2008.12.02
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『ウォーリー』監督インタビュー 子どもたちに豊かなインスピレーションを与えたい

今回は『ウォーリー』監督インタビュー。作品背景から意図、アニメーターになる秘訣まで語ります。

『ウォーリー』はランチ中に生まれたアイディア

 『トイ・ストーリー』や『カーズ』など、素晴らしい作品を次々と生み続けてきたピクサー・アニメーション・スタジオ。そのピクサーの最新アニメとなる本作も実に素晴らしい物語だ。

 人類が見捨てた汚染された地球。その地球をたった一台でクリーン・アップしてきたのが、小さなゴミ処理ロボットのウォーリーだ。なんと彼は700年というおそろしく長い時間を働き続け、いつしか心も芽生えてきていた。だから彼はゴミの山の中から、食器やおもちゃなど自分的に「これは!」と思うものを収集、寝床として使っているトレーラーハウスに持ち帰るようにまでなっている。さらに毎日大好きなミュージカル映画の『ハロー・ドーリー』のビデオを観、いつか大好きなひとと“手を握れる”、そんな関係になることに夢を抱いていた。

 そんなある日、ついにウォーリーの夢が現実に近づくことに。なんと地球から遥か遠くを航行している人類を乗せた巨大宇宙船アクシオムから地球探査ロケットが打ち出され、イヴという名の真っ白いロボットが地球を探索にしにきたのだ。そしてこのイヴにウォーリーが一目で恋してしまったことから、思いもよらぬ冒険が展開していくことに……。

 監督は『ファインディング・ニモ』のアンドリュー・スタントン。実はこの『ウォーリー』は14年前のランチ中に閃いたアイディアだったという。
「僕は5分ごとにアニメのいろんなアイディアを頭の中で閃かせています。ランチタイムなどでしょっちゅう、ミスター・ピクサーともいうべきジョン・ラセターや『モンスターズ・インク』の監督ピート・ドクターなんかとアイディアの出し合いをしているんですよ。

 『ウォーリー』もそんな風にして生まれてきたものの一つ。ランチ中、たった一行のアイディアが出て……。それは“もし人類すべてがこの地球を後にしていなくなったとき、最後のロボットのスイッチを切り忘れたらどうなるか”ってものでした。その孤独感を想像しただけで、とても心惹かれたし、自然とイメージが膨らんでいったんですよ」
 とはスタントン監督の弁。そう、今回は監督自身に直接、いろいろな話をうかがうことができたのだ。

 もちろんそんなわずか一行のアイディアだけに、それをどう展開させていくかを考えるのは至難の技だったという。
「この映画はしばしば『環境問題をテーマにしているんですか?』と言われます。まぁ、確かに環境が悪いよりは良くあってほしいとは思いますけれど、でもそこがメインの話ではないんです。僕は社会的なメッセージ性を考えて作ったのではなく、もっと大きなメッセージを伝えたかったんです。それは人類にとって最も大切なのは、やはり“愛”なんだってことをね」。

 実は今夏、公開された宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』も、魚の子のポニョが人間の男の子のことを好きになり、“好きだから一緒にいたい”と思ったがためにとんでもない冒険が繰り広がるという物語だった。そういう意味では『崖の上のポニョ』も『ウォーリー』もテーマ性は全く一緒だ。“愛”が世界を変えていく物語を、日米を代表する2大スタジオがほぼ同時期に作りあげるなんて、何と言う奇妙な偶然だろうか。

 いや、実はそれは偶然ではないのかもしれない。今、世界は本当に殺伐としたムードにある。例の9.11以降、いつどこで何が起こるかわからないという思いが広がっていたところに、さらに“世界恐慌の可能性”が指摘され、景気が悪化している。言ってしまえば漠然とした未来への不安感を誰もが本能的に感じている時代だ。

 そんな時代だからこそ、互いを思いやる、愛し合う気持ちを持つことでそんな不安を解消し、よりよい未来を築くことができるようになるはず。そんな願いが2大スタジオを愛の物語の創造に駆り立てたと言えるのではないだろうか。

