職員室へ向かう階段には、「さようなら」「See You」「こんにちは」「Hello」と書いたカードが貼られている。各教室の表札も「職員室」「Staff room」「校長室」「Principal's room」と日英2カ国表記。学校に一歩足を踏み入れるとそこには英語があふれている。
World room。これが英語の教室。カーペット敷きで、机も椅子もない。天井には万国旗が飾られ、壁一面にカラフルな地図やピクチャーカードが貼られている。なんとなく楽しそう。チャイムの音とともに子どもたちが教室にやってきた。床の上に直にすわる。教科書もノートもない。持ってきたのは筆箱だけ。
◆3時間目:5年生の授業
授業は、まず子どもたちにネームタグを配るところから始まる。 「ATSUSHI~?」「Here!」「Yusuke~?」「Here!」 AETのマシュー先生が名前を読み上げると子どもたちは元気に手を挙げる。 担任の葛西先生は、ネームタグを渡しながら、「How are you? 」と子どもたちひとりひとりに声をかける。 「Fine Thank you! 」「I'm hungry」など、子どもたちはそれぞれ知っている言葉で答える。
全員にネームタグが行き渡ると、突然、マシュー先生と葛西先生は、小学生の通学帽をかぶり、ランドセルを背負う。子どもたちから笑い声が漏れる。寸劇のはじまりだ。
マシュー先生「り~んご~んがら~んご~ん」 二人、嬉しそうに帰り支度 マシュー先生「What are you doing after school today?」 葛西先生 「I'm doing homework.」 二人「Bye bye」手を振って別れる。
なるほど、今日はこういう表現を習うんだな、と子どもたちもだいたい理解しているようである。 寸劇のあと、他に、「watching TV」「playing the TV games」「going shopping」などの表現を学び、繰り返し練習する。この間、日本語は一切使わない。文法的な説明もない。黒板に張られたピクチャーカード、身振り、そして耳から入ってくる先生たちの英語だけを頼りに、なんとなく意味を理解し、同じフレーズを繰り返す。
後半は、紙が配られ、自分で会話のフレーズを英語で書く。その後、ペアになってクラス全員の子と 「What are you doing after school today?」 「I'm going~」 の会話をする。ここで45分の授業が終了。
|
|
|
担任の葛西先生とAETのマシュー先生がショートスキットを演じる。 |
放課後何をする?」に対する答えとして「宿題をする」「ゲームをする」など、いくつかの表現を学ぶ |
習った表現を使って、実際に会話をしてみる |
◆4時間目:2年生の授業
次の4時間目は2年生の授業。チャイムとともに子どもたちがWorld roomにやってくる。ネームタグを配るところから始まるのは低学年も同じ。 マシュー先生は、時々ちょっとしたいたずらをする。たとえば、名前をわざと早く読む。 「え?何?」「もう一回!」と子どもたち。だが先生は知らないふり。「In English!」と担任の飯田先生が助け舟を出す。 しばらく考えたのち、「Once more! 」「Slowly!」と子どもたちから声があがる。どうやらわざと、子どもたちにしゃべらせようとしているようだ。
さて、今日は、1から20の数を勉強するらしい。1、2、3、と黒板に数字カードを貼っていくと、子どもたちから「One」「Two」…と元気な声が返ってくる。マシュー先生はまた悪ふざけをする。わざと順番を間違えたり、さかさまにしたり。そのたびに子どもたちからはブーイング。でも、英語で言わない限り、先生たちは知らん顔。 「Turn Over!」「Change!」「Left!」「もっとLeft!」 子どもたちは身振りを使ったり、知っている言葉を総動員したりして意思を伝えようとする。
この授業でも、後半はプリントを配って書く練習。20までの数字を言えて、聞いて書けるようになったところで今回の授業は終了。
|
|
|
2年生の児童たち。 |
次に来る数字は何? 先生の問いかけに元気よく挙手! |
授業の前半、体を動かして参加型、後半はプリントをもらって書き込み作業 |
◆大切なのは“コミュニケーションしようとする態度”
低学年のほうがノリがよく、間違いを恐れずにどんどん発言するようだ。発音もいい。授業後、先生たちにそう印象を伝えると、
「発音はそう大切ではないんです。大切なのはコミュニケーションですから」 とAETのマシュー先生。
