2012.12.11
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『みなさん、さようなら』 “引きこもり”という人生の選択をした少年の成長譚

今回は、12歳の少年が一生団地を出ない"引きこもり"を決意する『みなさん、さようなら』です。

団地から一生外に出ないと決意する12歳の少年

先日、元・役者である知人からこんな話を聞いた。彼はかつて引きこもりで、数年間文字通り家から出ず、社会と全く関わらずに暮らしていたのだという。なぜそうなったのか理由は聞かなかった。そこまでまだ踏み込んで欲しくなさそうな雰囲気を感じたからだ。ただ彼の場合、引きこもりをしている間も、このままではいけないという思いだけはあったのだという。どこかでどうにかしなければいけないという思いはありつつも、どうにも自分一人ではできない自分がいたという。そこで半ば強引なやり方で芝居をして自分を変えてみようと思いたったらしい。
もちろんすぐに家を出られたわけではないという。また芝居を始めてから数年が経っても、なかなか引きこもりの傾向は直らず、稽古にどうしてもいけない日もあったという。それでも芝居をキッカケにいろんな人たちと出会い、話すことで、少しずつ引きこもりを克服していったのだそうだ。そして今や、堂々と結婚までし、家庭のために社会に出てキチンと働くまでに至っている。彼のことを心配していた母親は大喜びしているそうだ。確かにこの変化はすごい。

本作『みなさん、さようなら』で濱田岳が演じる主人公・渡会悟も、やはり引きこもっている人間だ。といっても彼の場合は、家とか部屋とかそんな小さいスケールでの引きこもりではない。自分が住む団地から一生外に出ないで過ごすという方針を12歳、つまり中学入学時に立て、その通りに暮らしているのだ。

時代は1981年、なぜ彼が弱冠12歳でそんな結論を下すことになったのか。そこは本作の核を成す部分でありネタバレになってしまうので語れないが、とにかく彼はそう固く決意する。それ以来、彼は団地から出るための最後の階段を、一歩も降りられなくなってしまう。しかし、彼には団地だけで生活ができるという、並々ならぬ自信があった。なぜなら当時、ベビーブーム世代を支えてきた団地には、夢のような一つの街が出来上がっていたからだ。悟が小さい頃には、団地の中には商店街があり、食料品店、理髪店、衣料品店など、買い物はすべて済ませられた。病院や郵便局まで揃っていた。だから悟は16歳になったらケーキ屋で働き、家庭も持つという、すべて団地の中で生活する青写真を自分なりにしっかり立てていた。

もちろん団地から出られないから学校には行けない。そこで悟は自分でラジオの基礎英語を聞いたり、公園でせっせと身体を鍛えたり、非常に規則正しい生活をして自らを常に律していた。さらには団地の安全は自分が守るのだと、毎夜団地内を回り、警備するのも日課にしていた。ちゃんと住民が家に戻ってきているのか、一人暮らしのお年寄りが孤独死をしていないか、チェックを欠かさなかった。そんな悟の日常を本作は淡々と、でもコミカルに、時に辛辣な視線も交えつつ追っていく。

自分の人生を選択すること=責任を持つこと

で、この映画で何が心の奥にズンと来たかというと、すべては考え方次第だということ。悟のやろうとしていることは確かに無謀だ。私だったら、もし自分の身内がこんなことを言い出したら、身体を張ってでも止めようとするだろう。しかし悟の母親は、息子の考えを尊重する。母子家庭で母一人子一人、自分がいつか先に逝き、悟が一人になることを考え、不安に思ったであろうにも関わらず、応援する側に回る。息子に「なんとかなる」と言う。

また悟の人生にはケーキ屋の主人や、母子家庭であるがゆえに中学校でいじめられっ子になってしまった小学生時代のクラスメート、隣の部屋の同級生の女の子や、なんと悟のことを好きだと言い、彼と結婚してもいいと言い放つ女性までもが現れる。そんな彼らの人生もここではサブストーリーとして描かれていくが、そんなサブストーリーも絡めて見えてくるのが「結局は自分がどう考えるか」が人生の中心になるのだということ。

誰もが人生には山のように選択肢が存在する。小さなことでいえば、例えばレストランに行った時にナポリタンも食べたいがハンバーグも食べたい。さあどっちを選択するか……これだって一つの選択肢だ。そんな些細な選択から、職業の選択や結婚相手の選択など人生を大きく左右してしまう選択まで数限りなくある。様々な情報の中で私たちはどう人生を選択するかを常に考えさせられる。

悟の場合はその無数にある選択肢から、「団地から出ない」という選択をした。でもそれが本当に正しいか正しくないかなど、誰にも判断することはできない。例えば後に悟の友人となるいじめられっ子・園田は、いじめられたせいで中学をサボったり、行けなくなることになる。そして彼は悟に対し「中学に行かなくて良かったね」なんてことを言い始める。

私は自分が小学生時代にいじめられた経験もあるのでよくわかるのだが、いじめ問題は結局、自分がどう考えるかによって大きく変わる。教師など周囲の者が、いじめる側にいくら「いじめるな」と怒ったからって、根本的にいじめはなくならない、というのが私の実感だ。私の場合、このまま同じ中学に進んだらいじめがエスカレートするのが目に見えていた。かといって、いじめに屈するのは嫌だった。そこで選んだのが中学受験。必死に勉強して、中学は私立を目指すことにした。自分で自分の道を切り開くしかないと思ったからだ。おかげで、その私立中学で私は一生の友にたくさん出会うことになった。

