2010.06.01
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『トイ・ストーリー3』 持ち主が大人になり、忘れられていくおもちゃたち

今回は、おもちゃたちと成長した持ち主との心の絆を描く『トイ・ストーリー3』です。

すっかり古くなったおもちゃたちと、大学生になった持ち主

 『トイ・ストーリー』に続き『トイ・ストーリー2』が大傑作だっただけあって、正直この作品がどこまで楽しめる作品になっているのか不安ではあった。ところが蓋を開けたらビックリ仰天。とてつもなく面白い、素晴らしい作品に仕上がっていたのである。

 そもそもここに出てくるカウボーイ人形のウッディや宇宙戦士人形のバズといったおもちゃは、すべてアンディという男の子の持ち物だ。そうした設定の中で、1作目では新しくやってきたバズに“アンディにとって一番のおもちゃ”というポジションを取られそうになるウッディが、最初は嫌がっているものの次第に友情で繋がれていく様が描かれた。

 そして第2作では実はヴィンテージな人形だったウッディが誤ってマニアの手に渡ってしまい、そんなウッディをバズらおもちゃたちが助けにいき、そこで生まれた友情を描きつつ、一方で子どもたちが遊ぶのではなく、マニアックな発想でパッケージを開封されずに飾られるおもちゃたちの姿を通し、当時のグッズブームを皮肉り、“おもちゃにとって幸せとは何か?”までを描いていた。

 で、この3作目ではそういったドラマティックな部分がもっと深く掘り下げられていく。それは、成長しておもちゃたちがいらなくなってしまったアンディのもとでのウッディたちのストーリーだ。

 本作でのアンディはもはや立派な青年、もうおもちゃなどを全く必要としない年齢になっている。高校を卒業し、どこか遠くの大学に行くのであろう、引っ越しすることも決まっている。トイたちは今やアンディの部屋にあるおもちゃ箱に入ったまま、何年も遊ばれていない。それに耐えられず、自分たちと遊んでほしいトイたちは、アンディの携帯電話を自分たちのおもちゃ箱の中に放り込み、携帯電話を鳴らす。携帯電話を取ろうとしたアンディが、おもちや箱を開けたついでに、自分たちの存在にも気づき少しは遊んでくれるのでは!? という作戦。しかしアンディは携帯電話を拾っていっても、おもちゃと遊ぶようなことはない。アればっかりはどうしようもない現実だ。

 そこでおもちゃたちは自分たちの運命について語り合うことになる。実際、今回は今までレギュラーで登場していた幾体かの人形が様々な理由から早くも姿を消しており、そのおもちゃたちの運命の過酷さがしっかりと冒頭で語られる。それでも彼らはアンディを信じているのだ。アンディなら自分たちを屋根裏部屋に押し込んでくれる。そしていつか結婚して子どもができたら、その子に自分たちを与えてくれるに違いない……と。

 小さなおもちゃたちが思い描く、まるで老後の幸福な隠居生活のような未来予想。もうそこからジワジワと哀愁が漂ってくる。なぜなら、そう夢を語るおもちゃたちがなんともヨレヨレで古臭い雰囲気をかもし出しているからだ。例えばウッディの顔は子どもの頃から遊んできたアンディの手あかにまみれ、どこかくすんでいる。バズは宇宙で活躍する戦士という設定のため、ボタンを押すと透明のヘルメットが頭部を覆うようになっているのだが、そのヘルメットには細かい引っ掻き傷がたくさんついている。ボディ部分がバネになっているスリンキー・ドッグは、耳の部分の布がすり切れているのがハッキリと見てとれる。

 1作目&2作目の頃はまだまだピッカピカだったトイたちだが、今やかなりボロボロ。アンディでさえ、そんなおもちゃたちを見て“ガラクタ”だと言ってしまうほどだ。ひょっとしたら現役の子どもたちですら「こんな古いおもちゃいらない」と言ってしまいかねない。そんなおもちゃたちの、屋根裏部屋での生活という夢がなんとも切なく胸に響く。

 ところが事態は思わぬ方向に展開する。母親に言われ身の周りの整理を始めているアンディは、ウッディだけは大学に持っていこうと決め、その他の人形たちは屋根裏に保管することを決める。ところがだ。ここがいかにも若い男子らしく、アンディはおもちゃたちを段ボール箱には詰めず、ゴミ用の黒いビニールに入れ、屋根裏部屋に置こうとするのだ。そのため、アンディの母親は間違ってバズたちおもちゃをゴミだと思い捨ててしまう。

アンディが屋根裏に自分たちを保管しようとしていたとは知らないバズたちは、彼が自分たちを捨てたのだと思い込み、ゴミ袋から逃走。保育園行きの段ボール箱に自ら乗り込む。追ってきたウッディが必死に「アンディは君らを屋根裏部屋に運ぶつもりだった」と擁護するが、アンディが心変わりしたと思い込んだバズたちは自ら保育園行きを希望するのだ。

 ところがその保育園ではまだ年端もいかない子どもたちがおもちゃを乱暴に扱っていて、ここで壊れたおもちゃたちは廃棄処分されるという、とんでもない運命が待ち受けていた! しかもここではロッツォという名の熊の人形がいばっていて、おもちゃたちの独裁者となっていたのだ!

