『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』 巨大パワーを操る人間の心の在り方
今回は、アメコミ・ヒーローものでありながら現代社会に警告を放つ『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』です。
もやしっ子から筋骨隆々のスーパーソルジャーへ変身
世界的不況、地震、原発問題……。2011年は様々なことが起こり、様々なことが発覚した。今、多くの日本人は漠然とした不安感を抱いているのではないだろうか。同時に確実に広がっているのが不信感。明らかに人災と呼ぶにふさわしい事故も多かったからだ。アメリカから始まった世界的不況にしたってそう。「これだけは回避できたはずだ」と、後から指摘される点も多い。「では、わかっていながらなぜそうなったのか!?」と不思議に思わずにはいられない。国を、経済を、世界を、ほんのひと握りの人達の欲や見栄が動かしているのか……と思うと、なんともいえない虚しさが湧いてくる。怒りを感じることも多々ある。
そんな状況の中、生まれてきた『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』は、たかが映画、それもアメコミ・ヒーローもので思いっきりエンタテインメント作品。だが、今観るのにとても価値のある作品に仕上がっている。
物語はこうだ。舞台は1942年のアメリカ。第二次世界大戦が起こり、アメリカでは多くの男性が戦争に参加している。そんな中、主人公の青年スティーブも国を守りたいという正義感から兵隊になりたいと志願する。しかしスティーブは背が低い(「あなたも兵士になったつもりで顔を入れてみよう」という看板に自分の顔がはまらないほどの背丈)上、筋肉はどこに? と聞きたくなるほどの典型的な“もやしっ子”。当然、腕力は弱い(例えば映画館で騒ぐ男性に注意したら逆にボコボコにされる始末)。そんな肉体的ハンディのため、何度も徴兵検査にトライしては落ちているのが現状だ。
けれども、捨てる神あれば拾う神あり。何度も落ちながら、兵になろうと挑み続けるスティーブに注目する人物がいた。それがアースキン博士だ。彼は人間の肉体的能力を最大限に高める血清の研究をしている人物で、「スーパーソルジャー部隊」を作る依頼を軍から受けていたのだ。そこで肉体的にはダメ男でも精神的には誰よりも気高い精神を持つスティーブに、スーパーソルジャーになる人体実験を受けないかと話を持ちかけたのだ。
優れた肉体能力を発揮することなくピエロ役に徹する
実は、スーパーソルジャーになるまでいろいろあったスティーブは、次にスーパーヒーローになるまでにも紆余曲折があったのだ。実験が成功し、究極の肉体を手にしたスティーブだが、その直後、アースキン博士は暗殺され、スーパーソルジャー計画は暗礁に乗り上げてしまう。博士しか作り方を知らぬ血清が作れなくなり、スーパーソルジャー部隊の編成ができなくなってしまったからだ。つまりたったひとりのスーパーソルジャーでは何の役にもたたないと、フィリップスら軍の上層部が判断したからだ。かくしてスティーブに命じられたのは、完全なピエロになること。つまりアメリカ国旗を象ったコスチュームに身を包み「キャプテン・アメリカ」というキャラクターとなり、国債を集める活動をしたり、軍製作のプロパガンダ映画に出演したりさせられる。その結果、キャプテン・アメリカの認知度を子ども界から大人社会にまで広げるが、その優れた肉体を全く使うことなく生きていくことになってしまう。
並みの人間なら、何のために苦しい思いをして肉体を改造したのかと悩み、「こんなことをしたいわけじゃない」と上層部に文句のひとつもいいたくなるだろう。もちろんスティーブも最初の頃、一瞬ではあるが苦虫をかみつぶしたような顔をする。だが、この自分がやっている行為も、すべては国を守ることに繋がり、正義のためだと、彼は信じて頑張り続けるのだ。
そんな時、現実を突きつけられることが起こる。それはイタリア戦線にいつものコスチュームで慰問に行った時のこと。なんとスティーブは同じ仲間である兵隊たちからバカにされるのだ。彼は身を守る盾を装備しているが(後でその盾は武器としても使われることになるのだが)、その盾が初めて役立ったのは、慰問先の仲間がバカにして投げた果物をよけるためだった。そして彼は改めて自分がいかにピエロだったかを痛感させられることになるのだ。
しかし、自分の友人のいる部隊が丸ごと敵地に捕らえられたと知り、スティーブは自分が友人たちを助けると、敵地にそのコスチュームを着たまま飛び込んでいく。もちろんフィリップスからは止められるが、みすみす仲間の危機を見逃すことを彼はできない。結果、ものの見事に敵陣に乗り込み、捕虜になっていた仲間の兵士たちを救い出すことに成功するのだ。こうしてまたフィリップスに自分の力を認めさせたスティーブは、精鋭部隊を引率する側となり、次々と奇襲など危険度の高い任務をこなしていくことになる。
強靭な肉体パワーを得ながら巨大な悪へと落ちていく
ここまで書けばおわかりのように、スティーブの武器はもちろん素晴らしい肉体ではあるが、その肉体をキチッと操ることができる“精神”、つまりその真っすぐな心とあふれるばかりの正義感こそが最大の武器になっているのだ。そしてそれをわかっていたからこそ、アースキン博士は彼がスーパーソルジャーになるにふさわしいと考えたのだ。本作に登場する悪役「レッド・スカル」は「ヒドラ党(ヒトラーをもじったもの)」のひとりがアースキン博士の血清により変身したのだが、スティーブ同様に力を得たレッド・スカルはその心の醜さからより巨大な悪になってしまった。つまりこれは、どんなすごい肉体パワーを持とうと、それを操る人の心の在り方でよくも悪くもなるということを暗示している。
人間は生きている以上、よい事にも恵まれるが、悪いことも必ずや起きる。大事なのは、最悪な出来事が起きた時、自分は正義の下、責任を持って問題を判断し、対処できるかどうかである。すごくシンプルな話だが、それが結論。スティーブはそうやって頑張ることで周囲の自分に対する目を変え、本当の意味での“英雄(ヒーロー)”となっていった。自暴自棄になってしまう人、責任を転嫁する人はもちろんだが、何もしない人にも無論、よい事は降ってくるわけがない。力を得た人はその力を本当に正しく使わなければ、転げ落ちるだけだ。それは現実世界を見ていてもわかるだろう。ひとりひとりの心がけ。それだけで世の中は変わることを、この映画は娯楽作品として楽しませながら、教えてくれる。誰だって未来に対して不安感はある。だがその未来をよりよいものにできるかどうか、それはすべてあなた自身の選択によるものなのだ。
- Movie Data
- 監督・製作総指揮:ジョー・ジョンストン
原作:ジャック・カーピー、スタン・リー
出演:クリス・エバンス、トミー・リー・ジョーンズ、ヒューゴ・ウィービングほか
(C) 2010 MVLFFLLC. TM & (C) 2010 Marvel Entertainment, LLC and its subsidiaries. All rights reserved
- Story
- 第2次世界大戦中の1942年、スティーブは、各地に進攻するドイツのヒドラ党から祖国を助けたいという思いから入隊を希望。だが病弱だったため入隊を何度も却下されていた。そんなある日、軍が秘密裏に行う「スーパーソルジャー計画」という実験に参加することに。その被験者に選ばれた彼は、強靭な肉体を手に入れることに成功するが……。
文:横森文
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(c)2011 Twentieth Century Fox Film Corporation
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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