2021.09.06
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GIGAスクールで実現する創造的な学び 2021年度 情報教育対応教員研修全国セミナーリポート

教育の情報化を推進する日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)では、毎年、教育関係者を対象とした「情報教育対応教員研修全国セミナー」を開催している。今回はその一つ、2021年7月31日にオンライン形式で行われたセミナー「GIGAスクールで実現する創造的な学び」の模様をリポートする。GIGAスクール構想の下で整備された1人1台端末環境をいかに活用して創造的な学びを実現し、これからの時代に求められる資質・能力を育成していくか。有識者の基調講演や実践事例発表から、過渡期にさしかかったICT教育について考える。

【登壇者】

開会挨拶:山西 潤一 氏(日本教育情報化振興会 会長)

基調講演:平井 聡一郎 氏(文部科学省ICT活用教育アドバイザー、情報通信総合研究所 特別研究員)

実践事例発表:松本 博幸 氏(千葉県印西市立原山小学校 校長)

開会挨拶

1人1台端末環境による「創造的な学び」の実現に向けて

山西 潤一 氏

日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)の会長を務める山西潤一氏の挨拶でセミナーは幕を開けた。

「GIGAスクール構想によって実現した1人1台端末環境は、子ども達一人ひとりの資質・能力を育成する個別最適な学びの実現を目指す、令和の学校教育のスタンダードともいえるものです」と山西氏。アップルの共同創業者の1人である故スティーブ・ジョブスがコンピュータを「Bicycle for the Mind(知の自転車)」と表現したことを紹介し、「自転車が人間の能力を拡張してくれるように、コンピュータは知性にとっての自転車として、自分の能力を伸ばす道具として活用できるものです。今こそ、子ども達一人ひとりが自転車に乗るようにコンピュータを活用してほしいと思います」と呼びかけた。

また、山西氏は近未来における教育のあり方を提案するOECD Education 2030において、「混沌とした時代の中で自ら学びを作り出し、社会を変革していける子どもを育てることが目標の一つになっている」と指摘。子ども達に求められる資質・能力として「新たな価値を創造する力、対立やジレンマを克服する力、責任ある行動を取る力」が示されており、その育成には創造的な学びの実現が大切であるとして、本セミナーに期待を寄せた。

基調講演

GIGAスクールで実現する創造的な学び -なぜ今アウトプットが求められるのか-

平井 聡一郎 氏

「GIGAスクール構想のGIGAは“Global and Innovation Gateway for All”の略で、世界につながる革新的な扉=1人1台端末を子ども達に等しく整備するというものです。目指すのは、デジタル技術で学校を変え、学びを変えていく教育DXです」

講演の冒頭、文部科学省ICT活用教育アドバイザー、情報通信総合研究所特別研究員の平井聡一郎氏はこう述べ、来たるべき学びの変化について説明した。

今、学校教育に変化が求められているのは、新たなテクノロジーの台頭で社会が変化し、求められる力もまた変化しているためだ。今後、マニュアル的な業務やルーティンで行う作業は、AIやロボットに置き換えられていくと考えられる。そして人間のする仕事には、相手の意図をくみ取り自分の考えを伝えるコミュニケーション能力、ゼロからものを作り出すクリエイティビティ、それらを実現する知識や技能などのスペシャリティが求められる。これからの学校教育は社会と学びとのつながりを意識し、対応していかなければならないのだ。

とはいえ、このような力を育むのは従来のインプットを中心とした知識伝達型の授業では難しい。そこで、子ども達がインプットした情報について考え、それを再構成・再構築してアウトプットする「新しい学び」が必要になると平井氏は指摘する。

「この新しい学びは新学習指導要領が求める“主体的・対話的で深い学び”であり、その実現には、目的をもって何かを作り上げるPBL(Project Based Learning)というアクティブ・ラーニングの手法がカギとなります。STEAM教育というScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の壁を超えた教科横断的な学びや、SDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)の視点を取り入れ、社会と結びついた学びを行っていく必要があるでしょう。それによって生まれる、話す、書く、創る、プレイするといった多様なアウトプットには、黒板とチョーク、ノートと鉛筆だけでは対応しきれません。そこで1人1台の端末環境が必要とされているのです」

