2021.11.08
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対立が起きたときに解決する力を育む(後編) メディエーションの授業づくりについてインタビュー

前編では、一般社団法人メディエーターズによる、栄光学園中学校で行われた出張授業をリポートした。後編では、同校の生徒指導部長を務める壱岐太教諭と、授業者の田中圭子さんに、メディエーションの授業を実践するにあたり心がけていることや、得られる効果などについて伺った。

栄光学園にもともとあった対話の文化が、メディエーションの考え方と合致していた

栄光学園 生徒指導部長 壱岐太教諭

――栄光学園と一般社団法人メディエーターズが連携するようになった経緯を教えてください。

壱岐太(敬称略 以下、壱岐) 私が中学1年生の倫理の授業をもつことになったのがきっかけです。栄光学園で以前スクールカウンセラーを務めていた方に、授業をどのように進めたらいいのかを相談したところ、その方と旧知の仲だった田中さんをご紹介いただきました。以来、倫理の授業という位置付けで一般社団法人メディエーターズと協同授業を行っており、今年で6年目になります。

――メディエーションのどんなところに惹かれ、授業に取り入れようと思いましたか。

壱岐 栄光学園にはもともと、多様性を認め合い、対話を大事にするという文化があります。メディエーションの根本にある、相手の立場に立ってものごとを考える、相手を尊重するといった考え方と非常に合致していることから、生徒たちにも馴染みやすいのではないかと思い、授業に取り入れることになりました。

一般社団法人メディエーターズ 代表理事 田中圭子さん

――栄光学園の中学1年生を対象に行っている授業の実践方法やテーマについて教えてください。

田中圭子(敬称略 以下、田中) 全6回の授業を通し、メディエーションや対話の理解を促すことを目的としています。また、栄光学園の教育理念としても対話の文化が根強く息づいているので、対話の文化と結びつけた授業づくりを意識しています。

具体的な授業内容としては、第1回の授業は、桃太郎の劇を通じて、鬼の立場に立ったときのものの見え方について考えるプログラムになっています。今回取材していただいた第2回の授業では、「惑星」のゲームを通し、自分の意見や評価と事実が異なることを学びます。第3回の授業では、友だち同士の殴り合いなど、学校の紛争をテーマに、私がメディエーターとして間に入ったときにどんな解決方法があるのかをデモンストレーションします。第4回の授業では、メディエーションが目指す関わり方について理論的に説明します。第5回の授業では、大人の近隣トラブルの事例(隣の木の葉が、自分の家に落ちて困っている)をデモンストレーションしながら、登場人物の気持ちやものの見方を考えます。第6回ではメディエーションの授業の総括として、皆さんから質問をいただいたり、学んだことを一緒に考える時間となっています。

学校におけるメディエーションの授業というと、生徒が生徒の対立のメディエーターになる「ピア・メディエーション」の授業が一般的かもしれません。しかし、栄光学園にとって何が必要なのかを先生方とじっくり話し合うなかで、栄光学園においていま実施すべき授業内容は何か、について検討しました。もしメディエーターを育てても、他の生徒がメディエーションの考え方を知らなければ、生徒同士がメディエーションを使おうとも思わないし、メディエーターが間に入ろうとしたときに「関係ないから出ていって」と言われてしまっては、まったく意味がなくなってしまうからです。そこで、まずは、学年、そして学校全体でメディエーションの理解を深め、栄光学園の理念にある対話の文化を広げていこうということで、現在のプログラムに落ち着きました。

――メディエーションの授業を実践するにあたり、心がけていることはありますか。

田中 成長過程にある子どもが対立について学ぶときに気をつけなければならないのが、トラウマを持っている子への配慮です。そのためにも先生や保護者の方々としっかりと連携し、フォローアップ体制をつくる必要があります。

過去や直近に友だち同士や家族間で大きな対立があった場合、授業の内容や題材によってその対立を思い出し、苦しくなってしまう事もあります。そのため、授業を行う前に必ず生徒さんたちの様子を先生に伺い、なにか問題を抱えている子がいる場合は、事例や題材を変更したり、授業中、授業後のフォローアップ体制を考えるように気を付けています。

また、生徒さんのなかには、授業で学んだメディエーションを実践したいと考え、ご両親のケンカに割って入ってしまう子がいます。このときご両親から否定されてしまうと、生徒さんは傷ついてしまうでしょう。そのため、保護者の方には、4月の授業が始まる前に、メディエーションの授業について通知を出し、「お子さんが、いつもと違う行動に出た時は、その行動を一度受け止めて、どうしてそういった事をしたのか、じっくりお話を聴いて下さい」とお伝えしています。また、授業の中で、メディエーターとして対立の間にはいるのは、メディエーションを知っている人たちに入るものであるし、両当事者にも了解をとって間に入るということを伝えています。

