2009.06.02
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『スター・トレック』 未熟な若者たちがポジティブに生きる姿

今回は若手乗組員の成長とポジティブな生き方を描く『スター・トレック』です。

60年代人気SFTVを再構築したリ・イマジネーション作品

本作『スター・トレック』は、日本では60年代に『宇宙大作戦』の名でオンエアされたSFTVドラマがベースとなっている。宇宙船U.S.S.エンタープライズ号に乗り込んだカーク船長ら地球人乗組員と、バルカン星人と人間の間に生まれたスポックが、調査飛行を行い、様々な生命体、文明、未知の驚異と遭遇し、前人未到の地へと宇宙探検を進める……というものだ。当時のSFドラマの中では、人間ドラマの要素が最も強く出た作品でもあった。

 またメインキャラクターには、アメリカ人やアフリカ民族、スコットランド人、ロシア人、アジア人など各民族を配していたのも活気的だった。つまりそれは差別がなくなった時代であることを暗に示していたから。現実にはこのドラマの放映が始まった60年代は黒人などに対する差別がバリバリあった時代。だからこそそんな理想的な時代が来るかもしれないという夢を、このドラマは人々に植え付けた。事実、アフリカ民族出身という設定のウフーラに扮したニシェル・ニコルズは、黒人女性に大きな希望を与えることになった。なんでもウーピー・ゴールドバーグなどはニコルズを見て女優になりたいと思うようになり、今の成功をつかんだという話だ。

 こうして初代シーズンのドラマは世界的に大人気となり、通称“トレッキー”と呼ばれる熱狂的なファンを生みだした。シリーズは映画化され、またさらに新しいシリーズ『新スター・トレック』、『スター・トレック:ディープ・スペース・ナイン』などが続々と紡がれていったのだ。

 そんな中で作られたのがこの作品。となればてっきり新シリーズの映画版か! と早合点してしまう人も多いだろう。ところが本作はそうではない。世界的に人気を博した初の『スター・トレック』、『宇宙大作戦』と呼ばれたTVシリーズのキャラクターの若き頃が描かれた作品なのだ。しかも驚くべきは、冒頭いきなりカークの父親の話からスタートするという点。カークの父親も宇宙船U.S.S.ケルヴィンの乗組員なのだが、突然現れた異形の大型船に襲われ、本来の艦長が亡くなったため、カークの父が艦長としてその場を仕切ることになるのだ。そこで父はカークをみごもった妻や乗組員ら、800名の命を助ける代わりに自分は宇宙に散っていく。脱出用のポット内で生まれたカークの顔を見ることもなく……。

未熟で欠陥だらけの若い乗組員がいかに成長するか

 かくして父親を失って生まれてきたカークは、父親に似て宇宙船の艦長としては素晴らしい資質を持ちながら、どこか自暴自棄な部分が。自分が何になりたいのかつかめていない苛立ちも手伝い、やたらとケンカっぱやいわ、ナンパをガンガンしてしまうわ。正義感は強いけれど女性には弱いなど、どこか人間らしい弱点をいっぱい持つ青年として描かれている。そんな彼は父親の壮絶な生き方に感銘を受けたという、初代U.S.S.エンタープライズ号艦長パイクから「父親を超える男になってみろ」と言われ、自分も惑星連邦艦隊に志願することに決める。

 息子の父親超えは男性にとって大きな課題である。カークもしかり。亡くなってしまったけれど、800人の命を救った伝説の艦長の息子と言われるのは彼自身にもプレッシャーであろうし、しかも父親を失った哀しみがその自暴自棄的な行為に走らせている感がにじみ出ているのだ。そんな中で彼がどう変わっていくかが本作の肝でもある。

 一方、『スター・トレック』を代表する人物、スポックも本作の中ではまだまだ欠陥のある存在なのも面白い。バルカン星人と人間の混血であるスポックは、常に論理的かつ理性的であることを求められるバルカン星人においては、人間の血を引いているためか感情の起伏が激しいほう。それを懸命にバルカン人らしく知性と理性で治めようとしているのだ。そんな彼も小学生くらいの頃、学友たちに母親のことをからかわれ、カッとして彼らに殴りかかったこともあった(もちろん、これはバルカン人の間ではかなり“ダメな子”)。

 そんな風にエンタープライズ号に乗り込んでくるのは、まだまだ未熟な超若手メンバーたち。だから最初にワープに入る時も思いっきり操作ミスでワープできなかった。考えてみれば、誰もが最初からすべてうまくいく人間なんていない。若いからこそ、いろんなことをうっかりミスしてしまうし、いろんな失敗を犯す。問題はその失敗に素直な気持ちで取り組み、反省して次の機会にうまく活かせられるかどうか……ということなのだ。

