2023.03.06
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1人1台時代に求められる情報活用能力と学びのあり方とは(前編) 情報活用能力の歴史と未来を語る会リポート

学習指導要領に学習の基盤となる資質・能力として示されている情報活用能力。情報社会が進展し、GIGAスクール構想によって1人1台端末環境が実現した今、その重要性は高まる一方だ。用語として初めて用いられた1986年当時から先進性を保ってきた情報活用能力の定義も、いよいよ普及の段階に入り、将来を見据えた見直しが必要と考えられる。2023年2月5日に配信された本セミナーでは、ICT教育政策を牽引する有識者の方々を招き、情報活用能力の歴史を振り返ると共に、未来への展望が議論され、500名以上が視聴した。前編では、情報活用能力の生みの親、育ての親とも言える3氏の講演をリポートする。

プログラム
  1. 開会挨拶: 大久保昇氏(内田洋行教育総合研究所・顧問)
  2. 講演: 清水康敬氏(東京工業大学名誉教授)
        永野和男氏(聖心女子大学名誉教授、法人本部参与)※オンライン登壇
        堀田龍也氏(東北大学大学院、東京学芸大学大学院・教授)
  3. 講演者によるパネルディスカッション
        コーディネーター:高橋純氏(東京学芸大学・教授)
  4. 閉会挨拶:山西潤一氏(日本教育情報化振興会・会長)

開会挨拶

内田洋行代表取締役社長・教育総合研究所顧問 大久保昇氏

開会にあたり、本セミナーを主催する内田洋行教育総合研究所顧問の大久保昇氏は、共催の日本教育工学協会(JAET)、後援の日本教育工学会(JSET)、日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)、パナソニック教育財団からの支援と、文部科学省の協力に感謝の意を表した。

続いて大久保氏は、本日の登壇者の1人である東京工業大学名誉教授の清水康敬氏と共に1999年に北米を訪れ、その先進的な情報教育に刺激を受けたことを振り返った。そして、ようやく日本でもGIGAスクール構想によって全国の小中学生に情報端末が行き渡り、情報教育のベースが整ったことへの感慨を述べた。

しかし、その一方で「この資源を十分に活かしきれていないと感じている教育関係者も少なくないのではないか」と指摘。情報活用能力の生みの親、育ての親とも言える清水氏、聖心女子大学名誉教授、法人本部参与の永野和男氏、東北大学大学院、東京学芸大学大学院教授の堀田龍也氏、企画者である東京学芸大学教授の高橋純氏と共に考えを深めることで、本会が日本の将来に一石を投じる場となることを期待した。

講演1: 情報活用能力の定義付けの経緯と見直しの必要性

資質・能力の三つの柱とクロスして

東京工業大学名誉教授 清水康敬氏

清水康敬氏は、まず情報活用能力の定義づけの経緯について振り返った。

情報活用能力という言葉は、1986年の臨時教育審議会第2次答申で初めて用いられ、育成の必要性が示された。その後、1990年に当時の文部省が発行した「情報教育に関する手引き」において、情報活用能力は情報教育の内容として4つの観点に整理された。そして、清水氏が座長を務めた情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議(以下、協⼒者会議)が1997年に発表した「第一次報告」では、これをベースに今後の情報教育の目標として次の3つの観点が定義された。

  1. 情報活用の実践力
    課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて、必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力
  2. 情報の科学的な理解
    情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と、情報を適切に扱ったり、自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解
  3. 情報社会に参画する態度
    社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し、情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え、望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度

2010年に文部科学省が作成した「教育の情報化に関する手引き」では、この3観点の定義がさらに8要素に分類・整理して示された。これが今でいう情報教育の目標(情報活用能力)の3観点8要素である。

この定義は未来を見据えた内容であるとの評価から、改訂されることなく現在に至っている。しかし、清水氏はこれまでに幾度か定義の見直しの必要性を感じたタイミングがあるという。その1つは、2000年代初めにロンドンでの国際会議や米国教育省に招かれ、コンピュータ・リテラシーや21世紀型スキルに触れたこと。もう1つは、2017〜2018年度の学習指導要領改訂時のことだ。

この現行の学習指導要領の総則において、情報活用能力が学習の基盤となる資質・能力に位置づけられたことに清水氏は大いに感激したが、情報教育の3観点と、育成すべき資質・能力として明示された「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱との関係が明らかにされていないことに疑問を抱いた。そこで両者の関係を表にまとめてみると、3観点8要素は3つの柱すべてに対応しているわけではないことがわかった。

「現在の3観点8要素にこだわらず、資質・能力の3つの柱に対応する情報活用能力を、それぞれ適切な観点と要素を考え、整理していく必要があると思います。また、3観点は情報教育の目標として定義されましたが、改めて情報教育の内容として何が必要かを検討すれば、学習指導要領における各教科との関係もわかりやすくなるのではないでしょうか」と清水氏は述べ、今後の見直しに期待を寄せた。

