2009.03.10
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教室がICT空間に変身! 先進システムが演出する「わかる授業」

最新のICT機器を日常的に活用し、「わかる・できる授業」を実現する。そんな未来の教室と授業づくりを考える実証実験が、横浜市立立野小学校で昨年10月から進められている。従来の教室に最新のICTシステムを取り入れたまったく新しい学習空間で、どのような授業が行われているのか、先日行われた社会科の授業に潜入してみた。

教室がICT空間に変身!~先進システムが演出する「わかる授業」

横浜市立立野小学校
授業ルポ

「いつもの授業」がもっとわかりやすく
~ICTのメリットを生かした授業づくり~
■学年・教科 5年生社会科
■単元 「七色の煙から青空を取り戻そう ~北九州市の公害対策~」
■児童 5年2組(31名)
■指導者 右橋康彦教諭

最新システムでつくる「ICTと融合した学習空間」

 授業が行われたのは、今回の実証実験のために整備された視聴覚室。教育におけるICT活用の課題を探る「UNIQUEプロジェクト」の一環として、最新機器をふんだんに取り入れた学習空間が構築されている。

 全体は「スマートインフィル」というシステムで構築。通常の普通教室とほぼ同サイズの部屋にアルミ製のフレームを組み込み、さまざまな機器を設置。ICTの常設環境を実現している(スマートインフィル寸法:W5600×D5800×H2560mm)。

 教室に入ってまず目につくのが、天井に吊り下げられた3台のプロジェクターだ。いまだ「学年に1台」という学校も多いが、この機器が3台ある時点で、この教室のICT環境の贅沢さがわかる。

 アナログの黒板を電子黒板として使えるインタラクティブユニットも2台ある。ほかにも、ノートパソコンや教材提示装置(OHC)、音響システムなども導入された空間は、アルミフレームのシャープな印象と相まって、テレビ番組のセットやイベントの展示ブースのようにも見える。機器の数の割に教室全体がすっきりしているのは、スマートインフィルのフレーム内部と収納棚に、ケーブル類やICT機材がうまく格納されているためだろう。

スマートインフィル スマートインフィル
【写真左】「スマートインフィル」は、アルミ製の柱や梁などの部材と機器を組み合わせることで、用途に応じたICT空間をつくるシステム。写真でも、既存の教室のなかに新たな空間を構築している様子がわかる。正面の黒板や収納棚も「スマートインフィル」の一部として後から追加されたものだ。既存の建物に負担をかけないので、解体すれば部屋は元通りとなり、スマートインフィルを別の部屋へ移設することも可能だ。機器の変更や増減設等にもフレキシブルに対応できるのがこのシステムの特徴と言える。
【写真右】プロジェクターは教室前面の黒板に向かって2台、教室後方のスクリーンに向けて1台。それぞれ80インチサイズの投影ができる。「プロジェクターは学年に1台」という学校も多いが、様々な教員・教科指導のニーズなどに柔軟に対応するために設置されている。パソコンとプロジェクターを無線でつなぐプレゼンシステムなども導入。インタラクティブユニットは黒板の左右に取りつけられており、黒板上に投影した画像への書き込み、画像の拡大、投影した画面上でのパソコン操作など、電子黒板機能を使うことができる。

子どもの集中力と授業のテンポがアップ

 右橋教諭が授業の準備を始めた。プロジェクターの位置を調節したり、ケーブルをつないだりする手間はなく、電源を入れるだけですぐ使えるから時間はかからない。教諭は教室後方のスクリーンに現在の北九州市のデジタル写真を映し、もう一方の掲示面には市の人口推移を示すグラフなど紙の資料を貼った。

 子どもたちが入ってきて授業が始まった。公害のひどくなった北九州市の住民の暮らしについて、調べてきた内容を踏まえ話し合う時間だ。
 「この前の授業で見た紙芝居で…」「資料集のこのグラフを見ると…」子どもが話し出すと、教諭はパソコンを操作して必要な資料を黒板上に投影する。そこへ子どもたちの視線が一斉に集まる。

 言葉だけで聞くより、資料が提示されるとずっとわかりやすい。しかも、子どもが教科書や資料集のページを繰ったり、先生が模造紙の資料を貼ったりする余分な時間がないから、話し合いのテンポがいい。子どもたちも、考える、発表する、友だちの意見を聞くという本質に集中できている様子だ。

子どもと先生を引き立てる学習空間が実現

 授業の後半、教諭は紙の資料を子どもたちに配付し、同じものを黒板にも映した。グラフの数字が小さく見にくかったため、インタラクティブユニットでグラフ部分を拡大すると、子どもから「おっ」という声が上がった。