 最近はちょっと怒られるだけでスネてしまったり、人前で恥をかいたと逆ギレしたりする人が増えているが、それがいかにバカバカしいかを本作を見ていたら感じるはずだ。メンバーそれぞれが自分の仕事に懸命に向き合うことで、エンタープライズ号という巨大宇宙船を動かし、次第に宇宙船乗組員として成長していく様にはハートをつかまれた。

 そしてもうひとつ、素晴らしい友情にもグッとくる。後にカークとスポックは無二の親友となっていくのだが、若い頃の2人は血気にはやっていて真正面からぶつかりあう。それをカークは未来からタイムスリップしてきたスポックに諭されるのだ。これにはちょっと涙が出た。時を超えて出会う未来のスポックの姿に、いつになっても友人は友人であり、未来永劫自分の気持ちさえ変わらなければつきあっていけるのだということを自然と感じ取れたからだ。友情の素晴らしさ……これをここまで声高ではなくサラリと描き出した作品も少ないと思う。

百年に一度の不況が呼び寄せたポジティブな作品

さらにもうひとつ、この映画を観て感銘を受けたことはすべて繋がっていく……ということだ。カークの父を死に追いやった異星人ネロの行動は、実はすべて彼の復讐心が巻き起こしたもの。だがそのたった一人の復讐心が様々な人々の運命を変えていってしまう。カークの父の死はもちろんのことだが、それはバルカン星の破滅をも招いていくのである。憎しみは憎しみを呼び、哀しみはまた新たな哀しみを生み出す。そのこともこの映画では実によく描かれているのだ。

 普段の自分たちの生活にも同様のことがある。例えば朝、不機嫌になるようなことがあったとして、その気持ちを引きずったまんま職場や教室に現れたらどうなるか。もちろん気にしない人もいるだろうけど、中にはその姿を見るだけで心配する人、自分も嫌な思いになっていく人が必ずいる。人の感情は伝染するのだ。劇場などでひとり笑う客がいるとなんとなくみんなもつられて笑い声がどんどん大きくなっていき、結果的に「すごく楽しいものを観た!」と思えるようになるのと一緒。今回の新型インフルエンザ感染予防によるマスク売り切れ騒動もそうだ。誰かが不安に駆られてマスクを大量に買い占め、それにより周囲の不安感を煽り、それがマスクの争奪戦へと繋がっていく。まさにこれは集団パニックが起こる心理の動きと一緒だ。

 感情はすべて連鎖していく。世の中が嫌な方向に行く時は必ずといっていいほど、多くの人々が漠然と社会や未来に不安を抱いた時に起こる。実際、この不況の中でどれだけの人が明るい展望を感じているだろう。それでもポジティブに物事をとらえる努力をしなければ世の中なんて何ひとつ変わらないものではないだろうか。

 そもそも『宇宙大作戦』は、作者であるジーン・ロッデンベリー(映画プロデューサー)が理想とする明るく楽観的な未来像を描きつつ、人種差別などの現代における社会問題をSFの中に取り込みながら描くことでファンの支持を集めた。つまりシリーズにはポジティブ・シンキングな思想がどこかに流れているわけだ。それがこの百年に一度の不況と呼ばれる時代に、もう一度原点を見つめ直すという形で映画化されたというのは興味深い話だ。時代が呼んだといってもいいのかもしれない。

 もちろん今回の『スター・トレック』は基本的にはエンタテインメント映画であり、楽しいSF映画であり、青春映画的な要素も持つ作品だ。そんなに堅苦しく構えて観るような映画ではない。でもそんな作品にもこれだけ見えてくるものはある。それはそれとして是非きちんと受け止めてほしい。そして明るい未来を築くのも築かないのも、すべてはそれぞれの人の考え方次第であり、ちょっと目先をずらすだけで人生は大きく変わっていくのだということを意識してほしい。そうすればここまで日本の自殺者は多くはならないだろう。不景気なんぞも吹き飛ばしてしまう、もっと素晴らしい世の中になれる気がする。すべてを決めるのはアナタ次第であり、自分自身なのだから。

Movie Data
監督・製作:J.J.エイブラムス
原作:ジーン・ロッデンベリー
出演:クリス・パイン、ザッカリー・クイント、ウィノナ・ライダー、エリック・バナほか
(C)2008 Paramount Pictures. Star Trek and Related Marks and Logos are Trademarks of CBS Studio Inc. All Rights Reserved.
Story
幼い頃、惑星連邦軍艦隊の優秀なキャプテンであった父親を亡くしたジェームズ・T・カーク。惑星連邦艦隊へ入隊を志願したが、カークはトラブルメーカーに。そんなある日、緊急事態が発生! カークは士官候補生に紛れて惑星連邦軍戦艦・U.S.S.エンタープライズに乗り込むが、予想もできない事件がカークを待ち受けていた!

文:横森文

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(c)西原理恵子、角川書店、2009「いけちゃんとぼく」製作委員会

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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