2019.07.19
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「考え、議論する道徳」を実践する(前編) ―道徳科・校内授業研究会リポートー

小学校では2018年から、中学校では2019年から道徳が教科化され、「特別の教科 道徳」がスタートした。狙いは「登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導」から「考え、議論する道徳」への質的転換にある。新しい指導方式に変わって間もない中、現場からはいまだ戸惑いの声が多く聞こえてくる。
今回は、千葉県の印西市立原小学校で行われた「道徳科校内授業研究会」をリポートする。驚くほど活発に発言し、議論し合う印西市立原小学校の子どもたちは、まさしく「考え、議論する道徳」の実践者だといえる。前編では研究主任・今野みさ子教諭による小学校5年生の授業を紹介する。

授業を拝見!

教材・自己・他者との対話を通して学びを深める

学年・教科:道徳 5年
主題: 豊かな人間関係をつくる
内容項目:【B 友情・信頼】
指導者:今野みさ子 教諭(研究主任)
使用教材:『ロレンゾの友達』(教育出版 小学道徳5)、立体意思表示札

導入:友情を深めるために大切なこと

道徳科の定番教材である『ロレンゾの友達』。20年ぶりに帰郷する友達のロレンゾによからぬ噂があることを知り、アンドレ、サバイユ、ニコライの3人は、友達に対してどのように関わればよいか悩み、葛藤するという物語だ。3人それぞれの考えについて話し合うことを通して、友情を深めるためには何が必要なのかを考え、相手のことを考え、相手の身になって関わっていこうとする心情を育てるのが指導の狙いとなる。

今野教諭は導入として、5月に行われた1泊2日の自然教室に関するアンケート調査の結果を黒板に掲示した。
自然教室で友情を深められましたか?

はい 36人  いいえ 0人

・助け合ったから。
・ずっと一緒にいたから。
・たくさん話したから。
・笑い合ったから。
・仲良くできたから。
・お互いのことを知れたから。
・意見を言い合えたから。
・友達のことを考えて行動できたから。

「自然教室で友情は深められたのか」という問いに対し、36人中36人が「はい」と回答。「助け合ったから」「ずっと一緒にいたから」「たくさん話したから」などがその理由だ。友情を深める貴重な機会となった自然教室での体験から、今野教諭が掲げた今回の授業のテーマとして「友情を深めるために大切なこと」へとつなげていく。

「自然教室で深まった友情を、さらに深めるにはどうすればいいのかな? 今日のテーマをノートに書き、終わったら閉じてください」

相互的な関係から対話が生まれる

事前準備として、子どもたちは前日に教材文をすでに読んでいる。また、登場人物3人の考えをノートにまとめ終えているため、授業がスムーズに展開していった。

ここで読者のために、『ロレンゾの友達』のあらすじを紹介する。

『ロレンゾの友達』あらすじ

 アンドレ、サバイユ、ニコライの3人は、ひとり故郷を離れていた幼なじみのロレンゾから手紙をもらう。そこには「20年ぶりの再会を楽しみにしている」と書いてあった。だが、3人はロレンゾに会社の金を持ち逃げしたとの疑いがかけられていることを知り、ロレンゾが会いにきたらどのように対応すればいいのか悩む。
 ロレンゾとの再会の日、3人は再会を約束したかしの木の下に集まり、ロレンゾが来るのを待ちながら話し合った。アンドレは「お金を持たせて逃がす」、サバイユは「自首をすすめるが、本人が納得していなければ逃がす」、ニコライは「自首をすすめ、付きそうが、本人が納得しなければ警察に知らせる」とそれぞれ意見を述べたが、どの意見が一番いいのかは決められないまま家路についた。ロレンゾはその日すがたを見せず、だれのところにも来なかった。
 翌朝、町の警察署から連絡を受けた3人が緊張した面持ちで警察署に向かうと、そこにはロレンゾがいた。ロレンゾは昨日連絡ができなかったことを謝罪。結局ロレンゾは無実であり、人違いで警察署に連れてこられただけだった。3人はロレンゾの無実と再会を喜んだ。
 その後4人は町の酒場へと向かい、思い出話に花を咲かせた。だが、かしの木の下で話し合ったことは3人とも口にしなかった。そして酒場を出た後、もしロレンゾが本当に罪をおかしていたら、自分は友人としてどうすべきだったのかをあらためて考え始めたのだった。

「昨日みなさんに『ロレンゾの友達』を読んでもらいました。この物語の中には、ロレンゾの友達が3人でてきましたよね。誰だっけ?」

「アンドレ」
「サバイユ」
「ニコライ」

この教材の登場人物は名前が全員カタカナで、子どもにとって聞き馴染みがない。誰がどの考えであったか混同するのを防ぐため、今野教諭は3人の名前と人物絵を黒板に掲示した。

「そうですね。では、3人の意見の中で自分が賛成できるものを選んで、先ほど配った札であらわしてください」

今野教諭が配ったのは、三角柱のかたちをした「立体意思表示札」。側面3面の色が白・青・赤に分けられている。今回の授業では、アンドレが青、サバイユが赤、ニコライが白に振り分けられた。

立体意思表示札を用いる狙いは3つ。1つ目は、自分の立場を明確にし、話し合いを活発に行えるようにするため。2つ目は、同じ意見の友達の存在を確認することで、自分の判断に自信をもって話し合いに参加できるようするため。3つ目は、考えがうまくまとまらなかった時に、同じ意見の友達に助言してもらうための手立てとして活用するため。

