2026.02.02
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「自分たち事」化して不祥事のリスクを減らす(後編) ついルールを破ってしまう条件を逆算して考える

前編では、姶良市立帖佐中学校で行われた「児童生徒との不適切な関係のリスクを考えよう」を教材とした研修の様子をリポートした。後編では、今回の研修にあたり、講師の鹿児島大学大学院・髙瀬和也先生に教材開発の経緯や工夫した点、帖佐中学校の田島正晴校長に今回の研修のねらいなどについてお話を伺った。

講師インタビュー

日常の些細な行動が「不適切な関係」への入口

鹿児島大学大学院教育学研究科 髙瀬和也助教

―「リスクへの自覚を促す教育研修教材」シリーズ開発の経緯や工夫した点について教えてください。

髙瀬和也助教(敬称略 以下、髙瀬) このプロジェクトは、2024年の10月頃から鹿児島県教育委員会と議論を重ね、12月に第1弾と第2弾をリリースしました。背景には、これまでの教員研修に対する強い問題意識がありました。従来の不祥事研修は「事件が起きたから気をつけましょう」という事例提示や注意喚起に留まりがちで、それではどうしても「他人事」となり、危機感が薄れてしまいます。教員の不祥事は一般社会に比べれば発生確率は低いものの、ひとたび起きればメディアで大きく報じられる深刻な問題です。だからこそ、現場の先生方が「自分事」としてリスクを捉えられるような、全く新しいアプローチの教員研修が必要だと考えました。

―研修の教材は難しいものをイメージしていましたが、とてもシンプルで親しみやすく、楽しんで研修を受けられる印象です。

髙瀬 教材を作成するうえで最も重視したのはインタフェース、つまり「分かりやすさと親しみやすさ」です。現場の先生方は、日頃から子どもたちに分かりやすく伝えるための教材開発に尽力されています。そんな先生方への提供物だからこそ、直感的に理解でき、分かりやすくて伝えやすい、自分事として考えられるデザインや構成を重視しました。

髙瀬助教

―第0~3弾それぞれ、特徴や注力したことを教えてください。

第0弾:ライフキャリア

髙瀬 まずは「教員」である前に、一人の「人間」として普段どんな余暇を過ごし、何に幸せを感じているかを見つめ直します。自分の大切な生活を損なわないためにリスクを避ける、という「自分事として考える」きっかけをつくるための内容です。

第1弾:飲酒運転

髙瀬 単にペナルティを強調するのではなく、「どういう状況なら意図せず飲酒運転をしてしまうか」を逆算して考えてもらいます。忘年会・新年会のシーズンや保護者対応が長引いて飲み会に遅れそうなど、日常に潜むリスクの入口に気づくことを狙っています。

第2弾:ハラスメント

髙瀬 ハラスメントの要因の一つは「価値観のズレ」です。自分はいじっているつもりでも、他人の目には強く当たっているように映る。今回のようなグループ議論を通じた研修で「自分は大丈夫だと思っていても、他人は違うように感じる」というギャップを体感してもらうことが大きなポイントだと思います。

第3弾:児童生徒との不適切な関係

髙瀬 第3弾では、突発的というより、ある種恋愛関係のようなものを想定しています。例えばwork1のSNSでの連絡先交換など、日常の些細な行動が「不適切な関係」への入口になります。どういう条件が揃うとついルールを破ってしまうのか。そこをあえて逆算して考えることで、リスクを自分事として考える契機になると考えています。

―今回のこの教材を全国へ無償提供とした理由は何ですか。

髙瀬 この教材は、鹿児島県教育委員会、静岡大学塩田研究室と協力して開発しましたが、特定の地域に限定せず全国に無料公開しています。それは、多くの現場で使ってもらうだけでなく、「このキーワードは現場に即していない」「ここを直してほしい」といったフィードバックを全国からいただきたいからです。実際に私の研究室には多くの問い合わせや利用報告が届いており、それらの意見を次の教材開発に活かすという良いサイクルが回っています。

