2017.06.14
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『世界にひとつの金メダル』『ビニー 信じる男』

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は夏休み映画スペシャルとして、スポーツを題材にした実話作品『世界にひとつの金メダル』と『ビニー 信じる男』を詳しくご紹介します。

エリート弁護士というキャリアを捨て障害飛越競技に挑む『世界にひとつの金メダル』

最初に断っておくと、今回紹介する2作品は、どちらも高校生以上から大人に向けて特にオススメしたいものだ。理由は大人になればなるほど、様々な挫折を経験していればしているほど、この2作品は心を掴まれる内容になっているからだ。

まずはフランスで大ヒットし、セザール賞など様々な映画賞で話題になった『世界にひとつの金メダル』。この作品は馬を操って様々な障害を飛ばせる技術を競う、障害飛越競技に挑んだピエール・デュランという男性を追った、実話を基にした人間ドラマだ。

舞台は1980年代のフランス。美しい田園風景が広がるドルドーニュ地方。子どもの頃から父のセルジュの指導の下、障害飛越競技を続けてきたピエールは、親にとって自慢の息子だった。子どもの才能を信じたセルジュはぶどう畑を潰して馬術学校を開校するほど。しかしなぜか突然ピエールは、馬術ではなく弁護士になる道を選ぶ。

その理由はハッキリとは描かれていない。何かライダー(選手)として生きていくことに不安を覚えたのか。それとも弁護士という職業に並々ならぬ魅力を感じたのか。あるいは父の夢、自分に対する期待から逃げ出したくなったのか……。

かくしてピエールはエリート弁護士としての道を歩むこととなり、幼い頃にレースで競い合った経験を持つナディアと再会したのが縁で結婚することになる。

ところが結局、再び彼は馬に乗る生活を選ぶことになる。実はその要因もしっかりとは描かれていない。どこかでくすぶっていた競技への思いが、焚き付けられたのであろうか……。こうして、彼は跳躍力などの才能はあるが、競争馬としては小柄だし気性も荒く、人間にはなかなか気持ちを開こうとしない馬・ジャップルーに乗り、様々な大会に挑んでいくことになる。

結果はなかなかうまくはいかない。もちろん良い結果を残す時もあるのだが、ピエール自身のうっかりミスで失格になってしまったり、障害を馬が飛び越えなかったり、国民から期待されて参加したロサンゼルス・オリンピックでも悲惨な結果となったり。その度にピエールは悔しさに涙をにじませ、イラついて他人や身内に当たってしまう。そしてあまりにもうまくいかないことが続いたせいか、挙句の果てには、競技に復帰した理由を「父さんのためにやってきただけ」とまで言い出す。そう、父親が夢を抱いているから競技に復帰しただけで、自分は別にやらなくても良かったんだというような態度を取るのだ。

この映画を観ていて思うことは、結局、人間はやりたいことはやらないと後悔するということ。人生は一度しかないのだ。何の目標も希望もなければ、ただ働いて食事をして、寝て起きて働く、何もないルーティン・ワークになってしまう。だから何でもいい。子どもを育てることに夢中になったっていい。ノルマがある仕事に従事している人ならば、そのノルマを達成することに情熱を傾けてもいい。人それぞれやりたいことは異なるが、自分の本当にやりたいことに踏み出さないことには、やって失敗するよりも不幸になるかもしれない。実際、ピエールの生き方を観ていると、もしエリート弁護士でいたら、仕事や収入面では安定するだろうが、果たして幸福感を味わえただろうかと疑問に思う。

ただ、その道を選ぶからには、自分でしっかり責任を持たなければいけない。自分がやりたいのだから、それに伴うツケも負うべきだ。ピエールの場合、うまくいかなくなった途端に、それを親のせいにしてしまう。どこかで逃げようとしてしまう。これは卑怯だ。自分の人生だからこそ、責任は自分以外にはない。それに気づかずにいたら、ただの大バカ者。だが、彼は父セルジュに「人生を選ぶのはお前だ、好きにすればいい」と戒められ、初めて色んなことに気づかされていく。

その一つが馬の世話だ。彼はどこかで障害飛越競技は、練習の時だけ馬に接すれば良いと思っていて、それ以外はジャップルーと触れ合おうともしなかった。馬は生き物であり、ピエールが自分のことを本気で相手にしているかどうか見極める。全力で自分に向かってこない相手に、ただでさえ人間に心を開かないジャップルーが開くわけがない。互いが信頼し合えるような密接な関係を紡ぐためには、訓練以外にも努力をすべきだったのだ。

