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教育インタビュー

2019.11.13
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神谷 渉三 ミッションは「社会全体を、学校にする」こと

「社会全体を学校にする」活動を通して多種多様な大人の生き様をこどもたちに伝えたい

父・母・兄は学校の先生という教師一家の三男という生い立ちで、IT企業に勤めながら、既存の教育現場の外から様々な企画を仕掛ける神谷渉三さんの活動をご紹介します。Nei-Kidは、子どもの創造力を守るために、多様な大人たちとの出会いを生み出していくプラットフォーム。この活動の背景にある課題感や2年間の実践から見えてきたことをお聞きしました。

学校の先生が子どもたちのことを一生懸命に考えていることは、身近で見ていてよく分かっています

自分の立場からできることはないかと始めたのがNei-Kidの活動です

学びの場.comNei-Kid発足の背景、経緯を教えてください

神谷 渉三息子が小学校に入学したことが大きなきっかけとなりました。保育園や幼稚園での過ごし方と、公立の小学校での過ごし方が極端に変わることを親として痛感し、自分なりに調べたり考えたりして、日本の特殊性に気付きました。学校と学童、家の往復で子どもたちが過ごさざるを得ない環境では、どうしても閉鎖的な部分ができてしまうんですよね。イギリスには“It takes a village.”という言葉があります。「子どもは村全体で育てるものだ」という、社会全体で子どもを支え、見守るといった考え方が社会に浸透しています。日本には、「自己責任」のような考え方があって問題があると学校や親の責任として、追い込んでしまいます。この息苦しさを何とかしたいと思ったことが始まりです。
僕は両親も兄も、公立の学校の教員です。だから学校の先生が子どもたちのことを一生懸命に考えていることは、身近で見ていてよく分かっています。社会全体で取り組まなければいけない問題なのに、学校や親の教育のせいにすることで逃げていてはいつまでも解決しません。それを自分の立場からできることはないかと始めたのがNei-Kidの活動です。

学びの場.comどのようなことを活動のゴールにされているのですか?

神谷 渉三ミッションは「社会全体を、学校にする」ことです。これまで、日本の人口ピラミッドは、正三角形のような形をしていて子どもが多くて大人が少ない構成でした。1人の教員が、40人ぐらいの児童を教えることが、ある意味社会構造的にも正しく機能していたと思うんです。今、少子高齢化の時代を迎えて、人口ピラミッドが逆三角形になっていますよね。そうすると大人の方が子どもよりも人数が多い。たくさんの大人たちがいる社会の姿そのものを子どもたちに見せて、世の中全体を自分の目で見て学んで、その中から自分なりの価値観や生き方に気付く環境をつくりたいと思っています。

真田忍者の技を継ぐ伊与久先生から、忍者の武術を学ぶワークショップ

学びの場.comどのような活動をされているのですか?

神谷 渉三Nei-Kidでは、多様な大人と多感な子どもをつなぐためのワークショップを各地で開催しています。多様な社会そのものの姿に触れてもらうために、人選にはあえて制限を設けずに僕のようなビジネスパーソンからアーティストやスポーツ選手、お笑い芸人まで、世の中にいるいろんな種類の大人たちと子どもたちとの出会いの場をつくっています。学校や家庭、習い事といった子どもたちの限られたコミュニティでは知り合うことのない大人との接点を提供することで、自分たちの将来には無限の可能性と選択肢があることに気が付いてほしいと思っています。
人は9歳までに夢中になったことをしているときが最も幸福感を得られると言われています。子どもの頃の原体験はその後の人生に繋がっていきます。だから、9歳までに世界中の様々なものを見て、自分の中の価値観に気付いてもらう。親の責任として押し付けるのではなく、どんな家庭に生まれた子どもでもいろんなものを体験して、自分の価値観に気付くことができる環境をつくりたいと思い活動してきました。

学びの場.com参加した子どもたちや保護者の様子について聞かせてください。

神谷 渉三先日は真田忍者の末裔となる男性と共に高尾山を登り、忍者の心得や護身術、身のこなしを学び、滝行を体験しました。杖一本で山を歩き、白い装束に身を包んで、冷たい滝に打たれるという、全く未知の世界です。勢いよく降りかかる滝と厳かな雰囲気には大人でも怖気づいてしまうほどですが、子どもたちは無事にやり遂げることができました。恐れや寒さ、苦しさを乗り越え、達成感と自信を得たように思います。
毎回感じることですが、子どもたちといっしょに参加する保護者も、自分とは異なるコミュニティに属する人の生き方や価値観に刺激を受けているようです。自分が勤めていた会社が世界の全てではないこと、自分が選択した人生だけではないことに気付いて、子どもたちといっしょに世界の広さを体感してほしいと思っています。