髙瀬助教

―先生の個人情報漏洩防止など情報モラル・セキュリティ研修の講師としての活動を教えてください。

髙瀬 大きく分けて今日のような学校の先生方を対象とした研修と、子どもたちを対象とした「情報モラル教室」の講師があります。情報モラルやセキュリティは、基本的には子ども向けの教育ですが、それを学校でどう教えていくべきかという、先生方向けの指導研修も行なっています。今回取り組んでいる「不祥事防止」の研修とは少し枠組みが異なりますが、私にとっては、どちらも同じくらい大切な「両輪」だと思っています。

情報モラル・セキュリティ教育は、今の学習指導要領でも「情報活用能力」の育成として非常に重視されていますし、学校現場の先生方と議論しながら進めていく楽しさがあります。一方で、不祥事リスクに関する活動は、私の研究の出発点である「ヒューマンエラー」に根ざしたものです。「初心忘るべからず」ではありませんが、この原点を大事にしながら、先生方が安心して働ける環境づくりに貢献したいという思いがあります。

―対象が「子ども」と「大人(先生)」では、伝え方の切り替えが大変ではありませんか。

髙瀬 もともと私は教育学部の出身で、実際に1年半ほど学校現場で働いた経験もあります。現場の先生方に比べれば微々たる経験ですが、その時の感覚も思い出しながら、子どもたちへの授業も、先生方への研修も、それぞれの立場に寄り添ってお話ししていきたいなと感じています。

―今後、開発を検討している研修教材のテーマについて教えてください。

髙瀬 第4弾・第5弾として、「盗撮」や体罰を含む「不適切な指導」の教材開発に着手したいと考えています。特に「盗撮」などは、これまでの「うっかり(エラー)」とは異なり、明確な「故意(悪意)」による部分が大きいです。これまでのアプローチが通用しない、非常に大きな敵に立ち向かっている感覚です。

でも一つの突破口として考えているのが、やはりライフキャリアです。私生活の充実度が低いことが不適切な行動の一因になるという研究もあります。余暇の過ごし方を建設的に捉え直し、別の楽しみを見つけていく。そんな新しいアプローチを通じて、不祥事のリスクを少しでも減らす挑戦を続けていきたいと考えています。

校長インタビュー

声を掛け合い、職員同士でブレーキ役に

髙瀬助教姶良市立帖佐中学校 田島正晴校長

―今日の研修のねらいについて教えてください。

田島正晴校長(敬称略 以下、田島) 本校では、鹿児島県教育委員会と姶良市教育委員会からの通知を踏まえて、年間計画の中で継続的に服務に関する研修に取り組んでいますが、今回は特に、県教委から提供された研修教材の開発者である髙瀬先生に直接ご指導いただける機会ということで、非常に楽しみにしていました。教職員の不祥事は新聞等でも大きく報道されます。我々教職員としては、そうしたニュースを見るたびに非常に心が痛みます。だからこそ、繰り返し指導していく必要があります。今年度の本校のテーマは「他人事から自分事へ、そして自分たち事へ」です。人の事例を「自分たちにも起こり得ることだ」と捉え、繰り返し職員同士で声を掛け合い、共有し意識を広げていく。今日の研修を通して、「自分たち事」としての意識を深められればと思います。

―今日の研修教材の感想を教えてください。

田島 非常に構成がしっかりしていると感じました。work1からwork4までが、最後の方で全てつながってくる。work4の背景が、work1からの流れと合致していることが先生の解説でよく分かり、練り上げられた教材だなと感心しました。本校では研修資料をファイリングして積み上げていくようにしており、担当者が別の学校へ異動しても「あの時の研修だな」と思い出せますし、同じ教材を使ってもメンバーが変わればまた違う意見が出てくる。こうした「土台」となる教材を使えたことは、我々にとって良い勉強になりました。

―こうした服務研修は、年に何回ほど実施されているのですか。

田島 年間計画で組んでいるものは10回程度あります。 特に、県教委と市教委の通知に基づき、4月・5月の「個別服務指導強化期間」、8月・12月の「不祥事防止強化月間」の他、夏や冬の長期休暇の前など節目ごとにも実施しています。また、学校独自で飲酒運転や交通事故のリスクについても、新聞記事などのタイムリーな事例を使いながら繰り返し指導しています。不祥事の報道があったときなどは、都度、短時間でもみんなで考える機会をつくることが重要だと思っています。

―今日の研修で工夫された点はありますか。

田島 近くの人同士で語り合う形はよく取りますが、今日は「学年部」を軸に分け、その中で男女、年齢層がバラバラになるように座席を配置しました。同世代だけで話をすると「そうだよね」で終わってしまいがちですが、若い先生の感覚、ベテランの感覚を交えながら話をすることで、多角的な視点が得られると考えました。本校は生徒数が800人を超える大規模校ですので、学年ごとに職員室も分かれており、全員が集まる機会は限られます。こうした長期休暇前のタイミングは、全員で研修を受けられる貴重な時間です。

田島校長

―研修中の先生方の反応は、いかがでしたか。

田島 世代や性別を超えて、それぞれの経験や意見を自由に発言し合っていて、お互いに気づきがある良い時間になったと思います。work1のチェックリストでも、世代によって数にかなり違いがあったようです。私の周りは少し年齢が上の世代でしたが、それでも答えが分かれたので、若い先生たちがどう感じたのかも非常に気になりますね。このワークシートのテーマは非常に「身近な問題」として捉えやすかったのだと思います。 同僚性を養う意味でも、良い研修でしたし、「自分たち事」になったのではと感じています。

―教員を取り巻く「環境の変化」については、校長先生はどう感じていらっしゃいますか。

田島 教職員一人ひとりの責任感や自覚は昔から変わらないと思いますが、取り巻く環境、特にSNSが与える影響はこの10年、20年で劇的に変わりました。生徒同士のトラブルも、昔は目の前での言い合いでしたが、今はSNSやLINEなど、本人のいない、見えない場所で起き、それが第三者を通じて伝わるなど非常に複雑化しています。

スマホを与えているのは保護者ですので、保護者にも責任を持っていただく必要があります。PTAで「スマホの使い方教室」を開催するなど、子どもだけでなく保護者への啓発活動もセットで行なっていく必要があると感じています。SNSなど最新の情報サービスを理解し大人がアップデートしていかないと、子どもに一気に追い抜かれてしまうと感じています。

―今後、髙瀬先生に「こういう教材を作ってほしい」という要望はありますか。

田島 今日のような不祥事防止の教材は継続してお願いしたいです。「盗撮」や「デジタル機器・SNSの悪用」などのリスク管理の教材は、今の時代非常にニーズが高いと思います。昔はあまり聞かなかったような事案も増えていますので、時代と共に変わっていくリスクに対し、先回りして学べるような教材があればありがたいですね。

―最後に、今日の研修全体の感想をお願いします。

田島 外部の専門家の先生に来ていただいたことで、職員も非常に刺激を受けたと思います。 第一線で研究・実践されている先生の開発意図を直接聞きながら研修を受けられたことは、我々にとって非常に有意義でした。「他人事」から「自分たち事」へ、今日の研修で学んだことをアップデートし続け、職員同士でブレーキ役になり合いながら、不祥事ゼロを目指していきたいです。

記者の目

配布されたワークシートはA4用紙1枚。シンプルかつ見やすく、イラストも取り入れたデザインで「研修」の堅苦しさを感じさせない。4つのworkはまず個別に考察した後、グループ議論をして考えを深めていくことの繰り返しだった。田島校長先生のインタビューにもあったように、年代の異なる教員同士が同じテーマで議論することで、同僚についてより深く知る時間にもなったようで、議論を重ねるごとに意見を活発に出し合っている様子が印象的だった。また、リスクに関しても従来の事例紹介に基づく研修と比べるとより「自分事」として捉えやすいのではと感じた。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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