ようやく自分に足りなかった部分が見えてきたピエールは、ジャップルーの世話をするようになっていく。幼少からやっていたからこそ忘れがちだった、絆を築くことの大切さを思い知ることになるのだ。

面白いのは、この映画ではそういったピエールの行動や発言の裏に隠された真実を徹底して描こうとはしない所。多くの実話をベースにした映画では、主人公の長所も短所もすべて明らかにしようとする傾向がある。「こんなにすごい人が?」と驚くような短所が見えて、その人の物語に入り込めなくなる時もあるくらいだ。

だが本作の場合は原因を掘り下げすぎず、事実をただ羅列していく。それが逆に想像力をかき立ててくれる。この作品を観て、主人公はなぜそういう行動を取ったと思うのか、生徒一人一人に確認してみたら面白いのではないだろうか。

これは筆者の想像だが、脚本を書きピエール役も演じたギョーム・カネと、監督のクリスチャン・デュケイは、選手として馬術競技を体験していたため、競技を辞めるのも続けるのも理由はどうでもよく、大事なのはそう決意した後の行動にあることを知っていたからではないだろうか。

実際ギョーム・カネはピエールのように、親の期待を一心に背負っていた。ギョームの父は多額の借金をして馬の飼育場を営んでいたという。しかしギョームはすべてを辞めて俳優になりたいと思ってしまった。だがなかなか言い出せず競技を続けるうち、乗馬中に大きな怪我をしてしまい、勝ちたいという情熱を失った上、怪我への恐怖と、パリや女の子達への興味の移り変わりなどがプラスされ、ついには競技から遠ざかって俳優への道を選ぶことにしたという。そういった経緯を経ているから、そういう心の動きをこの映画にも取り込んでいるという。だからリアリティがあり、観ている者の心をも揺さぶるのだ。

また、監督も馬に思い入れがあるから、馬の走る姿や跳躍する姿をとても美しくとらえている。馬など生き物が好きだという人にもたまらない作品に仕上がっている。

果たしてピエールがどのように人として成長していくのか、どのように魅力的に輝いていくのか、実際どう活躍していくのかは、観てのお楽しみ。日々、頑張って生きていこうと思えるようになれる一本だ。

Movie Data

監督:クリスチャン・デュケイ/原案:カリーヌ・デヴィルテ/脚本・翻案・台詞:ギョーム・カネ/出演:ギョーム・カネ、マリナ・ハンズ、ダニエル・オートゥイユ、ルーデ・ラージェ、チェッキー・カリョ、ドナルド・サザーランドほか

(C)2013 - ACAJOU FILMS - PATHE PRODUCTION - ORANGE STUDIO - TF1 FILMS PRODUCTION - CANEO FILMS - SCOPE PICTURES – CD FILMS JAPPELOUP INC.

Story

幼い頃から父の指導を受けて障害飛越競技に熱中してきたピエール・デュランは、父の期待から逃れるように弁護士の道へ進む。しかし、幼い日の情熱をあきらめることができずキャリアを捨て、再び選手となる。ピエールは、荒々しく小柄だが、才能を色々秘めた若馬ジャッブルーの才能を見抜いて、彼に乗って輝かしい記録を打ち出すが……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

  

交通事故で選手生命を絶たれた男が復帰を目指す『ビニー 信じる男』

次に紹介する『ビニー 信じる男』は、世界のスポーツ史上類を見ない超人的なカムバックを目指した伝説のボクサーの実話の映画化だ。『沈黙-サイレンス-』などを手がけた巨匠マーティン・スコセッシが製作総指揮を担い、『マネー・ゲーム』のベン・ヤンガーが原案・脚本・監督。そして『セッション』で注目されたマイルズ・テラー、『ハドソン川の奇跡』のアーロン・エッカートといった名優達が集った、そうそうたるメンツで作られたのがコレだ。

主人公はビニー・パジェンサ。自惚れ屋の一面を持ち、ギャンブルや女性が大好きで私生活はだらけきっているボクサーだ。そんな彼はある日、スーパーライト級チャンピオンのロジャー・メイウェザーに滅多打ちにされ、プロモーターのルー・デュバから引退を勧告されてしまう。それをキッカケにビニーは、飲んだくれだが実力はあるトレーナー――マイク・タイソンを世界チャンプにまで押し上げたケビン・ルーニーに指導を願い、無謀だが二つ上の階級でベルトを賭けた戦いに挑む。級が上がるということはパンチの力も上がるということ。そのための体作り、徹底したトレーニングを積んで、遂には世界ジュニアミドル級のチャンピオンとなり、デュバを見返すことに成功する。

