『キツツキと雨』監督・沖田修一インタビュー 未だに自信はない。けれど自分が面白いと思えるものを撮っていきたい。
今回は、スペシャル企画として『キツツキと雨』監督・沖田修一さんのインタビューを盛り込んでご紹介します。
「皆が一緒になってモノを作る楽しさ」を映したい

「最初は映画マニアの青年が60歳の映画監督と交流するというような話でした。でも途中から逆のほうが面白いかなと思い、今の設定になったのです」と沖田監督
『キツツキと雨』はとても面白い映画だ。素朴で武骨な木こりの岸克彦と、自分が目指した映画監督になっていながら自分の思い通りの作品が作れない気弱な新人監督・田辺幸一。こんな二人が出会ったことから、幸一は前に進んでいく勇気をもらい、克彦は幸一との出会いで、折り合いが悪くなっていた自分の実の息子との関係を修復するキッカケもつかんでいく。ちょっとした人生の変化が、とてもステキに綴られていくのだ。
しかも、撮影隊や、撮影隊を迎えた村の人達が恐ろしいくらいリアルに描かれている点も面白い。沖田修一監督は前作の『南極料理人』でも南極基地で暮らす人たちの日常を、“食”をメインにディテールを積み重ねて描くことで、さらにその奥に広がるそれぞれのメンツの家族の問題や恋愛といったドラマを引きずり出していた。今回もゾンビ映画の撮影に来た撮影隊と、撮影隊に翻弄されながらいつの間にか撮影に参加していく村の人々の日常のディテールを描くことで、絆が生む人間の変化、家族の絆の問題、さらには自分の考え方一つで世の中は楽しくも寂しくも哀しくも面白くもなることを教えてくれている。
「そもそも共同脚本を書いている守屋文雄さんと会う度に、『撮影隊がぶらりと地方に撮影しにくる話で、何か面白いものはできないか』という話をかなり前からしていたんです。それでオリジナルの脚本で映画を作ろうということになった時、以前から盛り上がっていたこの話を具体的に作ってみようということになりました。皆が寄ってたかってモノを作っていくその幸せな時間を映画の中に持ち込めないかと。それが出発点になっていた気がします」(沖田監督)。
説明台詞を使わず、微妙な心の変化を描き出す
「脚本はあくまでも頭の中でイメージして描いたものです。現実にモノがあって役者さんたちが動いているともっとこうしたほうがいいとか、いろんなアイディアが生まれてくる。そうしたらあまり脚本には囚われず、新たに思った方向に進んでいきますね。カットも役者さんたちの動きに合わせて割っていくんです。だから絵コンテはほとんど書かない。絵コンテが決まってないと撮影が間に合わないとか、そういう必要性が生じれば書きますが。そのため撮影したフィルムを見たら、自分の予想とは違う着地点に着くこともあります。さすがにコンセプトからの変更などはないですが。それに自分の思い通りになるって嫌なんです(笑)。いろんな人のアイディアに影響されるほうが面白いですからね」(沖田監督)。

