2012.02.07
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『ヒミズ』 逆境の今を生きる子どもたち、その生きる力

今回は、逆境の今を生きる子どもたちの姿に心揺さぶられる感動作『ヒミズ』です。

3.11を経て、設定を「震災後の日本」に急きょ変更

先日、ある新作映画でこんな台詞を耳にした。「今の時代、小学生だっておとぎ話なんか信じていない」。確かにそうかもしれない。いろんな出来事が起こり過ぎて、現実の世界が厳しすぎて、おとぎ話がどうしても嘘っぽく感じてしまう。それが“今”という時代を生きる子どもたちの宿命と言えるかもしれない。そんな現実を嫌というほど叩きつけてくれるのがこの『ヒミズ』という映画だ。『ヒミズ』はそもそも漫画が原作。『行け! 稲中卓球部』などでギャグマンガ作家の印象が強かった古谷実が、それまでとは全く違った方向性、ダークでヘビーな作品として発表したものだ。連載されていたのは2001年から2003年。まさにアメリカ同時多発テロ事件が起こり、世の中の意識が変わった時に発表された作品で、01年~03年当時の若者たちの心境がよく描かれていた。

映画の『ヒミズ』はそこに2011年の若者像を取り込みたいという思いからだろう、東日本大震災を背景にして撮られている。監督の園子温はそもそも原作通りに描く予定だった所(原作では子どもたちの話がメインになっている)、3.11を経て、脚本をリライトしたのだという。日本人は他人に対する気遣いを必要以上にしてしまう人種だし、実際この映画に「東日本大震災という背景を敷いたのはどうなのか?」と、疑問を投げかける人が多いのも事実だ。中には、「被災地の人のことを考えたことがあるのか」と声を荒げる人もいるようだ。しかし背景に大震災を置くことで、主人公の15歳の住田祐一の追いつめられた心境がよりリアルに、より切なく見えてきたのも事実。個人的にはこの監督の選択は非常に正しかったのではないかと思う。

「普通の大人になる」夢さえも叶わない現実社会

では原作と映画の大きな違いはというと、主軸となるのは確かに15歳の祐一と彼のことが好きな同級生の茶沢景子なのだが、二人を取り巻くのはすべて大人。祐一の母親は貸しボート屋を営んでいるが、いわゆるネグレクト。祐一のことは構わず、むしろ家事などの煩わしいことはすべて祐一に押しつける、とても母親とは思えないような存在だ。そんな祐一を慕うのは、大震災で何もかも失い、貸しボート屋の目の前にテントを張って生きている大人たち(例えば、夜野正造という元社長のホームレスのおっちゃん。原作では、夜野は祐一と親しい友人の少年として登場する)。不自由な暮らしの中で、それでも懸命に生きている大人たちは、時には貸しボート屋の飾りつけを手伝ったり、ドラム缶を使った風呂作りなどにも力を貸したりする。

しかしだ。祐一の母親が愛人の男のもとに走って家出した時も、また借金取りに追われいつも酒浸りでDVなサイテー男の父親が帰宅する度に祐一に暴力を振るっても、さらにその父親を借金の取り立てで追ってくる暴力団が祐一をボコボコに殴っても、黙って見ているだけ。唯一、夜野が暴力団に殴られている祐一を助けようと割って入るが、全く無力で、祐一への暴力を止めることはできなかった。

だがこれが現実だ。誰だって自分は痛い思いをしたくない。大人になればなるほど賢く立ち回ろうとするし、家族のためならまだしも、他人のために自分を犠牲にするなんてまずあり得ない。そんな中で夜野だけは、懸命に祐一を助けようとするが、そのせいで彼は間違った選択をし(ネタバレになるため、何をするかは観てのお楽しみ)、結果、祐一から遠ざけられることとなってしまう。祐一が夜野を遠ざける理由はただ一つ。本当に心根の優しかった彼が、祐一を救うためとはいえ、悪の世界へと足を突っ込んでしまったからだ。それが祐一の怒りをかきたてた。

この時の祐一の気持ちはわかる。だって、彼の唯一の夢は“普通の大人になること”なのだから。一番普通で善良そうに見えた夜野ですら、現実に蝕まれていく。そのことに怒りを感じるのは当然ではないだろうか。そしてただ“普通”の大人になりたいという、そんなささやかな夢ですら叶えるのが難しい、現実社会の厳しさに激しく胸をえぐられる。

