2004.08.31
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地域の商店会と学校との連携 吉祥女子高等学校の「商店CIプロジェクト」

吉祥女子高等学校美術コースで、地元の商店をクライアントに、「CI」制作をするというプロジェクトを実施している。学校と地域との連携はもちろん、今話題になっている職業教育の一例としても面白い試みだ。 (2004/07/15取材)

   厚生労働省によるとその数400万人にもおよぶというフリーター。学校にも行かず、職業にも就かないNEET(Not in Education, Employment, or Training)の増加も問題になっている。これらの背景を受け、早い時期からの職業教育の重要性が叫ばれている。職業教育というと、工場見学や企業での職業体験が思いつくが、通常の授業の中で、いかに現実社会を体験させるかが重要、との考えのもと、吉祥女子高等学校美術コースでは、地元の2つの商店会「女子大通り商和会」「広小路親栄会」を巻き込んでの「商店CIプロジェクト」を実施している。

 このプロジェクトの最大の目玉は、地域商店会の店主たちが実際にクライアントとなり、生徒たちはクライアントの要望に沿った企画を練り、プレゼンテーションを経て、クライアントが気に入れば採用される、という、現実の社会でも起こるであろう一連の仕事のプロセスを、実際に体験できること。
 授業に取り組むのは、2年生の30人。4月から9月までの半年間で、商店会のお店の、ロゴマーク、看板、パッケージなどを企画、デザインする。教室の中でデザイン制作するだけなら、それは単なる課題制作に過ぎないが、このプロジェクトでは、もしデザインが採用されたら、お店の看板や包装紙といった形あるものとして、実際に使われるのである。考えただけでもワクワクするようなプロジェクトではないだろうか!

この授業を企画した、徳山高志先生と前田幸治先生は、地域で活躍するNPO「西荻まちメディア」の仲介も得て、結果的に、「女子大通り商和会」「広小路親栄会」の2つの商店会から、「田中屋」(蕎麦屋)、「天徳湯」(銭湯)、「みなみどう」(文具と煙草店)、「La Cave」(酒店)、「十和田」(理髪店)の5つの店舗が協力してくれることになった。

 

  ◆ プレゼンテーションまでのプロセス

 第1ステップは、「フィールドワーク」。実際にお店に赴いて、開店時のエピソード、お店の理念、提供している商品やサービス、客層、などをヒアリングする。そして、「認知度を高めたい」、「売上を上げたい」などお店からのミッションを持ちかえる。
 第2ステップは、企画会議。クライアントである各商店から持ちかえったミッションに答えるために、「ロゴマークを作ろう」「パンフレットを作ろう」などアプリケーションを検討し、どのような内容のものにするかを検討する。お店によって、「すでにあるロゴマークを生かして欲しい」「包装紙はまだ在庫があるから新しくできない」など、さまざまな制約がある。これらも念頭におかなければならない。ただ単に好きなものを作ればいいわけでないところが、厳しいところである。
 第3ステップでは、各チームで、プレゼン資料や、実物の縮小モデルを制作。
そして、第4ステップ。取材日となった今日、商店会のかたがたに向けて、今まで作って来たものをプレゼンテーションするのである。
 会場には、クライアントである商店の方々だけでなく、地元で活躍されているグラフィックデザイナー、環境デザイナーなど、専門家たちも審査員として集まった。

 


地域商店会のかたたち、プロのデザイナーたちがプレゼンを見守る

◆力作ぞろい。生徒たちの発表

 持ち時間は1チーム10分。生徒たちは、インタビューした内容からそれをどうコンセプトにまとめたか、そのコンセプトを受け、デザインの制作物として、どのような形に結実したのか。評価は調査力、論理力、表現力、独創性、デザイン力、各5点の25点満点。

各チームの発表は…

田中屋(蕎麦屋)チーム:
田中屋さんは出前が中心。先生たちも普段、お昼ご飯でお世話になっている。最近は蕎麦屋をやめる若者が多く、残念。日本食は季節感が特徴。夏の暖簾を新しくしたい。

→出前の時に薬味を包む薬味紙を季節ごとに違うものに! 和を表現するロゴマークをつくり、ロゴを使って暖簾をデザイン。

お店の要望をボードにまとめて発表 季節感あふれる暖簾をデザイン

天徳湯(銭湯)チーム:
概観は古い建物なのに、中は番台の代わりにホテルのようなフロントがあったり、バリアフリーの設計を採り入れたり、ジェットバスがあったり、と近代的。せっかくいい設備があるのに、駅から遠い、煙突がなくなった、などから認知度が低いのをなんとかしたい!