愛が完全に失われた地球で…

 また『ウォーリー』はそんな“愛”の大切さを、実に的確に見せている。
 人類は汚染された地球を後にして大きな宇宙船で広い宇宙をさまよっているが、700年の間に人類は“愛”を完全に忘れてしまっているのだ。それどころかずっと全自動走行する機械の上で暮らしていて、歩くことさえも忘れ、全員が超メタボ状態。子どもはすべて試験官ベイビーで作られているから、子どもを育てる喜びもなくなってしまっている。つまり“触れ合い”が完全に失われているから、自分の近くにあるもの、例えば理想の相手さえ見えなくなっているのだ。

 「これまでたくさんの作品を手掛けてきているから、一番大事なのがエンディングであることは分かっていました。ジョークにしたってパンチライン、いわばオチが大切ですし。今回はまずスタートが思い浮かんで、それをどこへ着地させるか、正直、なかなか思い浮かばなかったんですよ。だから後半部分が弱いと言われていたりもします。

 でも僕としては最終的にはエンディングが強くなった自負があるんです。人工的に整備された街などが入っている美しい宇宙船と、本当に醜く死に絶えてしまった惑星・地球。でも何が大切なのか気づかされた後は、その汚染された地球がリアルで意義深いものに感じられるようになっていく。つまり人間たちに比べ、すべてが人工的に作られたロボットたちの中に“真実の愛”が生まれていく面白さというのかな。その意味を考えてほしいというところに落ち着けたのが良かったと僕は思っているんですよ」。

 人間が人間らしく生きること、それには愛が不可欠……ということなのだ。その愛の素晴らしさをロボットのウォーリーとイヴからしっかりと感じられるところが実に素晴らしい。

 そういえば、今の子どもたちはやたらと損得勘定で動くことが多いと、中学校教員の友人は嘆いていた。
 例えば道端でだらしなく座っている女子中学生に
「そんなところに座るなんてよくありません、立ちなさい!」
 とモラル面から怒ったとしてもまったく言うことを聞かない。しかし、
「そんなところに座っていると骨盤が冷えてね、赤ちゃんの出産の時にトラブルが生じたりするらしいよ」
 と言うと、一も二もなくすぐに立つのだそうだ。自分にとって利害があるか、損するのか得するのかを判断して行動する子が増えたという。

 まさにそれは愛の欠如に繋がるのではないだろうか。利害を求めぬところで動くのが“愛”だからだ。もしそんな風に完全に“愛”を失ってしまったら、自分さえよければ後はどうなってもいいやという利己主義に走りだし、本気でこの『ウォーリー』に登場するようなとんでもない地球に変貌してしまう恐れは十分にあり得るのだ。だからこそ、この映画を観て、「生きることにとって一番大切なことは何なのか」を家族で是非とも語り合ってほしい。『ウォーリー』はそんなメッセージをエンターテインメントという枠で見せきった傑作なのだから。

アニメ業界を志す子どもたちへ

 さてせっかくアンドリュー・スタントン監督にインタビューができたので、最後に監督から、いつかアニメ業界で働きたいと願っている子どもたちへのメッセージをもらうことにしよう。

「本気でアニメーターになりたいと願っているのなら、まずは観察力、絵を描く腕を磨くことが大切ですね。ピクサーではコンピューターを使ってアニメを作っているから、絵の勉強は必要ないのでは……と思われがち。けれどもそれは大きな間違いです。自分のアイディアを他人に伝える時は結局絵を書きますからね。絵の勉強はとっても大切なんです。

 もちろん絵だけではありません。芸術を学ぶということはいろんな意味で何かの参考になるものです。コンピューターのソフトウェア自体は3ヶ月で覚えることはできるはず。でも絵を描くということは数ヶ月ではできないからね。だから本当に絵だけは勉強しておいてほしいね。

