『ツリー・オブ・ライフ』 壮大な生命の歴史に乗せて描かれる家族の物語
今回は、脈々と受け継がれてきた生命の歴史に乗せて描かれる家族の物語『ツリー・オブ・ライフ』です。
荘厳な音楽と詩と共に紡がれていく家族の物語
誰もが最も共感できる話。それは家族の物語じゃないかと思う。この映画もある家族に生まれた男性の人生を追ったものだ。つまり物語としてはとてもシンプル。大人になって実業家として成功した主人公のジャックは、心の奥に深い喪失感を抱いていた。特に彼の人生に暗い影を落とすことになったのは、弟RLの死だ。そんな彼は厳格な父に反感を抱いていた少年時代を回想しながら、やがて弟の死を受け入れて、ほんの少し精神的に解放されていく。
面白いのはその描き方。話としてはそういう内容なのだが、とにかく時制が跳んで跳んで跳びまくる。まず描かれるのは間違いなくジャックの弟RLの死が起きた当時の描写。しかし、最初は誰が死んだのか、よくわからない。映画が進むに連れて次第にRLの死によってジャックが傷ついたことがわかってくる。正直、ショーン・ペンがポンと画面に登場した時も、事前にショーン・ペンが主人公の成長した姿を演じると知っていたおかげですぐに状況が飲み込めたが、もしそうでなければきっと「彼は誰!?」と、しばらく疑問に感じていたことだろう。
加えて、そんな家族の物語の中に挟み込まれるのは、荘厳な音楽と神に語りかけるような台詞(聖書からの引用)と共に、目を奪われるほどに美しい、具体的に言えば「ナショナル・ジオグラフィック」にでも出てくるかのような自然描写だ。旋回する煙のような気体、激しいマグマを打ち上げる火山、荒れ狂う大地、そこへ雨が降り、一気に映像は海へ。それと共に微生物などがクローズアップされていく。そうか! 描かれていたのは宇宙の誕生、地球の歴史であったのかと気づくのは、次第に生物が形を変えて両生類たちが登場するようになり、そして恐竜が姿を現してからだ。つまりこの映画は、昨今のテーマまで台詞で語り尽くしてしまうような過剰表現映画と違い、不親切とまでは言わないがギリギリの情報と詩のような表現方法で紡いでいく映画なのである。
それにしても家族を描いた話のはずなのになぜ恐竜!? なぜ宇宙の、そして地球の誕生物語が挿入されたのか!? 監督はこれまでに『地獄の逃避行』(73年)、『天国の日々』(78年)、『シン・レッド・ライン』(98年)、『ニューワールド』(05年)の4作品しか生み出していないのに「アメリカ映画界で最も秀でた監督」と呼ばれるテレンス・マリック。しかも本作はカンヌ映画祭で賛否両論を巻き起こしながら、結局はパルムドール賞を獲得したことでも話題になった作品だ。ひと筋縄で行くわけなんざないのである。軽々と時制を超え、観念を超え、綴られていくこの物語にはもう自分を開放してたゆたうしかない。そう思って映画に身を任せて見始めた途端……本当にとんでもない状況になった。いやもう感動のあまり涙が出て止まらなくなってしまったのだ。
慈愛に満ちた母、厳格な父。二人の異なる愛情に育まれた主人公
理由はなぜか。宇宙が、地球が、生命が、脈々と繋いできた歴史と同様の観点で、家族の物語が描かれていたからだ。人間は誰もが太古の昔から繋いできたDNAを持ち合わせている。よく言われるのは暗闇を自然と怖いと思うのは、太古からDNAに刻みつけられてきた見えない敵に襲われる恐怖があるからだという。鋭い牙などを見て嫌な気持ちが走るのも同様のようだ。そうやって古代から様々な思いをDNAに刻み込んできた人間は、命からがら培ってきた経験を、次の世代、そしてさらに次の世代へと受け継いでいく。
そういった経験の伝達は家族の中でも行われている。ジャックの父はとにかく息子3人のことを手厳しく育てている。自分の命令に背けば、容赦なくお仕置きをする。「男は強く育たなければダメだ」と言い、「成功したいのであれば善意は捨てろ」とまで言う。自分の顔を差し出して「殴れ! ほら殴れ!」と息子に迫っていき、殴りかかるものの本気ではできないジャックに対してイラ立ちを覚え、逆に突き飛ばしたりもする。だからと言って、彼はジャックのことを愛していないわけではない。ジャックが生まれた時の何とも言えない優しい表情を見れば、彼がいかに息子に愛情を抱いているかがわかるはずだ。恐らく、スパルタともいうべき彼独特の教育は、「強い一人前の男になってほしい」という一途な願いから生まれたものに違いない。自分自信がうまく成功できなかったゆえに、どうしてもジャックには成功してほしという思いが強いのだ。