NPO活動に携わった経験が組織運営のヒントに

写真左:SAP坪田さん、写真中央:現役プロサッカー選手 橋本さん、写真右:神谷さん 愛媛県上島町で開催された「U-12 PUENTE FESTIVAL」 小学生のサッカー大会&IT体験のイベントにて。

学びの場.comどのようなメンバーといっしょに活動していますか。

神谷 渉三様々なジャンルで活躍する社会人がボランティアとしてかかわり、ITやスポーツ、武道、食品などの領域ごとにサポートしてくれています。日本発祥の「置き薬」の仕組みをアフリカ奥地に導入するアフリメディコというNPO活動に携わったことがあり、そこでの体験が運営のモデルとして反映されているかもしれません。社会課題に中長期的な視点で向き合い活動していくにあたって、同じ問題意識を持つ専門家に知識や経験を提供してもらうことが持続可能性の高いマネジメントの方法だと思ったからです。

学びの場.com企業で働きながら、Nei-Kidの活動を続けることは容易ではないと思います。神谷さんのモチベーションに強く影響していることはありますか。

神谷 渉三僕は元々、未来志向なタイプです。未来の社会を考えたり、未来に向けて何かをしたりすることが好きなんです。今の会社(IT企業)にも、ITこそが未来をつくると思って入社しました。しかし、息子が生まれ、親となったときに、子どもたちこそが未来をつくると思うようになりました。未来のために何かをするときに一番インパクトがあるのが子ども。未来をつくる子どもたちのために何かをすることが自分のミッションだと思っています。目をキラキラと輝かせて新しいことを経験する子どもたちを見ていると、僕もわくわくします。Nei-Kidで体験した子どもたちが成長したときにどんな未来をつくり上げるのか、考えるとうれしくなります。

住む地域や親の層が違っても、子どもたちの反応は変わらない

学びの場.com2年間の活動を通して、学んだことや変化してきたことはありますか。

神谷 渉三「社会全体を、学校にする」という活動の必要性は、Nei-Kidを続けることでますます確信を得られました。多様な大人たちと子どもたちをきちんと交流させる、社会全体を見せる必要があるという考えが揺らいだことはありません。子どもたちのいきいきとした表情が、Nei-Kidを続ける支えとなっています。
改めて実感している課題としては、リーチできる子どもたちの層が限られていることです。ワークショップを企画しても、そもそも親の情報感度が高くないと情報に引っ掛かりません。また、親が価値を感じないと、子どもに体験させるために申し込みません。でも、親の価値観にかかわらず、Nei-Kidでの体験はすべての子どもたちにとってはよいものであると信じています。都内でワークショップを開いたときも、瀬戸内海の離島にある愛媛県上島町で開催したときも、子どもたちは皆一様に新しいことを体験して目を輝かせて帰っていきます。住む地域や親の層が違っても、子どもたちの反応は変わりません。すべての子どもたちに届ける意味と意義があると思っていますが、現時点ではそこにマーケティングとして届けられていない気がしています。

JAXAの職員の方に、宇宙のお話をしてもらい、子どもたちにオリジナルなロケット作りと飛ばすための試行錯誤を体験してもらうワークショップ

学びの場.com新しく挑戦している仕掛けなどがあればお伺いさせてください。

神谷 渉三従来の関係性とは逆に、子どもが大人に助言を与えてサポートするリバースメンタリングという新しい取り組みを始めています。大人が子どもたちに教えるのではなく、大人たちによる企業の活動に対して、子どもたちが大人に気づきを与える役割を担います。子どもが自分たちの生きる10年、20年先の未来のためにほしいものや、自分の価値観を伝える活動をしています。
最近では自動車部品メーカーさんといっしょに未来の移動を考えるというワークショップをしました。小中高校生が集まって、Z世代の子どもたちにとっての移動や、移動中にすること、未来にほしい移動を考えました。2030年の未来を考えるときに、大人だけが会議室に集まるのではなく、その頃に大人になっているであろう子どもたちが自分たちのほしいものに対して声を上げていく。チルドレンファーストで未来の社会をつくっていくために、子どもの声を未来にダイレクトに反映するということに意味があると思います。また、子どもたちが知識や感性を提供し、企業が費用を負担する仕組みにすることで、貧富の差といった家庭の環境に左右されずにサービスを受けることができます。人口ピラミッドが逆三角なのであれば人口の多い方から少ない方に対して経済的便益を与えることができるように取り組んでいます。

学びの場.comNei-KidなりのITの活用方法はありますか?

