2021.07.19
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オーサップ:1人1台端末環境を活かした「鳳一歩先行プロジェクト」(前編) オーストラリアの生徒たちと「ランゲージエクスチェンジ」

文部科学省が進めるGIGAスクール構想により、全国の小中学校で実現している11台端末環境。広島県の福山市立鳳中学校(校長・本田浩実先生)はそれを活かし、3年生の英語の授業で新たな取り組みを始めた。オーストラリアの生徒たちとオンライン会議用アプリで交流し、お互いの言語を学び合うランゲージエクスチェンジという学習だ。実際に授業を取材させてもらうと、何より生徒たちが主体的に取り組む様子が印象的だった。

【授業概要】

学年・教科:中学3年生・英語

内容:英語のネイティブスピーカーであるオーストラリアの生徒たちとオンラインで交流し、お互いの言語を学び合う。

授業者:池田 貴美 教諭

使用教材・教具:ノートパソコン(Google Chrome book)、オンライン会議用アプリ(Google Meet)、教科書他

アンケートから窺えた生徒たちの学習意欲の高まり

ランゲージエクスチェンジは、異なる言語のネイティブスピーカー同士が交流し、お互いの言語を学び合う学習法。パートナーが他国に住んでいても、オンラインなら通信費以外の費用はかからないため、近年は日本でもマッチングアプリなどでパートナーを見つけ、これをおこなう人が増えている。

ただ、学校の英語の授業にランゲージエクスチェンジを採り入れるには、まずはいかにパートナー校を見つけるかが課題だ。鳳中で英語の授業を担当する池田貴美先生によると、オーストラリアの学校とパートナーになれたのは、同校にALT(Assistant Language Teacher=外国語指導助手)として赴任していた先生のおかげという。

「その先生自身はジャマイカ出身なのですが、世界各地に知り合いがいる人で。知り合いが勤めているオーストラリアの学校を紹介してくださったのです」

その学校、ホープクリスチャンカレッジ(Hope Christian College、以下HCC)は、オーストラリアのアデレード市にある男女共学のキリスト教系私立のミドルスクール。生徒たちは英語のネイティブスピーカーで、同国の義務教育の最高学年である「10年生」の10人ほどが選択外国語として日本語を勉強しているという。

アデレード市なら日本との時差も1時間30分(アデレードのDaylight Saving Time=サマータイム期間は30分)しかない。ランゲージエクスチェンジのパートナー校として鳳中とHCCはウイン・ウインの関係だったのだ。

鳳中では、こうして3年生の英語の授業に導入したランゲージエクスチェンジの取り組みを『オーサップ(OOSAP)』と呼んでいる。本田 浩実校長先生が考えた造語で、「Otori One Step Ahead Project」(鳳一歩先行プロジェクト)」という意味だ。地元福山市が2016年から始めた取り組み『福山100NEN教育』で定着した主体的な学びを「さらに個々で加速していこう」「さらに一歩前に踏み出していこう」という願いが込められている。

その1回目は5月に行われたが、事前に生徒たちに行ったアンケートでは、期待と不安の声が半々だったそうだ。しかし、授業後に行ったアンケートでは、生徒たちから前向きな回答が多く返って来たという。たとえば、次のような回答がそれだ。

「楽しかったのでもっと話したいと思った」

「家で発音を完璧にしてくる」

「次回は今回よりもっとたくさんのことを話せるようにしたいです!」

「次はもっとスラスラ話せるようにする」

「もっと積極的になりたい。英語でもしっかりと発音して、もっと上手に会話したい」

「次はもっと大きな声でマスク越しでも笑顔が伝わるようにしたいです!」

回答からは、生徒たちの学習意欲が高まっていることが窺える。

チャイムの前に接続確認

記者は6月10日、鳳中の32R(「さんじゅうにるーむ」と読む。3年2組の意味)で行われた2回目の『オーサップ』を取材させてもらった。当日は午前8時40分に教室に到着。始業時間は8時50分なので、まだ10分あるが、35人の生徒はみんな席につき、机の上に置いたノートパソコンを起動させていた。

「つながった?」「うん。そっちは?」。インターネットに接続できたかをお互いに確認し合う生徒たち。どの生徒のパソコンも問題なくインターネットに無線接続できており、ネットワーク環境は良好であるようだ。

午前8時50分。始業を告げるチャイムが鳴り、生徒が一斉に立ち上がる。生徒の前に立った池田先生と英語で挨拶をかわす生徒たち。「Are you ready?(準備はできましたか?)」という池田先生の問いかけに、「Yes!」とみんなで元気よく返事をして、2回目の『オーサップ』が始まった。