一方、ジャックの母はまるで“慈愛”の塊のような女性だ。実は恐竜のシーンで肉食恐竜が草食恐竜を食べずに逃がす場面があった。それはひょっとしたらジャックの母が持つ“慈愛”に通じているのかもしれない。そんな風に前出のシーンが繋がっていく感覚がこれまた面白い。彼女は常に子どもたちに愛を注ぎ、優しく見守ろうとしている。父親とはまるで逆の愛し方だ。息子たちをのびのびと育てたいという思いがあるのだろうか。父親が出張などで出かけてしまえば、父親が禁じていることを息子たちと一緒に彼女もこっそり楽しんだりもする。しかし彼女は夫には逆らえない。父親が理不尽なことをしても、結局は家族全員が父親の言うことを聞くしかない。それがこの家のあるべき形らしい。
そんな二人の異なる愛情に育まれた長男ジャックは、成長するに連れ、心の中がバラバラになっていくような感覚に襲われる。たまっていく不満と苛立ち。本格的な不良まではいかないが、悪いことにも積極的に参加してしまうようになる。そしていつしか気づくのだ。自分が憎むべき父親と同じような性格の欠点を抱えていることに。本当は母のように慈愛に満ちていたいのに、遺伝子の不思議な力に吸い寄せられ父にどんどん似てきてしまっていることに。そうやって家族から得た経験、受け継いできた遺伝子でジャックは自分の人生を自然と決めていく。
映画の中できっちり言及されているわけではないが、中年になったジャックは近代的な高層ビルの中にオフィスを構えている。そこから察するに、実業家として相当な成功を収めたのだろう。恐らく父が教えてきたように、成功のために善意の気持ちを捨ててきたのではないだろうか。亡くなってしまったRLに対してもいろんな気持ちを伝えられずにいたのかもしれない。
自分の命や存在は、どこから来たものだろうか?
私自身は子どもの頃の自分を映した映像を想い出した。子ども用のプールに入ってはしゃいで父親に水をかけている映像、初めての運動会や学芸会の映像。さらに、自分の記憶に残る自分の視点で見た母親が料理している様子や、一緒にブランコに乗った時の記憶、同い年の従姉と遊んだ記憶……それこそ様々な記憶を呼び起こしてくれた。そして、改めて思ったのだ。自分がそうやっていかにいろんな人達の影響を受け、いろんな人達から受け継いだものを糧に生きてきたかを。この映画はそんな人間の根源的なものに気づかせてくれる。
また思うのだ。血を分けた家族がいかに大切なものであるのかを。壮大な宇宙も地球の歴史もすべては自分が存在しているからこそ、味わうことができる。だがそんな自分をこの世に存在させてくれたのは間違いなく両親なのだ。そう思うと家族への愛情がさらに湧いてくる。なんという壮大な映画であり、壮大なファミリー・ドラマであろうか。
一つ、ごく個人的に感じたことは、こういった生命の営みが自分の代で途切れてしまうことの無念さだ。私には残念ながら子どもがいない。子どもがいればこの壮大な自然の流れを遺伝子という船に乗せて渡らせることができたろうに。それを思うとちょっと悔しい気持ちに襲われる。ま、自分で選んだ道だし、こればかりは仕方のないことではあるが。でもまさかそんな想いを映画1本ですることになるとは夢にも思わなかった。今の時代、子育てに不安を抱える人もいるだろうが、この映画を見れば出産すること、家族を持つことに対して何か大きく考えが変わるのではないだろうか。
- Movie Data
- 脚本・監督:テレンス・マリック
出演:ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン、フィオナ・ショウ、ハンター・マクケラン、ララミー・エップラーほか
(C) 2010 Cottonwood Pictures, LLC. All Rights Reserved
- Story
- 50年代半ばの中央テキサスの小さな田舎町。ここにオブライエン夫妻は3人の息子と共に住んでいた。父は成功には“力”が必要だと考えている男。母は自然を愛で慈愛に満ちた心で子どもたちを包み込む優しい女。11歳に成長した長男のジャックの心は、そんな両親の狭間で常に葛藤を感じていた。やがて大人になったジャックは自らの生き方を振り返り……。
文:横森文
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(C) 2011 フジテレビジョン 東宝 FNS27社
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。
横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。