教育トレンド

教育インタビュー

2017.05.17
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利根川 裕太 プログラミング教育を語る。

第四次産業革命時代を生き抜く力。その育成にはプログラミングが必要です。

2017年3月に公表された学習指導要領に小学校段階でのプログラミング教育の必修化が明記された。同教育を実施する教科や単元、学年等は各学校の裁量に委ねられており、教員からは戸惑いの声も聞かれる。なぜ必要なのか? 目指す力は? どう実践すべきなのか? 同教育の普及活動を行う一般社団法人みんなのコードの代表理事で、「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員でもあった利根川裕太氏にお答えいただいた。

第四次産業革命時代を生きる子ども達のために

学びの場.com国が必修化の方針を発表する前からプログラミング教育の普及活動をされています。きっかけは何だったのでしょうか。

利根川裕太大学卒業後、不動産会社勤務を経て、ネット印刷を扱うベンチャー企業に立ち上げから携わる中で、初めてプログラミングを学びました。その後、社内イベントとしてプログラミング勉強会を開催した際に「Hour of Code(アメリカの非営利活動法人Code.orgによる子ども向けのプログラミング教育普及活動)」のプログラミング教材に出会い、アメリカではすべての子どもがプログラミングを学校で学べるようにする活動が進んでいることを知りました。そこで、日本の子どもにもプログラミングが必要だと思い、子ども向けのワークショップを開催したのがきっかけです。

学びの場.com子ども達の反応はいかがでしたか?

利根川裕太そのワークショップは90分の長丁場だったにもかかわらず、皆、非常に集中して取り組んでいました。試行錯誤しながらプログラミングして課題を解決することに知的好奇心を刺激されたのでしょう。「面白い!」「家でもやりたい」と、とても好評でした。それで手応えを感じ、学校教育でのプログラミング教育必修化を掲げて「みんなのコード」を2015年に立ち上げたのです。

学びの場.comなぜ、これからの学校教育にプログラミング教育が必要だとお考えになったのですか?

利根川裕太人工知能(以下、AI)やIoT(モノのインターネット)などがもたらす第四次産業革命により、今後社会の在り方が変わっていくと予測されているからです。それに伴い、今存在する仕事の49%が失われたり、ITに関わる新たな仕事が生まれたりするとも言われています[1] 。現に、弁護士に代わって駐車違反の異議申し立て請願書を作成するAI[2]や、医師に代わってがん診断を行うAI[3]などが登場しています。人間にしかできない業務はありますから、弁護士や医師の仕事がゼロになるわけではありませんが、これからは知識・技能や対人スキルに加えてAIやコンピューターを使いこなす能力が必要になるはずです。このように社会が求める人材が変わるのであれば、それを育成する学校教育も変わっていかなければならないでしょう。 そもそも、今すでに私達はコンピューターに囲まれて生活しています。教員向けの研修会で「皆さんの家にコンピューターはいくつありますか?」と聞くと「二つ」などと答えるのですが、パソコンやスマートフォンだけがコンピューターであるわけでなく、エアコンや冷蔵庫などの家電にも組み込まれています。家の外に目を向ければ、電車、ICカード、自動車、カーナビ、自動販売機など、挙げれば切りがありません。これだけコンピューターという科学技術の恩恵を受けて暮らしているのであれば、それについて学ぶのは、むしろ自然なことではないでしょうか。インターネットやソフトを情報収集や表現の道具として活用する「コンピューターの外側」だけでなく、それがどういう仕組みでできているのかという「コンピューターの内側」についても小学校段階で体験的に学ぶことが必要だと思います。そうでないと、ITを活用して課題を解決したり、新たな価値を生み出したりすることが多くの分野で求められるこれからの時代、子ども達が苦労することになるでしょう。

育成すべき「プログラミング的思考」とは?

学びの場.com小学校段階でのプログラミング教育の目的は「プログラミング的思考(論理的思考力)」を育むことだとされています。そもそもプログラミング的思考とは何ですか?

