2021.07.19
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オーサップ:1人1台端末環境を活かした「鳳一歩先行プロジェクト」(後編) 英語の学習にとどまらず、総合的な学習を目指す取り組み

広島県の福山市立鳳中学校(校長・本田浩実先生)では、3年生の英語の授業で11台端末の環境を活かし、オンライン会議用アプリでオーストラリアの生徒たちとのランゲージエクスチェンジを始めた。同校はこの学習を「Otori One Step Ahead Project」(鳳一歩先行プロジェクト)」と位置づけ、『オーサップ(OOSAP)』と呼んでおり、英語の学習にとどまらず、総合的な学習に広げたい考えだ。授業を取材させてもらった後、英語の授業を担当する池田 貴美 教諭と教務主任の倉兼 務 教諭に、この新しい取り組みの詳細をお聞きした。

ランゲージエクスチェンジとは

異なる言語のネイティブスピーカー同士が交流し、お互いの言語を学び合う学習法。

言葉の学習を介した平和教育

英語科 池田貴美教諭

まずは、英語科の池田先生に学習の意図や手応えなどをお聞きした。

――『オーサップ』はどんな意図から始められたのですか。

池田 本校では今年4月から1人1台端末環境が実現しました。せっかく1人1台の端末を使った学習活動ができるなら、他国の人と交流を持つことにより、英語の学習にとどまらず、世界に目を向けて考えたり、世界を舞台に活躍できたりする生徒に育って欲しいという願いがありました。

――受験のためというより、将来的に生きていく力をつける学習という位置づけですか。

池田 そうですね。受験のための学習というつもりはないです。ただ、実際にやってみると、生徒たちは自分のことや自分の町のこと、そして日本のことをオーストラリアの生徒たちに紹介するため、おのずと相手のことを理解する気持ちを持って臨んでいます。それが、英語の力をつけることにもなりますね。

今日、生徒たちは机の上に、普段の英語の授業で使っている教材を出していましたが、あれは日本の面白い文化について英語で書いてあるものです。それに、今の英語の教科書には広島のことも載っています。生徒の中には、『オーサップ』の時に話すことをこうした教材から探している子もいるので、普段の英語の授業にもつながります。

――『オーサップ』の取り組みでは、生徒たちは英語を学びながら、自分が住んでいる国や県の文化、歴史も学べますね。

池田 そうですね。英語の授業を担当すると、生徒から「なんで英語の勉強をするの?」と必ず聞かれます。「日本にいるのに、なんで英語が必要なの?」と。その答えも示せると思います。

海外の人と英語でつながれたら、大人になっても他の国のことを理解し、争いをしようと思わないですよね。言葉の学習を介して、平和教育にもなっていると思います。

――授業では、進行は生徒たちの自主性に委ねているように見えました。

池田 自主性といいますか、私たちは生徒たちが「できる」と思っていますから。たとえば、今日ホワイトボードを使っている子がいましたが、あれも生徒が自ら使いたいと言ってきたのです。前回の授業では、相手にうまく説明できなかったので、ホワイトボードを使おうと考えたようです。そういうところは子供の力ですね。

もっとも、生徒たちは、今日はホワイトボードを使いすぎて、言葉があまり使えていなかったですね。実際にやってみると、色んな課題が出てくるので、その都度、対応していこうと思っています。

英語が苦手な子ほど事前に多くのことを調べてくる

――実施する頻度は3週間に1度程度だそうですね。

池田 やれるなら、もっと準備をしたいし、発音の練習をしたいし、振り返りをしたいし…と、やりたいことは山ほどあります。でも、英語の時間は通常の英語の授業もありますので、そういうわけにもいきません。先方の生徒さんは10名ですし、そのへんの折り合いをみて、今のところは先方は毎週、こちらは3クラスが順番におこなっていて、各クラス3週間に1回です。

――生徒たちの評判はどうですか。

池田 英語が得意な子も苦手な子も、学習のモチベーションはすごく上がっていますね。英語が得意な子は自ら率先して司会をしてくれて、いつもは英語の授業にあまり前向きでない子も、「今度はあの子とあんな話をしてみたいから」と事前に調べものをしてきています。英語が苦手な子ほど本番でしゃべるのが不安なので、事前に多くのことを調べ、話すことを紙に色々書いてきています。

