2016.10.12
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『グッドモー二ングショー』 放送現場を舞台に時代のリアリティーを伝える

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、放送現場で従事する人々の姿と、視聴者の心の闇に潜む悪意をリアルに伝える『グッドモー二ングショー』です。

テレビ局で頑張る人々のお仕事ムービー

このところ日本映画で大ヒットした作品と言えば『シン・ゴジラ』とアニメの『君の名は。』だ。作品的には全く違うタイプの作品だが、共通しているのは「リアル」というキーワード。『シン・ゴジラ』は本気でゴジラが出現した場合の政府の対応を臨場感たっぷりに描いてみせ、『君の名は。』では風景や世界観がアニメとは思えないくらいリアルに描かれ、その中で登場人物達の心の動きが細やかに描写されている。

なぜ「リアル」が大事なのか。

それは今の現実世界が厳しすぎる所以だろう。ちょっと前だったら絵空事でも楽しい方がいいという声もあったが、今の世の中では「そんなことある訳ないじゃん」と一蹴されてしまう。ファンタジーなどがダメと言っているわけではない。大嘘設定でもそこにしっかりと“生きた”人間が描写されていれば楽しめる。怪獣の出現という大ファンタジーの『シン・ゴジラ』のヒットを見れば明らかだ。

そんなリアル系作品に連なるのが、今回紹介する『グッドモー二ングショー』だ。誰もが一度は見たことがあるであろう、朝のワイドショーを舞台にした作品で、生放送中に起こる事件に翻弄される中井貴一演じる朝のワイドショー『グッドモーニングショー』のメインキャスター・澄田を中心にした群像劇。

ワイドショーと言うと、凄惨な事件や政治的な問題も扱ったりする一方で、美味しいスイーツの紹介などのグルメ情報や、芸能スクープ、流行モノの紹介など盛りだくさんな内容なのが特徴。どちらかと言えばお気楽な番組のイメージがある。でもその番組の裏側は決してお気楽ではなくむしろ熾烈だ。

例えば澄田の起床時間は毎日朝3時。早朝から出社し、その日の新聞記事などを見て予定変更をしたり、どの内容を大きく扱うかを相談したり、様々な打ち合わせが待っているからだ。その描写が実に細かい。脚本・監督の君塚良一は今回いろんな情報番組を取材したという。君塚氏と言えば『踊る大捜査線』の脚本家としても知られているが、あの時もかなり警察を取材し、その中で得たもののほんの一部を使って『踊る大捜査線』を書き上げたという。そんなハンパない取材をする氏らしく、本当に細かい所までリアルに描き出す。全員で新聞チェックをしてどのネタを大きく扱うかの選定はもちろんのこと、どういうフリップを出すか発注している様や、その日のスイーツ特集に使うケーキを確保している様、報道部に頭を下げて資料映像をもらいにいくADの姿。果てはスタジオにセットを組む人さえも描写していく。つまりテレビ業界で頑張る人達の、まさに“生きた”姿が活写されているのだ。

今回主演を務めた中井貴一も実際のワイドショーの打ち合わせなどの様子を見学に行ったそうだが、中でも驚かされたのは放送終了後の反省会だったという。どうしてあの場であんな発言をしたかなど、徹底的に意見を交換し合っている様を見て、しかもその熱い反省会を放送終了後に毎回やっていると聞いて驚いたそうだ。

君塚氏は、ワイドショーは各局が同じ時間帯に生放送で同じ素材を使い、切り口を変えて視聴率競争をしていることを特殊だと感じたという。確かにそうだ。ちょっとした切り口や視点、どの年齢層をターゲットにするのか、メインキャスターの人気度などで、視聴率はかなり変わってしまう。そのために全員が最高の番組作りを目指してシノギを削る。そう、この映画はテレビ局で頑張る人々のお仕事ムービーとしても楽しめる作品になっているのだ。

たった一つの番組のために、どれだけの人が動いているのか。どれだけ大変な思いをしているか。これを見るとどんなに楽そうに見える仕事であっても、仕事に楽なものなんてないということがよくわかる。働くことの大変さが身に染みる内容になっている。もちろんジャンルとしてはコメディに入るので、笑いを誘う不倫騒動なども絡んだりするのだが、真摯なお仕事映画として本当によくできた作品になっているのだ。

人間の心の闇に潜む悪意を浮き彫りに

もう一つ、この映画を観て考えさせられることがある。それは人間の心の中に潜む悪意が、今はとてつもなく膨らんでいるのではないかということだ。

あるカフェで銃と爆弾を持った男による立てこもり事件が、ワイドショーの生放送中に起こる。しかも犯人の要求は澄田。そこで彼は警察からの要請もあり、本人的には全く行く気力はゼロなのだが、現場に向かうことになる。