「皆に見えるように札を置いてください。何色が多いかな? 赤が一番多そうですね。反対に白が一番少ないかな。では、なぜそう思ったか理由を教えてくれる?」

ここから子どもたちの議論がはじまった。

(以下、アンドレを選んだ子どもを「アンドレ派」、サバイユを選んだ子どもを「サバイユ派」、ニコライを選んだ子どもを「ニコライ派」と表記)

アンドレ派「お金を持たせて逃がすのはよくないと分かっているけれど、友達だから捕まってほしくなかった」

今野教諭「捕まってほしくないんだ。じゃあ、自首をすすめている他の2人は友達じゃないの?」

子どもたち「違います」

サバイユ派「ロレンゾが本当にお金を盗んでいたら自首をすすめるけれど、無実なら逃がしたほうがいいと思っている」

今野教諭「無実なら逃がしたほうがいい? 無実だったら逃げる必要がないよね?」

子どもたち「確かに」

サバイユ派「ロレンゾが本当にお金を盗んでいたら自首をすすめるけれど、本人が納得しなかったら、友達が悪者にされたくないから逃がしてあげる」

今野教諭「友達だから逃がしてあげるの? じゃあ、ニコライはロレンゾの友達じゃないの?」

ニコライ派「もしロレンゾが自首することに納得せず逃げたとしても、後々自首すればよかったと後悔するかもしれない。警察に連絡すればそんな思いはしなくてすむ。友達じゃないわけではない」

今野教諭「逃がしてあげるのはロレンゾにとってよくないってことだよね?」

子どもたち「確かに」「いや、違う」

ニコライ派「友達だからこそ、悪いことはちゃんと認めさせないとだめだと思う」

ここまでの議論で、原小学校の子どもたちにはある特徴があることに気がついた。それは、ただ自分の意見を述べるだけでなく、相手の意見に対してもきちんと反応し、あいづちを打ったり意見を述べたりしていることだ。教室には「確かに」「いいと思います」「違うと思います」などの声が飛び交っていた。相互的な関係ができているからこそ対話が生まれ、考えが深まっていく。

中心発問で気付きを引き出す

3人の考えに対し、「自分ならどうするのか」という視点から登場人物の立場になって子どもたちがしっかりと自我関与したことで、議論はどんどん白熱していく。やがて議論の焦点は「3人はそれぞれ本当にロレンゾのことを考えていたのか?」「3人はロレンゾのことを信じていたのか?」に絞られていく。

アンドレ派「アンドレもサバイユも信じているけれど、もしかしたらお金を盗んだ可能性があるから逃がしてあげる」

今野教諭「逃がしてあげたら、逃がしたほうも罪になるのは皆知ってる?」

子どもたち「知ってる」

アンドレ派「でも、どうしても逃がしたい」

今野教諭「なぜ?」

アンドレ派「友達だから。3人ともロレンゾのためを思って意見しているけれど、ニコライはあまり信じていないから警察につきだそうとしている。友達なら信じるべき」

今野教諭「さっきから何度か言っているけれども、お金を盗んでいなかったら逃がす必要はないよね?」

そう、ロレンゾが無実なら、逃がす必要も自首させる必要も警察につきだす必要もない。今野教諭は何とか子どもたちに気付きを促そうとする。

ニコライ派「アンドレもサバイユも信じていない」

今野教諭「信じていない説出た! なぜ?」

ニコライ派「ロレンゾがお金を盗んだのは噂話なのに、2人とも信じていないから逃がそうとしたり自首をすすめたりする」

今野教諭「なるほど。じゃあ3人はロレンゾのことを考えていないの?」

子どもたち「違う」

3人ともロレンゾのことを考えてはいたけれども、噂話を信じてしまったことに子どもたちが気付いたところで、今野教諭は次の問いを投げかけた。

「3人とも一生懸命ロレンゾのことを考えたのに、木の下で話し合ったことをなぜロレンゾに言わなかったのかな?」

この問いは、今回の中心発問となる大事な部分だ。ロレンゾに対する3人の気持ちの奥深くまでじっくり考えることで、友情を築くうえで大切なことへの気付きを引き出していく。


「自分の考えをノートに書いたら、4人組になって話し合いましょう」

話し合いの後、各組の代表者が考えを述べていく。

「1回でも疑ったと思われたらロレンゾが悲しむと思ったから」
「ロレンゾに話したら、『この人達本当に友達なの?』と思われる気がしたから」
「木の下で話したのはロレンゾのためであって、ロレンゾが無実なら話す必要がないと思ったから」
「本当のことを話してしまったら、ロレンゾと距離ができると思ったから」

今野教諭はさらに問いかける。

「つまり、それは何をしてしまったということなの?」

「ロレンゾを悪者扱いしていた」
「ロレンゾを疑った」
「勝手に罪を犯した前提で考えていた」

3人がロレンゾを信じていなかったという気付きを引き出したところで、冒頭に掲げた授業のテーマ「友情を深めるために大切なこと」をあらためて問い直す。

振り返り:最初の問いに戻る

「もう一度聞きます。友情を深めるために必要なことって何だろう?」

「相手を思いやること」
「相手のことを考えること」
「相手を信じること」

「信じる」というキーワードが出た後、最後の振り返りに入った。

「今日の勉強を通して分かったことや考えが変わったこと、そしてこれからはどうしていきたいかのかをノートにまとめてください」

最後に今野教諭が関洋子さんの詩『友だち』を朗読し、授業が終了した。

『友だち』 関洋子

わたしより

わたしのことを
よく知っている

ときどき
わたしのことを
わたしより一生懸命になる

その友だちの
わたしは友だち

(出典:東京都道徳教育教材集)

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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