2003.02.25
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職業体験から自らの生き方を学ぶ 渋谷区立鉢山中学校の総合学習

「生きる力」の育成を目標とし、平成14年から本格スタートした「総合的な学習」。教科という枠にとらわれず、各学校が創意工夫して自由に学習内容を決定できる、という今までにない試みに戸惑う学校はまだまだ多い。  今回取材した渋谷区立鉢山中学校は、平成13・14年度渋谷区教育委員会の研究推進校。「自らの生き方を意欲的に学ぶ生徒の育成」という研究主題を掲げたが、それをどう具現化するかは、かなりの難問だったという。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
研究主任の仙北屋正樹先生
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 2月15日、鉢山中学校の研究発表会に出席した。鉢山中学の総合学習の目玉は最長4日間という職業体験。看護士、保育士、大工、コンビニエンスストアの店員などさまざまな職種を実際に体験した生徒たちが、それぞれの感想を発表してくれた。
 「働くことは思ったより大変」「責任感が必要だとわかった」「お金をもらうためには真剣にやらなければ」「人の命を守るのためには厳しい訓練が必要だとわかった(消防士)」など、憧れの職業にも辛く地味な一面もあることを実感したようだ。
 また「お金をもらうだけが働くことではない。これから、働くことの意義を自分なりに考えたい」「(コンビニで働いて)ただありがとうと言うのではなく本当に感謝の気持ちを込めないとお客さまには伝わらない。将来働く時もこのことは忘れない」など、一歩踏み込んだ感想も聞かれ、今回の体験が生徒たちを大きく成長させる学習となったことがうかがえた。

 しかし、ここまでに至る道は平坦ではなかった。研究主任の仙北屋正樹先生に、その紆余曲折をうかがった。

●2年目で大幅な計画変更~鉢山スタイルを見つけるまで

 「生徒が食いついてこない」それが、1年目を終えての印象だった。13年度は、「環境」「国際理解」「福祉」をテーマに取り組んだ。でも、1年やっても、生徒たちが自ら課題を見つけて積極的に取り組むまでには至らなかったのだ。

 「それは教師の方に問題があったのです」

 「環境」「国際理解」「福祉」といっても教師はそれらの専門家ではない。内容的に深めることができず、「単なる知識の注入に終わってしまった」ことが原因ではないか。
 「このまま続けても子どもたちのためにならない。途中で計画を変更することに不安はありましたが、思い切って14年度の学習内容を大幅に変更することにしたのです」

 まずは体制作りから始まった。鉢山中学校は各学年2クラス、全学年の担任教師はわずか12名である。

 「これだけの小人数なのだから、各学年ばらばらでやるより、みんなで知恵を出し合って、3年間同じテーマでやる方がいい。成長課程に合わせて、学年が上がるにつれ目標設定を高くすれば、3年間でかなり内容を深められるのではないか、と考えたのです」

 「鉢山スタイル」とも言うべき体制ができあがり、次はテーマ設定である。自分達が深められないような新しいテーマではなく、ある程度予備知識のある分野で、しかも研究主題である「自らの生き方を意欲的に学ぶ生徒の育成」に結び付けられること。検討した結果が「進路」であった。これまで進路指導の中で行なってきた職業体験を核にすることもすぐに決まった。ただ、大きく異なるのは従来1日だった体験を4日にしたこと。これにはわけがある。

 「今まで1日の職業体験はやっていましたが、感想を聞くと"楽しかった"しかない。それでいいのだろうかと思ったのです。そこで受入先の会社の人に聞くと、1日では仕事を教える段階にまで至らない。表面的で簡単なことしかやらせられないというのです」

 単なるお客さん扱いでお土産までもらって喜んで帰ってくるようでは本当の仕事はわからない。

 「4日働くと、仕事の裏の部分も見えてくる。そして、生徒たちは仕事だけでなく、"人"を見るようになるんですよね」

 それは、働く人から「生き方を学ぶ」ということにもつながる。

 約1年を経て、今生徒たちは、受入先にお礼のプレゼントを制作中。幼稚園に体験に行った生徒は、子ども達のために、折り紙の作り方の図解を描いた大きなポスターを制作中だ。

 「生徒たちそれぞれ、何を贈ればいいか自分なりに考え楽しそうに作っている。今の子どもたちは、何か作業をするのを結構嫌がるのです。なのに、今回のような作業を嫌がらず、自分で考えてやるようになったことは、職業体験の成果かなと思います」

●約30職種の受入先探し

 4日間の職業体験の受入先はどう探したのだろうか。

 「生徒たちにはなるべく第1希望の職種を体験させたかった。でも、希望を見てみると、プログラマ、獣医、アナウンサー、マンガ家、スポーツトレーナー、イルカの調教師、とさまざまで、とても自分達の人脈では探せない。結局は電話帳を見て、学校から1時間以内を条件に、片っ端から電話をかけました」

 驚いたのは、ほとんどの企業が、こちらからの話を好意的に聞いてくれたこと。1、2の職種だけ、どうしても受入先が見つからなかったが、他は比較的すぐに見つかった。

 余談だが、大学生の就職先人気ランキングで上位に来る商社や銀行などを、希望職種に挙げた生徒は一人もいなかったという。
 「中学生はまだ、ストレートに"夢"に向かっていける世代なんでしょうね」

●体験から「働く意義」への気づきへ

 
苦労したのは、各学年で内容が似通わないようにすること。2年、3年で職業体験があるが、明確に学年ごとの目標設定をしないと、体験のインパクトが強いだけに差別化ができない。考えた末の3年間の活動内容は、以下のようなものだ。

 1年では近隣の企業や施設を訪ねたり、資料を調べて世の中にどんな職業があるかを知る。2年では1年時に調べたさまざまな職業の中から、自分が体験したい職業を選び、実際に4日間の体験をする。3年では、2年時の体験をふまえて進路を見なおし、行きたい会社に自分でアポイントを取って再度職業体験をする。そして、「私の生き方」という卒業論文を書く。
 「働くのはお金のためだけじゃないのではないかと気づいた」
 「仕事の辛い部分を見て、それでもどうして働くのと聞いたら"この仕事が好きだから、辛いことも忘れるんだよ"と言われた」
「自分の好きな仕事に就くのが一番と思っていたけど、他人のためになる仕事に就きたい、と考えが変わった」

など、論文に書かれた生徒たちの言葉を見ると、働く意義とか、生きがいといったことに気づき始めたことがわかる。

 受入先探しの時に訪ねた渋谷のハローワークで、ある担当者がこう言ったという。

 「最近の若者は一生の仕事を探そうという意識がない。仕事がみつかっても長続きしない。ずっとフリーターでもいいと思っているのです。中学校の段階で"働くこと"の大切さを教えていただければ、私たちは本当に助かります」

 普段何気なく利用しているお店、病院、製品などの影には必ず働いている人がいる。職業体験をした生徒たちはこのことを決して忘れないだろう。彼らが将来、就職先をどう決断し、生きがいを見つけていくのか、今から楽しみである。

(取材・構成:学びの場.com)



鉢山中学校のホームページ

 


 

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