2013.08.13
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『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』 人間の愛の本質に迫った娯楽大作

今回は、愛するがゆえに様々な感情を生み出すという、人間の本質に迫った娯楽大作『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』です。

『スター・トレック』シリーズ中、最高に見ごたえのある作品

『スター・トレック』は、日本では『宇宙大作戦』と言ったほうがピンと来る人が多いかもしれない。アメリカでは1966年からテレビ放映がスタートしたSFドラマシリーズだ。『スター・トレック』の舞台は23世紀、すでに宇宙人との交流が普通に行われている世界である。惑星連邦を守護し、深宇宙探査・防衛・外交・巡視・救難などあらゆる任務を行う惑星連邦宇宙艦隊。その宇宙艦隊の最新鋭艦が、カーク船長率いる宇宙船「U.S.S.エンタープライズ号」だ。そのエンタープライズ号が、人類最初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立った中で体験する驚異を綴った物語が同シリーズである。
日本では知らない人も多くいるだろうが、この『スター・トレック』は世界規模で見たらとんでもない人気作なのだ。世界中に“トレッキー”と呼ばれる熱烈ファンがいて、新しいシリーズも次から次へと作られている。テレビシリーズだけでもなんと5本。さらに12本の映画、1本のアニメシリーズが製作されており、どれもヒット。日本でのテレビシリーズは1969年に『宇宙大作戦』の名でスタートした。当時のSF好きな子どもたちの胸を大いに高鳴らせたものだ。
今回紹介する映画は、12本目の作品となる『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』。最初のテレビドラマシリーズ『スター・トレック』の前日譚に位置する作品であり、2009年公開の映画『スター・トレック』の続編となる。

こういった成り立ちを書いていると、なんだかそれだけでおなかいっぱいな感じもしてくるし、映画を楽しむにはすべてのシリーズを見ておかなければダメなのか……と、はなから見る気が失せてしまう人もいるだろうが、そんなことはない(もちろん2009年版の映画や最初のテレビシリーズを可能ならちょっと見ておいた方が無難だが)。というのも、本作『~イントゥ・ダークネス』は1作だけでもとても見ごたえのある素晴らしい作品になっているからだ。

愛ゆえに、人は悲しみ、怒り、殺意をも抱く

今回の作品は、死にかけた一人の少女と、彼女を見守ることしかできない家族の物語から始まる。どんなに文明が発達しようとも逃れられない病気は存在する。少女はまさしくそんな病に冒されていた。そこへ現れるのがジョン・ハリソンという謎の男。彼は「私なら娘さんを助けることができる」と娘の父親に言い、実際に娘を特殊な血清を使って治癒する。その代わりにハリソンが要求したのが、ロンドンにある宇宙艦隊基地の爆破。そう、この父親は実は宇宙艦隊に所属する軍人なのだ。彼は娘の命との引き換えに、自爆テロを起こしてしまう。
ハリソンという男の正体は何か? どのような動機でこんな謀略を起こすのか? この辺りはネタバレになるので、これ以上は書けない。その他にも、本作にはネタバレになる部分が多く詳しく書けないが、想像を働かせて読んでもらいたい。
一方、エンタープライズ号のカーク船長は重大な規律違反を犯そうとしていた。艦隊の規律では、文明が未発達な惑星への干渉は禁止されている。しかし、カーク船長はとある惑星の未開種族が絶滅の危機にあることを知り、その原因である火山の爆発を止めてしまうのだ。しかもエンタープライズ号を現地人に目撃され、カーク船長は降格処分になり、エンタープライズ号から降ろされることになってしまう。
娘への愛のために自らを犠牲にし、他人までも死に至らせる男と、片や滅亡する運命にある未開種族全員を助けるため、自分の命をも懸ける男。そんな対比が冒頭だけでも浮き彫りになってくる。この描写からもうかがえるように、本作は「愛」の物語になっている。愛により、人は様々な感情をわき立たせるもの。そのことが本作では描かれていく。

その中の一つが「愛ゆえに人は人を殺すこともある」。冒頭の病気の娘を持つ父親がそうであったように。実はこの冒頭シーンの後、謎の男ジョン・ハリソンの攻撃により、宇宙艦隊は士官の多くを失うことになる。その中には、カークを宇宙艦隊に引き入れてくれた恩人で、亡き父のように慕っていた上官のパイクもいた。悲しみに暮れたカークは、パイクを失った悲しみを怒りに変え、ハリソンを何としてでも追跡し捕えることに尽力していく。具体的にカークがどんな行動をとるかは書けないが、これも言わばパークへの愛が、怒りや復讐といった感情を引き起こしたことに違いない。