利根川裕太私も参加したプログラミング教育有識者会議のまとめにありますが「コンピューターで自分の意図する活動を実現するために必要な動きや、その動きに対応した記号の組み合わせなどを、試行錯誤しながら論理的に考えていく力」です。プログラミング的思考は特定のコーディングとは違い、この先、情報技術がどのように変化していっても必要とされるもの。情報技術を従来の情報教育のように「良きユーザー」として利用するだけではなく、自分の目的のために能動的に使いこなし、より良い人生や社会作りに活かしていくためにも必要な能力とされており、今後はどのような職業に就くとしても求められる力になるでしょう。小学校段階ではコンピューターの働きを自分の問題解決にどう活用できるかをイメージし、コンピューターに意図した処理を行うよう指示する体験を通して、基礎的なプログラミング的思考を身につけることを目指します。

学びの場.comプログラミングは早期から学ぶほど効果があるのでしょうか?

利根川裕太プログラミングは言語活動に紐付いたものですから、英語と同じように小学3~4年生から体験的に学んだ方が身につきやすいと考えられています。25歳でプログラミングを学んだ私などは、日本語で考えたものをプログラミング言語に翻訳してコンピューターに伝えるのですが、先日、プログラミングを始めた小学生と話した所、彼は最初からプログラミング言語で考え、指示を出しているように感じました。英語でものを考える帰国子女さながら、プログラミング言語を母国語のように扱っているのです。 そこまで高いスキルを身につけることが学校教育の目的ではありませんが、小学校段階で体験的にプログラミングに触れることで中学校での学びがスムーズになりますし、将来の選択肢も広がると思います。そうしてプログラミングに親しんだ子ども達は第四次産業革命の時代を生き抜き、世界をリードしていくはずです。

教科になじみ、実践しやすいプログラミング授業を

学びの場.com教科の中にプログラミングを取り入れるにあたり、注意すべき点はありますか?

利根川裕太「教科との親和性」と「プログラミングとしての難易度(児童の難易度+指導の難易度)」の両面から授業を考えていくことが大切です。

© 2017 一般社団法人みんなのコードinfo@code.or.jp

© 2017 一般社団法人みんなのコードinfo@code.or.jp

 

教科との親和性が高く、かつ操作や課題の難易度が低いものが良い事例と言えますが(図 Cのゾーン)、今の所、企業が開発した教材の中には「これ、どの教科に入れるの?」と疑問に感じるものが多々あります(図Aのゾーン)。一方、教員による実践事例には「プログラミング初心者の先生や子どもにできるかな?」と思うものも少なくありません(図Bのゾーン)。

学びの場.com具体的には、どのように実践していけばよいのでしょうか。

利根川裕太みんなのコードが教員の皆さんと連携して開発した「プログル」という教材があります。5年生の算数の公倍数の単元にプログラミングを取り入れた学習です。

© 2017 一般社団法人みんなのコードinfo@code.or.jp

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学年・教科5年 算数 単元倍数と約数(全11時中の第3時) 目標プログラムづくりを通して、公倍数、最小公倍数の求め方を考える

 

整数→倍数→公倍数の性質をプログラミングしながら学んでいくことが出来るドリル×ブロック型のプログラミング教材を使用しています。本授業では、授業者は倍数・公倍数の性質の復習と、ブロックプログラミングのごく基本的な操作の実演をするだけです。児童は各自のペースで算数的な思考とプログラミング的な思考を合わせて深めていきました。授業の最後には、児童がプログラミングを通じて、公倍数の求め方や性質について考えることが出来たかどうかを確認していました。

学びの場.com教科によってプログラミングとの親和性に違いはありますか?

