子供の「だったら...」を引き出す教材<3年:かけ算の筆算> 「はてな?」「なるほど!」「だったら…」で作る算数授業(第7回)
第7回では、3年生の整数のかけ算の筆算の教材と、その授業実践を紹介します。
教材に働きかけ、問題を発展させる楽しさを味わう子を育てる
第3回でも述べたように、かけ算の筆算には「かけ算」「(繰り上がりのある)たし算の筆算」の2つの計算技能の定着が不可欠です。どちらか一方にでも苦手があると、うまく計算ができません。特に、3年のかけ算の筆算は、4年「小数×整数」、5年「整数・小数×小数」と技能面で直結するため、重要です。子供たちの未来を案じると、力づくでも身に付けさせたくなります。
私もそう考えていたこともあり、子供たちに自習や宿題で計算ドリルをかなりの量を課していました。
始めは全員の定着度の伸びがあったのですが、そのうち一部の子たちが伸びなくなりました。そして、遂には平均点も少し下がってきて、この手立てに手詰まり感を強く感じるようになりました。今思えば、学ぶ楽しさへの配慮不足、同じ間違いを繰り返す子や既に定着した子へなどへの個別最適な指導が必要でした…。
このようなことから、私も「かけ算の筆算」の指導で悩んでいました。そんな中、『追究型算数ドリルのすすめ』(1995年発行・明治図書出版・絶版)を紹介していただきました。
この本は、田中博史先生(授業「人」塾主宰。元筑波大学附属小学校副校長)の著書です。「教材開発」誌(明治図書出版)での連載を元に加筆修正したもので、内容は「計算の力・数への感覚を育てるドリル」と「量や図形への感覚を豊かにする自由研究型ドリル」の大きく2つに分かれています。田中先生の本はほぼ持っていますが、その中でも一番好きな本です。特に参考になった内容をいくつか列挙します。
- 田中先生がこの本を執筆した年齢が、この本を入手して読んだ時の自分に近かったため、自分の算数観の拙さや教材研究の甘さを強く感じました。「毎回の算数授業を通じてどんな子を育てるか」や「自分なりに教材を掘り下げること」を意識して授業するようになりました。
- この本の教材に取り組ませることで、ノートに考えた足跡を残す大切さを実感させる場面が多く生まれました。自分の考えや計算過程を消してしまう子が自然といなくなりました。
- 「だったら…」と発展させていく面白さを子供たちに実感させることができる教材ばかりです。特に、□を使った計算問題のバリエーションが豊富です。また、「直方体の展開図」や「2つの三角定規でできる角」などの図形領域の教材も面白いです。
なお、この本も以前から紹介している「復刊投票」に挙げられ、あと20票で復刊になっています。
今回紹介する「かけ算の筆算」の実践は、前述の本の「虫食いかけ算」を参考にしています。2桁×1桁の式に重複しない数字を1つずつ入れるとき、できた積の大きさ比べをする教材です。実践にあたり、次の3つの工夫をしています。
- 子供の問いを引き出す展開
子供の問いを引き出すには、教材と触れ合う時間がある程度必要です。そこで、授業の始めに教師から本時のめあて「一番積が大きくなるのはどんな式かな?」は提示しないようにしました。ルールに従って試行錯誤して計算する時間をしっかり確保し、そこから子供の問いが引き出されるようにしました。「教師から与えられた活動(受動)」から、「自分たちで解決したい活動(能動)」を意識して展開しています。「受動」「能動」については、第2回を参照ください。 - 子供の問いを生かす授業計画
本教材はあらかじめ2時間で計画していました。「2桁×1桁」の積の大きさ比べをした子供たちは、次に「〇〇の場合を調べてみたい!」と教材を発展させると予想したからです。2時間で計画しておくことで、教師も子供もゆったりと教材の世界に浸ることができ、第4回で紹介した「算数・数学の学習過程のイメージ」のD2(「結果」から「数学の事象」へ)となり、問いが連続する授業となります。 - 板書の工夫
一般的なめあてを書くスペースには、本時の学習の教材名を書き、教材に触れることで引き出された子供の問いを(子供が解決したいこと)を、その近くに書くようにしています。前述した「受動」と「能動」を意識した板書構成にしました。
また、積の大きさ比べをする際、直に黒板に筆算を書いてしまうと、比べにくくなります。また、式や積の並び替えをして見えてくる「式がありそう…」と類推する姿も引き出しにくくなります。そこで、A3の紙に筆算を書くことで、筆算同士を動かして比べられるようにしていました。また、紙が大きさに合わせて字を大きく書くのが難しい子がいるので、用紙には位ごとに点線を入れました。
かけ算の筆算
授業の様子
はてな?

