2009.12.01
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『カールじいさんの空飛ぶ家』 人は現実逃避せずに生きていかねばならない

今回は、愛妻を亡くした老人の冒険物語『カールじいさんの空飛ぶ家』です。

冒頭の10分間で綴られる主人公の濃密な人生

 『カールじいさんの空飛ぶ家』は、子どもが楽しめる要素はたくさんあるが、どちらかといえば大人のほうがよりグッとくる展開になっている。それは78歳となったカールじいさんの人生が誰にとっても起こり得て、誰にとっても大切な部分を突いてくるからだ。

 それはまず冒頭の10分で描かれる。始めはカールがまだ幼稚園児だった頃からスタートする。廃家だった家で冒険ごっこを楽しんでいたカールは、同じこの廃家を秘密基地として使っていたお転婆娘のエリーと出会う。カールとエリーは成長するにつれ恋人となり、やがて結婚して……と年を経ていく。そんなエリーとの出会いから別れ(=エリーの死)までがその10分間だけで綴られていく。人生のポイントや節目を繋いだものなのだが、この10分間がおそろしく濃密なのだ。

 例えば台詞ではキチンと説明されないが、どうやらエリーに何かがあって子どもを授かれない身体になってしまった(あるいは元からそうだった?)ことが見て取れたりする。南米にある“伝説の場所”と言われる「パラダイス・フォール」に行くのがエリーの夢で、そのためにエリーとカールは懸命に貯金をするが、いろんな出来事があってその貯金を切り崩すことになるのも見て取れる。そしてようやくある程度まで年齢がいき、さてこれからゆっくり南米への冒険に行けるかも……という時にエリーは病気で先に逝ってしまう……。

 この冒頭10分だけで、正直、筆者は号泣した。わずか10分なのに、嬉しいこともケンカしたことも、いろんなことがあったことは間違いないけれど、ふたりが懸命に愛を育んできたことが痛いほど伝わってくるからだ。そしてエリーの夢であったパラダイス・フォールに行けなかったことを、カールがひどく後悔していることもだ。

 そういった過去を踏まえて始まるのが78歳になったカールの現実の日々。カールとエリーは結婚して、二人が出会った廃家を買い取って、自分たちで手直ししてピカピカのスウィートホームに作りあげた。が、今やそんな家もあちらこちらがボロボロになっている。カールはそんな家を特に直すわけでもなく(むしろエリーとの思い出に浸り過ぎて下手に直せないようにも見える)独り、半ば引きこもりな感じで暮らしている。家の周辺は今や開発が進んでいて、カールの家も立ち退きを強いられているが、エリーが亡くなり、すっかり偏屈な老人となっているカールは、真っ当に工事現場の人間と会話することもない。あげくの果てに工事関係者とひどいいざこざを起こし、ついにカールは老人ホームに強制的に入ることになってしまう。そこでカールは、はたと思い出すのだ。エリーの望みであり、自分の夢でもあったパラダイス・フォールへの旅を。そこで彼は大量の風船を使って家ごと浮かばせ、まるで気球のように南米へと飛び立っていくのだ。そこから彼の思いもかけない冒険が始まっていく。

奇想天外な企画にもGOサインが出た背景とは

 風船に釣られた家が空を飛ぶ……。なんとファンタスティックな光景か。だがこのアイディアは実はネガティブな発想から生まれたものだった。監督であるピート・ドクターにインタビューした時、彼は次のように説明をしてくれた。

「この映画を作る前に共同監督のボブ・ピーターソンと映画のアイディアを出しあっていたんです。そのうちに出てくるアイディアの多くが“現実逃避”だってことに気がつきました。実際、私も一日中仕事ばかりしていると、デスクの下に潜り込んで誰とも会いたくない気持ちになることがあるんですよ。そこで現実逃避を具現化しようとして、風船で飛び上がった家というアイディアが生まれてきたんです。そしてそこから逆算して、カールが空を飛ぶ決意をするまでの過去を作っていくことにしました。エリーとの過去を冒頭で見せようという話が出たのです」。

 できあがった今だからこそ、家ごと冒険に出るというのは、奇抜だがとてもロマンチックなアイディアの物語だと思う。けれども、普通なら絶対に映画化をOKされないような企画だとも思う。実際、ドクター監督も
「ハリウッドの他のスタジオなら、絶対にこの企画は通らないでしょうね」
 とニヤッと笑って言った。

「こんな話があるんです。自動車の育ての親ともいうべきヘンリー・フォードは、世間の人々にどんなクルマが欲しいかと尋ねたら『早い馬のようなもの』という答が返ってくるものだが、僕の作りたいクルマは早い馬の代わりではなく、こういうクルマなんだ、と。

 僕もそうです。観客の皆さんにどういう映画を観たいかと聞いて作りあげているわけではありません。自分が面白いと感じるもの、自分が作りたいものを作っているだけです。この映画の企画をピクサーの上司であるジョン・ラセターに話した時、『すごくいい話だ』と言って泣いてくれました。それで製作にかかることになったんですよ」。

 これまでも何よりも物語とキャラクターを大切にしてきたピクサー。しかし決して可愛らしくないおじいさんが主人公で、ここまで奇想天外な話を、部下を信じて製作にGOサインを出すとは素晴らしい。本編の映画でも相手を信じることの大切さということを感じるが、まさしくそれを地でいく作り方には驚かされる。

「老人を主人公にしようと思った理由? 単純にすごく楽しいと思ったからです(笑)。いつもしかめっ面のおじいさんが、悪態をつくのはいつだって見ていて笑えるし、実は彼は他人を心から思いやる優しさもちゃんと持っています。カールはピクサーでは今まで取り組んだことのないまさに新しいキャラクター。ピクサーはマーケティングや商品化を気にせず、監督が撮りたいものを撮らせてくれるところです。本当にありがたい話ですね」。

本当の冒険は愛する者との人生だった

 かくして現実逃避してしまったカールが変わっていく冒険物語が生まれていった。面白いのはこの映画の着地点。普通はこの手の“夢よ、もう一度”を求めた映画は夢を叶えるまでの苦労談で話が終わるもの。ところがこの物語は、南米に行くという夢は実にあっさりと叶えてしまう。つまり南米に着いてからの物語が実はメインとなっているのだ。

「そんな旅の中でカールに大きな影響を与えるのが、ラッセルという少年なんです。ラッセルはたまたまカールの家を訪問してきたボーイスカウトで、家が飛び上がった時に玄関ポーチにいて、そのまま冒険を強制的にすることになってしまうんです。そんなラッセルとのやりとりや、他にもいろいろな仲間たちと出会って冒険していくうちに、彼にとって最大の冒険は妻エリーとの人生だったってことに気づくという物語なんです。要するに本当の意味での冒険は、どこか見知らぬ場所に行くことではなく、人間関係や日々の生活にあるということなんですよ。辛いことがあった時に現実逃避してしまうのもわかるし、どこかに行ってしまいたくなる気持ちもわかります。けれどもいつか人間はちゃんと下りてきて大地を踏みしめなきゃいけないんです。どんなに哀しいことがあったとしても。それが人間ってものなんだと思いますから」。

 確かに愛する者との別れは辛い。けれどもそこを超えて“生きていく”ことが大事。愛する者が亡くなったとしても、あなたは生きているのだから。その結論が導き出されていくまでの経緯が素晴らしいのだ。

 ちなみにラッセルはいろいろ事情があって今は父親とは暮らしておらず、母と二人で暮らしている。いつも明るくてポジティブ志向のラッセルだが、本当は心の中ではとても深い傷を追っているのだ。でも彼は決して暗くはならない。小さい胸にいろいろ抱えて生きているが、その哀しさを決して容易には見せない。その健気な姿にも心を奪われる。

「09年版自殺対策白書」によれば、学生・生徒(小学生を含む)の自殺は昨年度より99人も増えたという。自殺の低年齢化が始まっている。自殺をする子どもたちも増えている今だからこそ、愛する者に先立たれ、遺された人たちがどんな気持ちになってしまうのか、カールの姿を見て考えてほしいもの。またラッセルの姿を見て、決して不幸である自分に酔ったりせず、生きていくことの大切さを感じてほしいものだ。

 そして大人なら、人生は続いていくものなのだから、いつになってもアドベンチャーする心を忘れてはならないことを、この映画を見て改めて自覚することになるだろう。しかもそういった重要なテーマ性を決して声高ではなく、さり気なく見せていくからすごい。冒険アドベンチャーならではの面白さをたっぷりと含みながら、最後まで飽きさせずに一気に引っ張っていく。カールの旅が続いていくように、映画が終わっても感動が続いていくこの感触。本当にとてもステキなアニメだ。

Movie Data
監督・脚本・原案:ピート・ドクター
共同監督・脚本・原案:ボブ・ピーターソン
製作総指揮:ジョン・ラセター
声の出演:エド・アズナー、ジョーダン・ナガイほか
(c)WALTDISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.
Story
78歳のカールじいさんは、亡き妻エリーとの思い出が詰まった小さな家で、一人っきりで暮らしていた。だが大切な家も生活も、全てを失いそうになった時、彼は人生最初で最後の旅を決意する。エリーとの約束を今こそ果たそうと、家に無数の風船をつけて思い出と一緒に家ごと飛び立ったのだ。その旅はカールじいさんを予想もしない運命へと導く。

文:横森文

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子どもに見せたいオススメ映画
『よなよなペンギン』 絵本タッチで描く少女の不思議世界への旅
『銀河鉄道999』や『幻魔大戦』など、数々の名作アニメを生み出してきたりんたろう監督。そんな監督がもともと絵本にしようとしていた物語をフルCGで、独特のイマジネーションをたっぷりと入れ込んで作りあげたのが本作だ。だから全体的にはまさしく絵本のようなテイストで物語が綴られていく。

 主人公はペンギンコートを着て、夜な夜な街を歩き回る少女ココ。彼女の夢はいつか空を飛ぶこと。それは亡くなった父親が「ペンギンだって空を飛べる」と言っていたから。ココは父親の言葉を信じていたのだ。そんな彼女のもとに届いたのが空から舞い降りてきた金色の羽。その羽を拾ったことから、ココはゴブリンたちがいる不思議な世界へと旅立っていくことに。そこでは恐るべき闇の帝王ブッカー・ブーが、ゴブリン村を支配しようと企んでおり、ココは村を救うと伝えられる伝説の勇者“飛べない鳥”と思われて連れてこられたのだった。そしてそんな期待を背負ってココは村を救うために奮闘することに……。
基本的に何も考えずにりんたろう監督の世界に飛び込んで、素直に楽しんでほしいアニメ。信じることの大切さや友情を育むことの素晴らしさなどがきちんと描かれているので、子どもと安心しながら楽しめる。また、“日本のフルCGアニメ”というイメージを払拭するかのように、あえてぎこちない2D的な動きを取り入れたりと、フルCGなのにスムーズに動かない、まるで人形アニメのようなタッチに仕上がっている点も面白い。小学校までのお子さんがいる方に特におすすめ!
原作・監督:りんたろう
声の出演:森迫永依、田中麗奈、太田光(爆笑問題)、田中裕二(爆笑問題)、高橋ジョージ、藤村俊二、柄本明、松本梨香、ヒロシ、ダンディ坂野、小島よしお、田中れいな(モーニング娘。)、リンリン(モーニング娘。)ほか
(c)りんたろう・マッドハウス/よなよなペンギンフィルムパートナーズ・DFP

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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