「基本的な英語を聞いて理解できることはもちろん大切ですが、単語や文型をどれだけ覚えるか、ということよりも、重視しているのはコミュニケーション力。言葉だけでなく、表情や身振り、体全部を使って自分の言いたいことを相手に伝える、そういう“積極的にコミュニケーションをしようとする態度”を育てることの方を重視しています」 こう語るのは英語教育アドバイザーの河原さん。
マシュー先生が続ける。 「授業中に、私がわざと間違ったり、いたずらをしたりするのも、子どもたちに頭をつかってコミュニケーションしてもらいたいからなんです」 先ほどの授業中、マシュー先生がわざとおかしな位置に貼ったカードに対し、子どもたちは「カードをもっと左に動かして!」ということを言いたくて必死で身振りで伝えようとした。先生が「Left?」と助け舟を出すと、子どもたちは我が意を得たりとばかり「Left!」「Left!」の大合唱。
「こうして子どもたちは“Left”という新しい言葉を一つ獲得した。こういうふうに、しゃべらざるを得ない状況をいっぱいつくってあげる。必然性があれば、みんなしゃべれるようになるんです」とマシュー先生。
河原先生も、子どもたちが英語をしゃべる機会づくりを心がけている。 「せっかく授業中に新しい表現を学んでも、使う機会がないと忘れてしまいます。私は、廊下などで子どもたちに会ったら、今まで習った表現を使って話しかけるように心がけています。子どもたちも習ったばかりの英語で答えてくれる。教室内で習った英語をそれだけで終らせずに教室外でも使うことで、英語が日常的なものになってくるんです」
◆英語が全くできなかった先生がAll Englishの授業!
第六日暮里小学校では、週1時間、年間35時間の英語の授業を全学年に対して行っている。昨年度より荒川区の研究指定を受け、英語教育を行ってきた。年間計画は、英語教育アドバイザーの支援を受け、担任が中心となって作成。1時間ごとの授業は各担任が組み立て、英語教育アドバイザーが、子どもの発達段階や設定した目標に照らして、授業の内容や教材が適切かを確認、アドバイスをする。AETの先生は、年間35時間のうち4分の1から3分の1ではあるが、担任の先生とともに授業を行う。
「AETの先生がいない時は、担任が一人で授業をします。もちろん、全部英語でやりますよ。」と飯田先生。 テープなどの教材は使わないのだろうか。 「リスニングが目的なら使いますが、コミュニケーションの授業では使いません。テープの言葉を繰り返しても、それは会話ではないでしょう?」
授業を拝見したところ、葛西先生も飯田先生もごく自然に英語で授業を行っていた。恐らく海外生活経験者か、もともと英語が得意だったか。そういう特別な先生だから、英語だけの授業ができたのではないだろうか。
「とんでもない!英語は大嫌いでしたし、全然しゃべれませんでした。去年、スタートしたばかりの時だって、スタンドアップしか言えなかったのですから。」 研修も荒川区主催のものを受けただけ。他に校内では互いに他の先生の授業を見学し合うなど、授業についての検討は繰り返したが、特に英語を勉強することはなかったという。しかし、一年後の成果は先に述べたとおり。
子どもたちに、戸惑いはなかったのだろうか。最初は、クラスルームイングリッシュと言われる(Stand Up、Repeat after meといった)最低限の英語くらいは日本語交じりの授業で教えなかったのだろうか。
「最初からすべて英語の授業でした。英語がわからなくても、担任の先生なら、子どもたちは普段の授業で接しているので、表情や、身ぶりで、何を求めているのかだいたいわかります。こういう言葉以外の要素から相手の言いたいことをつかむことも、コミュニケーションの訓練になるのです」と河原先生。「英語の苦手な先生が簡単な単語を使いながら、必死でコミュニケーションを取ろうとする態度自体も、子どもたちにはいい影響になったのではないでしょうか」
さて、気になる評価だが、 「それは、これからの課題です。今のところ、子どもたちによる自己評価が中心。テストもしません。成績表にも、所見は書きますが、評定はしません。」と飯田先生。
しかし、確実に成果は現れている。校長の松崎先生、教頭の大庫先生はこう語る。 「英語の授業を始めたことで、他の教科にもいい影響が現れているように感じます。子どもたちの発言などが積極的になりましたし、何より生き生きしてきました。特に低学年は著しい。今年で2年目ですから、1年から始めた児童が6年生のころにどこまで成長しているか、とても楽しみですね」
(取材・執筆:学びの場.com 高篠栄子) |