2017.12.13
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『5パーセントの奇跡~嘘から始まる素敵な人生~』 視力を95%失ってしまった青年が5つ星ホテルへの就活に挑む実話

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、視力を95%失ってしまった青年が障害を隠し5つ星ホテルへの就活に挑む『5パーセントの奇跡~嘘から始まる素敵な人生~』です。

眼の障害を隠して就活へと乗り出す

ある友人が「眼が見えなくなるほど怖いことはない」と言ったことがある。確かに怖い。眼が不自由になったら、テレビや映画、本なども楽しむことは難しくなる。歩くのだって困難。同じ道を辿ることはできても、寄り道などは厳しくなってくる。階段やちょっとした段差、あと意外に思われるかもしれないが、坂なども危険いっぱいな場所へと変貌する。眼が見えないと、健常者には想像つかないくらい、思わぬことが障害になるのだ。

この映画の主人公、ドイツに住んでいるサリーも、ある日突然、眼の病に襲われる。先天性の疾患で急速な網膜剥離が進行。手術で全盲は免れたが、健常な人間に比べると、わずか5%の視力になってしまう。

映画では輪郭がボヤッと見えるくらいの映像で主人公の視力を表現していた。となると、「自分だって近眼だから裸眼だと同じような見え方だ」と言う方もいるのだが、近眼なら眼鏡で矯正できる。けれど、主人公の場合はできない。文字を読むにはルーペで文字を拡大して見る以外はないのだ。

そんな状況でありながら、サリーは夢を諦めようとはしない。彼の夢は5つ星ホテルで働くこと。もちろん病気が発覚した後、父親は盲学校に行った方がいいと言う。医者からも、眼が不自由な人にも雇用があるマッサージやコールセンターで働くべきだと言われてしまう。

しかし、サリーはそれらをすべて拒む。彼がやりたいことはホテルで働くことであり、5%でも視力があるのならば、夢を諦めたくないというのだ。そこで理解を示してくれた母と姉の協力を受け、ギムナジウム(大学入学を目指す中高一貫教育)の残りを丸暗記する作戦によってなんとか5段階評価中2.7で卒業。そこでまずは視力障害を正直に打ち明けた上でドイツのホテルに雇用を願うが、結果は不採用ばかり。かくしてサリーは、大胆不敵な行動に出る。眼の障害を隠して、普通に就活へと乗り出したのだ。

周囲の人と絆を紡げる主人公の人間性

ここからサリーの努力に次ぐ努力、とてつもない困難が始まる。まず面接が確定したホテル「バイエリシャー・ホテル」では、姉に助けてもらい、何歩歩いたら良いのか、どこでターンをしたら良いのかなど、あたかも見えているように歩く訓練を徹底的に行う。そして実際に研修に受かってからは、今度は彼の周囲にいる友人達に色々手助けをしてもらい、様々な研修を克服していく。

ちなみに筆者が感動したシーンは、彼が厨房での研修をしている時。故郷のカブールでは外科医だったが、今は難民のため皿洗いの仕事しか就けないハミドとの交流だ。彼はすぐにサリーの障害に気づく。しかし密告などせず、逆に「何かあったら俺を頼れ」と言う。そしてそんなハミドのために、今度はサリーがひと肌脱ぐ。実はハミドの夢は救急隊で働くこと。だがそれには複雑な申請が必要。その手伝いをサリーがするのだ。ギブ&テイク。そういった関係性を築き上げられるのが、サリーという人物の素晴らしい所でもある。

また厨房研修の時はこんなことも起きる。電動スライサーを使ってハムを切るよう指示を受けたサリーは、誰もが想像するように指を切ってしまう。その様子を見た料理長は、サリーの目が悪いと確信してしまう。てっきり、それを見逃さず不合格点を出すだろうと思ったが、料理長は終業後にサリーを呼び寄せ、目が悪いと確認を取った後、スライサーを分解、組み立てる所から懇切丁寧に教え始める。機械をしっかり把握することで、安全に使えるように促したのだ。

サリーの素晴らしさは、そういう風に人との絆をしっかり紡げる点。しかもそういった手助けを得ることができるのは、皆がサリーに別に同情しているからではない。サリー自身が非常に心優しく、しかも誰よりも懸命に努力しているのが伝わってくるからだ。さらに彼自身も非常にコミュニケーション能力が高く、他人に対して壁を作らない。人のために力を尽くすことも嫌がらない。そういった人柄だから、周囲の人々も彼のことを助けたくなるのである。

やる人はやる、やらない人はやらない

しかもこの話、ベースとなっているのは実話。エンド・ロールに本人が登場するが、ここに描かれているのはサリヤ・カハヴァッテ自身の半生を描いた物語なのだ。視力が5%で、5つ星ホテルで働くなんて無茶だと思うだろう。だがその分、様々な感性を研ぎ澄ますことで彼はほとんどの人が「無理だ」ということに堂々とトライしていったのである。さて、サリーは本当にホテルマンになれたのか? そこはこの映画を観てのお楽しみだが、この作品を観ていると“無理”という言葉はないのかもしれない……そんな風にも思えてきた。実際、本物のサリーことサリヤは「障害をハンディキャップとしてではなく挑戦と受け入れ始めた」のだとか。その精神で一つひとつの困難をくぐり抜けてきたのだ。

映画中、サリーが周囲からやたらと言われるのは「夢を見るのはやめて、現実的になりなさい」という言葉。「現実的になれ」というのはどういうことだろうか。可能性がわずかなら、やるべきではないということか? それとも障害者は夢を見てはいけないとでも言うのたろうか?