続いて、平井氏はPBLで先行する海外の事例を紹介した。例えば、先進的な教育で知られるアメリカのカリフォルニア州サンディエゴにあるハイテック・ハイという公立校では、自分たちでTシャツをデザインしてプリントし、それを学校で販売することで、同校の教育活動にかかわる資金を生み出す課題解決型のプロジェクトを行っている。このほかに、STEAM教育を取り入れた事例も多数見られた。

また、他の学校の事例では、子ども達が作ったオブジェを地域の店舗などに貸し出す、社会と結びついたプロジェクトもあった。オブジェはハンドメイドで、それぞれの子どもが自分の作品について語るPR動画をQRコードを使って公開するという、アナログとデジタルを組み合わせたアウトプットが行われている点も興味深い。

「デジタルの時代だからといって、アナログでの活動が不要になるわけではありません。これからの学びは両者のハイブリッドで行われるべきでしょう。また、日本でも海外のようにアウトプットのある学びを支える充実した環境整備が必要になっていくと考えられますが、既存の環境を活用してできることはたくさんあります。教科横断的な学びも総合的な学習の時間などを通じてやりやすくなってきていますから、それぞれの学校にふさわしいPBLを考えていくとよいでしょう」

1人1台端末環境を活用して新しい学びを生み出していくにあたり、ポイントとなるのは「まず、使う、とにかく使う、いつでも使う、どこでも使う、自由に使う」ことだと平井氏は言う。「まず、使う、とにかく使う」ことで教師のデジタルリテラシーは高まり、子ども達が特別活動や委員会活動など授業以外の多様な場面で「いつでも使う」ことにより、学校全体のデジタル化も進んでいく。さらに、端末を家に持ち帰って「どこでも使う」ことができれば、学校の学びと家庭の学びを組み合わせた立体的な授業デザインも可能だ。そして「自由に使う」ことで行動の善悪を自分で判断できるデジタル・シティズンシップが育まれ、クリエイティブな学びの実現にもつながっていく。

「今は過渡期。失敗を恐れずチャレンジして、子ども達の未来のために新しい学びを生み出していきましょう」平井氏はこう呼びかけ、講演を締めくくった。

実践事例発表

教科横断的な視点での創造的な学びの事例

千葉県の印西市立原山小学校は、コロナ禍に見舞われた2020年3月からグーグルの遠隔学習支援プログラムを導入し、高学年を対象に1人1台のChromebookの貸し出しを受け、オンライン授業を進めてきた。同年10月には全学年1人1台端末環境が整い、グーグルやアドビのデジタル教育ツールを導入。重点的な取り組みとして掲げる情報教育、情操教育、シティズンシップ教育をベースに、ICT環境を学校生活だけでなく家庭生活でも活用している。この学校生活における学びの実践事例を、同校の校長を務める松本博幸氏が発表した。

実践にあっては、「主体性や創造性を育む授業の実現を目指し、特に情報教育と大きく関わる創造的な活動を大切にしています」と松本氏。創造的な活動を支える情報活用能力をしっかりと育成するために、指導体系表を作成し、各学年がどの単元でどの時期に情報活用能力を育成すればよいのかを明確化しているという。この指導体系表は、文部科学省が示す「情報活用能力の体系表例」の項目に詳細な内容を記載したもので、同校のホームページからダウンロードが可能となっている。ぜひご参照いただきたい。

また、情報活用能力は一連の問題解決過程を通じて育成することが望ましい。そこで、同校では問題発見から解決までの情報収集、情報処理(整理・分析)、まとめ・表現といった学習過程の中で、テクノロジーの活用、思考スキル、学習形態を考慮しながら授業や単元のデザインを行っているという。

松本 博幸 氏

低学年の事例を見ると、国語科では読み取ったことを書きとめ、それを時系列に並べたり、色をつけて比較・分類したりする活動にタブレット端末を使用。それをもとに自分の考えを書き込み、最後にグループで伝えあうというアウトプットを行っていた。また、生活科ではアサガオやミニトマトの観察にタブレット端末を活用し、従来の紙ベースでの観察日記に写真や動画を入れたり、音声を吹き込んだりして、より質の高い観察、情報の分析を可能にしている。さらに図工科では、画用紙に描いた絵の画像をタブレット端末に取り込んでデジタルで表現を加えたり、粘土で作った被写体を少しずつ動かして撮影するコマ撮り動画を作ったり、それらの作品をデジタル形式のポートフォリオとして残したりと、アウトプットの形も実に多彩だ。

