2012.06.12
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

『ヘルタースケルター』 人間の“生”と“欲”に真っ向から踏み込んだ作品

今回は、全身整形のトップスターが羨望と欲望の渦巻く世界を疾走していく『ヘルタースケルター』です。

全身整形のヒロインを通して描く人間の“生”

『ヘルタースケルター』をご覧になる方にあらかじめ伝えておきたいことがある。さんざん報道されている通り、この作品には沢尻エリカさん扮するヒロイン・りりこの激しい濡れ場があり、それが話題になっている。人によっては「激しい濡れ場」という単語を聞いただけで眉をしかめる人もいるだろう。またそんな作品をなぜあえて紹介するのかと、疑問視する人もいるだろう。正直、有名女優を脱がせ、それを宣伝の売りにしたいのだろうという色眼鏡で見ている方が多いし、実際に世間に出ている記事もそういった匂いのするものや、沢尻さん自体のゴシップを一緒に取り上げた記事が多いため、スキャンダラスな作品というイメージがとても強い。

しかしこの映画は決して女性の裸を売りにしている作品ではない。また過激さを世間にアピールした作品でもない。むしろこの作品は女の“生”、いや女に限らず人間の生々しい感情がギュギュッと凝縮された、非情に濃密なドラマが展開していく作品なのである。つまり本気で人間の“生”と“性”、“欲”などに真っ向から踏み込んでいるのだ。そのため、お手頃なキレイ描写では済まされず、少々エグさも残る切り口で切り込んでいかねばならなかったのだろう。それだけ人間の真実に迫った作品になっているといえる。

とにかく、りりこというキャラクターの設定がすごい。雑誌やテレビ、映画など、ありとあらゆるメディアにひっぱりだこで、今や女性の「誰もがなりたい女子顔ナンバー1」にまでなっている彼女は、まさに時代の寵児。そんなスーパースターのりりこにはとんでもない秘密があった。実は彼女は所属するタレント事務所の社長・多田寛子(桃井かおりの演技が本当に素晴らしい!)によれば「もとのまんまのもんは目ん玉と爪と耳とアソコくらい」。そう、りりこは全身に整形を施して、誰もが憧れるその容姿を手に入れていたのだ。

当然のことながら全身整形なんておおっぴらにはできない。そこで彼女は全てに嘘をつき始める。まずは肉親とも距離を置く。彼女を慕う妹ですら遠ざけるようになる。昔の自分に完全にフタをしてしまったのだ。そして彼女を求め、彼女に憧れる人達だけに、にこやかに愛想良く振るまい、どんどん本来の自分自身の考え方や思いをないがしろにしていく。

また、自分のことを親身になって世話してくれるマネージャー羽田美和子(寺島しのぶが怪演)には平気で辛くあたる。気に入らないことがあれば口に水を含んで彼女の顔面にその水をぶちまける。羽田が自分にだけは決して逆らわないことを承知の上で彼女を翻ろうし、もてあそぶのだ。全く以って、羽田はりりこの奴隷かおもちゃにしか過ぎない。人間として扱われないのだ。このようにして、りりこは名声と引き換えに心を売り、次第に人間ではない、いわばモンスターと化していく。

美しい外見とは裏腹にモンスター化していくヒロイン

常に女王様気取りのりりこだが、それがはかないものだということも肌身で知っている。映画ではハッキリとは描かれていないが、それはきっと彼女が整形する前に味わった様々な体験――外見の善し悪しと、相手の態度の違い――からだろう。つまり人は、相手を不細工だと思っても、面と向かってはそれを言わないが、態度には明確に表してしまうということだ。

例えば、合コンなどでは美男美女にどうしたって人気が集中する。街中では、キレイな女性には男性からナンパの声がかかるが、そうではない人にはかからないことが多い。「あいつのミニスカートはないよな」「目が腐る」と男性陣がある女性の容姿について話す場面に居合わせたこともある。いや、これは女性だけじゃない。女同士だって男性を見ながら「え? あの人を彼氏に? ナイナイ」などと、男性比べをすることがあるし、見た目で「キモい」と判断することもよくある。