壱岐 生徒同士の対立の間に入ろうとする子も少なからずいます。そんなときは彼らに対し、間に入ってきてくれた子に「お前関係ないだろう」とは言わないようにしようと話しています。

小学生時代に対立している間に入り、拒絶された経験から、対立している間に第三者として入っていくことに相当抵抗をもっている子は多いです。だからこそ、メディエーションを学んだいま、第三者として入ってきてくれた子の勇気を認め、受け入れてあげる必要があります。もちろん、「いまは2人で話したいから、2人にしてくれ」と伝えるのは問題ありません。

メディエーションを学んだ成果はすぐにあらわれるものではない

――栄光学園でメディエーションの授業を行うようになってから、生徒たちに変化は見られましたか。

壱岐 すぐに結果としてあらわれるものではなく、長い目で見ていろいろなアプローチをしていくなかで、少しずつ生徒たちの心に刻まれていくことを期待しています。とはいえ、お互いを尊重し合うという文化がもともとあるので、その傾向がより強まった印象はあります。

田中 壱岐先生がおっしゃった通り、メディエーションを学んだ成果はすぐにあらわれるものではなく、生徒たちも授業で実際にやったことを忘れてしまうかもしれません。しかし、大学生、社会人になり、なんらかのかたちで対立に直面したときに、メディエーションの授業で学んだことを思い出すかもしれません。私は、それもひとつの授業の効果なのではないかと思っています。

一般社団法人メディエーターズのスタッフの中には、学生時代にメディエーションを学んだ方たちもいます。栄光学園の生徒さんのなかからも、一緒に授業をやってくれる子が出てきてくれたら嬉しいなと思っています。

――最後に、メディエーションの授業を取り入れたいと考えている先生方に向けてメッセージをお願いします。

田中 最近では勝ち負けのあるディベート的な授業が増えていますが、伝えるためにはまず「聴く力」が必要です。それぞれの立場で「聴きあう力」を育てる授業が日本では不足している気がするので、そこにもう一度注目してみてください。中立的な立場で双方の話を「聴く」メディエーションの授業はその手段として力を発揮すると思います。

当事者として、お互いの視点を理解しようとし、その上でそれぞれに出来る事を自ら考えていくというのがメディエーションの考え方です。外部の講師を学校に招くというのはハードルが高いかもしれませんが、ぜひ恐れずにお声がけください。長い時間はかかるかもしれませんが、学校全体が変わっていく可能性があります。

壱岐 学校で新しいことをやるときは、どういったメリットが見込まれて、どういう実践をするとどういった成果が得られるのかを計画し、実行した結果どうなったかを評価して、それを報告するのが一般的です。メディエーションの授業においては、成果にばかり着目してしまうと本当のメディエーションの体験が得られない気がします。

生徒同士がケンカをしていると、つい間に立って「君はこういうところが悪いから謝りなさい」と解決を促してしまうことがあるかもしれません。しかし、そういった経験をもつ子どもに話を聞くと、謝ったものの全然腑に落ちていなく、モヤモヤが残ったままだという子が少なくありません。これでは本当の解決とはいえないのではないでしょうか。

メディエーションでは、先生が間に入って無理やりトラブルを解決させるのではなく、当事者同士が対話のなかで解決する方法を一緒に探っていきます。いままでの日本の生徒指導文化とは大きく異なっていると感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、上手くいけば、こちらの方がより根本的な解決につながるのではないかと思っています。

――ありがとうございました。

記者の目

栄光学園はとても雰囲気がよく、生徒たちの仲も良い印象だった。実際取材に行った際にも、ラーニングスペースで生徒が一緒に勉強している姿が見られた。聞けば、栄光学園では試験は順位をつけるものではないとの考えから、成績順位を出していないそうだ。周りの子をライバル視していないから、友だち同士で勉強を教え合う文化も自然と育まれているという。壱岐先生と話していても、先生が一方的に教え込むというスタイルではないため、先生と生徒の対話的な関わりが日常的に行われていることが伺えた。対話的な学びの実践を目指すなら、付け焼刃的なスキルを身につけさせようとするのではなく、日頃から対話的な文化を学校全体で育てていく必要がある。そんなことに気づかされた取材だった。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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