2004.04.06
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デザインの授業を通じた地域連携 吉祥女子高等学校

体育館に響きわたる園児達の声。見守るのは吉祥女子高等学校2年の生徒たち。今日、3月15日は生徒たちが半年がかりで作った遊具のお披露目の日。10年以上続くという、吉祥女子高等学校(東京都武蔵野市)の「遊具制作」の授業を取材した。


吉祥女子中学・高等学校。校舎は今年建て替えたばかり。

 体育館に、ダンボールで作られた大きな7つの遊具が並ぶ。
「みんな、自分の好きなもので自由に遊んでくださーい」。高校生のお姉さんの声に、子どもたちは歓声を上げて駆け寄っていく。コーヒーカップの形をした乗り物に乗る子、ハンモックに寝転がる子、筒の中にもぐりこみ、ゴロゴロ転がる子…。
 これは、吉祥女子高等学校芸術コースで10年以上続く「遊具制作」の授業の一コマ。

●ダンボールで子ども達のための遊具を作る!

 2年生の生徒たちに与えられた課題は、
「身体を使って楽しく遊べる子どものための『遊具』を制作しなさい」。

 授業は、次のような過程からなる。

 まず「子どもの調査」。近くの樫の実幼稚園に出かけ、子どもたちの身長、手足の長さなどを計る。次に「遊びマップ」づくり。子どものよく遊ぶ場所、好きな場所を聞いたり自分の子どもの頃を思い出しながら地図を作る。遊具の対象となる子どもたちのニーズを洗い出し、それを遊具のアイデアに生かすことが狙い。そして「アイデアスケッチ」「10分の1のモデルづくり」と、制作のプロセスに入っていく。実際に制作することのできる実寸大モデルは7つ。30人の生徒たちは、自分たちの考えた遊具を紹介するプレゼンテーションボードを制作し、コンペティションを行う。そして選ばれた7点を、グループに分かれて制作するのである。

 材料は1800mm×1200mmのダンボール14枚とガムテープ、木工用ボンド、ロープのみ。これだけの材料で、子ども達が思いきり遊んでも壊れない強度のある遊具を作らなければならない。

10分の1のモデル。実寸大で制作するときには、これから更に無駄を省いたり、強度を考慮するなど多少リデザインされる。
プレゼンテーションボード。これ自体が一つの作品といえそうな完成度! パソコンではなく手描きなのも新鮮。

 

 
 

 

 

 


優勝は「タマネギ」。子ども達が中に入ると、ぐるぐる回す。


途中で壊れてくる遊具も。ガムテープで応急処置。

●さあ、思いっきり遊ぶぞ!

 さて、実演・審査会の当日。生徒たちは、この日のために、調査の段階から半年かけて制作に取り組んできた。園児入場前のぎりぎりまで制作しているチームもある。
 9時半、樫の実幼稚園の5歳児たち50人が到着。最後のグループもようやく完成したようす。お互いに挨拶をした後、子ども達は、7つの遊具でこれから2時間、目一杯遊ぶ。
 「その間、壊れないだけの強度を備えた遊具のはず」
と生徒たちは自信の表情。さて、子どもたちはどんな様子?

 分かりやすい形のせいか、最初は鳥かご状のぐるぐる回る遊具(タマネギ)や、コーヒーカップ型の遊具に人気が集中。 モデル段階からオモシロそう、と注目していた「レモン」という遊具は見なれない形のためか、子ども達は遠巻きに見ている。が、一人の子が乗ったのをきっかけに次々に子ども達があつまった。円錐系の遊具をゴロゴロ転がすと天地が逆になり、ちょっとした絶叫マシーンのよう。見学に来ていた保護者達から「私も乗りたい!」という声も。もう一つ絶叫マシーン系のものでは「CHIKUWA」も人気。半円系の筒の上に乗せられた円筒の中に寝そべり、外側の半円筒を揺らす。と、内側の筒がゴロゴロ転がり、かなりのスリル。ただし、一度に一人ずつしか乗れないのが難点。これが審査にどう影響するか…。