たかが見た目、されど見た目。実際問題、可愛くないか可愛いか、キレイじゃないかキレイかで、人生を大きく左右することはままある。誰だってひと皮むけば同じような骸骨姿になるのに、たかが皮一枚に彩られた美に私達はなんと脆いことか。りりこは恐らく今の容姿を手に入れる前は、きっと男性からロクに相手にされなかったのだろう。ところが、容姿が変わった途端、手の平を返すように周囲の自分に対する対応が変わった。さぞや気持ち良かったに違いない。世間なんてバカみたい……という思いも生まれたかもしれない。とにかくそういった気持ちの変化が彼女に生まれ、美しくなった外見とは裏腹に心の中はどんどん蝕まれ、モンスター化していったのだ。

彼女が身を置いたのが芸能界だったというのも、そんな彼女のモンスター化を誘発した原因だろう。美しくあれ、可愛くあれが当たり前の芸能界。そのために食事を制限したり、食べたものをあえて吐いたりすることも珍しくない。エステに行き体をケアするのも当然。そんな見かけが大事な世界に入ってしまったのだから。彼女が容姿に対して人一倍関心を払うようになったのも理解できる。

しかし誰もがいつかは老いて、表面的な美しさは失われていく。美しい花だって色褪せていく。そしてどんなに血の滲むような努力をしたとしても、どんなにかつて美しく咲き誇ったとしても、人前に立つショービジネスの世界では観衆に飽きられたらそれで終わり。それが現実だ。これまで一体どれだけの芸能人が脚光を浴びて輝き、人の目にさらされるうちに消耗し、その輝きを失って表舞台から消えていったことだろう。それがショービジネスの世界だと言ってしまえばそれまでだが、輝かしい世界を歩いてきた人ほど、忘却に対する恐怖は強いに決まっている。

大衆に飽きられたら、ポイと簡単に捨てられる存在

ある日、りりこにもとんでもないことが起こり始める。実は、りりこの整形を担当した美容クリニックは違法スレスレの医療をしており、美容整形による副作用を多発させていたのだ。その結果、悲嘆にくれた患者たちが自殺に追い込まれてゆくという事態が生じていた。このため、その美容クリニックは警察からも目をつけられる存在になっていた。そしてついに、りりこにもその恐るべき副作用が表れ始める。体のあちらこちらに痣ができ始めたのだ。そして彼女はその副作用を止めるためにさらに美容整形をし、さらに強い薬にも手を出していく。その薬のせいで今度は幻覚などにも悩まされていくことになるのだ。

そうまでしてりりこが守りたい大衆の自分に対する賛辞の声も、無情にも彼女から離れ始める。フレッシュな可愛い子が入れば、世間は必然的にそちらに目を向け始める。これまでりりこがカバーを飾っていた雑誌に、新しい女の子の顔が増え、自分がイメージキャラクターを務めたCMだって新しい子へと替わっていく。まるでりりこの存在などなかったかのように。「ステキ」とか「可愛い」とか黄色い声援をあげていたファンたちも、りりこの名を口にすることはなくなっていく。そう、皆の前で女王気取りだったりりここそ、実は大衆にとってのおもちゃ。飽きられたらポイと簡単に捨てられてしまうような存在だったのだ。ここで自分の生き方に信念のようなものがあれば、万が一売れなくなったとしても、自分なりに筋道を立てて生きていける。でも、りりこのように自分を封印し、自分を失ってしまった者には、その頼るべき自分すらないのだ。屋上で「もうやだよー」と少女のようにオイオイと泣くりりこの姿は、彼女が本来の整形前の自分を取り戻した瞬間だと言えるだろう。

