2013.02.19
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命の大切さを教える授業(vol.2) 子どものイメージを膨らませ、当事者意識を持たせる ― 埼玉県深谷市立桜ヶ丘小学校・鈴木邦明 教諭 ― 後編

深谷市立桜ヶ丘小学校・鈴木邦明教諭は様々な視点や角度から、命の大切さを学ぶ実践を授業や学級経営で行っている。鈴木教諭による命の教育のポイントやコツは何なのか。また、そこから学級づくりにどう結びつけ取り組んでいるのか。前編で紹介した授業を振り返りながら、語っていただいた。

授業者に聞く

成果はすぐ出ないし目に見えにくい。だからこそ、継続的に指導を行う。

悩んで苦しむことが、学びになる

「今日の授業で、すぐに子どもの行動が変わり、問題が解決するとは思っていません。ただ、子どもの心には間違いなく“さざなみ”が起きた。いじめは自分たちの問題だと、彼らが認識し、考え、悩み始めたのがよくわかりました。そういう“さざなみ”の積み重ねで、子どもたちは変わっていくのです」

と、授業を振り返る鈴木教諭。たとえば今日の授業の最後、「34人中15人が学校に行きたくない日がある」という4年3組の現状を見せた時、「えー!」と驚く子どもたちの中に混じって、伏し目がちに顔を曇らせる子どもがいるのを鈴木教諭は見逃さなかった。

「このクラスは比較的落ち着いていて大きな問題はないのですが、中には乱暴な言葉を使ったり、悪気のないちょっかいを出したりする子もいます。そういう子たちが、このデータを見てドキッとし、考え込んでいるのが見てとれました」。

トラブルの当事者である子どもは、発言も少なく、ワークシートには余白が目立ったが、鈴木教諭は「それでもいいのです」と言う。
「今日の授業で葛藤が生じ、自分なりに悩み始めたのがわかりました。『いじめはよくないと思いました』などと表面的な意見を書いてごまかすよりよっぽどいい。悩んで苦しむことが学びになり、行動の変容につながるのですから」。

インパクトのある資料で、興味関心を高める

「いじめ問題、そして命の大切さを学ぶ教育は、一朝一夕に結果が出ないだけに、日常的に継続的に行うことが大切です」
 と言う鈴木教諭は今年度、深谷市から「命を軸とした学級経営の工夫」というテーマで研究指定を受け、様々な授業や活動に取り組んでいる。
「先日は、『いじめと法律』の授業を行いました。暴力や悪口を言うことは、こういう罪に問われ、こんな刑罰を科せられるということを、法律と共に具体的に見せたのです。子どもたちはこういう事実を知りませんでしたから、真剣な表情で受け止めていました」。

どの授業でも、インパクトのある資料を効果的に使っているのが、鈴木教諭の特徴だ。
 たとえば、命のつながりを考えた授業では、「私たちは、多くの先祖たちがいたから、誕生した」と抽象的に語るのではなく、自分の先祖の数を予想させた上で、「500年間で約100万人の先祖がいる。この100万人のうち誰か一人でも欠けていたら、君たちはこの世に生まれていない」と資料を見せた。子どもたちはその多さに驚くと共に、先祖の大切さや命のつながりの尊さを強く認識し、自分が生まれたことへの感謝の気持ち、この命を大事に生きて行こう! という気持ちが育まれたという。
「こういうインパクトのある資料を使うと、子どもの食いつきが全然違います。授業への興味関心が高まり、知的好奇心がかき立てられ、イメージがどんどん膨らんでいくのを肌で感じます」。

放置すれば、モラルは低下する危険

「この4年3組の担任となって、約10か月。最初は少し落ち着きのない面も見られたクラスでしたが、最近は大分落ち着いてきました。命の教育は、教科のように成果を数値化できないので、成果が目に見えにくいのが難点。だから教師も敬遠しがちで、保護者の興味関心も薄くなりがちです」
 だからといって、命の教育をおろそかにしてはいけないと、鈴木教諭は警鐘を鳴らす。
「学力は、年齢に比例して大体上がっていきます。しかし、命を大切にする道徳観やモラルは、年齢が上がると低下してしまうこともあります。そうならないためにも、意識して持続的に教育や指導をしていくことが大切です」。

命の教育の大切さはよくわかっているが、教科書がないから何をどう教えればいいかわからない、授業の時間が確保しづらいという悩みもよく聞く。鈴木教諭は
「様々な教科や単元の中で、命について学ぶように授業展開しては」
 とアドバイスする。
「たとえば国語の『ごんぎつね』の単元で、命の大切さを学ぶ展開をする。理科の授業で昆虫や植物を学ぶ時に、命について考えてみる。このようにすれば、授業の中に自然と命の教育を取り入れることができ、様々な角度から継続的に行いやすくなります」。

最後に、子どもたちへの想いを伺った。
「私は子どもと1年間しか一緒に過ごせませんが、その後も皆が“いい人生”を送れるように手助けしてあげたい。それが私の願いです。いい人生とは何か? についても、子どもたちとよく話しています。長生きするのがいい人生か、お金持ちになるのがいいのか。社会に貢献したり、周りの人も幸せにしたりするのがいい人生ではないのか。子どもたちは色々な考えを聞かせてくれます。これも、一種の命の教育でしょうね」。

記者の目

命の大切さを学ぶことは、間接的に学力向上にもつながると、鈴木教諭は言う。アメリカの心理学者マズローの「欲求階層説」によれば、人間の欲求はピラミッド構造になっており、「食べる・寝る」などの生理的欲求や、「自分の命や体を脅かされない」という安全欲求を満たして初めて、勉強したいという自己実現欲求を満たそうと頑張れる。だから鈴木教諭は、「早寝・早起き・朝ご飯」の生活指導や、子どもが安心して学校生活を送れるように「命の教育」も行い、子どもが勉強に集中できる環境づくりに努めているのだ。

鈴木 邦明(すずき くにあき)

神奈川県出身。東京学芸大学教育学部を卒業し、横浜市で14年間教員を勤める。その後、埼玉県に移り、4年前から埼玉県で教員に。命の教育以外にも、体育や理科教育でも様々な研究と実践を進めている。

取材・文:長井 寛/写真:言美歩

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