「逆上がり」に込められた地域教育の極意とは!? 埼玉県志木市
様々な「構造改革特区」提案を行い、教育関連では、全国初、1クラス「25人程度学級」の実現、不登校児童の家庭学習も登校と認める「ホームスタディ制度」の実施、放課後を利用した「中三チューター制度」の実施など、次々と話題を読んでいる埼玉県志木市。6月に同市が「教育委員会の廃止」を求める第三次「構造改革特区」提案書を提出したことは記憶に新しい。
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さて、これらの教育改革を中心となって進めている志木市教育委員会理事の金山康博氏から講演会の案内メールをいただいた。タイトルは、「たかが逆上がり、されど逆上がり」。え、なぜに逆上がり? といぶかしむ私の心を見透かしてか、「たかが逆上がりと侮ってはいけません。逆上がりを通して現代の学校教育、子育て、町おこしなど多くの教育課題や教育の本質に迫ります。」と続く案内文。
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◆一度できたら一生もの 文部省が全国の学校で子どもたちに指導する内容を示す「学習指導要領」。その改正で、“逆上がり”が24年前に姿を消したことをご存知だろうか。そういえば、放課後のグラウンドで、一人逆上がりの練習をする子ども、というのを最近とんと見かけなくなった。かつては、苦労のすえ誰でもが逆上がりができていた。しかし、志木市の調べでは、今の子の3人に1人は逆上がりができないのである。 「ゴールドエイジという言葉をご存知でしょうか。ある年齢の時に教え込まれたことは大人になっても忘れない。逆に、その時期をはずすと、大人になってから修得するのは困難、そういう時期のことを言います。たとえば、子どもの時に泳げるようになった人はその後何十年ぶりに水に入ったとしてもちゃんと泳げる。こういうゴールドエイジの間に子どもにどうしてもつけさせておきたい能力というのがある」 金山氏はそれを「一度できたら一生もの」の能力と呼ぶ。読み書きも、読書習慣も、逆上がりもそう。 「この時期を逃がさず、一生ものの技能をきっちり教え込むのは教師の責務。それこそが生きる力をつけるということなんです」 |
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◆たった一本のさらし布が奇跡を起こす! 金山氏は「一度できたら一生もの応援団事業」を立ち上げ、今年6月、第2回の「逆上がりができるぞ教室」を開催。逆上がりのできない子どもたち480人が集まったが、1時間半の後には4人に1人の子が逆上がりをマスターするという快挙。 この日の様子をTV取材されたものをVTRで見たのだが、指導に使われたのは1本のさらし布のみ。さらし布の一方を鉄棒に結び付け、子どもを鉄棒とさらし布ですはさむようにし、さらし布もう一方は鉄棒に1回転まきつける。さらし布は最初ゆるめに巻いておき、子どもが地面を蹴ると同時に横に立っている指導者が、きゅっとさらし布を引っ張る。そうすることで、体が鉄棒に引きつけられ、振り上げられた足の重みで体がくるりと回る。2、3回繰り返すとコツがつかめ、そのうちに次々と逆上がりをクリアする子が出てきた。 TVカメラが、1ヶ月前にはできなくて「クラスの3分の2の子ができるんだから、自分も絶対できるようになりたい」と宣言していた、一人の男の子を捉える。何度目かの挑戦。さあ、できるか。会場でいっしょにVTRを見ている参加者も息を詰めて画面に見入っている。エイッ。くるりと男の子の体が回転。「やった!」と会場内に歓声があがる。感動の瞬間。TV画面には「できたー」と弾けるように校庭を駆けまわる子どもの姿。 「今の、あの子の喜びの顔を見ましたか? 世の中に色々な仕事がありますが、これほど人を喜ばせることのできる仕事が他にあるでしょうか。教師だけです。これは教師だからこそ得られる喜びなんです」 この事業には、子どもたちに逆上がりを教えるというだけでなく、現場の教師たちに、教師という仕事の素晴らしさ、大切さに気づいて欲しいという思いも込められているのだ、と金山氏は言う。 もちろん、逆上がりができた、という、子どもたちの充実感、達成感も計り知れない。この体験が、その後の子どもたちにどれほどの自信を与えることか。 「できた、というこの自信が体育以外の教科全般にわたって好影響を及ぼすのです。これは一生の財産になります」 ◆行政主導から市民主導に 金山氏は、水泳でも「小学校卒業までに全員25m泳げるようにさせる」と宣言し、全校に水泳のインストラクターを派遣。市内全6年生の90%の子に目標を達成させることができたという。 こうした教育委員会の動きは、市民による自主グループや地域のNPOに引き継がれ、一過性のイベントとしてではなく地域の特色として定着されつつある。 「行政主導の時代はもう終り」と金山氏。これからは、市民たちが、教育改革を仕切っていくことだろう。 「子どもをよくしたい、という思いに教師も保護者も変わりはない」と、毎年夏休みに行う教職員研修を一般市民にも公開した。多い講座では100名を超える参加者が集まったという。 「どの子もこの町の子、自分の町の子は自分たちで育てる」が志木市の合言葉。次にどんな球を投げてくれるのか。これからもしばらく目が離せない。 (取材・執筆/高篠栄子) |
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