2004.06.15
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学校育ては人づくり・街づくりの三位一体

学校における学力低下、家庭におけるしつけの欠如、そして地域における児童を狙った事件...。子どもを取り巻く環境は困難なものになりつつある。そんな中、地域、家庭、学校が一致団結して、社会全体で子どもを育てなければという意識が高まっている。今回は、12年前から地域とPTAが一緒になって開かれた学校づくりを目指してきた「秋津コミュニティ」の顧問を務める岸裕司氏にお話をうかがった。


学校と地域が融合して校庭に手づくりした小川や池、田んぼもあるビオトープ(自然観察園・約420平方メートル)全景。田んぼは5年生が地域の方々の指導で毎年もち米を栽培し収穫祭も行ないます。
 

■東京湾の埋立地に建つ秋津小学校
 
全国の教育関係者の間で"開かれた学校"のモデルとして注目を集める千葉県習志野市立秋津小学校は、長年、PTAのみならず地域に暮らす人々と一緒に授業を創る"学社融合"を進めてきた。

環境学習教材として420平方メートルもあるビオトープ(自然観察園)や田んぼを保護者、地域の人々と共創して校庭に作り、スポーツやパソコンが得意な父親たちが率先してクラブ活動をサポート、母親たちのおはなし会や、学校と地域の合同運動会など、年間23もの学社融合プログラムを行っている。昨今の少子化の影響で一時は1150人いた児童も350名にまで減少したが、この学・社の取り組み、現在では、授業の「学校開放」から、余裕教室や畑用敷地の「施設の開放(1995年よりコミュニティ・ルーム)」へと進み、休校日でも学校を中心に40にも及ぶサークル活動が行われ、地域の子どもから大人までさまざまな"学び"を自主・自律・自己管理で楽しんでいるという。

その中心となっているのが、秋津小学校と秋津小学校区が連携して子どもたちの教育を考え、実践していくことを目的とした「秋津コミュニティ」。

設立から12年が経ったこのコミュニティの顧問であり、元・秋津小学校PTA会長の岸裕司氏に、学校と地域の在り方についてお話を伺った。

「昔あった寺子屋ってご存知ですよね。あれは地域が、自分たちで土地を持ち、金を出し、自主的に学校をやった。かつての日本では、地域が地域の子どもたちを守り教育するのが当たり前のことだったんです。それが明治5年以降、子どもの教育は、母親と教師中心になり、父親は学校に行かず、一方、教師も教育委員会に束ねられ……責任のありかが不透明な体制がずっと続いてきてしまった。でも少子化のいま、問題は教育委員会だけでは終わらない話なんです。子どもが減っても減らせないものがある。子どものためにも、街の未来のためにも、公教育と自治が手をとりあって向かっていかなきゃならないときがきてるんですよ」

■はじめの一歩はPTAから

さかのぼること1980年、千葉県習志野市の東京湾沿岸に、ひとつの街が誕生した。習志野市秋津――東京湾の埋立地を利用して造成された新興団地が並ぶ街。同年、岸氏は家族とともにこの地に転居する。湾からの風、近隣には、バードウオッチングで知られる谷津干潟などもあり自然は豊かだが、道路も、家も、隣人も、街はなにもかもが新しかった。
そして学校が生まれる。

「秋津だって最初から何もかもうまくいったわけじゃないんです(笑)」と岸氏。

新設校ではあったが、ときは80年代。学校は"学校"であり、PTAも専業主婦の母親が主流。働く母親にすら風当たりの厳しい状況だった。しかし二男一女の"製造物責任者"でもある彼は、子どもを通じて学校と関わるうち、次第にPTAの面白さに目覚めていく。

「“保護者は二人いるのになんでPTAの投票は一票しかないんだろう?”とか、“いやだいやだといいながら会費を払い、役員もいやいやなっている会員の団体なんて、怪しい団体だよね”とか、企業社会で働く親父の目からみると、不思議で面白いことがいっぱいあったんです(笑)。“T”だって事務職員や給食の方々も含まれるんだけど、教員を含めて会員意識がないんだよね。そこで、PとTの双方が喜ぶようなPTA改革を図っていきました。簡単なんです。Tが困っていることで、Pが楽しく参画できそうなことを担えば良いのです。Pは、本来そういう“T”と仲良くしなければいけないんですよ」

