず自分より優れた者が自分を追い抜く時は来る。そうやって人間は太古の昔から進歩してきたのだ。それを受け入れられないようでは話にならない。その先見の明により、アフリカ系選手の獲得に乗り出したリッキーは実に大人物だと思う。
差別はなくならないと多くの人々が言う。けれど、差別意識の根幹にある不安や妬みといったマイナス感情が、誰の心にもあることを認めるだけでも差別意識は変わってくるのではないだろうか。ロビンソンに対し、最初は非協力的だった人達が、次第に彼の頑張りやハンパない努力を認め、彼に対する態度を変えていく様を見ると、そして実際にロビンソンの開拓によりメジャーリーガーにアフリカ系の選手はもちろんのこと、日本人選手も大活躍している現実も踏まえると、どうもそういう気がしてならないのだ。
いずれにしろ、ここでは紹介しきれなかった奇跡のトゥルーストーリーをぜひ劇場で味わってほしい。涙と共に、心深く突き刺さる感動があるはずだ。
Movie Data
監督・脚本:ブライアン・ヘルゲランド/出演:チャドウィック・ボーズマン、ハリソン・フォード、ニコール・ベハーリー、クリストファー・メロー二、アンドレ・ホランドほか
(C) 2013 LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS LLC.
Story
1947年、ブルックリン・ドジャースのGMリッキーは周囲の反対を押し切り、黒人選手のロビンソンとメジャー契約を結ぶ。だがその事は周囲に予想以上の反響を巻き起こす。ロビンソンがいるというだけで、ホテルから宿泊を拒否されたり、誹謗中傷や脅しの手紙が球団に送られたり、チーム全体に嫌がらせが及ぶ。しかし、その中でもロビンソンは自制心を貫き通していくのだが……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『清須会議』

戦国の武将たちが繰り広げる笑いと感動の心理戦

三谷幸喜監督の最新作は『清須会議』。小説として刊行した自分の作品を、映画にしたものだ。三谷監督作品と言うと、どうしても「コメディ」「楽しい作品」という印象がつきまとうが、本作はただ単に笑えるだけの作品ではない。日本で初めて会議で歴史が動いたとされる清須会議を中心に、本能寺の変で亡くなった織田信長の跡目争いに奔走する、柴田勝家、羽柴秀吉らの姿を描いたもので、あくまでも人間ドラマとしての仕上りになっているのだ。

己の野心や欲望など腹に一物ある人々が、懸命に会議前に根回し攻撃を行う姿や、跡目争い中に優秀さを競う旗倒しというバカバカしい遊びに、本気で熱くなって挑む姿は、その必死さも相まって最高に滑稽だ。
己の野心や欲望など腹に一物ある人々が、懸命に会議前に根回し攻撃を行う姿や、跡目争い中に優秀さを競う旗倒しというバカバカしい遊びに、本気で熱くなって挑む姿は、その必死さも相まって最高に滑稽だ。
けれど、後に秀吉が天下人となっていった歴史、柴田勝家がどんな最期を迎えたのかという現実を思うと、その懸命さが愛おしさに変わっていく。同時に人の世のはかなさも感じられ、うっすらと物悲しさも感じてくるとても良い作品に仕上っている。

また、こういう天下を取ろうという人が現れては消え、消えては現れて現実世界が築かれてきたことが、身近な感覚でとらえられているのも面白い。中学生以上ならば歴史の勉強にもなり、世の常のことを色々考えさせてくれる作品として楽しめるだろう。ちょっとクスクス笑いつつも、タメにもなる、かなり面白い作品である。
監督・原案・脚本:三谷幸喜/出演:役所広司、大泉洋、小日向文世、佐藤浩市、妻夫木聡、寺島進、でんでん、剛力彩芽、中谷美紀、鈴木京香ほか
(C)2013 フジテレビ 東宝

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

pagetop