黒板に「2ケタ×1ケタばらばら」と書きました。
そして、2桁×1桁を表す□が3つ書かれたA3の紙を1枚貼りました。
「『筆算の式を作れ』ってことかな?」
「『ばらばら』ってことは、同じ数字が使えないってこと?」
「簡単!だって好きな数字を入れていいんでしょ?」
何も言わなかったことで子供たちの興味を引いたのか、みんな計算の式を作り始めました。このとき、子供たちも姿は大きく3つに分かれました。
ア 式だけ作って終わっている子
イ 筆算をして積まで出した子(1つだけで終わっている)
ウ 次々と筆算をして積まで出している子
アとイの子たちを、能動的なウの姿にしたいものです。そこで、私は、このルールで作ると積が最小になる式を提示することにしました。
「先生は『23×1』を作ってみたよ。答えは…23だね。」
紙にその式を書いて、黒板に掲示しました。
すると、Aさんが
「僕の方が大きい。」
とつぶやく声が聞こえました。

Aさんの式(12×3=36)を紙に書いて黒板に貼ると、Bさんが、
「もっと大きい答えが作れたよ!」
と手を挙げました。
Bさんの式(98×7=686)を紙に書いて黒板に貼ると、今度はCさんが、
「答えが3桁になる中で、これが一番大きい答えになると思う…」
と言うと、
Dさんが、
「もっともっと大きいのがあるよ!」
と式(97×8=776)を発表してくれました。
一部の子供たちが能動的になると、このように言葉だけが行きかう空中戦が始まります。ここが教師の出番です。クラスの足並みを揃えるために、次のような発問をしました。
「今、『97×8=776』が、一番答えが大きくなるという話題になっていますが、本当かな?7分間じっくり調べてみませんか?」
多くの子が頷きました。そこで、子供たちの言葉を生かし、「答えが3ケタになる中で、一番大きい式は?」と板書しました。
なるほど!
聞こえるのは鉛筆の書く音だけでした。全員、それだけ集中して計算に取り組んでいる証拠です。机間巡視しながらノートの筆算を見ましたが、こんな時はほぼ計算間違えはありませんでした。
あっと言う間に7分間が経ちました。
「時間です。全員立ってください。」
この立たせる手法は、第2回で紹介した手法です。教材への全員の立場が決まり、ぐっと子供と教材の距離が小さくなります。
「一番大きい答えが『97×8=776』だった人は座ってください。」
全員、座りました。不思議に思ったのか、みんなが顔を見合わせています。
その中で、何か言いたそうなEさんを指名しました。
「776は越えなかったけど、近い式は見つけました。言っていいですか?」
「そう、そう」と何人か頷いて、手を挙げました。
Eさんとその子たちに、「せーのっ!」の後に一斉に言ってもらいました。
「86×9=774」「96×8=768」
これらの筆算を紙に書いてもらって黒板に貼りました。
「ねえ、先生、大きい順に並び替えていい?」
とFさんが手を挙げました。お手伝いしたいとGさんの手を挙げたので、2人にやってもらいました。
1位 97×8=776
2位 86×9=774
3位 96×8=768
4位 98×7=686
並び替えを終わると、自然に拍手が起きました。

