2011.02.01
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『洋菓子店コアンドル』 弱点や欠点を持った人々の再生

今回は弱点や欠点を持った人々の再生を描いた『洋菓子店コアンドル』です。

ヒロインは自分本位の超ポジティブ思考

『洋菓子店コアンドル』には、ふたりの主人公が登場する。ひとりは天才パティシェと言われながらも、ある事情からケーキ作りをやめてしまった十村遼太郎。もうひとりはケーキの修業をすると言って東京へ向かった恋人を追い、鹿児島から上京した臼場なつめだ。ふたりが出会うのはなつめの恋人が働いているはずだった都内で評判の洋菓子店「パティスリー・コアンドル」。十村は現在、製菓専門学校の講師をしながら、スイーツの評論家をしていた。その日もコアンドルのパティシェ・依子に「店を手伝ってもらえると助かるんだけど」と言われながらも、その言葉を聞き流し、テラス席でひとりケーキを味わっていた。

 そこへやってきたのがなつめだ。恋人がコアンドルをすでに辞めていると聞かされ、途方に暮れたなつめは、依子に店で働かせてほしいと頼み込む。実は彼女は田舎で父親のケーキ屋を手伝っていて、ケーキ作りにはそれなりの自信を持っていたのだ。しかし得意のケーキは依子と十村によりケチョンケチョンに評価されてしまう。頭に血がのぼるなつめだが、「これを食べて帰りなさい」と依子に出されたケーキを食べて考えが変わる。確かにコアンドルのケーキはこれまでに食べたことのない美味しさで、自分のケーキがその域に達していないことを否が応にも納得させられたからだ。

 かくしてなつめは見習いとしてコアンドルで働くことになる。負けん気が強く、誰よりも頑張り屋で努力を惜しまないなつめ。通常、この手のポジティブ思考の人間は小説でも漫画でも“いい人”というキャラクターが定番だ。実際、彼女の頑張りぶりを見て、感化された十村が「二度と菓子作りはしない」と心に決めていたのに、その決心が揺らいでいく様子も描かれている。

 でもこの映画でのなつめは決して“いい人”ではない。彼女は自分のやっていることが絶対的に正しいと信じて疑わない。つまり、自分の定規でしか物事を見られないのである。たとえば、彼女は寝る間も惜しんでケーキ作りの研究に没頭するが、そのために自分が周囲に迷惑をかけていることには全く気づかない。

 冒頭からしてそうだ。依子に「帰りなさい」と促されているのに、帰らずに店に居座る。さらにコアンドルのケーキを食べてその味に衝撃を受けた彼女は、さらに頭を下げて頼みまくり、勤めることを許されるまで粘り倒す。

 そして、店の事務所で寝泊まりを始めた彼女は、今度はケーキ作りの研究のため勝手に店の粉や卵などを材料として使ってしまう。当然、その分を給料から引かれることとなるのだが、彼女は「ええっ!」と驚く。おそらく実家のケーキ屋で、自由気ままに練習してきた彼女には、材料費の高さ(本格洋菓子店だけにいい材料を使っているはず)などがピンと来ていないのだろうが、観ている側は思わず「自分で材料買いなさいよ」と言いたくなる。そんな風に自分本位な面がしばしば出てくる。

人は自分の定規でしか相手を見ていない

実は失踪した恋人のこともそうなのだ。なつめの恋人・海は、コアンドルとは別の店で修業を続けていた。それを知り、なつめは喜びいさんで会いにいくが、彼女を見て海は浮かない顔をする。当然なのだ。だって海はなつめに別れの手紙を突きつけて出てきたのだから。その手紙には“別れよう”という記述こそなかったが、別れたいという海の思いが透けて見える内容が書いてあった。しかし自分本位な考え方のなつめには、その文面が読み取れない。むしろ自分にいじわるな口を利くマリコが、きっと海もいじめたに違いないと勝手に思い込む。よもや自分に落ち度があるかもしれないなんて考えは、これっぽっちも浮かび上がってこないのだ。