 それとあと演技の勉強をするのも実は大事だ。キャラクターにどうパフォーマンスをつけるかは演技の勉強の延長ラインにあるからね。実は演技はタイミングがすべてなんですが、アニメも大事なのはタイミングなんですよ」。

 かくいうスタントン監督も学生時代はいろいろなことを勉強してきたようだ。ミュージカルが大好きだったという監督はミュージカル映画や舞台を観に行くだけでなく、実際、自分で出演までこなしてしまったという。そこまでミュージカルに魅せられて研究していたからこそ、『ウォーリー』では往年のミュージカル『ハロー・ドーリー』をうまく取り入れることに成功したのだろう。

「それともうひとつ、この映画は僕が小さい頃に観て育ったSF映画に対するラブレターでもあるんです。SF映画は自分が見ている現実とは全然違う世界に入り込むことで受けた感動があったし、いろんなインスピレーションを生みだす結果になった。そういうものを今の子どもたちに与えるというのが僕の願いでもあるんです」。

 子どもの頃に見るもの、耳にするものは性格形成上、大きな影響を与えるものだ。子どもたちには良い映画を観て、豊かなイマジネーションを創造してほしいものである。そんな観点からも、この作品は間違いなくオススメの1本と言えるだろう。

Movie Data
監督・脚本:アンドリュー・スタントン
製作総指揮:ジョン・ラセター
脚本:ジム・リードン
声の出演:ベン・バート、エリッサ・ナイト、シガニー・ウィーバーほか
(C)2008 WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED .
Story
29世紀の地球。たった一台で荒廃した地球を掃除し続けてきたロボットのウォーリーは、地球探査にきた白いロボットのイヴを好きになる。だがある日、とある出来事をきっかけにイヴが作動停止状態に。なんとかイヴを起動させようとするウォーリー。そんな中、イヴを回収する宇宙船がやってきた。そこでウォーリーも船に乗り込む。

インタビュー・文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画
『ウォーリー』付属短編映画 『マジシャン・プレスト』 ダグ・スウィートランド(監督)& ジェイ・フォード(アソシエートプロデューサー)インタビュー
『ウォーリー』に付属する短編の『マジシャン・プレスト』は、魔術師プレストと餌を与えられていないウサギが巻き起こすドタバタ騒動を描いた“カートゥーン(短編のマンガ映画)”だ。監督のダグ・スウィートランドさんと、アソシエートプロデューサーのジェイ・フォードさんに作品について語ってもらった。

ダグ 基本的には昔ながらのカートゥーンだけど、これは瞬時に物語に入ってもらってキャラの性格や関係を理解してもらうためさ。

ジェイ ケンカをしても、相手を理解して仲直りすれば、いろんなことを達成することができるという話だね。だから人をいじめちゃダメだよというテーマも入っているんだ。

ダグ そういうこと! 基本的には子どもたちには大笑いしながら楽しんで見てほしいね。アメリカのキッズはリラックスして見ていたよ。ちなみにこれは1年という最短期間で作った短編なんだ。

14年間アニメーターとしてピクサーに勤めてきて、ようやく監督デビューできたんだよ。僕は小さい頃からこの世界に入りたいと思ってきたから、監督ができて本当に嬉しいんだ。やっばり自分の夢は自分があきらめたらそこで終わりだからね。夢を達成したいならいつまでも情熱を燃やし続けることが大事なんじゃないかと思うよ。
僕の場合は両親が僕のやりたいことをいつも応援してくれて支えてくれていた。それは本当にありがたかったんだ。とにかくあきらめなければいつか必ずチャンスは巡ってくるはず。今の時代なら自分のやりたいことを学べる学校は必ずあるはずだし、自分でもいろいろ探してみるといいんじゃないかなぁ。
監督・脚本:ダグ・スウィート 
スーパーバイジングアニメーター:アンドリュー・ゴードン 
製作総指揮:ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン
"Presto" (c) 2008 Disney/Pixer

インタビュー・文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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