86年から岸氏は秋津小学校PTA会長を含む役員を7年経験。母親たちとの関係をスムーズにするため苗字や“○○ちゃんのお母さん”ではなく意識的に下の名前で呼びかけ、休日、家にこもりがちだった地域の父親たちをひっぱり出し、老人に声をかけた。PTA改革から始まった活動は、24年経ったいま「秋津コミュニティ」の礎となっている。

■みんが楽しい学校作り。キーは父親にあり

「いま、公立小学校の先生方の平均年齢って知ってます? 平均年齢43歳、加えて担任の8割が女性なんですよ。なかには子育てをしながら働いている先生も少なくない。そんな状況のもと、日本全国どこの学校でも現場の教師たちが苦慮してるのが、物作り・スポーツ・パソコン。我々は<モ・ス・パ>といってるんだけど、これってお父さんたちの得意分野じゃないですか(笑)? だったら、できる人が手を貸せばいい。企業社会では当たり前の人材活用術ですが、長いこと母親主体だったPTAや学校活動には、こういう男性的なビジネス・センスが効くんです。そんな風を吹き込む上でも、やはり父親の参画は重要なんですよ」と岸氏はいう。

設計士のお父さんが学校の飼育小屋を考え、デザイナーのお父さんがその絵を起こし、大工仕事が好きなお父さんと子どもたちで作る。技術者のお父さんがパソコンを、 野球部出身のお父さんが野球クラブを指導すればいい。

「小学生の父親っていうのは、確かに仕事が忙しい年齢ではあります。学校は母親任せでね。でも、実は地域に友人がなく、寂しい休日を過ごしている人が多いんです。だから興味があったり、得意な分野を持ちかければ必ず響くものがある。時間のある・ないではなく、来たくなっちゃうんです(笑)。そしたらしめたものだな(笑)。子どもも小学校の中学年になると父親離れを始めます。だけど、この時期に子どもとつながっておくと、中学生になってもいい父子関係が持続する。そういう意味でも実りがあるんです」

先生方は感激し、子どもも喜ぶ。父親、母親、地域の人々が、各々の得意分野をほんの少しサポートするだけで、学校の授業はみるみる充実していく。そうして学校を中心に、新興の街・秋津の絆は深くなっていった。

「ひとり、ひとりが動かなければ、大きなものは動かない。変わらない。大事なのは、ひとりひとりが"楽しい!"と感じるかどうか、なんだと思います。でも、公教育の場を守っていくのは、教員やPTA、保護者だけじゃない。独身者やお年より、子どもとは無関係のようにみえる地域の納税者の存在を忘れてはいけないんです。秋津小学校では、施設を開放して『総合型地域スポーツクラブ』として利用したり、陶芸や英会話教室の取り組みをしていますが、<学校は地域の宝>という思いを街の人すべてが共有化していくのが理想であり大切なことなんだと思います」

学校はみんなのもの。教室のなかで、ひとりひとりの子どもの個性を活かすことも大事だけれど、校門の外に暮らす地域ひとりひとりの個性を学校に活かすことも大事。学校も地域も保護者も、公立学校が"公"である意味を、もう一度、しっかりと見つめなおすことからはじめるべきなのかもしれない。

(取材・執筆/寺田薫)


毎年秋の「学校と地域の合同運動会」で行う「ストラックアウト(的あてゲーム)」。的はお父さんの手づくり。運営もお父さんたち

手づくりの紙芝居道具箱と自転車持参で紙芝居を演じるお父さん。
昔の営業用紙芝居を図書館から借りてきて迫力満点に演じます。
 

  cover

 

岸裕司さんの著書
「地域暮らし」宣言―学校はコミュニティアート.

単行本: 238 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: 太郎次郎社エディタス ; ISBN: 481180712X ; (2003/12)

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