ここで興味深いのはなんとしても他局を圧倒するネタで視聴率を獲得したいと、澄田を現場に送り込むことに躍起となるスタッフの面々。もちろん先程も述べたように、いい番組を作りたいという思いが彼らを駆り立てていくわけだが、その仕事熱心さはある種の狂気を帯びていく。銃と爆弾を持った犯人のいる現場に澄田を行かせるということは、一応警察が守っているとは言え、とてつもなく危険であることは誰だってわかるであろう。しかし視聴率戦争に躍起となるスタッフ達は、爆弾用の防護服に身を包んだ澄田のヘルメットに特殊なカメラを仕込んだり、ボディに特殊マイクを仕込んだりする。もちろん現場の模様を生放送でこっそり流すためだ。それだけではなくさらに他局を出し抜きたい欲求はエスカレート。ついには犯人にインタビューをしてみろという命令まで飛び出すことに。そうやってどんどん常軌を逸していく様が見ていると怖くもなってくる。そこまで視聴率が欲しいのか。視聴率を取るためならば、どんなことでもしていいのか。そんな倫理観をも問いかけてくる。

けれども考えてみてほしい。なぜスタッフ達がそこまでするのかといえば、それは視聴者の望みに応えようとしているからだ。視聴者がキャスターの危険性を心配するより、情報を欲しいと思うからだ。そう、この映画はネットが発達し、誰も彼もが情報を求めるこの時代の恐ろしさを、人間の心に潜む一種の“悪意”を、浮き彫りにしていく。そして観客に突きつけるのだ。テレビのあり方とはどういうものなのかと。さらには、情報社会に踊らされて最も大事な愛情や尊重といったことを忘れてしまってはいませかんかと。そういったテーマ性がしっかり胸に突き刺さってくるのである。『シン・ゴジラ』や『君の名は。』は時代が反映された作品だが、この『グッドモーニングショー』もそういった今の時代がしっかりと反映されているのだ。

しかもそういった内容を、萩本欽一の下でコントのネタを書き、『踊る大捜査線』を筆頭に様々なテレビドラマを作り上げてきた君塚氏と、フジテレビが製作したというのが実に面白い。まるで今までのやり方を反省して作ったかのようにも思えてしまう。

考えてみれば、火事現場や事故現場に遭遇すると、今は必ず数名はスマホなどでその模様を映像で撮影している。そのような野次馬の心の闇には、悪意が潜んではいないだろうか? そんな悪意が蔓延しているのが現実という世界。もはや性善説などは存在していないのかもしれない。そんな中で私達は生きて行かねばならないのも現実。この映画はそういった覚悟まで考えさせてくれる素晴らしい1本だ。

Movie Data

脚本・監督:君塚良一/音楽:村松祟継/出演:中井貴一、長澤まさみ、志田未来、池内博‍之、林遣都、梶原善、木南晴夏、大東駿介、濱田岳、吉田羊、松重豊、時任三郎ほか
‍(C)2016フジテレビジョン 東宝

Story

澄田真吾は、朝のワイドショー「グッドモーニングショー」のメインキャスター。かつて報道番組のエースキャスターだったが、ある災害現場からのリポートで世間から非難を浴びて番組を降板した過去がある。そんな彼はカフェの立てこもり犯の要求で現場に行くことに。彼は無事に戻ることができるのか!?

文:横森文

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子どもに見せたいオススメ映画

『何者』

就活の波にのみ込まれていく大学4年生達の心情を描く

『何者』は是非ともこれから大学進学を向かえようとする高校生に観てもらいたい作品だ。物語は、いよいよ就職活動という波にのみ込まれることになった、大学4年生の男女の姿に迫っていくというもの。佐藤健演じる主人公・拓人はかつて芝居に情熱を燃やしていたが、今は芝居への道を諦めて企業の一員となるべく奮闘している。常に冷静な分析系男子だ。拓人のルームメイトで音楽に身をやつし何も考えずに天真爛漫にやってきた菅田将暉演じる光太郎は、理由があってあえて出版社ばかりを受けている。そんな二人は、光太郎の元彼女で拓人がほのかに思いを寄せる地道素直系女子・瑞月(有村架純)と偶然にも拓人の部屋の上に住んでいた意識高い系女子・理香(二階堂ふみ)、理香の恋人で就活とは距離を置いている空想クリエイター系男子・隆良(岡田将生)と共に、理香の部屋を“就活対策本部”として定期的に集いつつ、情報交換し合って、何とか内定を得ようと必死に動き回る。表面的には和気あいあいの彼らの複雑な心情や、ドス黒い妬みや嫉みといったものが次第に噴出していく……。

この映画を観終わって心に残るのは、結局は人間はやりたいことを見つけてそこと本気で向き合っていかないと精神的に腐ってしまうという真実。最初から大学の間だけバンド活動に存分に打ち込んで就職にあたって音楽活動をすっぱり諦めた光太郎と、本当はまだ演劇に未練タラタラなのに就職をしないといけないと演劇活動から遠ざかろうとしている拓人の姿を見ているとそれは如実だ。自分が何をやりたいのか、どう生きたいのか、それを高校生から考え、それによって大学を選ぶことも大切だろう。周りが就職に焦ろうが自分の道でないと思うのなら、就職しないという選択をするのも一つの手。流されずに自分の人生を見極めることの大切さを、この作品は教えてくれる。映画を観て色々と想いを巡らせてほしい。

監督・脚本:三浦大輔/原作:朝井リョウ/出演:佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之ほか
(C)2016映画「何者」製作委員会

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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