2013.01.22
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命の大切さを教える授業(vol.1) 子どものイメージを膨らませ、当事者意識を持たせる ― 埼玉県深谷市立桜ヶ丘小学校・鈴木邦明 教諭 ― 前編

いじめによる児童生徒の自殺が後を絶たない現在、いじめを無くし、命の大切さを教えることは、学校関係者のみならず保護者にとっても緊急の課題だ。だが、それをどう教えるかとなると、悩んでしまうのも事実である。そこで今回は、命の大切さを教える授業や学級経営を行っている埼玉県深谷市立桜ヶ丘小学校・鈴木邦明教諭の授業をリポート。鈴木教諭の授業には、命の大切さを教えるためのヒントがいくつも盛り込まれていた。

授業を拝見!

命の大切さ・いじめの問題を実感できる資料を 次々と提示し、自分たちの課題だと気づかせる

学年・教科:4年生 学級活動(児童34人)
単元:「いじめのないクラスにするために自分ができること」
ねらい:若者の自殺者数をきっかけに、いじめの仕組みや問題について学び、4年3組の現状を理解した上で、いじめのないクラスにするために自分ができることを考える。
指導者:鈴木邦明 教諭(学級担任)
使用教材・教具:厚生労働省データ、自殺した若者の遺書、いじめの仕組み・問題の構造図、本学級の生活アンケート結果、大型ディスプレイ、教員用ノートPC

資料1【若者の自殺者数データ】

子どもに考えさせたり話し合わせる活動をメインに据え、たっぷり時間を取る――。いじめの問題や命の大切さを学ぶ授業には、そんなイメージがつきまとう。しかし、鈴木邦明教諭の授業は違う。考えたり話し合う時間はごくわずか。その代わりに、インパクトのある資料を次々と見せるのが特徴だ。今日の授業も、「日本人の死因の順位」(厚生労働省まとめ)の提示からスタートした。
「5位は不慮の事故。先日○○くんも交通事故に遭ったね。幸い大した怪我ではなかったけれど、危なかったね」
「3位は肺炎。このクラスにも、肺炎にかかったことのある人がいましたね?」
日本人の死因トップ7を紹介しながら、鈴木教諭は、死を“身近に”感じられるようリードしていく。そして、クラス全員に染み渡るように、こう語りかけた。
「死なんて自分には関係ないって表情の人もいますね。でも、“人ごと”じゃないのですよ? いつも言っているけれど、『人はいつか死ぬ』のです。今日の帰りに交通事故に遭うかもしれない。だから、毎日一生懸命生きなくてはならないのです」
その言葉を聞いて、子どもたちの表情が引き締まっていく。

続いて、今度は15~19歳の死因トップ3を予想させた。先程見た全年代の死因とは大きく異なって「自殺」が1位になっていることに、ショックの色を隠せない子もいれば、「やっぱり!」とうなずく子も。
「なぜ若い人の自殺が多いのだろう?」
と鈴木教諭が問いかけると、
「いじめが原因」
「学校の成績が悪いことに悩んで」
など、子どもたちは様々な考えを口にした。

資料2【自殺した中学生の遺書】

続いて提示したのは、少しショッキングな資料。
「見せるかどうか迷ったのだけれど、命について色々勉強してきた皆なら大丈夫だと思います」
と前置きして鈴木教諭が提示したのは、言葉によるいじめを苦に自殺した中学生の遺書(『遺書 5人の若者が残した最期の言葉』verb 著、幻冬舎刊より)だった。全文を一緒に読み、
「どんないじめを受けていたのだろう?」
と問いかけ、読み解いていく。

この刺激の強い教材をあえて見せたのは、子どもたちにしっかりと「死」をイメージさせるためだと、鈴木教諭は言う。
「死因データだけでは、子どもにとっては無味乾燥な数字の羅列です。数字の裏には一人ひとりの『死』があるのだとわからせ、ランキング予想でフワフワっと行きかけた気持ちを、キュッと引き締めるために遺書を見せました」(鈴木教諭)。
事実、この遺書を見た後、子どもたちの表情に真剣味が増したのがわかった。

資料3【いじめの構造図】

息つく暇もなく、授業はテンポよく進んでいく。続いて、いじめの仕組みを表した関係図を提示した。いじめには「加害者」と「被害者」の他に「観衆」と「傍観者」がおり、その存在がいじめを許す悪い雰囲気を作っていることを図で示したものだ。
「『いじめは、いじめる人といじめられる人との問題で自分は関係ない』と知らんぷりをさせず、観衆や傍観者もいじめを助長しているのだとわからせるためです」(鈴木教諭)。
その結果、子どもたちはいじめ防止に有効な手立てとして、「見ている人にも注意する」「加害者を注意し、被害者には声を掛ける」などの意見を出した。傍観者や観衆にならないことを意識できるようになったようだ。

資料4【4年3組のアンケート結果】

ここで終了、という授業もよく見かけるが、鈴木教諭は最後の最後にとっておきの資料を提示した。学校で行った「生活アンケート」の結果を見せ、4年3組が今抱えている課題を突きつけたのだ。
「学校に行きたくない日があると答えた人が、34人中15人もいます」
との衝撃的な事実に、
「えー!?」
と、驚きの表情を隠せない子どもたち。
「自分たちのクラスにもこういう課題があるのだという現実を直視させ、『これはまさに自分たちの問題なのだ』という危機感と当事者意識を持たせるのがねらいです。いじめの構造を見て、『いじめはよくない』『観衆や傍観者もよくない』という一般論で終わったのでは、子どもを変容させることはできません」(鈴木教諭)。

授業のまとめで、子どもたちはワークシートに「学級でいじめをなくすために自分ができること」を考え、書きつづった。
「いじめられたり、いじめを見つけたら、友だちに相談したり、先生を呼ぶ」
「いじめられている人に声を掛けて助けてあげる」
など、「自分ならどうするか」という決意表明がたくさん書かれていた。

記者の目

厳選した資料を、効果的な順番で提示するのが、鈴木教諭の特徴。まずは「日本人の死因」という一般論から入って子どもの興味関心を引き、少しずつ具体的で身近な資料へと段階的に進み、最後は「4年3組の現状」に焦点を当てた。資料を見ていくごとに、子どものイメージがどんどん鮮明になり、最後はいじめ問題を自分たちの課題ととらえ、自分に何ができるかを考え始めたのがよくわかった。

取材・文:長井 寛/写真:言美歩

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