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教育インタビュー

2019.07.31
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恩田 夏絵 ヒトは違って当たり前、多様な価値観を受け入れるには?

ピースボートグローバルスクールとは、一度のクルーズで20前後の港を回る世界一周の船旅「ピースボート」を活用した、洋上のフリースクール。船で世界を回りながら、コミュニケーションのあり方、日本の常識にとらわれない生き方を学ぶプログラムが組まれている。2010年に開校され、現在までに150名以上が受講。プログラムの参加者は幅広く、学生時代は『皆勤賞』という人から、不登校、ひきこもり、ニートなど「一般的な社会」に馴染みにくい若者たちもいる。今回は発起人である恩田夏絵氏に、グローバルスクールを通して見える、多様性を認め合う生き方のヒントを伺った。

「白いごはんに何かける?」その答えも、ひとそれぞれ。

学びの場.comピースボートグローバルスクールの概要について教えていただけますか?

恩田 夏絵グローバルスクールを運営している国際NGOピースボートは1983年に設立された国際交流団体で、年に3回実施される「ピースボート地球一周の船旅」や10日間程度のアジアショートクルーズなど、船旅の企画コーディネートを行っています。乗船される方は2才から90代の方まで1クルーズにつき1000人ほどで、ゆっくり観光したい年配の方もいれば、旅をして価値観を広げたい人、世界を見に行きたい若い人たちもいるので目的は人それぞれ。グローバルスクールは、その船旅の中で開校している洋上フリースクールです。「わたしのことを、誰も知らない場所で、やりなおす。」をコンセプトに、多様性を認め、人は違うからこそ面白いということを実感していくためのプログラムが組まれています。

学びの場.comグローバルスクールは、どのような方が受講されるのですか?

恩田 夏絵過去不登校をしていた方、現役のひきこもりの方もいれば、学校は皆勤賞だったという方もいて、そのバックグラウンドは様々です。参加資格は特になく、これまでは対象年齢が15~34歳だったのですが、今年12月出航クルーズで開校する時は、上限をなくすことになりました。参加者の共通点として私が感じるのは、自分のこれまでの人生、これから先の生き方を見つめ直したいという気持ちを、表立っていなくても心のどこかで抱えている方が多いということですね。

学びの場.comそういった方に「わたしのことを、誰も知らない場所で、やりなおす。」というコンセプトが響くのはなぜでしょうか?

恩田 夏絵たとえば不登校やひきこもりという状態は、本人たちにとってなかなか誇れるものではありません。不登校であることは“社会”という枠の中ではマイノリティですし、似たような境遇の人もいなくて孤独を感じやすいです。私自身も不登校やひきこもりを経験したのですが、当時、どんどん孤立していきました。周りからは「甘えている」「根性がない」と言われて、それが他人にとっても自分にとってもレッテルになっていくんです。そういった境遇の中で、状況を変えようと何か今までと違うことをしてみようと思っても、周りの目が気になってなかなか一歩を踏み出せませんよね。ですが、船の上なら自分を知っている人はいませんから、自分自身がレッテルから解放され、経験を積むための行動をするハードルは低くなります。

学びの場.com確かに、毎回乗客は変わりますし、なかなか自分を知っている人に出会うことはなさそうですね。

恩田 夏絵はい、その環境があれば世の中からレッテルを貼られた自分からも、縮こまってしまった自分も忘れることができます。船上では毎日いろんなアクティビティが開催されているのですが、クルーズ最初の頃は、大人しい印象だった男子が、サルサダンスにハマって、最終的にペアの女性をしっかりリードして踊れるまでに上達する、なんてこともありました。

学びの場.com想像もできない変化だったでしょうね。

恩田 夏絵そうですね。日本社会には失敗が許されにくい風潮があるので、新しいことにチャレンジしづらい傾向があるのだと私は思います。ピースボートはたった3ヶ月ですが、誰も自分を知らない場所だからこそ、失敗も成功も含めて自分を見つめ直せるフラットな環境です。環境を変えるというのは、やり直すために外すことのできない要素なのだと思います。

学びの場.comピースボートに乗るだけでも環境は変わると思いますが、その中でもグローバルスクールはどのような存在なのですか?

恩田 夏絵グローバルスクールは受講生からすると“ホーム”という位置づけになります。本来の家からは離れているけど、ここにいれば安心して誰とでも話せますし、辛いことを「辛い」と言ってもばかにされることはありません。船の上でサルサに参加しても、新しいことを始めるにしても、このホームがあるからチャレンジも失敗もできるようになります。安心できる「場」づくりがグローバルスクールの役割ですね。

学びの場.com安心できる場があるから失敗も恐れずチャレンジできるのですね。具体的なカリキュラムはどのようなものなのでしょうか?

恩田 夏絵クルーズの初期の頃にはコミュニケーショントレーニングで改めて自分と向き合う時間をつくったり、旅の途中では英語やスペイン語をつかってワークショップを行い異文化・異言語体験をしたり、各界の専門家の方に人生についてお話してもらう機会を設けています。でも実は、クルーズ通してのカリキュラムは割と緩やかに行っています。グローバルスクールというプログラムが安心できる場であることが役割だということもあるのですが、カリキュラムに沿って「学ぶ」というより、旅の中でのさまざま出会いや体験から、自分なりの気づきを得られることが重要だと思っているので、個々の受講生に合わせてフォローできるようなカタチにしています。

学びの場.comどんなことを通して、自分と向き合ったり、多様さに気づいたりするのでしょうか?

恩田 夏絵とても簡単な例でいうと「白いごはんの上にかけて食べるなら、何がいい?」という質問をみんなで話し合ったりするんです。ある子は「生卵かな」「明太子だ」って言って、別の子が「いくら」っていうと、「えー!すごいリッチ!!」みたいな話も(笑)。そんな会話の中で誰かが「カレーライス」とか言うんですよ、「それいいの?料理じゃん」となったり。そういう小さいことでも、自分が短い時間の中で何を考え、別の人が何を思いついたのか、みんなそれぞれ違う考えを持っているということが、とても分かりやすいんです。深い意味なんて何もないですが、他の人が何を考えているのかを聞くことはとても大切で、これが膨らんでいくと「対人関係についてどう思う?」といじめや親子関係の議題とかに発展していくこともあります。過去のトラウマや、恥ずかしくて辛いと思っていたことも誰かがポロッと言ってくれたりして。誰かが代弁してくれると、「自分は一人じゃないんだ」って思ったり、逆にそう思ってもいいんだって、いろんな視点から見ることができます。そういった積み重ねが少しずつ、多様さと寛容さを広げてくれるものなのかなって思いながらやっていますね。

欲しかったのは、自分の力で頑張れる場所。

学びの場.com恩田さんがピースボートグローバルスクールを立ち上げる背景に、ご自身の不登校やひきこもりの経験が関係しているようですが、当時のことを伺えますか?

恩田 夏絵絵を描いたり、ものづくりが好きだったのでデザイナーになりたいという夢があったのですが、学校で教わっていることが、自分のやりたい仕事にどう結びつくのかがわからなくて、小学校2年生からあまり学校に行かなくなりました。こだわりが強すぎて、学校教育に納得がいかなかったんですね。親も私が学校に行かないことに対して「自分のやりたいことをやったらいい」と受け止めてくれたので、わたしは不登校を選択できました。 それでも親が学校に呼び出されたり、周りから「なんで夏絵ちゃんは学校に行かないの?」と聞かれている様子を見ているうちに、自分が社会的に認められていないことに気がついて、後ろめたい気持ちもありました。それで学校に行ったり行かなかったりを繰り返すのですが、みんなが当たり前にできることが、自分にはできなくて「自分はなんてだめな人間なんだ」と責めるようになりました。それが中学2年生のときで、結局義務教育は半分くらいしか通えませんでしたね。

学びの場.comそのときに、フリースクールといった別の選択肢はなかったのですか?