利根川裕太プログラミングの複雑な物事を体系的に整理し、抽象化するという側面から考えると特に算数との親和性が高いと考えています。また創造性という観点から考えると図画工作のものづくりとも相性が良いと思います。また、理科ではプログラミング教材を計測器具として使うと良いかもしれません。例えば振り子の運動についての学習なら、教育用ロボットプログラミング教材のセンサーを振り子の先に取り付け、周期を測定してグラフ化し、その規則性を見出す、といった例もあります。一方、国語とは人工言語と自然言語の共通点と相違点をキチンと踏まえての授業設計等をする必要があり、実施の難易度がやや高いと感じています。

学びの場.com総合的な学習の時間では、どのようにプログラミングを導入すべきでしょうか。

利根川裕太石川県加賀市の小学校での実践例は、探究的な学習を通してプログラミングを学ぶという国の指針を踏まえており、参考になると思います。

 

学年・教科4年 総合的な学習の時間 単元「私達の暮らしとコンピューター/プログラミング」(全5時間) 目標【知識・理解】コンピューターが社会と自分達の生活にどのように役立っているか理解する。 【思考・判断/技能・表現】紙と体を使った活動を通じ、コンピューターが動く原理を理解する。プログラミングを通じ、コンピューターが動く原理を理解する。 【関心・意欲・態度】コンピューターの利用者ではなく作成者となる視点を育てる。

 

5時間のうち、実際にプログラミングコードを扱うのは3~4時間目だけ。1時間目ではコンピューターが使われている身の回りのものを挙げ、それが自分達の生活にどのように役立っているのかを理解します。2時間目はプログラミングに必要な考え方が学べる絵本『ルビィのぼうけん こんにちは! プログラミング』(リンダ・リウカス作、鳥井雪訳、翔泳社)に沿って、手を使ったワークを実施。3~4時間目はHour of Code のプログラミング教材に取り組み、5時間目にはまとめとして、まだコンピューター化されていない身近なものを挙げ、それをプログラミングでどう便利にしたいかを議論します。自転車に自動運転機能を、ランドセルに忘れもの防止機能を、と、子ども達からは楽しいアイデアがたくさん飛び出していました。

後回しにせず、今から準備を始めてほしい

学びの場.com小学校段階のプログラミング教育の必修化に向けて、見えてきた課題はありますか?

利根川裕太現状では「教科内でプログラミング的思考を育む」という実施方針ばかりが注目され、プログラミング教育の必修化に至った社会的背景への認知が進んでいないと感じます。また、学校への予算配分や教員育成の支援を行う「教育委員会や学校管理職」、地域の推進役を担う「中核となる教員」、そして全国40万人に及ぶ「現場の教員」、この三つの階層の全員が「やろう!」と足並みを揃えないと、なかなかうまくはいきません。すべての階層で「なぜプログラミング教育が必要なのか」という根底の部分から理解が得られるような働きかけをすると共に、中核となる教員を養成することが必要だと思います。

学びの場.com「自分にはできそうもない」「難しそう」という声も聞かれる中、教員達のやる気を引き出すポイントは何でしょうか。

利根川裕太みんなのコードでは「Must(やらなければいけないこと)、Can(できること)、Will(やりたいこと)」の三つに訴えかけるような体験を提供しています。これは経営学者のピーター・ドラッカーが提唱した考え方で、組織として成果を上げるための優先順位として人材業界ではよく取り入れられています。Mustはプログラミング教育についての説明を聞くだけでなく、社会の変化から必要性を理解すること。Canはプログラミング教材を体験して「これならできる」という自信を得ること。Willはイキイキとプログラミングに取り組む子ども達の姿を見ること。この三つを経た教員の多くがプログラミング教育に熱心に取り組んでいます。

学びの場.comこれからプログラミング教育に取り組む教員の方々へ、メッセージやアドバイスを。

利根川裕太「まだ時間があるから」と後回しにしがちですが、移行期間の2018年度には本格的に動き出さないと、2020年度の全面施行に間に合いません。少なくとも情報収集は今すぐにでも始めておきましょう。そうすれば余裕を持って準備ができますし、地域のプログラミング教育の第一人者となって活躍もできるでしょう。また、早めに動けば企業などの協力も得やすいはずです。みんなのコードではプログラミング教育の指導者研修会や実践支援を実施しており、今夏にはプログラミング教育シンポジウムを全国で開催する予定です。ぜひご参加ください。

利根川 裕太(とねがわ ゆうた)

一般社団法人みんなのコード 代表理事
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビル株式会社を経て、ラクスル株式会社に入社。2015年に一般社団法人みんなのコードを設立。2016年より文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。みんなのコード公式サイト:http://code.or.jp/

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石 仁

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