神谷 渉三ITの力を利用して、距離を越えてサービスを提供できるような方法を考えています。忍者の末裔が何百年と受け継いできたような技など、日本オリジナルのコンテンツを有料動画にして、中国に向けて発信することにチャレンジしています。Babilyという中国の子育てメディアを使ってオンライン展開することで、日本という縮小経済の中だけではできないようなビジネスモデルを成立させて、オンラインで子どもたちが交流することの原型を作っていけないかと考えています。お金の流れを下から上にではなく上から下に流し変えること、オンライン化して距離をゼロ化すること、この2点に挑戦していきたいです。

学びの場.comシンガポールでもワークショップを開催しているようですが、日本を飛び出して感じたことはありますか。

神谷 渉三シンガポールでの開催を企画して、やはり子どもは世界中どこでもいっしょだという印象を深めました。ひとつの文化にまだ染まりきってない子どもたち、会うとすぐに仲良くなるようなマインドセットを持っている子どもたちに、どのように広い世界を見せるのかというのは世界共通の課題です。瀬戸内海の離島でも、シンガポールでも子どもたちは同じです。世界の教育について理解を深めるためにも子どもたちがグローバルにつながって、ダイレクトに交流できるといいですよね。

日本全体を学校にするのではなく、世界全体を学校に

学びの場.comこれからのNei-Kidは何を目指して、どこへ行こうとしていますか。

神谷 渉三グローバルな視点は意識したいと思っています。もともと日本の環境は閉鎖的です。それを日本の中で解決しようとするから問題が起きやすいと思います。Nei-Kidに参加した子どもたちの保護者も、こんな社会があったんだ、こんなことがあったなんて知らなかったと素直に驚くんですよね。自分の国以外にも広い世界があることを知り、グローバルスケールでシェアして、共有する。日本全体を学校にするのではなくて、世界全体を学校にする活動ができると、これからますます面白くなると思っています。
そのためにも、中国で進めている有料コンテンツの計画が突破口になるといいですね。活動をグローバル化させていかないと、特定の層に向けたサービスからなかなか脱却できないのではないかと思います。

学びの場.com最後に、学校の教員をしている方や保護者に向けてのメッセージをお願いします。

神谷 渉三大人も子どもも、もっと自由に生きてもいいのではないでしょうか。教員も保護者も自分自身の人生をもっと楽しんで、社会の制約や常識から子どもを解放してあげてください。自然の中でのびのびと育つということが難しい時代になってしまいました。「世の中はそんなに甘くない」「自分の好きなようには生きられない」という思い込みが、子どもたちを歪める原因になっているかもしれません。子どもは感受性が高いので、大人たちの考えにすぐに影響を受けてしまいます。子どもたちに備わった創造性や生きる力を信じてください。きっと自分の力で人生を選択し、すばらしい人生を過ごすことができるはずです。一人ひとりが多様な人生を楽しむことで、世の中も良い方向へ変わっていくに違いないと思います。

記者の目

学校や家庭という閉鎖的になりがちな教育環境の中で、神谷氏のような第三者が社会との接点をつくる意義は大きい。人生や仕事を楽しむ多様な大人と出会うことで、子どもたちの視野と未来への可能性が広がるのではないだろうか。子どもたちのためにあらゆる機会を提供しながらも、そこから先の未来は子どもたちのものとして「好きに生きていいんだよ」と優しく語る姿が印象的だった。子育てに一所懸命になりがちな保護者や、周囲の期待を背負う子どもたちにとっても、広い世界を知ることは新しい価値観へとつながるだろう。

神谷 渉三(かみや しょうぞう)

父・母・兄は学校の先生という教師一家の三男。
「生きている間に一番世の中を変えるのはIT」と考え、IT企業(NTTDATA)に1996年入社。以来20年以上、放送通信融合、大手ポータル事業者システム刷新、全社統一ルール制定・施行、Digital Businessへのトランジション支援など、一貫して新規ビジネスや新規施策に従事。LINEとのアライアンスやAI関連事業も手がけた。
未来志向。未来を生きる子どもたちのために、小学生と多様な大人たちが交わるサービス(Nei-Kid)を立ち上げ、子どもが学び、子どもから学べる環境づくりにライフワークとして取り組み中。
経済産業省「始動 Next Innovator 2017」シリコンバレー選抜メンバー。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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