2021.11.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

対立が起きたときに解決する力を育む(前編) メディエーションの授業をリポート

「メディエーション」という言葉をご存知だろうか? メディエーションとは、メディエーターと呼ばれる第三者が間に入り、当事者間のトラブルを解決する手段のひとつ。メディエーターが間に入ることで、当事者同士の対話の力を回復することを目的としている。

今回は、メディエーションの考え方を学校現場に広めるため、出張授業を行っている一般社団法人メディエーターズの取り組みを紹介する。前編では、神奈川県鎌倉市の栄光学園中学校で行われた出張授業をリポート。メディエーションの教え方や、授業づくりの実践としてぜひ参考にしていただきたい。

メディエーションの授業がめざすもの

学校での人間関係において、トラブルや対立が起こることはめずらしくない。ときには自分が対立の当事者になるときもあるし、友だちや周りの人との間に入らなくてはならない場面もあるだろう。そんなとき自分に何ができるのか、そしてどんな行動をとればいいのかを、デモンストレーションを見たりゲームなどの実践を通じてゆっくり考えていくのがメディエーションの授業だ。

授業は、必ずしもメディエーターの育成を目的としているわけではない。それよりも、メディエーションの考え方を学ぶことで、自分たちの問題を自分で考えたり、解決の方法を一緒にさぐったりする力を育てることに主眼が置かれている。

偏見や思いこみから受ける印象が、対立解決を妨げる

一般社団法人メディエーターズは、同校で中学校1年生を対象としたメディエーションの授業を年に6回行っている。今回は全6回のプログラムのうち、第2回の授業をリポートする。

授業概要

学年:中学校1年生
ねらい:偏見や思いこみから受ける印象が、対立解決を妨げることを理解する
    事実と判断の違いを理解する
授業者:一般社団法人メディエーターズ 代表理事 田中圭子さん、岡田学さん、川野智弘さん
    山口陽さん(栄光学園卒業生)

対立にはそれぞれの背景や事情がある。同じものを見ていても、人によって見えているものが違っているため、意見の食い違いや誤解が生じ、それが対立にまで発展していく。

第2回の授業では、『惑星』と名付けたプログラムを通し、事実から受ける個人の解釈が、対立のなかではより大きなものとなって影響し、それが差別や偏見につながることを考える。

授業の進め方

※『惑星』のワークは、American Friends Service Committee  “Help Increase the Peace Program manual”(シャンティ国際ボランティア会「対立解決と仲間づくりを通した若者のエンパワメントのための教育」 2005/P123-124)を栄光学園の授業用にアレンジしています。

1. クラス全体を3つのグループに分ける

クラス全体を「青星」「黄星」「ピンク星」の3つのグループにわけ、お互いに見えない部屋に移動する。それぞれのグループには、メディエーターズのスタッフがアシスタントとしてつく。

2. 各惑星の文化を説明する

各惑星にはそれぞれの文化がある。文化について書かれた資料を配布しながら、アシスタントが説明する。

各惑星の文化は以下の通り。

【青星】

文化:

  • 話す相手とは、自分の身長と同じくらいの距離が離れていないと不安でたまらない
  • 相手と話をしたいときや質問をしたいときは、身長と同じくらいの距離が離れていないと話せない
  • いつも大きめの声で話す

食べ物:ロコモコ
気候:常夏


【黄星】

文化:

  • メガネをかけている人は、メガネをかけていない人としか話せない
  • メガネをかけていない人は、メガネをかけている人としか話せない

食べ物:ジンギスカン
気候:乾燥


【ピンク星】

文化:

  • 相手と背中合わせでないと、不安でたまらない
  • 小さな声でしか話せない

食べ物:やきいも
気候:一年中冬

3. 各惑星で4人の調査団を選び、ミッションを与える

各惑星で4人の調査団を選ぶ。調査団には、別の部屋に行き、他の惑星の食べ物と気候を聞き出してくるというミッションを与える。残ったメンバーには、他の惑星からやってくる調査団を受け入れ、質問に答えるというミッションを与える。

