2024.01.08
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国際比較調査(PISA)から見る、日本の教育の現状と課題とは(前編) 数学を楽しく学び、社会で活用するには

2023年12月6日、東京大学本郷キャンパス安田講堂にてOECD-PISA2022のアジアローンチシンポジウムが開催された。本シンポジウムは東京大学公共政策大学院ウェルビーイング研究ユニット(代表 鈴木寛・東京大学教授)が主催し、共催としてOECD教育スキル局、一般財団法人三菱みらい育成財団が運営に携わった。当日は安田講堂で約300名が、オンラインでは約1200名が視聴し、活発な議論が展開された。その概要をリポートする。前編では「第1部 OECD最新報告」「第2部 パネルディスカッション」のトピック1の模様を紹介する。

プログラム

オープニング
第1部 OECD最新報告
 「PISA2022の結果の概要:国際比較から見えるアジア各国の現状と課題」
第2部 パネルディスカッション
 トピック1 次世代を担う生徒の学び
 トピック2 生徒のウエルビーイング~エージェンシーをいかに支援するか?
クロージング

■開会挨拶

  • 鈴木寛氏(東京大学公共政策大学院教授(WB研究ユニット長),OECD教育2030 Bureau Member,元文部科学副大臣)

  • OECD事務次長 武内良樹氏

  • 一般財団法人三菱みらい育成財団常務理事 妹背正雄氏

  • 文部科学審議官 藤江陽子氏

開会にあたり、主催者の東京大学公共政策大学院ウェルビーイング研究ユニット代表の鈴木寛教授は、関係機関や運営に携わった学生への謝辞とともに、「OECDに参加する欧州各国が苦戦する中、アジアの教員たちはよく頑張ったと思う」と今回の調査結果についての所感を述べた上で、「PISAはよく出来たテストであると同時に、スコアだけではなく、生徒のエクイティ(公正さ)やウェルビーイング(幸福)についても考えられている。今後、関係者の知恵を集めて、21世紀の教育のあり方を考えると同時に、PISAの真髄を深く理解し、アジアの教育の発展の糧にしてもらいたい」旨の開会宣言が述べられた。

次に、共催者としてOECD教育スキル局を代表して、武内良樹事務次長より挨拶があった。「新型コロナウイルス禍の間、さまざまなことがあったが4年ぶりの調査結果の公表となった。PISAは、世界、アジアの子どもたちが未来の社会をいかに築いていけるのか、多様な社会的背景を持つ生徒たちに公平に機会が与えられているか、教育制度がコストパフォーマンスのよいものとなっているのかなどを理解する手掛かりとなっている」と調査の意義を説明。特にデジタル機器の活用において、日本などの成果から学べるところは多く、世界は教育の成功例、特にアジアに注目をしていると述べた。

また、三菱みらい育成財団の妹背正雄常務理事は、財団が高等学校等に助成する「心のエンジンを駆動させるプログラム」について紹介した後、高校生自身の「学びのプロセス」を見ていると、例えば銀行における営業などの日々の仕事とつながっていると感じることがあるというエピソードを披露した。

文部科学審議官の藤江陽子氏は、コロナを乗り切り、不利な状況下でも学びが続いた「レジリエントな国」として日本が評価されたことについて言及。第4期教育振興基本計画では、ウェルビーイングの尊重を基本方針に上げていることに触れて、コロナ前に戻るのではなく、自然体験、ICT端末の活用や個別最適な学びと協働的な学びの充実といった、新しい教育への進化を図りたいと述べた。

第1部 OECD最新報告

「PISA2022の結果の概要:国際比較から見えるアジア各国の現状と課題」

コロナ禍でも成績を維持

第1部では、OECD教育スキル局就学前·学校教育課長の小原ベルファリゆり氏が、PISA2022の調査結果のハイライトについて網羅的に説明した。PISA2022は、81カ国・地域の69万人の15歳の若者が参加して行われた大規模な調査で、アジアでは今回、モンゴルが加わり、14カ国・地域が参加した。その分析においては、各国の教育制度の有効性や公正さ、生徒のウェルビーイングに注目すべきと説明した。

調査結果については、長期間の休校という前例のない形があり、PISA2018に比べて、OECD加盟国の平均は、数学的リテラシーで10ポイントスコアが下がり、読解力では15ポイント下がった。ただし、世界的には下降傾向が見られたにもかかわらず、アジア圏のシンガポール、マカオ、台北、香港、日本、韓国の6カ国・地域は相対的に高い学習到達度を示し、特にシンガポールは3分野ともトップの成績だったことを評価した。

数学的リテラシーの結果の詳細分析紹介

PISA2022の中心分野である数学的リテラシ―においては、台湾、日本、韓国も成績を上げて、香港もトップグループに入った。成績上位者(複雑な状況に数学的モデルを適合させ有効に使うことができているとされる、レベル5、6以上の生徒)の割合は、シンガポールでは10人中4人という結果だった(日本は2人)。また、ASEANではベトナムがフランスやドイツと同じレベルグループの達成となっていると紹介した。

日本の課題としては、日本の生徒はスイスの生徒よりもずいぶん学習時間を費やしているにもかかわらず、成績はほぼ同じで、学習に費やした時間の質が問われていると指摘。また、日本や台北、マカオ、香港の生徒は、達成度が高い生徒ほど、不安感*も強い傾向があった。不安感については、韓国やシンガポールではそれほど高くはないということも示された。ICTデバイスを学習に全く使わない生徒よりも、使っている生徒の方が平均得点が高く、ICTの効果的な活用が数学の達成度向上に有効であることも示唆された。

*数学に対する不安(生徒質問調査 問46)

次のようなことは、あなたにどのくらいあてはまりますか。それぞれについて、あてはまるものを一つ選んでください。
(まったくその通りだ/その通りだ/その通りでない/まったくその通りでない)

  • 数学の授業についていけないのではないかとよく心配になる
  • 数学の宿題をやるとなると、とても気が重くなる
  • 数学の問題をやっているといらいらする
  • 数学の問題を解くとき、手も足も出ないと感じる
  • 数学でひどい成績をとるのではないかと心配になる
  • 数学で失敗することに不安を感じる

生徒質問調査(PISA2022)より

第2部 パネルディスカッション

トピック1 次世代を担う生徒の学び

今回の結果は予想通りでしたか?