しかし喜びも束の間、そのチャンピオンになった直後、彼は正面衝突の交通事故を起こしてしまい、なんと首を骨折してしまう。その痛々しい姿に、誰もがビニーの選手生命は絶たれたと思い、金目当てで近づいてきていた人間達は離れていく。そんなビニーに医者達は、二度と歩けなくなるかもしれないから……と、脊髄を固定する手術を勧める。それをすればボクシングは無理だが、歩行は確実になるというのだ。しかしビニーは断固としてその手術を拒否。遥かにリスクの高いハローという手術を受ける。これは半年間も頭の周りに金属を付け、ある程度回復するまで、その金属で頭を固定しておくというものだ。

モノを食べるのも大変な生活。車に乗る時にちょっとでもその金属に接触すれば、激痛が走り、もちろん体の動きはままならない。ところがハローを取り付け、とりあえず退院したビニーは、ケビンを呼び、再びトレーニングを始めたいといい出す……。

四肢に障害が起きてはいないとは言え、どう見たってボクシングへの復帰なんて無理だと誰もが言いたくなるような状態。仮にハローの器具が外れたとしても、ボクシングのように顎や頬に重いパンチを受ける競技では再び病院に舞い戻る結果にならないとは言えない。ましてや、まだ器具も取れていないのに体を鍛えたいなんて言語道断の話だ。

印象的なのは、ケビンがトレーニングを頼まれて断るくだりのやりとり。もちろんケビンは「復帰は諦めろ」と強く拒絶する。命に関わると医者が言ったじゃないかと説明する。しかしビニーはこういうのだ。

「どんな命だ? 寝ているだけの命か?」と。

病院で寝ている間、彼はずーっと考えるだけ考え、例え数パーセントでもボクシングができる可能性があるならと、ハローを選択し、ハローが外れる日に向けて衰えきった体を元に戻す算段をしていたのだ。

人間というものはあっという間に筋力が衰える。筆者もつい最近、風邪で五日間寝込んだだけで、階段を上るのがしんどく感じられてうんざりしたが、ビニーのように何十キロものベンチプレスを軽々としていたような男が、一番軽いバーベルさえもロクに持ち上げられない現実を突きつけられたら、心が折れてしまっても仕方ないと思う。

しかしビニーは決して諦めない。驚く精神力で少しずつ少しずつ筋肉を付けていく。そう、ビニーにとってみれば、ボクシングができないことはすなわち「死」と一緒なのだ。可能性があるならその可能性を増やすというのがビニーの発想。

やりたいことが見つかっても、それを一生続けていくのは実はとても大変なことだ。ビニーのように健康を害するようなことが起きて諦めざるを得なくなることもある。不況でやりたい仕事ができなくなることもある。正直、人生は順風満帆にすべてがうまくいくことなんてまれだ。何か必ず試練は訪れる。でも問題はその試練にどう戦うか、だ。

もちろんビニーのように無謀ともいえる行為に出ることも一つの手ではあるが、全く新しい夢を追いかけるという手だってある。実際、本当は野球をやりたかったのに怪我で断念して映画監督を目指したことで成功した人だっている。人生はどうなるかはわからない。だがその時にどういう努力をしたか、それによって生き方は大きく変わっていく。ビニーの人生はそんな事実を教えてくれるのだ。

さあ、ボクサーとして復帰を目指したビニーは果たしてどうなるか? ぜひ映画館で確かめてもらいたい。

Movie Data
監督・原案・脚本:ベン・ヤンガー/製作総指揮:マーティン・スコセッシ/原案:ピッパ・ビアンコ/出演:マイルズ・テラー、アーロン・エッカート、ケイティ・セイガル、キアラン・ハインズ、テッド・レヴィンほか

(c) BLEED FOR THIS.LLC 2016

Story
スター選手を金づるにし、嘘と欲望が渦巻くボクシングの世界。自惚れ屋のボクサー、ビニー・パジェンサは世界タイトルを獲得するが、その直後に交通事故で瀕死の重症を負う。医者からは選手生命の終わりを告げられ、金や名声目当てで近寄ってきた人間達が離れていく中、ビニーは再起を夢見てトレーナーのケビンと共に必死のトレーニングを開始。復帰なるか!?

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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