 海となつめの再会シーンでも印象的な会話がある。「一緒に帰って実家のケーキ屋を継げばいいじゃない」と、しきりになつめは促す。だが首をたてにふらない海に対し、なつめは「海くんには東京でパティシェをやるのは無理なんだから」ということを言い出すのだ。才能がないから東京では無理なのだと。確かに彼氏彼女の関係だったから、誰よりも自分が海のことを理解しているという思いはわかる。しかし、別の店で今度こそパティシェとして頑張ろうと思っている矢先の人間にかける言葉ではないだろう。ま、その結果、海はなつめと別れる気持ちをより固めていくことになるのだが。

 なつめのこんな一面だけを紹介していくと、なんていけすかない女だと思う読者も多いだろう。しかし彼女だけだろうか。案外、人間だれしも自分の定規でしか他者を見ていないのではないだろうか。自分の子どもや生徒に対してでもそうだ。子どもを愛するがゆえに、子どもを傷つけたくないがために余計な一言をついポロリと。

 たとえば、サッカーは大好きだが、プロサッカー選手としての才能はどうひいき目に見てもなさそうな少年。その子がクラブ活動に精を出している姿を見て「もうそろそろやめて勉強に打ち込めば」や「本気で選手になるつもりなの?」などと声をかける。無駄なことをさせるよりは、違う才能を見つけてあげたい……そう考える大人の気持ちはわからないではない。けれどもそう判断しているのは、結局大人の定規でしかないのだ。

 選手としての才能はなくても、試合を見る目が磨かれることでスポーツ・ライターになれるかもしれない。ほかにも、トレーナーやフィジカル面を管理する仕事、試合を開催する仕事など、サッカーに関わる仕事は様々ある。多分、何事も無駄になることはないのだ。けれど自分だけの定規にとらわれていると、そういったことが見えず、自分の考えだけを押しつけようとする。

 確かにコアンドルを逃げ出すような人間が、他の店に行ったってうまくいかないという見方もあるだろう。でも人間は変わろうと思えば変われる。海だってコアンドルは辞めたが、今度こそは逃げ出すものかと頑張っているかもしれない。そういう気持ちを考慮せずに、頭ごなしに決めつけてはならないのだ。

欠点を持ちつつもガムシャラに突き進む生き方

 こんな風に、ヒロイン・なつめにはいろいろ欠点がある。しかしその分、彼女のひとつひとつの頑張りぶりがリアルに伝わってくる。完全無欠なヒロインが頑張って成功しても予定調和にしか見えない。所詮“物語”なんだからと思ってしまうものだが、欠点がある=人間らしいヒロインが、血のにじむような努力をしていく様はやはり胸に迫る。

 彼氏・海を完全に失い、パティシェとして腕を磨くことに専念すると心に決め、自分の居場所を築き上げようとするなつめの姿に、最後には共感した。特に天敵・マリコとの関係改善の仕方はユニークだ。いじわるをされるとされた側は弱腰になりがちだが、なつめはキャラ的にそうはならない。面と向かって怒鳴り合い、「私だってあんたのこと大嫌い」と言い切る。決して“仲良し”というわけではないが、互いのことを認め合う関係にまでなっていった。こういう部分はいじめられて黙ってしまうタイプの人間には参考にしてほしい。

 そして彼女のウザイくらい前向きな思考を見習うことになる人間が出てくる。それが十村。実は彼がパティシェという職業を離れたのはトラウマになるような事件があったからだ。そのせいで、彼は人生すべてを棒にふってしまう。そこへ、人に対して配慮ができないなつめが、彼のトラウマ=深い心の傷を思いっきり押し広げるような大きなお世話をする(その後、彼女は反省し、ひとつ成長するのだが)。

 普通なら怒ってしまってもおかしくない。しかし十村は、彼女に悪気がないのを理解し、もう一度パティシェとして厨房に立とうか……という気持ちになる。その結果、十村がどういう道を取るのか、一体なつめは彼に何を促したか……それはネタバレになるので内緒だが、とにかく彼女の存在が大きく十村の心を促すのは確かだ。