「では、ミートに入ってくださーい」と池田先生。ミートとは、オンライン会議アプリ『Google Meet』のことで、オーストラリアの生徒たちとの交流にはこれを使う。11、12人ずつ3つのグループに分かれた32Rの生徒たちは各自ヘッドフォンマイクをつけた上で、『Google Meet』を起動させ、入室していく。

7分ほど経った頃、記者が生徒たちのパソコンのモニターを見て回ると、ブラウザ上に起動した『Google Meet』の会議室に「タテ3人×ヨコ3人で計9人」もしくは「タテ3人×ヨコ4人で計12人」の生徒の顔が並んでいた。人数はHCCの生徒が2人か3人に対し、32Rの生徒が6~10人という割合だ。

一方、池田先生も教室の前方に設置した3台のパソコンで3グループの『Google Meet』にそれぞれ入室している。必要があれば、先生も生徒たちの会話を確認できるように準備しているのだ。

「Hello, everyone. Time is coming now. Let’s start. (みなさん、こんにちは。時間がきたので、始めましょう)」

各グループの進行役の生徒が、あらかじめ用意しておいた教材の原稿を読み上げ、鳳中の32RとHCCの生徒同士のやりとりがまずは英語で始まった。

進行は生徒に任せ、先生は見守る

『オーサップ』では、発言する生徒はモニターに向けて手を振り、それから発言するルールだ。まずは1人ずつ、モニターに向けて手を振り、「Nice to meet you. I'm ×××(名前)」と自己紹介。この日、教室には池田先生のほか、教務主任の倉兼 務先生、教頭の福本 裕子先生も立ち会っているが、進行は生徒たちに任せ、干渉はせずに見守っている。

それから質問と回答のやりとりが始まると、双方の生徒たちが次第に打ち解けて来る。

32Rの生徒「What foods do you like?(どんな食べ物が好きですか?)」

HCCの生徒「Vegemite(ベジマイト)」

32Rの生徒「……?」

32Rの生徒がピンとこないでいると、HCCの生徒がホワイトボードに「Vegemite」と書いて、スペルを教えてくれる。すると、32Rの質問役以外の生徒が「じゃあ、俺が調べる」とネットで検索し始めた。

記者も知らなかったが、ベジマイトとは、様々な野菜をイースト菌で発酵させた食べ物で、チョコレートクリームのような見た目をしており、トーストに塗るなどして食べるものらしい。検索した生徒が他の生徒たちに教えてあげると、「へえー」と感嘆の声があがる。

さらに、32Rの生徒が「Do you know any Japanese comics?(日本のコミックで知っている作品はありますか?)」と質問すると、HCCの生徒から「ONE PIECE(※日本の有名な漫画作品)」という回答が――。

「オー!」「ワンピース!」と盛り上がる32Rの生徒たち。『オーサップ』は語学だけでなく、他国の生活や文化を学び、海外から見た日本を知ることもできる学習のようだ。

インスタのアカウントを教えてもらい、盛り上がる

始まって25分で前半が終了。ここで、交流に使う言葉は英語から日本語にスイッチする。今度はHCCの生徒たちから32Rの生徒たちに日本語で質問してもらうのだ。

HCCの生徒「すんでいるまちのなまえはなんですか?」

32Rの生徒「ふくやまです」

HCCの生徒「とかいですか? いなかですか?」

32Rの生徒「いなかです!」

HCCの生徒「どうやって、がっこうにいきますか?」

32Rの生徒「あるいていきます!」

ホワイトボードに平仮名で答えを書いて見せながら、日本語でやりとりする32Rの生徒たち。やはり日本語で話す時は気持ちに余裕があるのか、質問に答えている生徒の横で「逆立ちしていきます!」と冗談を言う男子生徒もいた。

終業時間が近づき、池田先生が「そろそろ時間なので、まとめてくださーい」と呼びかける。HCCの生徒たちとお礼を言い合い、まとめに入る生徒たち。そんな中、ちょっとしたサプライズがあった。目立って明るくコミュニケーションに積極的だったHCCの女生徒がホワイトボードにインスタグラムのアカウントと共に「フォローしてね」と書いてリクエストしてきたのだ。

32Rの生徒たちが盛り上がり、その女生徒のインスタのアカウントを一斉にメモしている。授業を離れても、パートナー校の生徒たちとSNSなどで交流が続く可能性もありそうだ。

終業後、福本裕子教頭先生はこんな展望を聞かせてくれた。

「ゆくゆくは英語の学習だけでなく、総合的な学習に広げていきたいです。今は本当に小さな1歩を踏み出したばかりですが、今後は2歩、3歩と進んでいくのではないかと期待しています」

たしかにそういう期待を感じさせる授業風景だった。後編では、授業者の池田先生と、教務主任の倉兼先生に今後の展望などをインタビューする。

取材・構成・文・写真:学びの場.com編集部

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