2019.03.13
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『こどもしょくどう』 子どもたちの眼を通して描かれる現代日本の歪み

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『こどもしょくどう』をご紹介します。

子供6人に1人は貧困状況の現代日本

(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

日本国民がみんな中流家庭などと言われたのは、もう死語だ。貧乏や貧困という言葉が当たり前に使われるようになり、給食だけが十分に食べられる食事になっているという境遇の子だっている。実は先進国の中で日本は「相対的な貧困状態にある子供」が突出して多いという。厚生労働省によると「子供の相対的貧困率」は16.3%。つまり6人に1人は貧困状態にあるという計算になる。これはちょっと驚きの数字だ。

虐待という言葉も日常茶飯事のようになってきた。どのくらいの人間が「教育」と親が称する虐待を味わっているのか?考えると鳥肌がたつ。

精神的に病む子たちも確実に増えてきている。家庭環境はもちろんだが、現代は友人関係も多様に変化しているのも大きいのだろう。SNSでしか出会っていない相手を友人と称したり、目の前で友達とあっていても会話をあまりせずスマホに興じていたり。人間関係が希薄になったなどと言われていたが、というよりもあり方が変わってきたというのが正しいのかもしれないと最近は思う。とにかく時代がもたらした様々な変化が、結果的に人間関係をも変えているのだ。

その中でハッキリ言えるのは、他人のために動くことは馬鹿らしいと考える人の増加。例えばスーパーマーケット。レジに並ぶ人が以前は少しでも後ろの人が買い物のバスケットを置けるよう、空いたら自分のバスケットをずらしたりしていた。けれども今はそんなことをする人を目にしたことがない。道端に手ぶくろが落ちていても、だいたいの人が放置する。特に都会で拾いあげる人は皆無だ。酷い時にはエレベーターに乗った時に誰も行く先ボタンを押さず、エレベーターが止まったまま…なんてことも。自分が動かなくても誰かがやってくれる…この考えが蔓延したことで、逆に「なんで自分が動かないといけないの」という発想も広がっていっている気がする。

(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

今回紹介する『こどもしょくどう』には、そんな他人事を他人事にしない人達が登場する。主人公は小学5年生の高野ユウト。両親は食堂を営んでおり、妹がいる。ユウトには幼なじみのタカシという同級生がいるのだが、タカシの家は育児放棄の母子家庭。タカシの母は冷蔵庫に好き勝手に食べなと言わんばかりにお金を置いており、時に男性と共に帰ってきた日には、タカシを追い出してしまうようなこともする。そういうゾンザイな扱いをされているからか、タカシは図体がデカいわりにおとなしく、好き放題にいじめられている。時にはタカシの家にあがりこんだ同級生たちが、冷蔵庫のお金を使ってお菓子を買いに行ったりも。そんなタカシを見かねて、ユウトの両親は、タカシを招いて夕食を食べさせたりしている。

ある日、彼らは河原で車中生活をしている小学生のミチルと幼稚園か小学校1年生くらいのヒカルと知り合う。しかも途中で姉妹の父は失踪。そんな彼女たちを可哀想に感じたユウトは、彼女たちにご飯を食べさせてほしいと両親に訴え出るのだ。

もともと両親がタカシのことを自ら動いて助けていたからだろう、ユウトの動きは思った以上に迅速だ。なんとかしなければ住むところもなく、ロクな食事もとっておらず、ましてや唯一の親となる父親(母親はどうやら亡くなったか別れたかした模様)から捨てられた彼女たちには、死しかないと感じていたのかもしれない。

小学生たちを通して心の闇が描かれる

(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

しかしユウトがすべてにおいて『いい子』なわけではない。なぜならタカシがいじめられているのを知りながら、決してそんなタカシを助けようとはしなかったからだ。理由は自分に『いじめ』の飛び火が来るのを恐れたため。それが心の葛藤にもなっている。

だがそういう闇の部分を持っているのが人間臭い。誰だって痛い目、嫌な思いをするのは避けたいもの。しかしユウトの家は、両親がもともと『弱っている子』を放置できない性格だったことから、その教育がユウトにまで浸透していたのが幸いだった。だからこそ、姉妹のために何かしなくてはと思えたのだろう。もちろん姉妹を助けたとしても、自分に『いじめ』の飛び火が来ないこともわかっていただろう。またミチルのことが少しだけ好きだったというのもあるかもしれない。

