2013.06.11
『俺はまだ本気出してないだけ』 無計画に会社を辞めた中年男が、漫画家になるという夢を追う
今回は、無計画に突然、会社を辞めた中年男が漫画家になるという無謀な夢を追う『俺はまだ本気出してないだけ』です。
堤真一がカッコ悪いダメ中年男を演じる
『俺はまだ本気出してないだけ』には原作となった漫画がある。もともと私はその原作漫画の大ファンだった。乾いた笑いを含んだ独特のユーモアセンスと、ヘタウマ的な絵柄からは想像もつかないような人生の真理に突き当たる深いドラマ展開に、完全に魅せられてしまったのだ。だから正直言えば、実写で映画化されるという話を聞いた時、しかも主演が堤真一だと聞いた時、映画として本当に成り立つのか、少し不安になった。
断っておくが、堤真一が嫌だと言っているわけではない。役者として魅力的だし、シリアスから笑いまで幅広いジャンルを演じきれる素晴らしい俳優さんだと思う。ただこの作品の主人公・大黒シズオを演じるにはあまりにも原作のキャラとのイメージが違いすぎるのだ。何しろ原作は中年太りのやや脂ぎったおじさんキャラ。カッコ良さの「カ」の字もないような人物。しかも根拠のない自信過剰家で、考え方も42年間生きてきたとは思えないくらいにテキトー。そんな人物を堤真一のような、どちらかといえば『クライマーズ・ハイ』や『SP』など、カッコいい役どころのイメージが強い役者が演じるとなると、原作の印象とはあまりにも違いすぎる、新感覚の作品になってしまうのではないかと危惧したのだ。
ところが、実際の映画の印象は何ら変わることはなかった。いや、むしろ漫画よりもコンパクトに内容を詰めた分、言いたいことやテーマがグッと凝縮。堤も見事なくらいダメ中年男・シズオになりきっていた。
根拠のない自信家が無謀な夢を追いかけて…
ではそのテーマとは何なのか。それは簡単に言えば「人間って何て愚かだけれど、何て愛しいのか」ということだ。
シズオはある日、突然自分探しがしたくなり、高校生の娘と年老いた父親がいるにもかかわらず、また何の未来への展望もないにもかかわらず、サラリーマンを辞めてしまう。彼にあるのは「俺はサラリーマンで一生を終えるような人間ではない」という根拠のない自信だけ。そして彼はある日、本屋で立ち読みをしていて閃きを受け、突然「漫画家になる」と言い出すのだ。絵がうまいわけでも、ストーリー作りがうまいわけでも、ましてや今まで漫画などに何も興味がなかったのに。
そんなシズオのハチャメチャな人生顛末記に、彼とかかわる人々が巻き込まれていくというストーリー。面白いのは、大抵の映画では自分の夢を追いかける人を「良い人」だと賛美しがちだが、この映画では、そんな生ぬるいファンタジーに持っていかなかった点。もちろん夢を追いかけること自体は悪くはないのだが、それには多大な責任がつきまとうこと、そして夢をかなえるためには様々なことが犠牲になるかもしれないこと、それら覚悟を持って臨んでいるかを、本作は問いただす。
シズオはある日、突然自分探しがしたくなり、高校生の娘と年老いた父親がいるにもかかわらず、また何の未来への展望もないにもかかわらず、サラリーマンを辞めてしまう。彼にあるのは「俺はサラリーマンで一生を終えるような人間ではない」という根拠のない自信だけ。そして彼はある日、本屋で立ち読みをしていて閃きを受け、突然「漫画家になる」と言い出すのだ。絵がうまいわけでも、ストーリー作りがうまいわけでも、ましてや今まで漫画などに何も興味がなかったのに。
そんなシズオのハチャメチャな人生顛末記に、彼とかかわる人々が巻き込まれていくというストーリー。面白いのは、大抵の映画では自分の夢を追いかける人を「良い人」だと賛美しがちだが、この映画では、そんな生ぬるいファンタジーに持っていかなかった点。もちろん夢を追いかけること自体は悪くはないのだが、それには多大な責任がつきまとうこと、そして夢をかなえるためには様々なことが犠牲になるかもしれないこと、それら覚悟を持って臨んでいるかを、本作は問いただす。
つまりどこか自分に厳しくなりきれない、生ぬるい感覚の人間に鉄槌を下すような展開になっているのだ。この作品の監督である福田雄一も「この映画を観て、サラリーマンの人たちに『安易に会社を辞めなくて良かった』と思ってもらいたい」と語っている通り、現実をしっかり下敷きにしたユニークな人間讃歌になっている。
さあ、こんなシズオでも果たして漫画家デビューできるのか、成功か? あるいはどんなオチが待っているのか、劇場でのお楽しみにしてください。
ダメ人間が反面教師となって周囲に影響を与えていく
本作は、シズオ以外の登場人物たちが織りなすそれぞれのドラマも素晴らしい。例えば、曲がったこと、道理の通らないことが大嫌いで、そのためについ周囲とぶつかってしまう寡黙な不良青年・市野沢(山田孝之がなりきって演じている)。矛盾だらけで、下手したら性格の良い正直人間の方がバカを見がちな世の中で、市野沢は正義を追い求めている。しかし、彼の純粋な正義は成立しにくい。悔しいが、これが世の中なのだ、不条理には目をつぶることが世渡りなのだ、と知ってはいても、つい人助けのために暴れてしまう市野沢を見ると、世の中もまだまだ捨てたもんじゃないと思えてきて、ニヤニヤしてしまった。人間って不器用でしょーもない生き物だが、何て愛おしい生き物なのか! という気分にもさせてくれるのだ。