 さて、1時間が経過。少しずつ亀裂が入ったり、破損したりするものが出てくるが、どれも結構頑丈。ただ一つ、「レモン」は破損が激しく、遊べない状態に。人気だったのに残念。
 しかし、子ども達は疲れを知らない。遊具を回したり揺らしたりする高校生たちのほうがバテ気味のようす…。

 そして制限時間の2時間が経過。いよいよ子ども達による審査タイムだ。一番気に入ったもの2つに投票の代わりにシールを貼る。「こっちに来て~」「よろしくね~」と高校生たち。園児たちにシールを貼ってもらうと「ありがと~!」と笑顔がこぼれる。
 最も多くのシールを集めたのは「タマネギ」で29票。次は、ハンモックとシーソーが合体した「ぺろもっく」で23票。しかし、大切なのはシールの数ではなく、これらのプロセスを通じて子どもたちと触れ合うこと。園児たちを見送り、「やっと終った~」「子ども達が楽しんでくれてよかったね」「ダンボールでこんなに強いものができるなんて感動!」生徒達もみな満足そう。

「プリン」。中央につかまってぐるぐる回る。 「ぺろもっく」。ハンモックとシーソーが合体。強度は一番強かった。

「ゆりちゃんのティーパーティ」。カップ型の遊具。回しつづけるお姉さんは大変そう。

「レモン」。ユニークな形でスリル満点!でも仕切りの板が壊れてリタイア。 「ガランガラン」。足で漕いで進む遊具。

「CHIKUWA」。モデル段階では大小の円筒だったが、外側は半円筒に変更。これにより材料が少なくてすみ、内側の円筒の動きも大きくなった。

 
向かって左が前田先生、右が徳山先生。童心に帰って遊びに夢中です。


●これからは地域商店会との連携も

 この授業は、美術科の前田幸治先生、徳山高志先生が指導にあたっている。授業の主旨を、徳山先生にうかがった。
 「この授業の狙いは、決められた材料を使って壊れないものを作る、ということだけではありません。ファインアートは、個人の作業で完結できますが、デザインは、使う人の意見を聞き、やりとりするなかでモノを作らなければなりません。今回は子どもがターゲットでしたが、子どもたちは何を楽しむのか、実際に聞いたり考えながらひとつの遊具に結実していく、その過程すべてが学習なのです。」

 この授業はこれから進路選択に直面する2年生が行うからこそ意味があるという。
 「将来、デザインに関わる職種を目指す生徒も少なくありません。実際の社会では、いろいろな人との関わりの中から"プロダクト"を考えなければなりません。この授業では、各自がアイデアを出して、プレゼンテーションし、コンペティションを経て制作をします。制作に先立ち、ターゲットとなる子どもたちの要望を聞いたり、子どものサイズを実測したり、第3者との関わりの中でニーズに合ったものを作らなければなりません。
 学校の授業はとかく擬似的なものになりがちですが、この授業では実社会と同様のプロセスを経て制作します。実際に外部の人とのかかわりの中で物作りをしていく経験は、将来の仕事をイメージすることにもつながるでしょう。この授業をきっかけに、自分の進路を固めていった生徒も少なくないのです。」
 10年続いているこの授業。今後は地域の商店街、学校、NPOへも広げていければ、と考えているという。
 「従来なら、美術科の生徒の進路としては、企業のデザイン部門に就職するケースが多かったのですが、今後は、企業に就職するだけでなく、NPOなどで地域とともに活動する場も増えてくると思うのです。地域とのかかわりの中で物づくりをしていく、という経験が将来きっと役に立つと思います。」

 近隣の商店会と協力して、商店CI(コーポレートアイデンティティ)の授業も計画中だとか。これが実現すると、商店街が、生徒達が制作したロゴマークや、広告チラシで賑わうことになるのかも。地域と学校の連携の新しいあり方としても面白い試みになりそうだ。

(取材・執筆:学びの場.com)


吉祥女子高等学校

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