――授業を拝見する前は、話せずに沈黙してしまう生徒もいるのではないかと思っていましたが、実際の授業では全員が積極的に取り組めていましたね。

池田 普段の英語の授業では、まったく声を聞かないような子もいるので、私もちょっと心配していたのです。そんな子でも積極的にしゃべったり、書いたりするので、「この子がそんなことするんだ!」という新たな発見がたくさんありました。

本物に触れ合える場を設定すれば、生徒のやる気は跳ね上がりますね。場の設定は大事だと改めて感じました。

――授業の最後に生徒たちが、オーストラリアの生徒からインスタのアカウントを教えてもらっていたのも印象的でした。

池田 ゆくゆくは授業以外の場でも生徒同士が交流できるようになればいいなと思っていたのですが、生徒たちがもう自主的に実現していますね。夏休みの期間は授業がストップするので、この間も生徒同士で交流できたらいいですね。

この取り組みは今年だけでなく、継続してやっていきたいです。今は3年生だけがやっていますが、将来的には1年生、2年生、3年生と段階的にやっていくことも考えています。1年生でまず海外で生活している人とコンタクトをとり、2年生でメールのやりとりをして、ゆくゆくは生徒たちが国際的な視野を持ち、うまく人間関係をつくれるようになれたらいいなと思っています。

生徒たちが地域と自分のことを知り、次のステージに進んでいけるように

教務主任 倉兼務教諭

続いて教務主任の倉兼先生に、『オーサップ』の今後の展望をお聞きした。

――『オーサップ』は英語の学習にとどまらず、総合的な学習にされたいそうですが、たとえば、どんなことを想定されていますか。

倉兼 たとえば、この地域では、かつて地域行事の中でソーランが踊られており、本校でも毎年5月の体育大会で生徒たちがこれを披露していました。今年度はコロナの関係で4月に体育大会、7月に鳳ソーランを別々に行いますが、地域でソーランを盛り上げておられた方を本校にお招きし、生徒たちがインタビューを行います。そして、地域の思いを引き継ぎ、鳳ソーランをこれまで以上に盛り上げていこうと計画しています。

こうしたことをやっていけば、生徒たちはより自分たちの地域について知ること、語ることができるようになると考えています。

――生徒たちが地域について理解を深める動機になるということですね。

倉兼 生徒たちが3年間で地域を知り、より広い進路について考え、やがて国際理解を深める。その上で改めて地域と自分のことを知り、次のステージに進むという流れができるといいな、と思っています。

広島県の公立高校の入試でも2023年度から自己PR文を書いたり、面接で自分について語ったりする検査が加わります。『オーサップ』では、自分のことをうまく語る力も育てられるのではないかと思っています。

――『オーサップ』で、現在までに生徒たちが実際にそうなりそうな兆候は何か現れていますか。

倉兼 英語で語るために足らないことを色々調べ、必死に伝えようとしていますね。今日、生徒がホワイトボードを使っていたのもオーストラリアの生徒たちに「伝えたい」「つながりたい」という思いが生まれているからです。こういうことは兆候としてみていいかな、と思います。

これからは、SNSやYouTubeで「発信していく時代」です。伝えたいという思いや、伝えるために工夫する力は非常に求められるので、育てていきたいと考えています。

プラスワン

鳳中では、創立57年目を迎える来年度から「多様性」と「機能性」をテーマに制服の仕様を大きく変更する。冬服の標準は男女共にブレザー+スラックス、夏服の標準は男女共にスラックスに。さらに冬服では男女共にオプションでスカートを選択でき、夏服でも男女共にオプションでハーフパンツやスカートを選択可能になるという。男子用のスカートの制服、中学校でのハーフパンツの制服は全国的にも珍しく、注目を集めそうだ。

記者の目

鳳中の『オーサップ』は、進行を生徒たちに任せることで学習意欲を高めているように思えたが、こういう学習をするには生徒との信頼関係が不可欠だ。実は同校では、本田校長先生の方針で生徒が校長室にも自由に出入りできるなど、普段から先生と生徒の関係を非常に近くしている。そういう日常的な取り組みが生徒たちとの信頼関係につながり、『オーサップ』の原動力になっているのだろう。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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