2020.02.26
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

教師が自主的に楽しんで取り組む研究授業(後編) 「よい授業をしたい」という熱意が子どもたちを変えていく

京都市左京区にある京都市立岩倉北小学校は、教職経験5年未満の若手教員が6割を占めています。岩倉北小学校では、管理職が定期的に授業参観と事後指導を行い、積極的に公開授業を行わせるなど、一⼈一⼈の教員の授業⼒向上を図ってきました。
「IKS総選挙公開授業/公募型研究授業」リポート後編では、研究協議や、前文部科学省視学官・国士舘大学の澤井陽介教授の講評、授業者の森先生、教頭の牧先生へのインタビューをお届けします。

参観者による研究協議

研究協議の様子

研究協議の会場では、先生方が各学年のグループに分かれて着席。グループごとに、各学年の授業内容で「よかった点」と「課題」を挙げることから研究協議がスタートします。グループの司会役の先生が「よかった点を青い付箋に」「課題が残った点を赤い付箋に」記入するよう参加者に促し、記入されたふせんは大きな紙にはりだされ、整理されます。 6年生のグループでは、よかった点としては次の点があがりました。

  • 子どもたちが授業以外のときにも、「フェアトレード商品は通常の商品に比べて50円高い」など自分から興味のあることを調べたり、関連する本を読んだりして、授業で発表している
  • 授業内での話し合いが充実している
  • 森先生自身が「これを伝えたい」という使命感、やる気にあふれている

一方、課題として次の点が指摘されました。

  • 「学校にいけない子どもがいる」ということを、子どもたちが自分のことに落としこめておらず、「お金や食べ物がないことが問題だから、寄付や募金をすればいいんじゃないか?」という点に子どもたちの議論が終始しがちであった
  • 森先生が集めた資料の数は豊富だが、資料同士のつながりがいま一つ伝わってこなかった
  • 支援の形が募金だけでいいのか、自立できる国になることが大事なのではという議論に至れていなかった

研究協議の開始から30分ほどが経過。各学年で行われた授業のよかった点と課題について、先生方が発表し、ほかのグループの先生方も真剣に聞き入っていました。

澤井教授による指導助言

子どもたちが学習内容を自分のこととして語れるようになる授業を目指して

澤井教授による講評

澤井教授は、ご自身の手で各学年の授業内容をA4用紙1枚にまとめた上で、よかった点には青いペンで、課題が残る点には赤いペンで書き込みをしたものを、参加者に配布してくださいました。
澤井教授によると、新学習指導要領に基づく社会科の授業で、ますます大事になることの1つは、「子どもたちが、評論家のように社会について語るのではなく、学習内容をいかして自分のこととして語れるようになるか」という点だそうです。授業目標が壮大すぎたり、子どもたちからのアウトプットを急がせすぎたりすると、「こうすればいい」という提案は出てくるものの「誰がするのか?」があいまいで、自分のこととして語れないままに終わってしまうという注意点を、澤井教授は詳しく説明されました。
例えば、森先生の「学校に行けない子どもたち」の問題や、他の学年で取り上げた放置林の問題(5年生)、観光客の急増によるジレンマ(4年生)について、「募金をすればいい」「税金を集めればいい」「国際協力が必要」などの漠然とした言葉だけでなく、「自分には何ができるのか?」を、子どもたち自身が語れるようにしていくことが重要だと、澤井教授は指摘されていました。
また、「学校に来られない子どもたち」だけでなく、番組小学校(※)(3年生)などおもしろい題材を選んだ先生がいることに、澤井教授からお褒めの言葉がありました。一方で、題材をどう授業に使い、どんな出口を目指すかが整理されていない部分について、澤井教授は授業ごとに、改善の方向性について提案されていました。
※番組小学校……明治時代、国が学校を設けるより前に、京都の町衆がお金を出し合って作った小学校。番組と呼ばれる自治組織ごとに小学校が設けられた

授業者 森裕美子先生に聞く

森裕美子教諭

6年生に授業を行った森裕美子先生にお話を伺いました。森先生は教職経験4年目、このクラスの学級担任2年目です。

―本日の公募型研究授業に「せっかく建てた学校が使われなくなっている」という題材を取り上げた理由をお教えください。

森 裕美子(敬称略 以下、森) 私は大学生の時、カンボジアの小学校に行って、2週間のボランティアとして授業をしたことがあります。そのとき、小学校に通える子どもたちと、小学校に通えず観光地などで児童労働を強いられている子どもたちに出会いました。そこで、自分に何ができるのだろうと悩みました。
たった7~8時間の単元で教えられることは限られています。でも、まずは、今世界で起きていることを知ることが大切だと考え、クラスの子どもたちにも知ってほしいと思ったからです。

―この授業の一番のねらいは?

森 まずは世界の中に、日本にいる自分たちとは全く違う生活をしている子どもがいると知ることです。知った上で、「自分にもこういうことができる」、あるいは「自分にはこれだけしかできない」という気づきが、子どもたちにあればと思いました。

―授業で工夫されていることはありますか?

森 子どもたちが話し合える時間を多く取り入れ、新しい視点が生まれるようにいつも心掛けています。また、わからないことは「わからない」「教えて」と言えるクラスにしたいと思っています。

―他の先生の前で研究授業をすることのメリットは何でしょうか?

森 多くの先生方に見てもらえる授業なので、いろいろな視点からの気付きをもらえます。また、周りの先生が相談に乗ってくださったり、資料の新しい見せ方に気づかせてくださったりします。3パターン、4パータンくらいの授業を考え、1つを選んでは「やっぱり変えよう」と迷いながら進めていくのは大変ですが、最後はやってよかったと思います。
澤井教授に子どもたちの動きを聞いて「あの方法を使っていたら、もっと違う動きだったのかも」と反省して、次はこんな風にやってみようと考えることも多いです。

教頭 牧紀彦先生に聞く

牧紀彦教頭

9年前、岩倉北小学校に赴任されてから、研究授業の実践に取り組んできた牧先生にお話を伺いました。

―「公募型研究授業」についてお聞かせください。

牧紀彦(敬称略 以下、牧) 今回は、教員から無記名で「単元構想図」を提出してもらい、15本が集まりました。次に、先生方全員に指導案を見てもらい、次の4つの観点で点数をつけてもらう形で投票をお願いしました。

①単元の目標が学習指導要領を意識しており、単元の終末には子供たちが目標に到達することができる単元構成となっているか。
②子どもがワクワクしながら能動的に進められる学習となっているか。(問いの設定・単元展開・教材の面白さ・発達段階に応じた学習内容など)
③「学びに向かう力・人間性等」の適切な目標が設定されており、学習を通して子供 の態度や生き方を育むことを意識した学習となっているか。
④「ぜひ見てみたい!」「自分もやってみたい!」と思える授業であるか。

このように自分たちが見たい授業に投票することで「授業を見る側」の主体性が高まるだけでなく、前もって指導案や学習指導要領を見ておくことで授業の作り方の勉強にもなると思います。
また、澤井教授に45分間通して授業を見てもらえる機会は少ないです。今回は、1本の授業について詳しく講評をいただける形にしたので、「こういう授業をしてみたい」という指導案が、たくさん出てきたんだと思います。

―牧先生が研究授業の実施に熱心になられた経緯は?

牧 9年前、岩倉北小学校に赴任した時点では、子どもたちが落ち着かず、授業の成立が難しい状況でした。当時の学校長が京都の社会科研究会の会長だったので、なんとか授業を立て直そうと声掛けをされました。 皆が社会科の授業を熱心にやっていくと、ものの1、2年で子どもたちは落ち着きました。それで「やっぱり研究授業が大事だな」と考えたのです。 岩倉北小学校は、2014年度に社会科研究全国大会の会場となり、その大会に向けて教員も盛り上がりました。その当時の熱意を維持したいという思いがあります。 今後、教員の働き方改革をしていく中で、いろいろな業務の効率化も大事ですが、授業と学級経営、生徒指導だけは、絶対時間をかけるべきだと私は考えています。当校でも校内研究の数が減りつつあったので、できるだけ多くの教員が指導案を書く機会を作りたいと思い、今回の公募型研究授業を企画し、校外からも数名の先生に応募・参加いただきました。

―牧先生が目指す「楽しい研究活動」の運営とはどのようなことですか?

牧 自主的に公開授業に挑戦することも、楽しいという思いにつながります。 もう1つは、事後協議の際に「ここがダメ」という指摘ではなく「もっと、授業をよくするためにはどうしたらいいか?」という価値観を大事にすることですね。授業者が「どんなことを言われるのか恐怖に感じてしまう」ようなことは、したくありません。

―今後の課題や展望などをお聞かせください。

牧 教員の年齢層が若返っている今、若手にチャンスを与え、場数を踏んでいってもらうことを大事にしたいです。 また、若手の目標となるミドルリーダーの育成ですね。ミドルリーダーの授業を見て、その授業が見本になり若手の勉強の場となっていくような体制を作りたいと考えています。 また、できることなら、岩倉北小学校だけでなく、他の小学校でもこのような研究授業が行われるようになったらおもしろいなと思っています。

記者の目

森先生の授業は、子どもたちの積極的な発言があり、とてもにぎやかな授業だった。自分が言いたいことを言うだけではなく、森先生や発表者の話はきちんと聞く姿勢ができている。意見を発表するとき「前の班が言ったように……」などの言葉が出るのは、人の話を聞いて、臨機応変に自分の発表に取り入れていく訓練ができているからだろう。
事後研究会で、先生方が熱心に授業について語り合い、他の人の発表を熱心に聞いて、メモを取っている様子を拝見した。このような姿勢を映し出す鏡として子どもたちの姿があるのだと感じられた。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop