2009.10.13
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『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』 ニートの青年が仕事と生きる自覚を持つ

今回は26歳のニートの青年が仕事への意欲に目覚める物語です。

中卒&ニートの真男を唯一採用したのはブラック会社

 嫌な時代である。
 毎日のようにどこかで“不況”という文字が新聞や雑誌、テレビなどにあがり、親しい人達からも賃金カットやボーナスカット、残業手当がなくなった……などの声を聞くようになった。街を歩けばテナントが抜けてガランとしてしまったビル、あちらこちらの店が閉まった商店街など、暗い現実を目のあたりにする。

 そんな中、最近よく耳にするのが“ブラック会社”という言葉だ。“ブラック会社”とは「労働時間が多いのに残業手当が無く、安月給で頑張っても昇給せず、離職率が高くネットで叩かれまくっているような会社」のこと。簡単にいえば「社員を奴隷のようにこき使う会社」だ。入ったら最後、地獄のように働かされる会社というわけ。この映画はそんなブラック会社にうっかり勤めてしまった26歳の青年“マ男”こと大根田真男の姿を追ったものだ。

 マ男がこの会社に入るまでの経過が興味深い。そもそもマ男はニートなのだ。ニートになってしまった原因は中学でのいじめ。学校を休むようになった彼は、そのまま引きこもって家から出なくなる。高校はもちろん行かずじまい。いつまでたっても家でパソコンばかりいじっているマ男は、当然のことながら独学でパソコンのスキルをあげていく。

 そんな時、ニート歴8年の彼の人生を転換させるような出来事が起こる。それは母親の死。いつまでたっても働かない息子にあきれて嫌味をいう母親に「(母さんが)死ぬまでには働くよ」とマ男は反抗的に言い放つが、その直後に母親は事故死してしまったのだ。後悔の念にかられ、プログラマの資格を取って就活を始めるマ男。だが現実は甘くない。中卒で社会経験のない26歳のマ男には簡単に就職口なんて見つからない。プログラマとしての能力よりも学歴だけでまず彼の就職はありえない……となってしまうのだ。

 そんな世間の荒波に揉まれたため、マ男は自分を雇ってくれるという会社“黒井システム”で、必死になって働こうと決心する。ところが、そんな彼の前に立ちはだかるのが、昼食すら取らせず、残業をバンバンさせ自宅に帰らせなくする、ブラック会社らしい厳しい労働状況。それこそムチをふるわんばかりの、上司による激しい言葉の暴力をはじめ、過酷な状況にマ男は次第に追い詰められていく。唯一の彼の心の拠り所は、知力にあふれ、プログラミングのスキルは超一級の先輩・藤田だけだ。

辛くても辞められず、次第に追い詰められて…

 映画を観ているだけでも逃げ出したくなるようなダークでヘビーな会社生活。当然のことながら、ニートだったマ男は再びニート生活に戻りたいという願望を抱くようになる。そりゃそうだろう、人間はどうしたって楽な方に流れたいものだ。しかしマ男は会社を辞められない。ここ以外、自分を社員として雇ってくれるような、そんな場所はそうそうないことを、就活で骨身に染みているからだ。しかも彼はニートとして生きてきたため、他人との関わり合い方が下手。おいそれと文句も言えない。そうやって追い詰められていった結果、マ男の心の中で次第に何かが変わっていく。

 そうなのだ。辞めてしまうのはとても簡単なこと。極端にいえば、自分さえよければどんな生活をするのも自由であり、他人に迷惑さえかけなければどんな生き方をしてもいいと思う。ということは、自分の働く環境を自分で作りあげていくことだって可能であり、自由なのではないだろうか。所詮、どんな仕事にも辛さはつきまとう。辛いからと、文句をいったって無駄。それなら、自分なりに自分の環境を変えていけばいいのである。

 マ男は最初こそ、ただひたすら与えられる過剰な仕事に黙って耐えていた。が、やがて「これこそが自分の仕事なのだ」という自覚を持って、仕事への関わり合い方を変えていく。そしてどんなに辛くても逃げ出さずに仕事をすること、これこそが“生きる”ということであると自覚していくのだ。これにはえらく感銘を受けてしまった。

 人はどうしても普通の人とはちょいと違ったことで成功した人――小説家とか映画監督とか俳優などを羨ましく思ったり、憧れたりする。毎日ルーティンワークをコツコツとこなす生活を“平凡”と思い込み、そんな日常を脱却したい、自由に自然の中で暮らしてみたい……などなど、いろんなことを妄想する。

 確かに、古代の狩猟生活のような“スリリングな生き方”と比べると、毎日同じような事を淡々と繰り返しているように見えるサラリーマン生活は、なにやら単調で面白くないものに思えるだろう。でもこれこそが現代社会での“生活”であり、“生きる”ってこと。食べるために、生きるために毎日、パソコンに向かって仕事をすることも間違いなくイマドキの“生”なのだ。それをしないのはもはや“生きることを拒否”しているといっても過言ではないだろう。

誰もが問題を抱えながら生きている

特筆すべきは、この映画が決してマ男だけがトラブルを抱えた人間であるとは描いていないところ。ネタバレになるので詳しくは言えないが、マ男が尊敬してやまない藤田だって、とても辛い状況を抱えている。また、一見するとごく普通のOLである派遣社員が、実は精神的にとても弱く、ある出来事がキッカケでおかしなことになってしまう。そして、マ男の父親もリストラでクビになったことを、なかなか息子に言い出せずにいる……。

 仕事が多くの人にとって辛いものであるように、誰もが生きていく上では何かしらの問題を抱えているものだ。それが当たり前であり、それが人生なのだ。でも人間は人と比べて、自分の不幸をあげつらう。自分だけが悲劇のヒーロー&ヒロインになりがち。しかもその他人との違いを自分から埋めようとする人は案外といないもの。この映画のマ男も最初は藤田さんが鬱屈としたこの状況をどうにかしてくれるという期待を持つが、やがて結局は自分自身でやるしかないということに気づく。

 つまり世界を変えていくのは、あくまでも自分主体なのだということ。自分がいかに積極的に動くかで、案外といろんなことが変わっていくものなのだ。逃げていたって何もいいことがないってことを、この映画は教えてくれる。

 確かに“100年に一度の不況”で、いろいろ辛い目に遭っている人も多いだろう。いざ大学を卒業しても就職口がないと困っている人もいるかもしれない。だったら、ちょっと目先を変えてみてはどうだろう? あえて思いがけない職業に飛び込んでみる、焦って就職せずに何かスキルを磨いておく。そんなことをしていたら就職が難しい! なんて思う人もいるかもしれないが、その人が懸命に生きていれば、その時間は決して無駄にはならないはずだ。

 自分の事で恐縮ではあるが、私は相当に回り道をしながら生きている人間である。今でこそ、映画関係のライターとして食えるようになってきたが、20代の頃はどんな雑誌でも書けるところがあれば書いてきた。あえて関係ないアイドル雑誌系で執筆をはじめ、そこで「映画が好きだから」と映画コーナーを作ってもらい、大好きな映画のことを書くようになった。そしてそこの編集部がある日、映画誌を立ち上げることとなり、そこで好きなら書いてみれば……と仕事を振られて映画業界に完全に漕ぎ出すことができた。

 これがもし「アイドルなんて得意じゃないからなぁ」と引っ込んでいたら、今のように映画関係にこれだけどっぷり浸かって仕事はしていないだろう。何がどうなるかなんてことは誰にもわからないのである。それならできるだけ明るく楽しく生きるのに越したことはないではないか。そして躊躇せずに、時には思いきって「エイヤッ!」と飛び込んでいくことも大事なのだと思う。

 もし何かやりたいと思いながら、なかなか一歩を踏み出せずにいる人も、この映画を観たらちょっと勇気づけられるはずだ。ここに登場してくる人間たちは、決してカッコいいヒーローでもヒロインでもない。でも、ごく普通の人間たちの頑張りぶりを、この映画はとてもステキに見せてくれる。しかもちょっとブラックなユーモアを交えたエンターテインメントとして。特に仕事のことでアレコレ悩んでいる人、これからどう生きるべきか悩んでいる10代の人にも間違いなくオススメできる作品だ。

Movie Data
監督:佐藤祐市
原作:黒井勇人
出演:小池徹平、マイコ、田中圭、品川祐、池田鉄洋、中村靖日、千葉雅子、田辺誠一ほか
(c)2009ブラック会社限界対策委員会
Story
ニート生活を送ってきた26歳のマ男は母親を亡くして一念発起。情報処理の資格を取得して就職活動を開始。しかし不況のご時世、試験に落ち続けてしまう。そんな中、最終的にパスしたのは、実はとんでもない問題企業だったからさあ大変。彼は初出社当日から当然のようにサービス残業をさせられて……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
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監督:新城毅彦
原作:青木琴美
出演:井上真央、岡田将生、杉本哲太、森口瑤子、細田よしひこ、原田夏希、窪田正孝、寺田有希、堀内敬子、山本 學、仲村トオルほか
(C)2009『僕の初恋をキミに捧ぐ』製作委員会 (C)2005青木琴美/小学館

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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