タカシの姉妹に対する動向も興味深い。タカシは明らかに姉妹に対してシンパシーを抱くのだが、それと同時に姉妹を下に見始める。「あいつら臭いんだよな」と言い出すシーンがまさにその象徴的な場面。実はタカシ自身、いじめっ子たちから「臭い」とはやしたてられ、馬鹿にされているのだが、姉妹の置かれた状況を見て自分より下と判断。それでそんな発言が飛び出したのだろう。でもそれも人間臭い行動だ。人間は常に自分が一番下だとは思いたくはないからだ。またタカシのその発言は、家でそういう弱者を差別するような発言をする、タカシの母親の姿を想像させたりもする。
 
そんなところからもわかるのは、結局は子供を良くも悪くもするのは、人間関係だということだ。中でも核を担うのは親のあり方や考え方。ある程度の年齢に達せれば、親がダメなことをわかって反面教師にできるだろう。しかし10歳に満たぬ子にはまず無理だ。親のしつけや親がやっていることを子供はまんま見て育つ。親がどちらかといえばスマホばかりいじっていてコミュニケーション不足なら、子供もどちらかといえばコミュニケーションが下手になる。お手本となるのは所詮親だからだ。

(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

『こどもしょくどう』では、それでもなんとかして危機を子供たちだけで回避しようとする姿が描きこまれる。でも個人的にそこで感じたのは頼るべき大人が彼らの中にはいないのだなあということ。これは悲劇だ。ユウトの家族すらそこには至れなかったのだから。

本当に人を育てることは生半可なことではない。育て方が本当に良かったのか、それを親もましてや教師も最後までは目にすることができない。ならばせめて何か問題が起きた時は、心良く話し合えるような、そういう存在でせめてありたいものだ。

そのためにも、貧困だからという理由で子供に十分な教育を受けさせられないのはアウトだ。食だって十分に与えなければダメだ。無論、虐待なんて以ての外。社会のゆがみを子供たちにダイレクトにあててどうする。誰かが本気で考えないと10年後の日本はもっと大変なことになる。「思いやり」だのオリンピックで話題になった「おもてなし」の精神だの、それこそ今度は死語になりかねない社会になってしまう可能性がある。

ちなみに実際に「こども食堂」というのは存在する。地元の小学校の先生から朝晩の食事をバナナ1本で過ごす子供がいると聞いた、東京都大田区の青果店「気まぐれ八百屋 だんだん」の店主が、自分の店で夕飯を食べられるようにしようと取り組んだのが第1号の「こども食堂」。その後、そうした取り組みが広がって、2018年3月時点で全国の都道府県に2286ケ所の「こども食堂」が誕生している(「こども食堂安心・安全向上委員会」調べ)。しかもその数は今も増え続けている。

この取り組みはもちろん素晴らしいことだ。だが、「こども食堂」が増えていることは、それだけ貧困者が増えているということで、それだけすさんだ背景が生まれている証拠でもある。まずはその背景となるものを変えていかねばならない。そのためにもまずは大人が手本になれる社会を作らないと。その大切さを痛感させられる傑作だ。

Movie Data

監督:日向寺太郎 原作:足立紳 脚本:足立紳、山口智之 出演:藤本哉汰、鈴木梨央、浅川蓮、古川凛、田中千空、林卓、降谷建志、石田ひかり、常盤貴子、吉岡秀隆ほか
配給:パル企画
3月23日より岩波ホール2週間特別先行ロードショーほか全国順次ロードショー
(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

Story

ユウトは何不自由なく暮らす小学5年生。だが幼馴染のタカシは育児放棄の母子家庭で、母親はわずかなお金を置いておくだけで、ほとんど家には帰っていない。食堂を営む両親は、そんなタカシに夕食を振る舞っていた。ある日、ユウトとタカシは河原で父親と車上生活をしている姉妹、ミチルとヒカルと出会う。状況を見かねたユウトは、両親に姉妹にも夕食を食べさせてと訴える。

文:横森文/写真提供:パル企画

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。また、2012年4月より京都精華大学 マンガ学部にて非常勤講師を務める。

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