講演2: 情報活⽤能⼒の歴史と未来を語る会

人間や社会の問題に関する視点を

聖心女子大学名誉教授、法人本部参与 永野和男氏

永野和男氏は、中心メンバーとして参加した協⼒者会議で1997年に定義された情報教育の目標の3観点(前出)について、次のように評価した。

「それまで学習指導要領に学力として明示されなかった『実践力』を新しい学力として提示したこと。情報活用の基礎となる知識・理解に限定して、情報科学ではなく『情報の科学的な理解』と呼んだこと。社会に参画する態度の中で『情報モラル』にも触れていること。この実践、知識・理解、態度の3つを包括し、情報活用能力として定義したことには大きな意味がありますし、未来を見通していることがわかります」

その後、10年の間にSNSを通じて⻘少年が事件に巻き込まれるケースが多発。2011年からの学習指導要領では、情報教育のねらいはそのままに、安全教育としての情報モラルが強調されるようになった。その間に、永野氏は小中高一貫の情報モラルの目標をまとめた文部科学省の「情報モラル指導モデルカリキュラム」の策定に参加し、情報教育の目標には人間や社会の問題に関する視点が欠けていたことに気づいた。

「そこで、情報活用能力の育成のモデルを作り直してみました。情報活用能力を支える基礎能力として求められるのは、『社会人としてグローバルな視点で社会の問題解決に取り組む』ことと『個人として安全で創造的な生活をする』こと。その中に4つの柱として『ICTを活用した問題解決能力』『情報に対する態度』『情報処理のスキル』『情報の扱いに対する知識』を立てました。これを私が開発に参加した2011年の『(情報モラルも統合した)情報活⽤能⼒育成モデルカリキュラム』にまとめています」

今日に至っても、情報活用能力の定義やその必要性に大きな変化はありません。しかし、時代の変化によって重視されるべき視点は変わってくるとして、永野氏は就学前の子どもが日常的にICT機器を使っていることを前提としたカリキュラム作成の必要性を指摘。メカニズムが見えないAI技術のおおよその理解や、現実とバーチャルの世界の区別や情報の信ぴょう性の判断が難しくなっていることにも対応が求められるとした。

また、情報活用能力は「具体的な問題解決の場⾯でICTや情報を活⽤するプロセスを繰り返していくことでしか身につかない」とし、「小学校段階から学習指導要領の各教科の教育内容に書かれている具体的な演習に問題解決的な場面を位置づけていくことや、カリキュラム・マネジメントで対応することが重要です」と訴えた。

講演3: 情報活用能力の今日的な役割と課題

学習内容を各教科に位置づけ、求められるレベルの上昇に対応を

東北大学大学院、東京学芸大学大学院・教授 堀田龍也氏

堀田龍也氏は、情報活用能力が学習指導要領の総則に学習の基盤となる資質・能力として示されたことには大きな意味があるとしながらも、「その育成は各学校の裁量に任されており、学校間格差につながっています」と指摘した。

情報活用能力の実態を把握するため、文部科学省は学習指導要領改訂の前後に情報活用能力調査を実施している。2013年・2015年に行われた1回目調査の結果は惨憺たるもので、特にキーボードからの文字入力は厳しい状況だった。2022年の2回目調査では改善が見られたが、小学生では1分間に10文字未満しか入力できない者が3割にものぼることがわかった。

「キーボード入力のスキルを身につけることは2011年全面実施の学習指導要領から総則に明記され、2回目の調査までに情報端末が行き渡っているにもかかわらず、こうした実態がある。全国学力・学習状況調査が2025年からCBT化されるにあたり、大きなボトルネックになりかねません」と堀田氏は警鐘を鳴らす。

また、1回目の調査で作問を担った先生方にも、情報活用能力の習得度を測る問題を作るのにたいへん苦労するという課題がみられた。その要因は「情報活用能力を育成するための教育内容が体系化されていない」ことにあると堀田氏は分析する。

こうした状況をふまえると、情報活用能力の定義は先進性を保っているとはいえ、次の学習指導要領改訂に向けて検討が必要と考えられる。そこで堀田氏は、情報活用能力の定義を学習の基盤となる資質・能力として整理し、色分けして提示した。各教科の学習の基盤となる資質・能力として有効に機能する「学び方のスキルとして習得されるべきもの」を黄色、やや専門性の高い情報学的な学習内容で「情報的な見方・考え方のベースになるもの」を水色で示している。

「黄色で示した情報活用能力は、日々の学習活動の中で文脈付きで身につけることが理想ですが、その前に学習目標と学習内容の関係として整理し、カリキュラム化する必要があるかもしれません。その場合、スキルの差や個性がある中で、学年に紐付けることが可能かどうかについても議論する必要があります」と堀田氏。また冒頭でも触れたように、学習指導要領の総則に記された内容だけで各学校が情報活用能力を育成できるかには疑問符がつくとして、各教科に明確に位置づけたり、特別に時間を設けたりする必要性についても言及した。

水色で示した情報活用能力については、情報社会の高度化によってリテラシーのレベルが上がっていることをふまえ、「情報セキュリティ、統計的な見方、プログラミング、AIの仕組みの理解や活用などに関する学習内容を体系化し、各教科に位置づける」ことを提案した。

後編では、情報活用能力の普及をテーマとしたパネルディスカッションの模様をリポートする。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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