中学年では低学年と同じように実践を重ねつつ、より活用の幅を広げる形で指導が行われている。例えば、国語科では文章構成を重視し、アナログとデジタルを組み合わせて記述量の増加を図っているそうだ。高学年になるとアウトプット量はさらに増え、授業以外の委員会活動や係活動などでも目的に応じてツールを使い分けられるようにしているという。

平井氏が社会と結びついた学びの必要性を説いていたように、同校でも実際の社会や生活で直面するような文脈において一連の情報活用ができるような単元、授業のデザインを大切にしている。とはいえ、教科の授業で毎日のように行うのは難しい。そこで、まずは特別活動で取り組むことを松本氏は提案した。

「本校では高学年の子ども達が輪番制で行っている広報活動の一環として、学校公式のブログを構築し、不特定多数の人々に向けて情報発信をしています。楽しみながら高度な情報活用能力の育成が図れるので、ぜひ皆さんの学校でも挑戦してみてはいかがでしょうか」

特別活動以外では、総合的な学習の時間も活用できる。同校ではSDGsの達成に向けて、各学年でテーマを設けて活動を続けている。例えば、5年生ではエシカル消費(倫理的消費・消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮したり、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うこと)を市民に広めるプロジェクトを、総合的な活動の時間をベースに、国語科、社会科、家庭科とも連携しながら進めているという。特筆すべきは、エシカル消費について周知を図って終わりにするのではなく、振り返りで出た課題の改善にまで取り組んでいることだ。この場合は周知活動が十分ではなかったとして、地域の大型スーパーに販売コーナーを設置させてもらい、並べる商品やチラシ、ウェブサイトなどの販促ツールを考えながら、エシカル消費を広める活動を行っている。

最後に松本氏は「こうした一連の問題解決過程を2〜3周行うと、子ども達の力がグンと伸びていくことを実感できます」と述べ、これから創造的な学びの実現に取り組む参加者たちの背中を押した。

座談会

「創造的な学び」の実現に向けた課題やアイデア

左上:アドビ小池氏、右上:平井氏、下:松本氏

最後に、平井氏と松本氏による座談会の内容を抜粋してお届けする。

平井氏は、「教師はこれまでの学びのイメージに縛られてしまいがちで、それが創造的な学びを実現する上でネックになることも懸念される」と指摘。松本氏が校長として教師をどうリードしたのかを問うと、松本氏は「新学習指導要領の理念や情報活用能力の育成についてのビジョンを先生方と共有し、同じ方向を向くことを大切にした」という自身の対応を紹介した。

また、「デジタルクリエイティブの風土を作っていくにあたり、子どもたちの学びの評価をどう考えていけばよいか」という参加者からの質問に、平井氏は「デジタルツールを使うと誰が作ってもきれいな作品に仕上がる。先生方には作品の見た目だけでなく、教科のねらいに即した内容が押さえられているかを見極める力が求められるのではないか」と回答。松本氏は「成果物の質的な評価については、保護者に説明できるように明確化すべき。印西市立原山小学校では教科の評価基準と情報教育の評価基準の両方で見極めようとしている」と述べた。

これからの教室環境のあり方にも話題は及び、松本氏は「コンピュータ教室に様々なツールを整備し、実験や作品作り、調べ物など多目的に使える部屋にする」ことを提案。平井氏からは、「教卓などを他に移して黒板前にスペースを作り、子ども達が発表するステージにする」という、すぐにできるアイデアも飛び出していた。

記者の目

いよいよ整備された1人1台端末や通信環境を活用して新しい学びを生み出していく、ポストGIGAの段階に突入した。
本セミナーで平井氏の紹介した海外の実践事例は実に刺激的で、日本の学校でも参考にできるアイデアやヒントが満載だった。また、松本氏の発表した実践事例は、それを日本の環境にうまく置き換えたものとも言え、こちらはそのまま実践することも可能だろう。
学校現場からは「どのように授業をデザインし、1人1台端末を活用していけばよいのか」との戸惑いの声も聞かれるが、本セミナーは、そんな疑問や課題を解決する一助になると感じた。

関連情報

コンテスト情報
Adobe Spark(アドビ スパーク)を使用してSDGs到達に向けた解決アイデアに関する動画を含むWebページを制作し、応募します。
対象:小・中・高等学校
応募締切:2021年9月30日(木)

取材・構成・文・画像:学びの場.com編集部

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