「映画作りの中で皆が力を合わせていく過程がユーモアを交え描かれていて、ものすごく感動的な脚本だと思いました」と役所広司。脚本を読んですぐに出演を快諾したとのこと
では、『キツツキと雨』では脚本から演出する際にどんな変化があったのだろう?
「役所広司さん演じる克彦と小栗旬さん演じる幸一が一緒に温泉に入るシーンが何度か出てきます。最初に役所さんが浴槽の中で幸一に近づいていく時にすごく面白い動きを見せたんです。それを終わりのほうの入浴シーンで今度は小栗さんが同じ方法で克彦に近づいていったら面白いんじゃないかと。脚本には指定のなかったシーンですが、現場でやってみようってことになって入れました」(沖田監督)。
確かに、この浴槽の中で一人がもう一人に近寄っていくシーンは、克彦と幸一の心変わり、特に心を閉ざしがちな幸一が克彦に信頼を置いたことが目に見えて感じられ、とても面白い。沖田監督の映画では、このシーンのように言葉による説明ではなく、日常のさりげない話し言葉と行動の積み重ねで、それぞれの人の気持ちがわかるよう、とても丁寧な計算の効いた演出がされている。最近の映画はテーマすら台詞で語りたがる傾向が強いが、沖田監督は断固、説明台詞は使いたくないのだという。
「脚本の段階で、最低限の台詞で伝わるにはどうしたらよいか、頭を悩ませつつ書いています。『説明台詞は使わない』ということに関しては意固地になっている部分があるかもしれません(笑)。こういう話し言葉ですべてを描いていくという方向はこれからも変わらないと思いますね」(沖田監督)。
主人公の新人監督・幸一は沖田監督がモデル!?
「田辺は25歳でもう映画監督をしています。25歳で監督をした人は周囲を見回してもいないので、結構新しいタイプの映画監督になるのでは? と思いシナリオを書きました。けれど僕が『南極料理人』という大きな予算のかかった映画を撮って体験したことなどを脚本に活かすうちに、だんだん自分が教科書になってしまい、自分がモデルっぽくなった点はあると思います。僕自身、例えば『蒲田行進曲』みたいな昔の撮影システムを経験したことがないし。すると、どうしても自分が今までやってきた小隊での撮影が劇中にも登場してしまう」(沖田監督)。
他にも、幸一はラッシュ(編集前の、撮影した状態そのままの映像のこと)を見て自分の映画の出来に肩を落としてしまうシーンがあったが、沖田監督も同様の経験をしたことがあるそう。
「その場で頑張って、思い通りの画を撮ったと思っても、ラッシュで見ると『あれ!?』ってなることってありますからね。『思い通りの画ってそもそも何なんだ!』と思ったり(笑)」(沖田監督)。
「自分に対する自信は未だないんですよ」
という答えが返ってきた。これは意外。ではそんな自信のない中、そもそも沖田監督はなぜ映画監督になろうと思ったのか?
「監督になりたいと思ったのはずいぶん後なんです。本当につい最近ですよ。『南極料理人』を撮ってから、監督でいけるかもしれないと思ったくらいで。もともとは、『とにかく面白いことをやりたい』しか考えていませんでしたから。映画は昔から好きだったので、それなら映画を撮ろうと。でも『監督をする』という概念はなく、何か面白い映画を作りたいという思いが先にありました。じゃあ、面白い映画を作るためにはどうしたらよいのか――。それでとりあえず日本大学芸術学部映画学科に行ってみようと。ただ、映画学科といってもいろんなコースがあるんです。そこで友達に相談して、『野球の監督は野球の監督をしながら監督になったわけじゃない。監督は選手をやってからなっている。だから手に職を持ったほうがいいよ』との助言を。で、どうせ高い学費を払うなら一番払いがいのあるコースに行こうと(笑)、撮影コースに進みました」(沖田監督)。

幸一役の小栗旬は、沖田監督のツメを噛むしぐさなどを取り入れて役柄を創りあげた。「このキャラクターはまるまる監督だ」と小栗は思っていたそう
「でも、全然モチベーションが上がらず(笑)。大学3年生の時に監督コースの学生と組んで短編映画を撮影しましたが……。卒業制作の時、撮影コースの学生はドキュメンタリーを撮ってもいいということで、ドキュメンタリーを撮影しました。しかし、自分が作りたいものを作りたいという発想しかなかったので、カメラマンには向いていなかったようです」
と沖田監督。そして、
「高校の頃までは、自分は何でもできるという根拠のない自信がありました。何だったのでしょうね、あれは。だけど大学に入ってから、何が面白いのかわからなくなってきて、『面白いって何だっけ?』みたいな状態に陥ってしまいました。それから全く自分に自信が持てない状態になり、それが今も続いています。理由は全くわかりません。だから未だに迷ってばかりですよ。(インタビュアーの「真面目なんですね」の声に)そうなんですかねぇ。真面目だから正解のないモノ作りの世界に入ると迷ってしまうのかもしれませんね」
との答え。だから沖田監督は、たまにどうやったら映画監督になれるのかと聞かれても
「今一つ、よくわからない」
というのが本心だという。
「監督になりたいと言っても、自分が何を撮りたいか、そこがわかってなかったらなれないじゃないですか。だからまずは自分が面白いと思うものを見つけることが一番じゃないかと思います。僕も結局、映画を作ること以外は楽しいと思うことがなかったし。バイトしながらでも映画を作っていければいいや、それで売れなくても一生そんなことをしていければいいのかなと考えたりもしましたからね」(沖田監督)。
「その時々で興味のあるものが異なるので、純粋に興味のアンテナに即して創っていきたいですね。自分はこうだと決めてしまうと、あまりそこから進めない気がして。だからその時々でこういうものを撮ってみたいとか、『これ面白くない?』と思ったらすぐ挑む“遊びゴコロ”を残しておきたいというか。いろんなことをやっていきたいです。囲いは作らずに」(沖田監督)。
なるほど、この答えに、本作の、気弱ながらも何があっても次へと進んでいく幸一の姿が重なった。いろんな人との出会いを経て、これからどんな新しい映画が沖田監督のもとで生まれるのか。これからがますます楽しみだ。
- Story
- 妻に先立たれ、息子と共同生活を送る60歳の木こり・岸克彦。そんな彼はゾンビ映画のロケにやってきた映画の撮影隊を行きがかりで手伝うことになってしまう。最初はプレッシャーに弱く使えない新人監督の田辺幸一にイライラする克彦だが、次第に自分の息子と相対しているような気持ちになり、幸一も克彦との交流で自分を次第に取り戻していく。
インタビュー・文:横森文 写真提供:角川映画
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(C) 2011 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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