恩田 夏絵洋上フリースクールをやっておいてなんですが、当時のわたしにはフリースクールは学校に行けない子が行くイメージがあって、行きたくありませんでした。特別扱いをされたくない、普通になりたい、でも本当の自分はもっとすごいみたいなプライドと劣等感が複雑に入り混じっていて。保健室登校も勧められましたが、自分の選択肢にはなりませんでした。こうして本格的にひきこもっている中で「20歳までに何も見つからなかったら人生を諦めよう」と決めました。ただ運良くというか、定時制の高校に進んだことで、少しだけ元気になって通いきることができたのです。

学びの場.com定時制の高校に進学したことが?

恩田 夏絵それまでひきこもりながらも「まともな人間にならなくちゃ」という思いはあって、でも全日制の学校に通うことは恐怖だったので、定時制の学校を選びました。驚いたのは、定時制高校に行ってみると、そこにいる人はバックグラウンドも様々で、同級生には全日制から編入してきた1、2歳年上の人や、一番年齢の高い人では65歳という方もいて、1クラスが異年齢で成り立っていました。自分の中におぼろげにあるクラスのイメージとは全く違うものでした。学校にありがちな同一性が低く、同調圧力のようなものがそこにはなくて……。

学びの場.com定時制高校は今までのクラスよりも、居心地の良い場所だったんですね。

恩田 夏絵少しは元気になりましたが、それでも定時制に入るまでの15年間ずっと自分を否定し続けて生きてきたので、通いきれても、その先の自分の人生を生きられる自信を培うことはできませんでした。「20歳になったら人生を終わらせよう」という気持ちは変わらないままで、それでも日本ではない所に行ってみたいと思いきって、人生最後の旅だと乗り込んだのが、ピースボートの船旅だったんです。

学びの場.comピースボートの船旅はどのようなものでしたか?

恩田 夏絵自分の過去を知らない人たちと過ごした3ヶ月間は、とにかくとても居心地のいいものでした。不登校・ひきこもりを“レッテル”に感じていて、あまりにも自己肯定感が少なかった私にとって、肩書きが不要な環境の中で、誰かと一緒に笑ったり泣いたりできる経験はとても貴重で。 そこには学歴も職歴も、年齢も関係がなくて、「日本の常識が外国では非常識」だと実感したとき、いろいろな人生があるんだと思えて、自分自身のことも肯定できるようになりました。自分はこのままでいいんだって。

学びの場.comそこからグローバルスクールにつながるのですね。

恩田 夏絵そうですね。日本の社会には自分を肯定したり、他者を認めたりという場所が選択肢として少ないという思いも芽生えました。そこで、ピースボートに乗るのは少しハードルが高いかもしれませんが、グローバルスクールがあれば、居場所を探していた人にとっては頑張れるきっかけになるのかなと思ったのです。当時の自分を振り返ると、全日制の学校は程遠いけど、そこに行きたい気持ちはありました。輝きたい気持ちもある。でも自分は誰かに助けてもらいたいわけではなくて、自分で助かり方を探る場所がほしくて、それがピースボートでした。グローバルスクールがなくても。だから、ただフラットに人間同士が関わることができる「場」であり続けることが一番正解なのかなと思っています。

多様で寛容な社会をつくりたい。

学びの場.com恩田さんは今までのご自身のご経験や活動を振り返られていかがですか?

恩田 夏絵学校という場所では毎日いろいろな勉強をして、人間関係もあって、誰かの顔色を伺うこともあります。私にはその時間の流れはとても速くて、疲れてしまい、立ち止まってしまいました。自分のことをたくさん否定してしまいましたが、でも自分は何が好きなのか、何が嫌いなのかということを一つ一つ確認できたので、結果として自分の財産になっています。だから立ち止まることはとても大事なことだと思います。

学びの場.com立ち止まることで見えてきたものの中に、この先の目標なども見えましたか?