→目立つシンボルマーク、ポスター、近くの女子大生たちにアピールするパンフレットを制作。

これらのアイデアは、実際に天徳湯に入ってみて着想 銭湯の醍醐味は、お風呂のあとの一杯。これをポスターに表すと…

みなみどう(文具店)チーム:
地域に密着した暖かい店にしたい、と店主。煙草の自販機がお店の前を占めていて文具店ということがわかりにくい。店内は統一感がなくインパクトが少ない

→目立つ看板と、店内に統一感を持たせるためにプライスカードをカッコよくデザイン。リピーターを増やすために、ポイントカードも提案。

お店の雰囲気や要望に合わせて、ロゴと、カラー計画を考えました 練りに練って、たくさんの看板案を提案しました

LaCave(酒店)チーム:
他のお店にない珍しい品揃えが自慢。ロゴは既にあるのでそれをうまく使って欲しい。メーカーからもらう包装紙を使うので、包装紙に印刷されたメーカー名のほうが目だってしまう。

→すでにあるロゴでパッケージや看板をデザイン! 「目隠しシール」を作り、メーカー名を隠すように貼れば、バラバラの包装紙でも統一感が出せ、店名が印象付けられる、というユニークなアイデアを提案。

レンガ、ワイングラスなどをモチーフにオシャレな看板と紙バッグをデザイン 既にあるロゴを生かした目隠しシールのアイデアが好評!

 

十和田(理髪店)チーム:
大好きな故郷の十和田湖を店名に。懐かしがって来る同郷のお客さんも多いという。この思いを生かしつつ、店内の統一感のないイメージを一新させる!

→ロゴマークを作って、ロゴマークを基調に統一感のある店内のイメージを提案。また散髪用エプロン、シャッターのデザイン案も提案。

縮小モデルがところ狭しと並ぶ シャッターに目立つペイントを提案

 


真剣な面持ちで採点する参加者たち

 

 

 

 

 

 

 

 

 


徳山先生

力の入った発表に、参加者たちも、真剣。
商店会長の猪鼻徳壽氏は、
「もっと幼いものが出るてくるのかと思ったが、本当のデザイナーのプレゼンにも負けない企画が出揃った。よくクライアントの話を聞いて、それを生かした企画が出来ていたと思います。」と評価。
看板デザインをしてもらった、みなみどうさんは、
「これだけのプレゼンをしていただいいたのだから、もっと前向きに商売をやって行こうという気になりました」
と声を詰まらせていた。

このプレゼンの後、生徒たちは、夏休み中にサンプルを制作し、9月の最終プレゼンに持ち込む。その成果は9月25日、26日の文化祭でも発表する。

◆学校教育の中で、いかに実社会を体験させられるか

緊張が解け、ほっとした表情でプレゼンツールを片付ける生徒たちに、今回の感想を聞いてみた。

 天徳湯を担当したチームのリーダーの大野万寿美さんは、
「私立の学校なので、学校周辺の地域の方々と接する機会は今までなかった。この企画のおかげで、地域の人と触れ合えてとても楽しかった。実社会と同じような体験ができたことも、とても貴重な体験だと思う。これで終ってしまうのが残念」
と興奮気味に語ってくれた。

 理髪店十和田を担当したチームのリーダー山口麻里菜さんは、シャッターのデザイン案を振りかえって
「5案作ったが、十和田の店主さんが選んだのは、プレゼン直前に思いついて追加した案。本当は違う案がイチオシだった。でも、クライアントさんの意見が絶対だから…」
好きな案が通るとは限らない。彼女は、本当の仕事の厳しさを垣間見たに違いない。

「デザインは、コミュニケーション。ファインアートとは違って、問題の発端は社会の側にあり、様々な関係性の中で、それを解決していくプロセスにこそ本質がある。発想の源が個人的な意志表明であるファインアートとは違う。その違いを体感して、今後の進路につなげてほしい。」
と徳山先生。徳山先生は、常々、学校教育の中で、いかに実社会を経験させるか、にこだわってきた。
 「教室の中でできることには限界がある。しかし、可能な限りリアルな体験をさせたいのです。今回も、大人たちの前でプレゼンをする、そのリアルな緊張感をぜひとも味あわせたかった」
その思いは、充分生徒たちに通じたのではないだろうか。

 今回提案したものから、実際に採用されるものがいくつ出てくるかはわからない。でも、もし採用されて、彼女たちが卒業して何年か後にこの街を訪れた時、今回デザインしたものが使われていたら……。彼女たちはいったいどんな顔をするのだろうか。今から楽しみである。

(取材・執筆/高篠栄子)

★吉祥女子 徳山先生よりお知らせ!★

9月25日(土)、26日(日)の文化祭(吉祥祭)では、最終報告を兼ねたプレゼンテーションを実施します。4月からのプロセスがわかるような展示も準備したいと考えています。

どんなフィールドワークや考えを経て、デザインが進行していったか、メモやアイディアスケッチ、サンプルなどをふんだんに利用して、皆さんにも紹介したいと思っています。それを見ていただければ『問題解決のプロセス=デザイン』であることが、よく理解していただけると思っています。

それに同じ学生たちが制作した文化祭のための『入場ゲート』や『オブジェ』などの大型装飾もお楽しみいただけますよ。是非、ご来校ください!


 

吉祥女子高等学校のこちらの記事もご覧ください!

「デザインの授業を通じた地域連携」 
学びの場見聞録(2004/04/07)号

吉祥女子高等学校のホームページ

  http://www.schoolguide.ne.jp/kichijo/

 

 

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