人間の本質に迫る元祖『スター・トレック』らしい作品

『スター・トレック』には常に冷静で、理論的に答えを導き出すMr.スポックという有名キャラクターがいる。時に冷徹にも思えるほど、艦隊の規律をわきまえ、規律のためならば自分の生死をも顧みない男。そんなスポックがカークの生命の危機にひんして、その危機に陥れたハリソンに怒りの感情をむき出しにする瞬間がある。個人的には最もワクワクしたシーンであった。これも、スポックがカークに並々ならぬ友情を感じている証拠であり、その友愛ゆえの怒りなのだ。いやホント、スポックですら、怒りの感情にあらがえぬ時があるのか……と驚いた。これも具体的には紹介できないが、妙に納得できるシーンであった。

考えてみれば、愛というのは厄介である。親が子を愛おしいと思う気持ち、恋人や夫婦が相手を思う気持ち、友達のことを大切に思う気持ち……。そういった愛情はとても美しいし、素晴らしい、尊重すべきものだ。その半面、愛は様々な憎しみをも生み出す。清らかな心とまがまがしい心を同時に生み出してしまうのが「愛」であり、それが様々なドラマを人の世に生み出していく。

本作『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』は娯楽大作でありながら、そういった愛の本質に迫った作品であり、同時に人間の戦う本質にも迫った作品となっている。見ていると、主人公たちの気持ちに乗ってしまい、愛するがゆえの苦しみや悩みといったものが胸にズズズッと響いてくる。劇中の様々なドラマを我が事のように体感できるのだ。
ネタバレになるのでこれ以上は語れないが、決して一筋縄ではいかない一級の娯楽作品と言える。いやもう、とにかく、艦隊基地爆破やアクションといった見せ場の合間には、濃厚なドラマがたくさん詰め込まれている。そしてそのドラマがまたアクションシーンともしっかり連動しているからこそ、思わず手に汗握るスリル感や「がんばれカーク」「がんばれMr.スポック」という気分にもさせてくれるのだ。実によく出来た作品である。
また、本作は『スター・トレック』シリーズらしい作品とも言える。そもそも’60年代にスタートした『スター・トレック』は、設定こそ未来でありSFしているけれど、そこで一番主軸に描かれていたのは人々が織りなす様々な人間ドラマだったからだ。SFならではの設定を活かすことで、より人間性をわかりやすく追求し、人間の本質に深く迫っていったのが旧版『スター・トレック』だ。そういう意味で、本作『~イントゥ・ダークネス』は『スター・トレック』らしい作品になっており、『スター・トレック』というシリーズへの「愛」を感じさせる素晴らしい作品である。
Movie Data
監督・製作:J・J・エイブラムス/出演:クリス・パイン、ベネディクト・カンバーバッチ、ザッカリー・クイント、ゾーイ・ソルダナ、ジョン・チョウほか
(C)2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
Story
西暦2259年。ジェームズ・T・カーク率いるUSSエンタープライズ号は、未開の惑星を調査中にこの惑星の巨大火山の大噴火が間近であることを知る。そこでカークは重大な規律違反を犯し、艦長職を解かれることに。一方、ロンドンの艦隊基地が爆破される事件が発生。謎の男ジョン・ハリソンが真犯人であることが判明し、カークは彼の後を追う。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『劇場版 タイムスクープハンター 安土城最後の1日』

サスペンスを楽しみながら歴史の醍醐味も堪能できる!

NHKのドキュメンタリー・ドラマ風な歴史教養番組『タイムスクープハンター』。本作はその映画化である。もともとこの番組は、様々な時代の名も無き人々の日常を調査することで、真の歴史を探る時空ジャーナリスト・沢嶋のタイムトラベルを描くというものだ。
歴史を知ることは単に過去の時代に何があったかを知るだけでなく、そこに生きた人々の考えや行動、さらに社会的背景などを学ぶことで、どうすればその過ちを繰り返さずに済むか、いわば人として生きることの模索に通じる学問だと思うが、この作品もまさにそういう歴史の勉強に役立つ内容になっている。
今回、沢嶋がタイムトラベルする先は「本能寺の変」直後の京都。「本能寺の変」の影響で荒れた生活を送ることになった庶民や、彼らを助けるために誠意を尽くす侍、幻の茶器「楢柴」を持つ商人を取材中、沢嶋たちは未来の武器を所有する山伏に襲撃され、楢柴の行方がわからなくなってしまう。楢柴を追って様々な時代を行き来した沢嶋は、やがて焼失する直前の安土城にたどり着くというもの。
歴史的にもミステリーと言われる、「安土城の焼失」という物語を縦軸に、タイムトラベルを駆使し過去の遺産(後に高価な値が付く茶器)を奪うという、時空犯罪ものとしての面白さも横軸としてプラスしている。楽しみながら歴史の醍醐味も堪能できる本作は、小学校高学年~中学生にオススメの1本だ。
監督:中尾浩之/出演:要潤、夏帆、杏、時任三郎、上島竜兵、小島聖、カンニング竹山、嶋田久作、宇津井健ほか
(C)2013 TSH Film Partners

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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