子供たちに「1位・2位・3位・4位になる筆算は、これで絶対だね。」と投げかけました。
この「絶対」という言葉は、子供たちにデータの見直す姿を引き出します。
「え?ちょっと待って!」
「もう少し調べる時間を頂戴!」
と子供たちは、黒板を見ながら空中やノートに筆算し始めました…。
しばらくすると、Hさんが「やっぱり!」と声を上げました。どうやらもっと大きくなる筆算に気付いたようです。
ほかの子のも自分で発見する楽しさを味わってほしいので、ひと言だけヒントを言ってもらいました。
「『87×』。」
その言葉を聞いて、透かさず声が上がります。
「なるほど!」
「これか!」
しばらくすると、ほとんどの子が気付いたので、Hさんに紙に筆算を書いてもらって、黒板に貼ってもらうことにしました。Hさんは書き終わると、黒板に貼ってある紙を動かし、並び替えもしてくれました。
1位 87×9=783
2位 97×8=776
3位 86×9=774
4位 96×9=768

先ほどと同様、並び替えを終わると自然に拍手が起き、子供たちにつぶやきが聞こえてきました。
「面白かったね。」
「九十いくつが大きいと思ったら、違うんだね。」
「3桁×1桁はどうなのかな?」(Iさん)
「みんなで、1位を探してみたいね。」
子供たちに「今、みんながしている話がとても面白いです。是非ノートの振り返りに書いて先生に教えて!」と伝えました。みんながノートに書いているうちに、少ししてチャイムが鳴りました。
だったら…
この教材の発展のさせ方は以下のようなものが考えらます。
a 積の小さい順を探す
b 積を2桁に限定して大きい順を探す
c かけられる数を3桁にして大きい順を探す
d かける数を2桁にする大きい順を探す
大から小へ逆を考えたり、2桁から3桁に範囲を広げたり、積を3桁から2桁に限定したりする数学的見方・考え方は、教えられて覚えるものではなく、そのような経験をした楽しさで身に付いていくものと考えます。
特に、自分が考えた「〇〇だったら…」が授業で扱われれば、その子は一生覚えていることでしょう。
今回は、Iさんの「3桁×1桁はどうなのかな?」を取り上げることにしました。
ちなみに、「a」「b」については、 前述の本の「虫食いかけ算」に事例が掲載されています。「d」については、学年は4年になりますが3桁×2桁の教材が紹介されています。
授業に話を戻します。
まず、黒板に「Iさんの考え」と書き、Īさんに自分が考えたことを説明してもらいました。そして、「3桁×1桁で1位を探す」と書きました。
「面白そう!やってみたい!」
「ノートには書かなかったけど、考えてた。」
など、どの子の意欲満々です。15分間じっくり調べる時間を取りました。
3桁×1桁になると、前回に比べ計算間違いが増えることが予想されます。机間巡視しながら、7の段や8の段が出てくる計算をしている子を中心に見て歩きました。
5分くらい経つと、Jさんが、「もうベスト3を見つけたよ。」と言い始めました。
全員の手を止めさせ、みんなで詳しく聞いてみます。
「昨日のことから考えると、『×9』か『×8』の時、積が大きくなります。とすると、かけられる数は大きいい順に並べればいいから。」
Jさんの話を聞いて合点がいったのか、しばらくすると、「私もベスト3を見つけた!」と何人も声を上げるようになりました。
時間になり、一人ずつ最大の積とその式と発表してもらいました。結果は以下になり、順位を確認しました…。
1位 876×9=7884
2位 875×9=7875
3位 874×9=7866
4位 873×9=7857

次回は、5年「小数と分数」を取り上げます。お楽しみに!

種市 芳丈(たねいち よしたけ)
小中一貫三戸学園 三戸町⽴三戸⼩学校・三戸中学校 教頭
子供たちが夢中になる算数授業づくりに取り組んでいます。算数専科や複式学級の指導の経験あります。今、チャレンジしているのは、ロイロノートを活用した算数授業です。算数の教材づくりの会「ガウスの会(代表:細水保宏)」の会員。
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