もう一つ、この映画を見て気づかされたのは、結局、生き方を決めるのは自分自身でしかないということ。りりこはある御曹司と結婚の約束をしていたが、その御曹司はりりこを裏切って別のとある令嬢と婚約してしまう。そのことに腹を立てた彼女は『マクベス』でマクベス夫人がマクベスに人殺しをさせたように、令嬢を痛い目にあわせてほしいとマネージャーの羽田と、羽田の恋人・奥村をたきつける。そして二人は本当に令嬢を襲い、彼女の顔に酸をかけるのだ。

この流れを見てハタと考えさせられた。確かに話を持ちかけたのはりりこ。でもその道を選択したのは結局、羽田や奥村自身なのだ。二人は堕ちるところまで堕ちていくが、それは決して堕とされたのではない。あくまでも彼ら自身が望んで堕ちたまで。そうなのだ、結局は自分の人生に責任を持つのは自分でしかないし、誰にも人の人生は変えられない。どんなに嫌な人生でも素晴らしい人生でも、その人生を選択していくのは自分でしかないのだ。

もちろん、りりこだってそう。どうやらりりこはタレント事務所社長の多田の勧めもあって、全身整形を受けたようだが、そういう人生をつかもうと決意したのは自分自身。人は、自分をしっかり持っていないとどこまでも流されてしまうものなのかもしれない。そんなことまで想像させてくれる映画だった。決してきらびやかな世界にいるりりこだけではない、誰もが陥るかもしれない闇の世界を体感させてくれる。本作はそんな怖い映画なのだ。
Movie Data
監督:蜷川実花
原作:岡崎京子
脚本:金子ありさ
出演:沢尻エリカ、大森南朋、寺島しのぶ、綾野剛、水原希子、新井浩文、鈴木杏、寺島進、哀川翔、窪塚洋介、原田美枝子、桃井かおりほか
(C)2012映画『ヘルタースケルター』製作委員会
Story
美・名声・金・愛という欲望にまみれた芸能界で、トップスターへ上りつめたりりこ。しかし、彼女には誰にも言えない“究極の秘密”があった。それは全身整形をしているということ。“つくりもの”の美をまとったりりこは、世間からの突き刺さる羨望に灼かれながら、欲が渦巻く世界を“しっちゃかめっちゃか”(ヘルタースケルター)に疾走していくことになるのだが……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『おおかみこどもの雨と雪』 “おおかみおとこ”と恋に落ちたヒロインの人生を描く
『時をかける少女』や『サマーウォーズ』など、新作を製作する度に評価をぐいぐいと上げてきた細田守監督。そんな監督の最新作は“おおかみおとこ”と恋に落ち、二人の子どもを授かったヒロイン・花の人生に焦点を当てた人間ドラマだ。
19歳の大学生・花は“おおかみおとこ”と劇的な恋に落ちる。そして二人の子ども、姉の「雪」と弟の「雨」を授かる。だが二人は人間とおおかみの二つの顔を持つ“おおかみこども”として誕生していた。そこでその事実を隠すため、家族4人は都会の片隅でひっそりと暮らし始める。つつましくも楽しく幸せな日々。ところがある日、父である“おおかみおとこ”が亡くなり、その楽しい生活は奪われることに。そこで花は子どもたちを守るため、都会での暮らしに別れを告げ、田舎に引っ越すことを決意するのだった……。

映画はそんな花が結婚や出産、子育てを通して女性として、また人として成長していく様を追ったもの。それを縦糸に、さらに花と子どもたちの絆の素晴らしさや、自然の中で暮らすことで忘れかけていた心の豊かさを取り戻していくストーリーが横糸として絡まり、感動的に見せていく。この作品を観ていると、自然と共に生きていく勇気をもらうことができる。是非小学校4年生以上に観てほしいアニメーション作品だ。
監督・脚本・原作:細田守
声の出演:宮崎あおい、大沢たかお、黒木華、西井幸人、大野百花、加部亜門、林原めぐみ、中村正、大木民夫、片岡富枝、平岡拓真、染谷将太、谷村美月、麻生久美子、菅原文太ほか
(c)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

pagetop