 これも彼女の持っている、周囲を顧みない(?)前向き精神があればこそ。そう、この過剰なポジティブ思考がいい結果をもたらすこともあれば、悪い結果をもたらすこともあるという話でもある。短所と長所は表裏一体。だからといって、放置していては人は成長しない。なつめが前向きな姿勢はそのままに、少しずつ自己本位ではなくなったのは、自分だけの定規でなく、相手の定規を持つことを覚えていったからだ。

 この作品を観て感じたのは、人間、必ず長所と短所を持ち合わせるものだが、「どうせ私なんか」と引っ込んでいたって無駄だということ。人はなるべく欠点をさらさないように生きようとしがちだが、時にはそれを忘れ、なつめのようにガムシャラに突き進むのも悪くない。結局は自分の居場所は自分で作るしかないのだし、どこに行ったって必ず気が合わない人はいるものだ。もちろん、自分本位になりすぎてはいけない。肝心なのはそのバランス。どう人と折り合い、どこで突っ走るか。それらすべて決めていくのも自分自身なのだ。

 変なプライドを守ろうとして一歩も進まない生き方よりも、欠点を持ちながらも必死に、ガムシャラにぶつかって生きていく方が素晴らしいことに思えた。それに人は本気で変わろうと思えば、そしてその努力をすれば必ずや変われるのだから。なつめや十村がそうであったように、一歩進むことかできるようになるのだ。要は、すべて自分次第。だからこそ、日々の努力や積み重ねを忘れてはならないと改めて確認させられた。

Movie Data
監督:深川栄洋
出演:江口洋介、蒼井優、江口のりこ、尾上寛之、加賀まりこ、戸田恵子ほか
(c)2010『洋菓子店コアンドル』製作委員会
Story
恋人を追って鹿児島から上京したなつめ。しかし勤めているはずの洋菓子店コアンドルに彼氏の姿はなく、なつめはコアンドルで働くことに。様々な出来事をクリアしつつ、少しずつ自分の居場所を作り上げていくなつめ。ところがある日、コアンドル店のオーナーが怪我で入院を。店の営業はもちろん、ようやく取った晩餐会の仕事も危うくなり……。

文:横森文

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子どもに見せたいオススメ映画
『ナルニア国物語/第3章: アスラン王と魔法の島』 最後まで意志を貫く大切さを描く大冒険物語
以前、当コーナーで紹介したこともある『ナルニア国物語』の第三章。 今回の物語は大人になってしまったペペンシー兄妹の長男と長女は登場せず(チラッとした出演はあるが)、次男のエドマンドと次女のルーシー、そして戦争中にふたりが身を寄せていた親戚の家にいた従兄ユースチスがナルニアに旅立つという展開だ。
 今回、彼らが冒険するのは初めて描かれるナルニアの大海。いろんな島を帆船で巡ることになるが、その彼らの航海を邪魔するように様々な出来事が起きる。中でも不気味なのは不思議な“霧”。この霧に包まれた人間は姿を消してしまう。そしてエドマンドやルーシーたちも、その霧の背景にいる何者かに精神を操られそうになるのだ。
そんな物語の中で見えてくるテーマは「最後まで意志を貫くことの大切さ」。心を惑わされ、エドマンドはもともと持っている“上に立ちたい”という欲望に血迷ったり、自分の外見が好きではないルーシーは姉のようにキレイになりたいと思うがあまり、自分の存在しない世界を危うく作りかけたりする。しかし彼らは自分以外の何者にもなれず、心の弱さが悲劇を招くことを思い知らされる。  どんなに困難が起ころうと、自分が自分であり続け、いかにその意志を保ち続けるか、屈強な精神の大切さがエンターテインメント世界の中で声高ではなく紡がれる。小学生以上~中学生には特に楽しめる作品。これで完結となりそうな『ナルニア国物語』の最後の大冒険を是非楽しんでほしい。
監督:マイケル・アプテッド 
出演:ベン・バーンズ、ゲイリー・スウィート、スキャンダー・ケインズ、ウィル・ポールター、ジョジー・ヘンリーほか
(C)2010 Twentieth Century Fox Film Corporation and Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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