後に聞いた話だが、私が行くはずだった公立中学は荒れに荒れていたとのこと。その中学で私同様によくいじめられていた女の子は、逆に不良になってカツアゲする側に回った。高校生になった時に小学校の同窓会があり、現不良娘となったその彼女が楽しそうにカツアゲの話をし、「絡まれたりしたら私に言いなよ、助けるから」と言ってきたのには心底驚いた。教室で泣いてばかりいた彼女とは思えなかった。カツアゲ自体は決して褒められる行為ではないが、でもそれが彼女の「選択」だったのだ。

本作にはこんなシーンも登場する。悟が勤めたケーキ屋の店主が、いつも頭の中に叩き込んでいた生クリームなどの注文を老いによって間違い始めるというもの。多く注文してしまい、材料を余らせてしまうのだが、年を取れば誰だってこんなミスの一つや二つはある。しかし職人気質な店主はそんな自分が許せない。そして密かに自分はこの団地を去る決意をする。これも「選択」だ。老いて以前のように動けなくなった自分を落伍者と選択するのか、ええい仕方ないと今まではしなかったメモを取り、老いに備えていこうと努力を続けるのか。結局は自分がその事態をどうとらえ、どう決断し行動するか、でしかない。自分で人生という険しい道を選び取っていくしかないのだ。そのことを本作を見ていると突きつけられてしまうのである。

選択したことに対する確固たる自信を持つこと、誰に何を言われようが揺るがない自分を作ることが「強さ」になり、自信にも繋がるだろう。そして「選択できること」が、「責任感」を生み、大人になっていく上での必須要素になるのではないだろうか。また、そのような「選択ができる人間」とは、いかにして育成されるのか。そこは教育者にとって大きな課題といえるだろう。

冒頭で触れた知人の引きこもりの彼は、芝居という選択をし、そこから様々な責任感を持つようになり、そして結婚という人生最大の選択をできるまでになったのだ。

一方、本作では主人公・悟の30歳になるまでが描かれる。周知のごとく、団地の高年齢化と過疎化は深刻な社会問題となっている。果たして、30歳の悟はどんな人生を送っているのか、相変わらず団地に引きこもっているのか、あるいは出ていくのか? そこはどうぞ映画館で確かめていただきたい。

ぜひ、中学生や高校生と一緒に本作を見てほしい。彼らと色々話し合うのにとても有益な映画であることは、間違いない。オススメする。

Movie Data
監督:中村義洋
原作:久保寺健彦
出演:濱田岳、倉科カナ、永山絢斗、波瑠、ナオミ オルテガ、田中圭、ベンガル、大塚寧々ほか
(c)2012『みなさん、さようなら』製作委員会
Story
「俺は団地の中で生きていく」と、1981年に小学校の同級生107人と共に卒業した渡会悟は意を決した。以来、彼は外出するのは団地の敷地内だけ。同窓会もタイマンのケンカも就職活動も、もちろんデートも団地内ですべて済ませてしまう。そんな風変わりな主人公の20年間を、ユーモアを交えつつ感動的に描く団地ヒューマンムービー。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『フランケンウィニー』 愛情をかけてモノを作ることの大切さを訴える
愛するペットを失った時の喪失感は、誰にとっても耐えがたいものだ。それは子どもだろうが、大人だろうが変わらないだろう。本作『フランケンウィニー』は、その哀しみに真っ直ぐに切り込んだストップモーションアニメ。愛犬スパーキーを交通事故で失った少年ヴィクターが、死んだカエルの足に電気を通すとピクピクと動くという理科の実験を体験して、雷の力でスパーキーを甦らせることを思いつく。かくしてスパーキーは見事に生き返るが、そのせいで街は大騒ぎになってしまうという物語だ。
簡単にいえば犬版『フランケンシュタイン』。もともと監督のティム・バートンはフランケンシュタインを筆頭に、モンスター映画に対する愛着があり、今回はその趣味とセンスを遺憾なく発揮。日本の怪獣映画から『ドラキュラ』『狼男』『グレムリン』など、大好きな映画にオマージュを捧げたシーンがてんこ盛りで、それだけでも見ていて充分に楽しい。

半面、いつか必ず訪れる“死”の問題や、ペットに愛情を注ぐ大切さ、いたずらに“生”をもてあそんではいけないことなどが、小さい子にもわかりやすいように描かれている。そして、この作品全体が愛情をかけてモノを作ることの大切さを訴えるような出来上がりとなっていて、そういう意味でも見応えがあるのだ。

基本的には小学3年生以上に観ていただき、楽しみながら生きることの素晴らしさを知ってもらいたい。大人の方には、バートン監督のイマジネーションのすごさをぜひ観て味わっていただきたいものだ。

監督・原案・製作:ティム・バートン
声の出演:キャサリン・オハラ、マーティン・ショート、マーティン・ランドー、チャーリー・ターハン、アッティカス・シェイファー、ウィノナ・ライダーほか
(c)2012 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

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