2002.03.19
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「算数を教える」のではなく「算数で教える」 世田谷区立八幡小学校 滝井章先生

子どもたちの柔軟な考え方を生かし、また、他の子の考えと比較・検討することで交流を生むなど、さまざまな効果があるというオープンエンド・アプローチとは?

オープンエンドという言葉をご存じだろうか。簡単に言えば、「一つの問題に正解がいくつもある」ということ。こうしたオープンエンドの問題を使った授業は、子どもたちの柔軟な考え方を生かし、また、他の子の考えと比較・検討することで、児童間の交流を生むなど、さまざまな効果があるという。

「答が一つではない」ということは、他にどんなものがあるのだろう、という子どもたちの探究心を高めることにもつながり、間違いを恐れず積極的に授業に参加させるきっかけにもなっている。

今回、学びの場見聞録では、オープンエンドの問題を取り入れた算数の授業を行っている世田谷区立八幡小学校の滝井章先生を訪ねお話を伺った。


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■どんどん授業に引き込まれる児童たち

黒板に書かれた一つの図形。

先生「この図形の面積を一本の線で2等分できる?」

児童たち「できる!」

先生「何もわからないでできる?」

児童たち「?」

ある児童「長さがわからないとできない」

先生「どこの長さ?何箇所わかったらできる?」

児童たち「…」(考え込む)

先生「じゃ、みんな伏せて」
(児童たち、顔を伏せて、ほかの人が見えない)
  
「1箇所と思う人手を挙げて。2箇所の人。3箇所の人…」

テンポのいい問いかけを繰り返すうち、最初の数分で児童たちがどんどん授業に引き込まれていく様子が伝わってくる。

さて、彼らは、この図形の全体の面積を求めて、その2分の1の60cm2になるような線を引けばいいのだと気づく。
そして、2つの解、1本の垂直線と1本の水平線を見つける。


先生「さあ、他にもないかな?」

児童たち「…」

ある児童「ある!」

先生「何本?」

児童たち「2本!」 「5本!」 「いっぱい!」

先生「どうやら一つではないようだね、じゃあ、紙をあげるから、1枚の紙に、1本、書けたら出しにきて。他の答をみつけたらまた次の紙を取って書いてください」

紙が行き渡ると児童たちは、それぞれに考え始める。しかし、なかなか手強いようす。それぞれにブツブツつぶやきながら試行錯誤する中、どこからか声があがる。

ある児童「斜めにしてもいいの?」

先生「え? 今○○くんがいいこと言ったよ」

ここで、児童たちは、面積が60cm2になる台形を作ればいいことに気づく。
おなじみの、(上底+下底)×高さ÷2=台形の面積という公式を当てはめれば簡単。

高さが10センチの場合、上底+下底=12になる組み合わせを考えればいい。

「できた!」
次々と紙を提出に来る児童たち。



先生が書画カメラで見せながら、児童たちが提出した図を重ねていく。上底が4センチ、下底が8センチになるように線を引いた図、上底が3センチ、下底が9センチになるように線を引いた図…、すべての図を重ねると、2等分するために引いた線が、ある1点でまじわることに気づく。「おおー」と児童たちの歓声。

どこかからまた声があがる。

「分数や小数を使ってもいいの?」

上底+下底=12であればいいのだから、分数や小数を使えば、解は無限に存在する。この児童がそこに気づくのは時間の問題だ。

45分の授業はあっという間に終了。子どもたちは興奮さめやらない状態で、さっきまでの授業をそれぞれに反芻し、理解したことを頭の中で整理しているようす。

記者の「算数好き?」との質問に「好き!」と元気よく答える子どもたち。

「滝井先生の授業は、どうしてそうなるかわかるから面白い!」


 

■算数から教わる算数以外のこと

「この授業のいいところは、できる子も、できない子も、全員が参加できて、それぞれに満足感が得られることなんです」
と滝井先生。

「ワークテストの点数は芳しくない子が、意外にぽろっといい意見を言ったりするんです。そういう時はすかさず誉めてあげる。そうするとその子の自信になるし、他の生徒も、『○○君はいいことを言うな』とその子を尊重するようになる」

児童たちは、算数の勉強だけでなく、他人の意見をちゃんと聞いたり、他人を尊重することも、授業の中から学んでいるのだ。

「授業には、"算数を教える"授業と"算数で教える"授業があると思うのです。前者は、教科書にあることを教えること、後者は、算数を学ぶことを通して、ものには色々は側面があること、他人の意見を知ろうとすることや、自分にないものを友だちから得ようとすること、人の気持ちを思いやることをも学ぶ。そういう授業こそ、生きる力を育てるのではないでしょうか」


 

 

■児童の大半が塾に通っている現状で、
 何を教えるか


八幡小学校では、算数については、T.Tを採用しており、滝井先生は、4、5、6年生の算数をすべて担当している。

「背景には、クラスの約7割の児童が塾に通っている、という現状があります。児童たちは、学校の先生より塾の先生の方が面白い、わかり易く教えてくれる、と思っている。こういった児童たちに、塾より面白い、学校では塾では教わらないことを教えてくれる、と思ってもらえなければ、学校の存在する意味がない。そこで、質の高い授業をするために、T.Tを採用することになったのです」

「塾に通っている児童は、授業をはじめる前から、すでに知識を獲得しています。たとえば、10個のパンを4人でわけると一人がもらえるパンの数は? という問題を出すと、塾に行っている子は、すぐに10÷4=2あまり2と解いてしまう。が、塾に行っていない子は、Aくんに1個、B くんに1個…とやって、最後の2個は2つに割ってわけちゃう。そういう自然な発想が、塾の子にはできなくなっている。学校の授業というのは、子どもが本来持っている自然な発想を引き出す場にしなければと思っています。

また、塾通いの児童は、スラスラと答えられる問題でも、『じゃ、どうしてそうなるの?』と聞くと、『だって、そう教わったから』と言うだけで答られない。そういう時こそ、学校の先生の出番です。『なぜ』というところを、教えてあげる。『なんだ、そういうことだったのか!』と、子どもたちが目を輝かせる瞬間ほど嬉しいものはないですよ」

 

■ヒントは45分の授業の中にちりばめている

管理職を敢えて志向せず、生涯一教師であり続けたいと滝井先生。
「現場を離れてはダメだと思っていますから。興味や関心を引き出す授業をしていると、子どもがどんどん変わっていく。それを見るのが面白い。だから現場で教え続けたいのです」

公開日以外の日でも、滝井先生の授業を見学に訪れる先生は後をたたない。

「私の教え方をそっくり真似して欲しいとは思いません。授業とは、それを行う教師の教育観、人生、能力、表現方法などすべてが集約したものですから、人それぞれ違ってあたりまえ。他人のものをそのまままねてもうまくいくはずがないのです。

ただ、ヒントになるようなことは45分の中にいくつもちりばめている。それをおみやげに持って帰って欲しいですね」

 

 

 

■関連資料

滝井先生ほか5名の先生方の共著のご紹介
『オープンエンドの問題を使った「楽しい算数」授業プラン』(日本標準)


 

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