筆者がこの映画を観ていて確信できるのは、結局、人間にとって最も大事なことは「やりたい」と思う「情熱」に他ならないということだ。「情熱」がなければ逆に言えば健常者だって成し遂げることなんてできないのである。自分の夢に対してどれだけ頑張れるか。それだけが夢を現実にするただ一つの方法なのだ。確かに障害があれば、夢を実現するために通常より時間がかかるかもしれない。でもやる気さえあれば、しっかり努力ができるなら、必ず何かしら実るものがあるはずなのだ。

最近は、結果を重視しすぎるのか、望みが叶わないのならばやっても意味がないと感じている人が、特に若い人に多いように感じる。踏み出さなければ夢が叶うわけなんてないし、しっかりと踏み出せば、もし思った通りでないとしても、何かを得ることはできるはずなのに。努力は決して無駄にはならないものなのに……。実際は「時間を無駄にしたくない」と言う人が本当に多い。

結局は、障害があろうがなかろうが、やる人はやるし、やらない人はやらない、ということだ。あれこれ悩む前に飛び込むこと、人の意見なんて気にせずにやってみること。当たって砕けろの精神がどれだけ大事か、この映画を観ているとそういうことをしみじみと考えさせられる。

この映画のプロデューサー達、タニヤ・ジーグラーやヨーコ・ヒグチ・ツイッツマンも「サリヤが自分の道を切り開く勇気と力を発揮する時、特に自分の弱点をどう扱うかという姿勢は、あらゆることを強みに変え、人間的成長へと進化させる。このメッセージを観客に伝えることができるのは素晴らしいこと」と語っている。

誰だって、新しいことをやるのは怖い。自分が本当にその世界で必要とされるような存在になれるのか、お荷物になりやしないか。どんな仕事でもスタートする時はドキドキするものだ。けれどもうまくいかないかも……と最初から思い込んで、自分の可能性を狭めてしまうことほど愚かな行為はないように思う。トライしてみてダメならば「ごめんなさい」とスッと身を引けばいい。それはカッコ悪いことではない。むしろトライもせずに諦める方がよっぽどカッコ悪い。サリーの生き方を見ているとそういう気持ちになれるのだ。なかなか勇気を持てない人、一歩を踏み出さない人に是非とも観ていただきたい作品だ。

Movie Data

監督:マルク・ローテムント/原作:サリヤ・カハヴァッテ/出演:コスティア・ウルマン、ヤコブ・マッチェンツ、アンナ・マリア・ミューエ、ヨハン・ファン・ビューロー、ニラム・ファルーク、アレクサンダー・ヘルト、キダ・コドル・ラマダンほか
(c)ZIEGLER FILM GMBH & CO. KG, SEVENPICTURES FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH

Story

先天性の病気で視力を95%失ってしまった、スリランカ人の父とドイツ人の母の下に生まれたサリー。だが5つ星ホテルで働くことを夢見るサリーは、大芝居を打つことに。それは目が不自由であることを内緒にして、あたかも見えているフリをして研修に乗り出すというもの。果たして彼は最後まで周囲の人間達を騙しおおせることができるのか!?

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『DESTINY 鎌倉ものがたり』

古都・鎌倉を舞台にした摩訶不思議なファンタジードラマ

本作は、古都・鎌倉を舞台に、ちょっと不思議なファンタジードラマが展開する。『ALWAYS 三丁目の夕日』の山崎貴監督が、『三丁目の夕日』と同じ原作者、西岸良平のもう一つの人気シリーズを映画化した作品だ。

鎌倉に住むミステリー作家の一色正和は、亜紀子という女性を嫁にしたばかり。幽霊や妖怪達も一緒に暮らしている不思議な鎌倉に最初は驚く亜紀子だが、次第に慣れて家にやってきた貧乏神とも仲良くなる。だがある日、亜紀子は妖怪達のせいで命を落としてしまう。なんとしても妻を生き返らせたいと考えた一色は、黄泉の国に行き、彼女を連れて帰ろうと決意する。

描かれるのは色々な形の愛。どんなに辛いことがあろうとも、好きな人と一緒にいることの楽しさや嬉しさに勝るものはないということを、とてもわかりやすく肌身に感じるように描き出している。山崎監督らしい、とてもハートフルな作品と言えるだろう。本当にまるで童話みたいな質感&展開の作品だが、とにかく観ていて楽しいし、夫婦愛にはちょっと泣かされてしまうような感動ポイントもたっぷり。神話の時代から描かれる黄泉の国に行く展開も愛の深さを描いていて素晴らしい。小学生以下ならば、黄泉の国に行く冒険活劇としても楽しめるし、中学生以上ならば死をも乗り超える愛の力の素晴らしさに考えさせられるはず。是非とも中学生以上の生徒達に観ていただき、愛とは何かについて考えてもらいたい。

監督・脚本・VFX:山崎貴/原作:西岸良平 出演:堺雅人、高畑充希、堤真一、安藤サクラ、田中泯、中村玉緒、三浦友和ほか
(c)2017「DESTINY 鎌倉ものがたり」製作委員会

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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