  • モデレータ 植阪友理 東京大学教育学部准教授

  • パネリスト 小谷元子教授(東北大学理事・副学長、数学者)

  • Dr. Michele Bruniges(オーストラリア、PISA理事会議長、元豪州教育大臣)

  • 井手和成氏(三菱重工業株式会社、デジタルイノベーション本部 CIS部 部長)

  • 床勝信 元岡山県中学校校長(数学)

第2部のパネルディスカッションでは、モデレータの植阪氏が、登壇者一同も聴衆の皆さんと同じ前日の公表のタイミングでデータを受け取り、その内容に驚いたと述べ、登壇者に、まず調査結果について、どういった印象を持ったかを尋ねた。

登壇者のDr. Michele Bruniges(オーストラリア、PISA理事会議長、元豪州教育大臣)は、新型コロナウイルスで大変だった中、教師や学校ががんばった成果が出ているとし、ICTの利活用においては、対面とオンラインのバランス、生徒にとって何が一番よいのかについて、特に日本の教育制度が素晴らしかった。他の国の参考になるとも指摘した。

小谷元子氏(東北大学理事・副学長(研究担当) 東北大学大学院理学研究科数学専攻教授)は、注目すべき3点があったとして、シンガポールは、人が全ての資源と言っていいほど小さい国であるが、教育に力を入れて高い結果を出したこと、第2に数学のできる生徒が持つ不安感について、世界では、安心しながら成果を出せるハイ・パフォーマーがいたこと、第3に東アジアでは数学の成績は良いのに、数学を学ぶ喜びやモチベーションは高くないことが気になると述べた。

井手和成氏(三菱重工業株式会社、デジタルイノベーション本部 CIS部 部長)は、日本は良い結果を出しており、前向きになれる明るいニュースとして見たと話し、実際の問題が単なる計算問題ではなく、データの見方、問題から何を解くべきかを尋ねており、これは社会に出てからも活用できる力につながっていると思ったと話した。

床勝信氏(元岡山県中学校校長(数学))は、日本の生徒の自信のなさが気になったとした上で、このことはPISAが始まった頃からずっと言われているが、生徒の数学への関心の低さについて学校現場の教員もどうしたらよいか悩んできたと吐露した。一方で、新型コロナウイルスにより、学校の一斉臨時休校を校長として経験し、それはとても大変だったので、今回のPISA2022で学力が下がっていないことが評価され嬉しかったとも話した。

数学を学ぶことについて

  • 米国の数学専門職

  • 業務と数学の関わり

  • 床氏の生徒たちの解答例

  • ジェンダーによる違い

モデレータの植阪氏は、その次の話題として「数学を日常で使うことの価値を考えたい」とし、登壇者に発言を促した。

小谷氏は、数学で訓練される能力は、定式化されていない社会的・科学的な課題をロジカルに提示し、解ける問題として扱えるようにする力が身に付くものとした。日本で数学を学んでいる大学院生は修士課程を修了すると、抽象的な思考能力が高く、世の中が変化しても柔軟に対応できる人材として就職活動時の評価も高いが、一方で博士課程まで行くと人気がなくなり、数学者は「仙人」みたいに思われており、欧米諸国とは状況が異なっていると指摘した。米国では数学者という職業はベスト10に入る人気があり、将来性と給与の良さが評価されて、AIやデジタルシフトでさらに人気が加速している。例えばカリフォルニア大学サンディエゴ校では数理科学を専攻する学生数が年々増えているということを話した。

井手氏も、自身の仕事で制御、数理モデリング、機械学習、数理最適化、画像処理AIに関する研究開発をしていることを紹介し、例えば、水中を走るドローンの振る舞いを数式で表現する際に非線形微分方程式のアルゴリズムで表現し、走行が安定か不安定か調べるなど試行錯誤を繰り返していると説明。実際に測ることができないものについてはAIを使って推定しているが、最終的には、人間の感覚が大切で、どういう関数を埋め込むか、最適化するかは人間が行っていると話した。

床氏は、学校での教職経験を踏まえて、そもそも数学の楽しさが忘れられていて、できるようになる練習ばかりやっている。そうなると、形式的なやり方だけを教えて、覚えなさいと言われることが多くなるため、子どもたちは面白くなくなる。やり方さえ覚えられればよいという感じになりがちで、それではいけないと苦言を呈した。床氏の授業では生徒たちに公式の意味を説明させる時間を設け、テストにも出題したことがあるという。

そのほか、国際比較での生徒の不安感やジェンダーによるスコアの問題、評価がどうあるべきかということについても話し合われた。成績の良い国ではいずれも男児の方が成績が良いが、フィリピンやブルネイ、マレーシアなどでは女児の方が成績が良い。女児の方が学習意欲が高い分、努力の成果がすぐに出にくい数学には消極的になるのかもしれないなどの意見が出た。

後編では、「第2部 パネルディスカッション」のトピック2:生徒のウエルビーイング~エージェンシーをいかに支援するか?の模様を紹介する。

参考資料

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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