アシスタントは、ミッションを行う際には、以下のルールを守る必要があることを説明する。

  1. 調査団と、他の惑星からきた調査団を受け入れる各惑星の住人は、それぞれの文化を守る。
  2. 調査団になったときは、「文化はなんですか?」という質問はしない。
  3. ミッションを相手に実行させないために嘘をつかない。
  4. 各文化について書かれた資料を見せない。
  5. 自分の文化を自分から言わない。

4. ミッションを行う

ミッションを遂行するため調査団が順番に各惑星の部屋に行き、各星の住人と交流する。

5. 調査団は各惑星の部屋に戻り、ミッションの結果を報告し合う

元の部屋に戻ってきた調査団から、別の星の食べ物と気候を聞き出す。調査団と、元の部屋に残っていたメンバー、それぞれから、他の星の調査団がどんな人たちだったかを聞き出し、アシスタントが各星の色のポストイットにメモする。

6. 教室で各惑星の調査団がミッションの成果を報告する

クラス全員で教室に戻り、各惑星の調査団がミッションの結果を報告する。「ミッションを相手に実行させないために嘘をつかない」というルールがあったため、どのグループも他の惑星のメンバーから食べ物と気候を引き出すことができていた。

7. 他の惑星の文化について聞く

調査団の4人と、調査団を受け入れた各星の住人から、別の惑星の住人について聞き、スタッフが1枚1枚のメモを張り出していく。

田中さんが「青星の人たちはどんな人たちでしたか?」と質問すると、生徒たちが席から自由に声をあげる。

「無駄に避けられる」
「普通には話せる」
「かたくなに離れる」
「離れて話す」
「逃げる」
「ソーシャルディスタンスをとる」
「距離が遠い」
「遠くから話す」
「単独行動が多い」
「警戒心が強い」

これらの発言が出た後、青星の住人に文化を確認する。その後、黄星、ピンク星についても同様に聴く。各星の文化は
前述の通り。

田中さん「青星の人たちに対し、『警戒心が強い』『単独行動が多い』など、事実と異なるポストイットがいくつもありますね。これはなんでしょう」

生徒「誤解」「偏見」

田中さん「そうですね。事実は『話す相手とは、自分の身長と同じくらいの距離が離れてないと不安でたまらない』で、『警戒心が強い』『単独行動が多い』はみなさんそれぞれの解釈ですよね。このように、事実に各自の価値観が加わると解釈になってしまい、特に対立が起こっている場面ではこの解釈が誤解や偏見になってしまいます。

日常生活で、事実が誤解や偏見になるのはどんな時なのか、具体例をお話します。私がイタリア旅行に行った時、そろそろ白いご飯がたべたくなりました。でも、イタリアでは白いご飯は具合の悪い人が食べる文化があります。そういった文化を知らなかった私は白いご飯を食べてしまい、具合の悪い人だと思われてしまいました。せっかく友だちをつくりたくてイタリアに行っているのに、具合が悪いと思われて皆が離れていってしまったのです。

このように、国や人種、地域によってさまざまな文化があり、それを知らないことから誤解が生まれるということが往々にしてあります」

田中さんは授業の最後を以下の言葉で締めくくった。

「事実に対して、自分の感情や人生観、価値観が加わると、評価や解釈になり、それが対立の中ではもっと大きくなってきて、偏見や、先入観、思い込み、やがては差別につながってきてしまいます。今日の授業を振り返り、自分の身の周りや、社会で事実と解釈との違いが、お互いのコミュニケーションを困難にさせてしまっているようなことはなかったか、次回の授業までに考えてみてください」

後編では栄光学園の生徒指導部長を務める壱岐太教諭と、授業を担当した一般社団法人メディエーターズの田中さんへのインタビューをお届けする。

記者の目

差別・偏見はセンシティブな問題であり、授業のなかでも取り扱いが難しいテーマだろう。ともすれば指導的になりやすいこのテーマに対し、「差別はしてはいけないよ」と説教するのではなく、『惑星』のようなユニークなゲームでアプローチしている点がすばらしいと思った。生徒たちも楽しみながら、生き生きとゲームに取り組んでいたようだ。差別・偏見が生まれる背景には必ず思い込みや誤解がある。そのことに気づいた生徒たちがどんな豊かな人間関係を築き、グローバルな社会課題に取り組んでいくのか。今後が楽しみだ。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop