2021.02.22
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いのちについて、中学生に伝えるために(後編) 学校と社会の連続性を意識した授業づくり

神奈川県立こども医療センターのNICU(新生児集中治療室)で新生児の救命救急医療に取り組む豊島勝昭先生の協力のもと、2008年より私立神奈川大学附属中学校で実施されている「いのちの講演会」。この取り組みを始めた背景や、授業のための工夫や想いなどを、講演されている豊島先生、同校3年生の学級担任である大崎夏生先生、学年広報係で事前授業を担当した大場愛美先生からお話を伺った。

いのちと向き合うNICUから何かを感じ、将来に役立ててほしい

神奈川大学附属中学校 大崎夏生先生

―外部講師である豊島先生と神奈川大学附属中学校の連携のきっかけを教えてください。

豊島先生 私と神奈川大学附属中学校のコーディネートを、ずっと続けてくれている菊地真実さんがきっかけです。菊地さんは同校の卒業生の保護者で、薬剤師です。当時、日本臨床死生学会でお会いして、ぜひ、お子さんのいる中学校で講演してほしいと、間を取り持ってくださったのです。講演を始めた2008年は、ちょうどNICUの医師不足が問題になっていた時期でした。講演を通じて、少しでも周産期医療に興味を持ち、医療の道を目指す子どもたちが増えてくれたら、という思いでお引き受けしました。

―2008年から10年以上実施されていますが、当初と変わってきたことはありますか?

豊島先生 最初の頃は、NICUの赤ちゃんの病気の話ばかりしてしまいました。でも、講演後に学校の先生の話を聞くと、病気の話はあまり生徒さん向きではないのかなと思ったのです。講演中の生徒さんの反応を見ても、病気そのもののことではなく、現実に起こっていることや、赤ちゃんやそのご家族の普段の生活をそのまま話したときのほうが届いているように感じ、少しずつ今の形になっていきました。

大崎先生 現在、中学校の授業の中にはクリティカルシンキングが必要なものもあり、正解も不正解もない課題を取り扱うこともあります。この授業を通じて、処理できず心にとげが刺さるものがあったら、処理しないまま持っていってほしいと思います。私は、2010年の第3回目の講演から関わっていますが、生徒たちの反応は普遍的なように思います。いのちというテーマは一貫していて、それが普遍的だからだと考えます。生徒たちは日頃、いのちの重みを感じる機会が少なく、自分が生まれたことも当たり前のように思っているでしょう。授業を通じて、改めていのちについて強く思う感覚を持てるのではないかと思います。

ありのままの現実を「自分ごと」化するため、事前授業でプロセス形成

神奈川大学附属中学校 大崎夏生先生と大場愛美先生

―今日の授業のねらいについて教えてください。

豊島先生 幸いなことに、この10年でかつてのような周産期医療の医師不足は解消に向かっています。今は、その中でも将来NICUで働くことを選択肢として考えてくれる人が増えてくれればと期待しています。また、将来、医療従事者にならなくても、生徒さんたちがそれぞれの場所で病気や障害とともに生きる人を応援できる大人になってくれたらいいなと思っています。赤ちゃんの頑張りやご家族の力強さについて想像できる人が増えることで、障害のある子どもたちが、生きづらさを感じない、やさしい町に少しでも近づくことを願っています。

大崎先生 例年では、中学2年生を対象にした授業でしたが、この学年から中学3年生に変更しました。中学生は2年生から3年生にかけて大きく成長し、受け止め方ががらりと変わります。教科学習的にも、理科で「生命の誕生」、社会科で「生命倫理」を学びます。そのため、周辺知識がだんだんついてから講演会を受けられると考えました。また、高校1年生の秋口に文理の進路選択があるため、進路学習のひとつとしても捉えています。将来の進路や社会とのつながりが見えていく中で、より効果的に理解を深められるのではないかと期待しています。

―授業ではどんなことを工夫されていますか?

豊島先生 ドラマ「コウノドリ」は役者さんの演技も素晴らしく、生徒さん達に訴えかける部分は大きいですが、やはり現実ではありません。実際に自分の街でこういうことがあると伝えるのが大事ではないかと思い、ドラマに関しては導入だけで使うようにしています。33人に1人の赤ちゃんがNICUに入るのが現状です。ドラマの世界ではなく、自分達の住む街、すぐ身近にあることを知ってもらいたいと思っています。

大場先生 学校としては、講演で生徒の理解度が深まるよう、事前学習を2回実施しています。そこでは豊島先生がNICUについて書かれた著書を音読するほか、コウノドリの漫画版や豊島先生が出演されている映像記録など、さまざまな情報を生徒に提供。それをもとに、ワークシートを使って自分の考えを深めています。それによって、興味関心や自分の意見を持った状態で、講演に臨めるようにしています。ワークシートは、自分は生まれたとき何グラムだったのかなど、NICUに対して自分ごとに寄せて考えるところから、少しずつステップを設けています。講演で触れられる「集中治療を選ぶかどうか」という事例も取り上げ、選ぶご家族、選ばないご家族、それぞれの気持ちを想像させ、最後に自分が親だったらどうするか考えさせています。このように少しずつ、豊島先生の話を聞く準備を整えています。また、このような貴重な講演を、一回限りの経験にしてほしくないと思っています。さまざまな科目で、赤ちゃんやいのちについて学んでいるので、例えば「社会の授業でデザイナーベイビーについて触れたよね?」など、生徒の知識や経験の点と点を結びつけるような働きかけも随時行っています。

今後も、学校と社会の連続性を意識した活動・授業に取り組んでいく

神奈川県立こども医療センター新生児科部長・周産期センター長 豊島勝昭先生

―豊島先生の今後の活動について教えてください。

豊島先生 引き続きNICUで頑張っている赤ちゃん・ご家族・スタッフの想いを広く知ってもらう活動を継続していきます。NICUで命が救われた赤ちゃん達とご家族が街の中で生きづらさを感じながら生活している。そういうことを街の人に気づいてもらうのが大事だと思います。学校は社会の窓ですから、そこからご家族に伝わり、街へと広がればうれしいです。最近はPTAで話す機会も増えているので、少しずつ広がりを感じています。また、2019年に赤ちゃんがご家族と⼀緒に過ごしつつ治療を受けられるNICUにリニューアルしたときや、コロナ禍で物資が不⾜したときに、地域の⽅からたくさんのご寄付をいただきました。みなさんへの感謝とともに、社会にNICUへの理解が浸透している手応えを感じています。NICUを身近に感じて欲しいというのが目的だったので、県外での活動は考えていません。しかし、本を出版させていただき、反響も大きく、全国、それぞれの街にあるNICUで頑張る赤ちゃん・ご家族・スタッフをそれぞれの地域で応援したいという気運が高まればと願っています。

―神奈川大学附属中学校の道徳授業では、どんな挑戦を続けたいですか?

大崎先生 教科書を読んで考えるだけでなく、積極的にオリジナルの取り組みを模索したいと考えています。子どもたちを取り巻く現状を鑑み、今はいじめや情報モラルなどの授業が多いですね。1年生にはスマホの使い方なども指導しています。また、企業と連携し、LINEの社員の方をお招きし、情報リテラシーについて講演していただいたこともありました。また、緑区役所との連携で、器具を身に着けて障害者の体の不自由さを体感する授業や、盲導犬と一緒に歩行体験する授業なども実施しています。このような体験や実感を通じ、生徒たちが心を動かされる取り組みをこれからも考えていきたいと思います。

記者の目

「いのちやその尊厳」について、大切なことはわかっているが、どうしたらしっかり伝わるのか。現場の教員の方々は苦心して、さまざまなアプローチをしていると聞く。しかし、神奈川大学附属中学校の取り組みのポイントは、あえて伝えるための加工を避けているところにある。伝えたいこととは、得てして「正解」と言われるもの。ことに道徳において、環境や時代によって「正解」はさまざまあると言える。むしろ、多面的な現実をありのままに提示し、ともに悩み、その人の「正解」を考えるプロセスを学ぶことが、多様化し、変化も激しい社会の中で必要な道徳と言えよう。そのため、同学校が事前授業を通じて、現実を「自分ごと」として受け止めるためのプロセス形成に力を入れている点に注目すべきだろう。大きな課題を子どもたちの日常までブレイクダウンし、接点を見つけ、知識をつなぐためのサポートが、それの大きな鍵になりそうだ。

取材・構成・文:学びの場.com編集部

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