 かくして始まるのは保育園に囚われの身となってしまったバズら仲間たちを救出しようとするウッディの大冒険。それこそ名作映画『大脱走』さながらの、娯楽映画らしい王道の展開が見られる上、様々なドラマティックな話も挟み込まれていく。

忘れられる哀しみ、成長、そして友情

 中でも誰もが心にビビッとくるのは、なんといっても“忘れられる”哀しさに焦点をあてたドラマ構成だろう。確かに人間は生きていく上でいろんな出来事を忘れていく。自分にとって辛かったことや哀しかったことはもちろん、面白かったことや感動したことまでも、ともすれば忘れてしまうこともある。

 それだけではない。例えば大人になり、街の中で急に小学校時代によく遊んでいた友達とバッタリ会ったとしよう。その時、あなたはその友達の名を覚えている自信があるだろうか? 何十年かぶりに卒業アルバムを引っ張りだした時、何人の同窓生を名前まできっちり思い出せるだろうか。

 思い出せなくても仕方ない。哀しいけれど、人間はそうやって何かを忘れたり、何かを捨てたりしていかないと前に進んでいけない生き物だ。何事も永遠ではないし、永遠でないからこそ、その時その時を大切に生きていないと、後で手痛いしっぺ返しを食らうこともあるだろう。

 今回の悪役ロッツォもそうだ。彼は本来とても心の優しい熊のぬいぐるみだった。ところが旅行中に外でロッツォら3体のトイたちと遊んでいた持ち主の少女は眠ってしまい、大人たちはロッツォたちをそのまま外に置き去りにし、うっかり出発してしまう。いつか持ち主が自分たちを探しに来ると信じて待つロッツォたち。しかしいつまで立っても迎えは来ない。そこでロッツォらは必死の思いで我が家を目指す。トラックのバンパーに乗り、時には雨に降られたりしながら。

 こうしてようやく家に辿り着いた彼ら。だがそこには新しいロッツォを抱えた持ち主がいた。それを見た瞬間、ロッツォの心の中で何かが砕け、彼はダークサイドへと落ちていく。ショックなのはわかるが、それで生き方が歪んでしまうのは問題だ。かくして真っ当に生きなくなってしまったロッツォには当然のことながらバチがあたることに。それがどんなバチなのかは観てのお楽しみ。

 この映画でもうひとつ注目してほしいのは、本筋はおもちゃたちの大冒険映画なのだが、そんなおもちゃたちの活躍を通してちゃんとアンディの成長物語にもなっているというところ。いろんな思い出が詰まったおもちゃから離れることで、またひとつ大人への階段をのぼるアンディの心情。そんなアンディの気持ちに理解を示すウッディやバズたちの心意気にも胸を打たれた。さらに、モノがなくなってガランとした息子の部屋を見て、思わず涙ぐむ母親が描かれるのだが、そんな母親を気づかうアンディの姿からも、たくましくなった彼の姿が見てとれるのだ。

 もともと『トイ・ストーリー』シリーズの核となるのは友情物語だが、今まではおもちゃ同士の友情がメイン。が、今回はアンディとおもちゃたちの心の絆を中心にしたことで、より物語に入り込みやすくなっているし、1作目からシリーズを見てきた人達はアンディと同じ年月を重ねている分、余計に物語に入り込みやすくなっている。ちなみに先日来日したリー・アンクリッチ監督によれば、今回のアンディの声は1作目『トイ・ストーリー』の時に演じた子役が、再び成長したアンディの声を吹き込んでいる。わざわざ消息を尋ねてまで依頼したというのだから、いかに本気でドラマを作ろうと思っていたかがわかるというもの。

 そしてこの映画ではエコ精神も養われる。おもちゃをゴミとして捨てるのではなく、保育園にいる子どもたちに手渡すことによって、結果的には子どもたちと遊ぶというおもちゃならではの使命を全うすることができるし、少しでもゴミの減量に繋がることを教えてくれる。そしておもちゃを大切にすること=モノを大切にする素晴らしさも。本当に子どもから大人までどの世代のハートも揺さぶる素晴らしい作品だ。

Movie Data
監督:リー・アンクリッチ
製作総指揮:ジョン・ラセター
声の出演:トム・ハンクス、ティム・アレン/唐沢寿明、所ジョージほか
(c)Disney/Pixar. All rights reserved
Story
アンディがおもちゃで遊んでいたのも今は昔。大学に入学する年齢となり、引っ越しのためおもちゃを処分するか否か選択を迫られる。ところが間違ってアンディの母親がおもちゃたちをゴミとして出してしまったからサア大変。どうにかゴミ袋から脱出したおもちゃたちは、自らサニーサイド保育園に行くと決め、保育園行きの段ボール箱に潜り込む。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

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監督:本広克行
製作:亀山千広
脚本:君塚良一
出演:織田裕二、柳葉敏郎、深津絵里、ユースケ・サンタマリア、伊藤淳史、内田有紀、小泉孝太郎、寺島進ほか
(c) 2010 Fujitelevision / INP

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

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