恩田 夏絵今やっていることの延長上にあると思いますが、わたしが目指しているのは、多様で寛容な社会の実現です。ピースボートやグローバルスクールと並行して、私は「ひきこもりUX会議」という一般社団法人も運営しています。そこではひきこもり、セクシャルマイノリティ、発達障害などに起因する “生きづらさ”をすべて「UniqueeXperience(ユニーク・エクスペリエンス)=固有の体験」と捉え、他者と共有するイベントなどを開催しています。生きづらさを通して、得たものや失ったものを周りと共有しながら、しなやかに生きていく方法や孤立しない社会を提案しようとしています。 生きていく上で、勉強も仕事も子育ても、どれも大事だと思いますが、あまり縛られ過ぎてしまうと身動きが取れなくなって生きづらいです。息詰まるときは誰にでもあるものです。そんなときに、「立ち止まってもいいんじゃない?」と受け入れられる社会をつくりたいと考えています。そういった寛容さには、多様さを受け入れることが大切な要素だと考えています。新しい価値観が生まれ、認めあえる機会や場を提供することが私の役割だと思っています。

学びの場.com最後に、恩田さんは学校という場が、今後どのようになってほしいと思いますか?

恩田 夏絵もう少し学校が受け入れられる人の幅が広がればいいなと思います。例えば私の場合はずっと「学校の速度が速い」と感じていました。授業のこと、コミュニケ―ションのことなど学校生活で入ってくる情報量が多くて、理解が追いつきませんでした。こんな風に感じている子でも、余裕をもって日々を過ごせるような理解や仕組みがあればいいと思うんです。 同時に、ひとつの場所ですべてを解決・網羅することはとても難しいことだとも感じています。学校内ですべてを解決しようとするのではなく、地域や社会そのもので受け皿になっていくことが必要です。また先生を目指す人や現職の方が、複数の選択肢を持っていることが大切なことだと思います。様々な価値観を理解し、多様さを確保しながら、いくつかの選択肢を提示できる、そんな寛容な「場」であってほしいなと願っています。

学びの場.com今後のグローバルスクール活動に期待しています!

恩田 夏絵ありがとうございます!2019年12月出航の57日間でオセアニアを一周する第103回クルーズにて、グローバルスクールの開校が決まりました。いつもは約100日間の船旅で実施しているので、57日間の船旅で開校するのは初の試みです。日数的にも費用的にも、参加しやすいクルーズになっています。オセアニアの地域をめぐりながら、現地や船で出会ういろいろなヒトたちが笑い、泣き、語らい、働き、暮らしていることを全身で感じ取ってもらうための機会になります。現在受講生募集中です。 また、ピースボートでは定時制や通信制高校を中心に授業支援を行っている認定NPO法人D×P(ディーピー)が運営する『ワールドチャレンジ募金』にて、様々な事情で生きづらさを感じている高校生を対象に、参加費無料でショートクルーズに挑戦できるプログラムを実施しています。所定の条件を満たし、20歳以上の大人の推薦文があれば、19歳以下の高校生は誰でもエントリーができます。 教育機関に携わる方々や周囲の大人には、生きづらさを感じている本人に直接手を差し伸べることができなくても、こういった新しい選択肢を提示することで、可能性を引き出す手助けができると思います。ぜひ今後のグローバルスクールの取り組みをはじめ、一人ひとりが生きやすい世の中を模索する手段がたくさん存在することを知っていただけたら幸いです。

記者の目

人は誰かに支えられながら生きているものの、自分自身の力で頑張りたい。こういった気持ちは年齢を重ねても変わらない人間の心理なのかもしれない。そしてときに、頑張りすぎて立ち止まることを忘れるときがある。周りも頑張っている人を応援しすぎて、歯止めがきかなくなるときもあるのではないだろうか。恩田氏のインタビューを通して、頑張っているからこそ立ち止まること、場所を変えてみることを提案することも立派な応援であり、選択の一つなのだとわかると、心が少し軽くなった気がした。

恩田 夏絵(おんだ なつえ)

1986年神奈川県生まれ。小学2年生から不登校をはじめる。ひきこもり、リストカットなどを経て定時制高校を卒業するも、“生きること”への希望を見いだせず、2005年に人生最期の旅のつもりでピースボート地球一周の船旅に参加。様々なヒトと出会うことで“生きること”の多様さを実感し、死ぬのをやめて現在の仕事に就職。2010年、ヒトの多様性を学ぶ洋上フリースクール『ピースボート・グローバルスクール』を開校。2014年からは当事者目線で“多様な生き方”を提案していくことをコンセプトに活動するグループ「ひきこもりUX会議」を主宰。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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