ちなみに祐一を慕い、どんなに祐一に嫌われようと強引に彼のもとに押しかけ(そのやり口があまりにも子どもらしくて、ついニマニマとしてしまうが)、ついには祐一の心を開いてしまう同級生・景子も夢は実に慎ましい。「愛する人を守り守られ生きること」が景子の夢だ。だからこそ、両親の愛を得られなくても何が起きても弱みを見せずに孤独に頑張りぬく祐一を、フォローせずにはいられない。それが彼女の夢なのだから。そんな祐一と景子の心境が、台詞ではなく、たたずまいや行動などでとても丁寧に綴られていく。本来なら15歳は将来のことに目を向け始める時期だろうが、まだ食費やら生活費などを細かく気にする必要はないし、友達とワーワー遊びながらバカ話に花を咲かせていたって怒られない世代だ。けれども祐一と景子を取り巻く環境は、そんなのん気な中学生活を送らせてくれない。ほとんどの大人は毒になるばかりで頼りにならず、自分で考えて自分で行動するしかない。日々たまる理不尽さ、それに対する怒りも、自分で解決していくしかない。

死よりも辛い“生”を選ぶ覚悟

だからついに祐一の堪忍袋の尾が切れ、その怒りをバイオレンスな方向へと持っていくことになった時、観ている私達も不思議な解放感と共に闇に堕ちていく恐ろしさを追体験していくこととなる。そう、どこかで祐一の行動を正当化して見ている自分と、それじゃいけないと批判する自分との葛藤を強く感じてしまうのだ。そして自分の奥底に潜む闇を認識させられる。

とにかく救いのない現実が描かれていく映画だが、別にこれは中学生だけに起こることではない。これだけ不景気が続く世の中であれば、明日をもしれない状況に追い込まれている大人は確実に増えている。健康を害し、世をはかなんでしまう人も多い。実際、日本では平成10年以降、年間の自殺者は毎年3万人を超えており、50歳~59歳を中心に40代以降の自殺者が増えている。誰も彼も生きづらい世の中だと感じているからこそ、今や日本は世界で第8位の自殺率となっているのだろう(2011年のデータに基づく)。そこへ東日本大震災が起き、原発事故など、ズタズタに心が引き裂かれるようなことがたくさん起きている。こんな状況で希望を持って生きようというほうが無理かもしれない。

しかし、絶望の中からは何も生まれないのも事実だ。本作『ヒミズ』でも最後に感じられるのは、実は死よりも辛い“生”を選ぶことの覚悟であり、やけっぱちでも希望を持つことの大切さだ。辛い現実はおそらく誰もが一緒だし、誰もが感じていることではないかと思う。かくいう筆者も、家庭のことや健康のことなど様々な要因を含め、「もうやだ、死にたい」と本気で思うことがある。案外、自殺したい衝動なんて簡単に起きるものだということを、年を重ね実感してきた。でもその度に思い直して、「仕方ない、頑張ろう」というなんともやけっぱちな心の動きも生じてくる。絶望に負けちゃいけないというわずかな反動に、私も生かされているだけなのかもしれない。だから今回の映画では「がんばれ」という言葉が印象深く出てくるが、その「がんばれ」は劇中の主人公のみならず、映画を観ている人、誰にでも送られてくるエールなのだ。

ちなみに園監督は『ヒミズ』のために福島を取材した時、原発事故に対して“忘れたふりをしたい”という人が多いと感じたという。そして、3月11日をテーマにした作品を、あと何本か撮影しないといけないということも同時に感じたそうだ。やりきれないから忘れたふりをしたいという気持ちはわかる。でも佑一が行き場のない怒りを抑え込んでいたように、いくら忘れたふりをしても、正面からぶつかるのは面倒臭いと思ったとしても、必ず現実は追いかけてくるものだ。自分で目を開けて周囲を見ていることの大事さ。そうしなければ、ただただ流されて自分の人生を棒に振ってしまう可能性は多いにある。自分の人生は自分で背負うしかないし、どんなに不幸なことが起きても、それは誰かが身代わりしてくれるものでもない。ひたすら生きて、逆境であっても立ち向かっていくしかないのだ。

祐一が走ったバイオレンスな行為、そのやり方は決して正しいものではない。けれども、そうやって自分から動くことで、少なくとも何もどうにもならなかった負の迷宮からは抜け出した気がする。自分が行動を起こすことこそが、自分の人生を変えるただ一つの道なのだ。それは子どもでも大人でも誰でも一緒。祐一が望む“普通の大人”に今後なれるかどうか、それはこれからの彼の選択次第だ。それを幼いながら示唆し、彼を導くことになる景子の存在は圧巻だ。自分だってまだまだ幼くて半人前なのに。そんな祐一と景子が身を寄せ合うようにして泣きながら走るラストシーンには、もうこちらの涙も止まらなかった。
Movie Data
監督・脚本:園子温
原作:古谷実
出演:染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真起子ほか
(C)「ヒミズ」フィルムパートナーズ
Story
どこにでもいる中学3年生の祐一(染谷将太)の夢は、成長してごく当たり前のまっとうな大人になること。一方、同い年の景子(二階堂ふみ)の夢は、自分が愛する人と支え合いながら人生を歩むことだった。だが祐一の蒸発していた父が戻り、母が家出したことから、ある事件が発生。それ以来、祐一は普通の人生を送ることを諦めてしまうのだが……。

文:横森文

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(c)Dream Works II Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

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