またシズオの長年の友人で、妻と離婚、愛する息子となかなか会えないという境遇の宮田が、シズオから影響を受け、自分も何かを始めようとする展開も面白い。さらに、シズオの作品を担当する漫画編集者にも少なからず影響を与える。シズオのあまりに自由で計画性のない生き方が、周囲の人間に大きく波及していくのだ。シズオ本人はダメダメ人間なのに。その様子は観ていて実に興味深い。
ただ、どんなに誰かから影響を与えられようと、最後に決めるのは自分、動くのも自分。自分が何をどう選択していくのか、誰にも責任転嫁ができない現実をどう受け止めていくか。そこが大切だということを、本作はしっかりと描いていく。
またシズオの長年の友人で、妻と離婚、愛する息子となかなか会えないという境遇の宮田が、シズオから影響を受け、自分も何かを始めようとする展開も面白い。さらに、シズオの作品を担当する漫画編集者にも少なからず影響を与える。シズオのあまりに自由で計画性のない生き方が、周囲の人間に大きく波及していくのだ。シズオ本人はダメダメ人間なのに。その様子は観ていて実に興味深い。
ただ、どんなに誰かから影響を与えられようと、最後に決めるのは自分、動くのも自分。自分が何をどう選択していくのか、誰にも責任転嫁ができない現実をどう受け止めていくか。そこが大切だということを、本作はしっかりと描いていく。
もちろん誰だって自分の好きなこと、やりたいことで食べていけたら、こんなにありがたい話はない。そのためにどこまで頑張れるか。その大切さを訴えかけてくる作品である。同時に、いくつになっても「本気」でやれば、人生変わるものだという現実もしっかり踏まえているのも確か。事実、私の知り合いにも思いきって転職して成功し、実りある人生を送っている人がいる。また、目が不自由ながら、演劇活動に前向きに取り組み、評価をどんどん上げている人もいる。夢を持つことが自分の人生にとってプラスに作用するかどうかは、本人の頑張り次第なのだろう。
本作は、頑張っている人にも頑張っていない人にも、最終的には勇気も与えてくれる作品となっている。「俺はまだ本気出してないだけだから」なんて言い訳して、のんべんだらりとした人生を送っている場合じゃない!……そんな気分にさせてくれるステキな映画だ。
- Movie Data
- 監督:福田雄一/原作:青野春秋/出演:堤真一、橋本愛、生瀬勝久、山田孝之、濱田岳、指原莉乃、水野美紀、石橋蓮司ほか
(C) 青野春秋・小学館/2013「俺はまだ本気出してないだけ」製作委員会
- Story
- 子持ちで離婚歴ありの42歳の大黒シズオはある日突然に辞職。ゲーム三昧の日々を送っていたが、本屋での立ち読みをキッカケに漫画家を目指すと宣言を。しかしそう簡単にデビューできるわけもなく、編集部に原稿を持ち込んではボツを食らう日々を送っている。それでも諦めず、ファーストフード店でバイトをしながら描き続けるシズオだが……。
文:横森文
※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。
子どもに見せたいオススメ映画
『ハル』
傷ついた心を再生するのは何か? 愛のパワーでしょ!
人間は愛する人を失った時、心が再生するまでに本当に時間を要するものだ。本作で描かれるのもそんな心の再生についての物語。
ハルとくるみは幸せな毎日を送っていたが、ある日、ハルが飛行機事故で事故死。ケンカ別れをしたまま、ハルを失ったくるみは、そのまま生きる力を失い、家に引きこもるように。そんなくるみのことを心配して送り込まれたのは、生前のハルにそっくりなヒト型ロボットのQ01(キューイチ)だった。やがてQ01によって少しずつ、くるみは笑顔を取り戻していくのだが……。
時に愛は人を傷つけてしまうけれど、人を癒してくれるのも愛。そんな愛のパワーを素直に信じられる、近未来の京都を舞台にしたストーリー。いったんは笑顔を取り戻したくるみだが、この後、Q01との関係に大波乱が! この予想をはるかに超える事件とは何か、ぜひ劇場でご確認ください。とりわけ中学生・高校生くらいの多感なティーンエイジャーに観てほしい作品だ。
ちなみに本作は劇場で公開されているが、時間的には1時間ほどの中編アニメ。その短い中で内容がギッシリ詰まった素晴らしい作品に仕上っている。また脚本に『すいか』や『Q10』の木皿泉、その他、キャラクター原案に女性に大人気の漫画家・咲坂伊緒が担当するなど、その道のトップたちが集まって作りあげているのもポイント。とにかく涙なくしては見られない感動的なラブストーリー。あまりアニメを観たことがないという人にもオススメできる1本だ。
監督:牧原亮太郎/脚本:木皿泉/キャラクター原案:咲坂伊緒/声の出演:細谷佳正、日笠陽子、宮野真守、辻親八、大木民夫ほか
(C)2013「ハル」製作委員会
(C)2013「ハル」製作委員会
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。
横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。