 しかし、子どもがICTの活用に反応したのはこのシーンのみ。それだけ、「当たり前のもの」として受け入れられているのだろう。この教室は様々なICT環境が整備されているが、一つひとつの機器が出しゃばることなく空間のなかに溶け込んでいる。そして先生も、「ICTを使うための授業」ではなく、自分の目指す授業のために機器を使い分けている。

 授業の主役は子どもと先生だ。その主役が引き立つ舞台を、ICTがさりげなく演出することで、これまでの授業がもっとわかりやすく充実したものになる。これから日本の学校が目指すべきICT活用のモデルを見たように思う。

指導者の話

ICTのメリットを手軽に取り入れられます
横浜市立立野小学校 右橋康彦 教諭
横浜市立立野小学校
右橋康彦 教諭

 この視聴覚室が便利なのは、機器の準備に手間がかからないことと、教室後方にも画像を常時投影できるスペースがあることです。

 今回の授業では、教室後方に現在の北九州市の空撮写真を映しました。この単元では、公害による深刻な環境破壊のあった街がきれいな空と海を取り戻せたのはなぜかという課題を追求しているので、あの写真によって子どもたちは学習テーマを常に意識することができるのです。写真を拡大コピーしたり、掲示物を張り替えたりする手間もなく、パソコン操作だけでこうした環境づくりができるのは、普通教室にはないメリットですね。

 百聞は一見にしかずと言いますが、ICTを活用することにより、余分な説明を省略できます。「教科書の何ページの右上の写真の…」と言葉で指示するのでなく、写真やグラフを大きく提示して「これを見てどう思う?」と問いかけられるので、授業のテンポがよくなります。

 とはいえ、すべてがデジタルでよいというわけではありません。授業の要点や子どもの意見をまとめたりするためには黒板が必要。その点、場面に応じてICTとアナログの板書を使い分けられることも、この教室の使いやすさだと思います。

誰もが日常的に使えるICT環境を探る
野中陽一・横浜国立大学教育人間科学部
准教授に聞く横浜国立大学教育人間科学部准教授 野中陽一
一斉指導や板書との融合がポイント

 2006年にスタートしたUNIQUEプロジェクトでは、ICT活用による学校での学習指導の高度化を目指し、コンテンツ所在情報の教員向け配信、普通教室のICT環境の設計、教科書準拠の提示用コンテンツの開発を行ってきました。

 このうち私が担当しているテーマは、普通教室のICT環境の構成で、立野小での実証実験もその一環です。この空間は、利用者である教員や、教科の特性による様々な利用シーンを想定し、それらに対応できるような機器が取り入れられているのが特徴です。整備された機器については、それぞれ利用頻度などの情報を収集し、これらの分析から、今後の教室ICT環境モデルを提言していく予定です。

 普通教室のICT環境を考えるうえでポイントとなるのは、一斉指導や板書といった教室文化との融合です。板書をベースにした一斉指導にICTを効果的に取り入れることで授業がもっとよくなることを、先生方に実感してもらうことが大切。メリットを実感できなければ、「教師にはチョークと黒板さえあればいい」という伝統的な考え方から抜け出せないのは当然ですから。

 少なくとも資料を提示するという点に関しては、紙ベースや板書よりもICTのほうが、子どもの見やすさやわかりやすさは上がります。そして「わかる授業」は子どもの学力向上につながります。普通教室でのICT活用が進んでいるイギリスでは、「ICTは学力に効く」と実証されたことが環境整備のきっかけになっています。日本でも、学力との相関関係を実証することがICT普及の決定打になるでしょう。

従来の授業スタイルのなかで使える環境を

 一方で現状においても、教材提示装置やデジタル教科書の普及により状況は変わりつつあります。チョークと黒板、教科書という、従来からある教室のメディアそのものがデジタル化することにより、ICTが一斉指導のなかで日常的に使えるツールであることが認知されつつあるのです。

 教材提示装置やデジタル教科書を普通教室で使うためには、提示環境の整備が不可欠です。この点は立野小での実証実験の大きなテーマにもなっています。

横浜国立大学教育人間科学部准教授 野中陽一

 提示環境に必要な要素として現段階で見えていることは、準備の手間の軽減と板書との融合です。この部屋のようにプロジェクターを天吊り式で常設すれば、電源を入れるだけですぐ使えますし、インタラクティブユニットで提示した資料を一部拡大したり、書き込みを加えたりできます。もちろん従来の黒板はそのままなので、十分な板書スペースも確保できます。

 立野小の先生方が、機器に振り回されることなく自分の授業スタイルのなかで違和感なく使っている様子を見ても、こうした環境がICTの日常的な活用につながることがわかります。今後はICT初心者の先生方の活用状況にも注目しながら検証を続け、どの教室でも、どの先生にも使えるICT環境を提案していきたいと考えています。

 ※当記事の情報は、公開当時のものです。

取材・文:栗林俊晴/写真:言美歩 ※写真の無断使用を禁じます。



 

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